
1. 歌詞の概要
Tisched Offは、Bartees Strangeが2023年2月8日にリリースした2曲入りシングルTisched Offに収録された楽曲である。
Bandcampでは、Tisched OffとKeekee’in feat. Daniel Kleedermanの2曲入り作品として公開されており、Tisched Offの曲長は2分2秒と記載されている。Apple Musicでも同作は2023年2月8日リリースのシングルとして掲載され、℗ 2023 Sub Pop Recordsの作品として確認できる。Bartees タイトルのTisched Offは、おそらくpissed offをもじったような響きを持つ。
怒っている。
うんざりしている。
でも、その怒りをそのまま深刻に言うのではなく、少しひねって、笑いを混ぜている。
この曲のBartees Strangeは、露骨に不満をぶつけている。
対象は、自分よりも資金や人脈や階級的な余裕を持っているアーティストたち。
デザイナー服を着て、ブラックカードで安酒を買い、ニューヨークの街で撮影をしているような、余裕のある音楽人たちである。
Pitchforkはこの曲について、Bartees Strange自身が「より多くのリソースと金を持つアーティストたちと競争することの難しさ」を扱い、特権的なミュージシャンたちへ軽いパンチを入れる曲だと説明している。Pitchfork
ここで重要なのは、この曲が単なる嫉妬の歌ではないことだ。
もちろん、苛立ちはある。
「なんであいつらにはあんなに余裕があるんだ」という怒りもある。
自分は努力しているのに、相手は最初から良い場所に立っているように見える。
でも、Bartees Strangeはその感情を、じめじめした恨みにしない。
むしろ、短く、鋭く、少し笑えるロック/ラップのような形にしている。
Tisched Offは、2分ほどで走り抜ける曲だ。
長い説明はない。
巨大なドラマもない。
ただ、見えている不公平を、軽口と毒で切りつける。
Bartees Strangeの音楽は、インディーロック、ラップ、エモ、R&B、フォーク、ポストパンクなどを自在に行き来することで知られる。彼は2020年のLive Foreverで広く注目され、2022年にはFarm to Tableをリリースし、2025年にはHorrorを発表している。ウィキペディア
Tisched Offは、その中でもかなり軽やかに怒っている曲である。
重いテーマを扱っているのに、音は軽い。
怒っているのに、どこか冗談めいている。
だが、その冗談の奥には、音楽業界にある階級差、資本の差、見えにくい不公平がはっきりある。
この曲は、インディーロックの世界のきれいな顔を少しめくる。
そこには、才能だけではどうにもならないものがある。
金。
コネ。
場所。
ファッション。
文化資本。
最初から「それっぽく」見えるための余裕。
Bartees Strangeは、それを見て笑う。
でも、その笑いは乾いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Tisched Offは、Bartees Strangeにとって、2022年のアルバムFarm to Table以後に発表された初のオリジナル曲のひとつである。
Pitchforkは、Tisched OffとKeekee’inがSub Pop Singles Clubの一部としてリリースされ、Farm to Table以後の新曲であると報じている。Keekee’inはDaniel Kleedermanをフィーチャーした曲で、Tisched Offとともに短いシングル作品として公開された。Pitchfork
Farm to Tableは、Bartees Strangeにとって4ADからの初のアルバムであり、Live Foreverでのブレイク後、自分の出自、成功、家族、黒人アーティストとしての立場、インディーシーンでの居場所を見つめ直す作品だった。
そのあとに出たTisched Offは、より小さく、鋭い一撃のように聞こえる。
大きなアルバムのステートメントではない。
だが、彼の視点はかなりはっきりしている。
自分が競争している相手は、必ずしも同じスタートラインに立っていない。
それなのに、音楽シーンでは「才能」や「センス」だけの勝負のように見せられる。
ここに、Bartees Strangeの苛立ちがある。
彼はオクラホマ州Mustangで育ち、軍人の父とオペラ歌手の母のもとで、さまざまな土地を移動しながら育ったアーティストである。音楽家になる前には、ワシントンD.C.で環境系NPOのコミュニケーション担当として働いていたことも知られている。ウィキペディア
この経歴は、彼の音楽に深く関わっている。
Bartees Strangeの曲には、いつも「外側にいる」感覚がある。
インディーロックの中にいる黒人アーティスト。
ロックもヒップホップもフォークも好きだが、どれかひとつには収まらない人。
成功しているのに、まだ場違いに感じる人。
シーンの中心へ入りながら、その中心が誰のために作られているのかを見てしまう人。
Tisched Offは、その視線がかなりコミカルに出た曲だ。
Bartees Strangeは、相手を大げさな敵として描かない。
むしろ、生活の細部で刺す。
服。
カード。
酒。
Uber。
写真撮影。
ニューヨークの通り。
そうした小さな記号によって、相手の持つ余裕を浮かび上がらせる。
この手つきがうまい。
「金持ちは嫌いだ」と直接言うより、ずっと効く。
高級なものと安いものが変に混ざっている感じ。
デザイナー服を着て、でも箱ワインを買う。
貧しさの美学をポーズとして使える人たち。
苦労しているふりができるほど、実際には安全な場所にいる人たち。
そこに向けて、Bartees Strangeはニヤッと笑いながら毒を吐く。
この曲は、インディー・ミュージックの階級問題を扱っている。
インディーと聞くと、反商業的で、DIYで、誠実で、自由な世界のように思われるかもしれない。
しかし実際には、そこにも資金差はある。
誰が時間を持っているのか。
誰が親の援助を受けられるのか。
誰が高い家賃の街に住めるのか。
誰がスタジオに入り、良い写真を撮り、ツアーの赤字に耐えられるのか。
Tisched Offは、そういう見えにくい差を、2分の軽口として鳴らす。
そこがこの曲の鋭さである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、Spotifyや歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Spotify掲載歌詞、Bandcamp掲載楽曲情報
作詞・作曲:Bartees Strange
収録:Tisched Off – Single
リリース:2023年2月8日
レーベル:Sub Pop Records / Bandcamp掲載ではBartees Strange名義のリリースとして確認できる。Bartees Spotifyの検索結果上では、冒頭付近の歌詞として次の一節が確認できる。Spotify
All you wears designer
和訳:
君らはみんなデザイナーものを着ている
この一節は、かなり直接的である。
服装は、単なるファッションではない。
ここでは、階級や資本や「見られ方」の記号として機能している。
インディーの世界でも、見た目は大きい。
適度にラフで、適度に高そうで、適度に無造作に見えること。
その「自然におしゃれでいられる余裕」を、Bartees Strangeは見逃さない。
black cards
和訳:
ブラックカード
ブラックカードは、富や信用力の象徴として読める。
もちろん、歌詞の中では少し誇張もあるだろう。
だが、ここで大事なのは、相手が持っている「支払い能力」である。
音楽を続けるには金がいる。
機材、移動、制作、宣伝、衣装、撮影、ツアー。
そのすべてに金がかかる。
Tisched Offでは、その現実が皮肉として出てくる。
box wine
和訳:
箱ワイン
ここが面白い。
デザイナー服やブラックカードのあとに出てくるのが、箱ワインである。
高級と安物。
上流と安っぽさ。
その組み合わせが、特権的なインディー感をうまく描いている。
金があるのに、貧しげなラフさを演出できる。
安いものを選ぶことが、実際の困窮ではなく、スタイルになる。
このズレを、Bartees Strangeは笑っている。
photo shoots
和訳:
フォトシュート
写真撮影も、この曲では重要な記号である。
音楽そのものだけでなく、どう見えるか。
どんな街で撮るか。
どんな服で撮るか。
どんな不機嫌な顔をするか。
現代のアーティストは、音だけでなくイメージも作らなければならない。
Tisched Offは、そのイメージ作りにある格差を見ている。
4. 歌詞の考察
Tisched Offは、短い曲だが、かなり多層的である。
まず表面には、コミカルな怒りがある。
あいつらは金がある。
あいつらは服も良い。
あいつらは撮影もできる。
あいつらは簡単に移動できる。
あいつらは余裕を持って音楽をやっている。
そのことへの苛立ち。
しかし、この曲が面白いのは、ただ「ずるい」と言って終わらないところである。
Bartees Strangeは、自分もすでに成功したアーティストである。
Live Foreverは高く評価され、Farm to Tableも注目され、彼は大きなツアーにも参加してきた。The National、Phoebe Bridgers、Lucy Dacus、Courtney Barnett、Car Seat Headrest、boygeniusなどのツアーにも関わっている。ウィキペディア
つまり、完全な外部から石を投げているわけではない。
自分もそのシーンの中にいる。
でも、そこにいるからこそ見える差がある。
この立場が、曲を複雑にしている。
外からの嫉妬ではない。
中に入った人間の違和感である。
成功しても、すべての差が消えるわけではない。
むしろ、成功したからこそ、より資源のある人たちとの差が見えてしまうことがある。
自分はここまで来た。
でも、最初から別の高さにいた人たちがいる。
自分が必死で登った場所に、彼らは最初から座っていたのではないか。
Tisched Offには、その感覚がある。
また、この曲は、インディー・カルチャーにおける「苦労の演出」への皮肉としても聴ける。
インディー・ミュージックでは、あまりにも露骨な富の表示は嫌われることが多い。
だから、富を持つ人も、あえてラフで、少し貧しげで、DIYっぽく見せることがある。
でも、そのラフさを選べること自体が特権なのだ。
本当に金がない人の貧しさと、金がある人の「貧しそうなスタイル」は違う。
Tisched Offは、その違いを見ている。
デザイナー服と箱ワインの組み合わせは、まさにその象徴だ。
高級なものを着ながら、安酒を飲む。
それは矛盾ではなく、スタイルとして成立してしまう。
その余裕に対して、Bartees Strangeは怒っている。
だが、怒りの出し方が重くない。
ここが彼らしい。
Bartees Strangeは、ジャンルだけでなく感情もひとつに固定しない。
怒りながら笑う。
批判しながら踊る。
不満を言いながら、曲を軽快にまとめる。
Tisched Offも、音としてはかなり身軽である。
2分ほどの短さ。
言葉のキレ。
ラップ的な攻撃性。
インディーロック的な雑味。
小さなパンチを何発も入れて、そのまま去っていくような曲だ。
この短さが良い。
長々と説明すると、怒りは説教になる。
しかしTisched Offは、短く切る。
その結果、曲は愚痴ではなく、スナップショットになる。
ある街の風景。
ある撮影現場。
ある特権的なアーティスト像。
それを一瞬で撮って、悪口を添えて投げる。
そんな曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Boomer by Bartees Strange
Live Forever収録曲で、Bartees Strangeのジャンル横断性を一気に示した代表曲のひとつ。ラップ、インディーロック、ポップの切り替えが鮮やかで、Tisched Offの軽快な毒に惹かれた人にはまず聴いてほしい曲である。Live Foreverは2020年10月2日にリリースされ、彼のブレイクを決定づけた作品として広く知られている。ウィキペディア
- Mossblerd by Bartees Strange
Live Forever収録曲。黒人であり、オタクであり、インディーロックの中にいることの複雑さを扱う曲として聴ける。Tisched Offが階級や資源の差を刺す曲なら、Mossblerdはアイデンティティとシーンの居場所をより内側から見つめる曲である。
- Heavy Heart by Bartees Strange
Farm to Table収録曲。Tisched Offのような軽口の怒りとは違い、よりメロディアスで感情的な曲。成功や家族、自己認識の複雑さを、ギター・ロックとして大きく広げている。Bartees Strangeのソングライターとしての懐の深さを知るには重要である。
- Flagey God by Bartees Strange
Live Forever収録曲。ブリュッセルのFlagey Squareでの感覚に由来する曲で、誰も自分を知らない場所で何でもできる気がしたという本人の説明がある。Tisched Offのシーン批評とは違い、こちらは場所と自己の解放感を描く曲である。ウィキペディア
- This Must Be the Place by Talking Heads
直接的な音の近さというより、インディー/ニューウェイヴの中で「居場所」や「自分の立ち位置」を軽やかに歌う曲として並べて聴きたい。Tisched Offが居場所の不公平を茶化す曲なら、こちらは居場所への不思議な安堵を歌う曲である。
6. 特権への軽いパンチとしてのTisched Off
Tisched Offは、Bartees Strangeの大きな代表曲として真っ先に語られるタイプの曲ではないかもしれない。
Live ForeverやFarm to Tableのようなアルバムの中心曲でもない。
シングルとしても、2曲入りの短いリリースの一部である。
しかし、この曲にはBartees Strangeの鋭さがよく出ている。
彼は、音楽業界の不公平を知っている。
インディーシーンの中にある白さや階級差や資本の偏りを見ている。
そして、それを真正面から論文のように語るのではなく、軽い悪口として曲にする。
このやり方が、とても音楽的である。
怒りは、いつも大きな叫びでなくていい。
時には、2分の小さな曲で十分だ。
Tisched Offは、笑っている。
でも、笑いの中に棘がある。
「君ら、デザイナー服を着て、ブラックカードを使って、でも箱ワインなんだね」
この視線は辛辣だ。
表面だけ見れば、ただの皮肉。
でも、その奥には、誰が「かっこいい貧しさ」を演じることを許されているのか、という問いがある。
本当に余裕のない人は、余裕のなさをスタイルにはできない。
でも、余裕のある人は、安物や雑さをおしゃれとして使える。
これは音楽だけの話ではない。
ファッションにも、アートにも、都市生活にもある。
Bartees Strangeは、その構造を見ている。
そして、その構造の中で自分も戦わなければならないことを知っている。
だから、曲はただ外側から攻撃するのではなく、どこか自嘲も含んでいるように聞こえる。
自分もこのゲームに参加している。
自分も見られ、撮られ、売られ、評価される。
でも、最初から持っているカードは同じではない。
Tisched Offの怒りは、その不公平さに向いている。
しかし、Bartees Strangeはそれを重苦しくしない。
彼の音楽の魅力は、複雑な問題を複雑なまま、でも身体が反応できる形にすることだ。
Live Foreverでも、Farm to Tableでも、彼はジャンルを切り替えながら、黒人アーティストとしてインディーロックにいること、家族や故郷、成功と孤独を歌ってきた。
Tisched Offでは、その大きなテーマが、かなり小さく、鋭い冗談として現れる。
それがいい。
大きな怒りも、日常の小さな違和感として現れることがある。
誰かの服。
誰かのカード。
誰かの移動手段。
誰かの写真撮影。
その小さなものが、自分との距離を急に見せつける。
Tisched Offは、その瞬間の曲である。
気づいてしまった。
見えてしまった。
ああ、やっぱりスタートラインが違うんだな、と。
でも、そこでただ落ち込むのではない。
笑う。
茶化す。
曲にする。
2分で吐き出す。
この変換が、Bartees Strangeの強さである。
Tisched Offは、怒りを長く抱え込む曲ではない。
怒りを小さな火花にして飛ばす曲である。
そして、その火花は意外と熱い。
インディー・ロックの世界は、しばしば自由で開かれた場所のように語られる。
だが、そこにも見えない門はある。
金の門。
人脈の門。
街の門。
美学の門。
誰が自然に「それっぽく」見えるかという門。
Bartees Strangeは、その門の前で立ち止まるだけではない。
門に向かって軽く蹴りを入れる。
Tisched Offは、その蹴りの音である。
短い。
軽い。
でも、ちゃんと響く。
そして、その軽さの中に、Bartees Strangeというアーティストの批評性とユーモアが詰まっている。

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