
発売日:2022年6月17日
ジャンル:インディー・ロック、オルタナティヴ・ロック、エモ、ポスト・ハードコア、ヒップホップ、R&B、アート・ロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Heavy Heart
- 2. Mullholland Dr.
- 3. Wretched
- 4. Cosigns
- 5. Tours
- 6. Hold the Line
- 7. We Were Only Close for Like Two Weeks
- 8. Escape This Circus
- 9. Black Gold
- 10. Hennessy
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Live Forever by Bartees Strange
- 2. Dear Science by TV on the Radio
- 3. Silent Alarm by Bloc Party
- 4. Blonde by Frank Ocean
- 5. The Monitor by Titus Andronicus
- 関連レビュー
概要
Bartees Strangeの2作目のスタジオ・アルバム『Farm to Table』は、2020年代アメリカン・インディー・ロックにおいて、ジャンル、アイデンティティ、成功、所属意識を同時に問い直した重要作である。デビュー・アルバム『Live Forever』で、インディー・ロック、エモ、ポスト・ハードコア、ヒップホップ、R&B、フォークを自在に横断する音楽性を示したBartees Strangeは、本作でその多様性をさらに洗練させ、より大きなスケールのロック・アルバムへと発展させている。
Bartees StrangeことBartees Leon Cox Jr.は、オクラホマ州ムスタングで育ち、ワシントンD.C.周辺の音楽シーンで活動してきたアーティストである。彼の音楽を特徴づけるのは、単なるジャンル横断ではなく、ジャンルそのものに対する問いである。ロック、カントリー、エモ、インディー、ラップ、R&Bといった音楽領域は、アメリカ文化においてしばしば人種、地域、階級、世代と結びつけられてきた。Bartees Strangeは、それらの境界を意識的に越えることで、「誰がどの音楽を作ることを許されるのか」という問題を作品の中心に置いている。
『Farm to Table』というタイトルは、直訳すれば「農場から食卓へ」を意味する。食材の生産地から消費される場所までの流れを示す言葉だが、本作ではより広く、出自、成長、努力、成果、そして成功の過程を象徴している。Bartees Strangeは、地方で育った黒人アーティストとしての経験、自分を形作ってきた音楽、インディー・シーンにおける居場所、急速に注目を集めることへの戸惑いを、アルバム全体に織り込んでいる。つまり本作は、成功後の自己確認のアルバムであり、同時にその成功がどこから来たのかを振り返る作品でもある。
前作『Live Forever』は、アイデアの爆発としての魅力が強かった。曲ごとにジャンルが激しく変化し、Bartees Strangeというアーティストがどれほど多くの音楽的言語を持っているかを示す作品だった。それに対して『Farm to Table』は、より構成が整理され、感情の焦点も明確になっている。ロックのダイナミズム、R&B的な声の柔らかさ、ヒップホップのリズム感、エモの切実さが、より自然な形で一つの音楽へ統合されている。
キャリアにおける位置づけとして、本作はBartees Strangeがインディー・ロックの有望な新鋭から、2020年代のオルタナティヴ・ミュージックを代表する存在へと歩みを進めた作品である。彼はThe NationalへのトリビュートEP『Say Goodbye to Pretty Boy』でも注目を集めたが、『Farm to Table』では単なる影響関係を超え、自身の物語をより鮮明に打ち出している。The National、Bloc Party、TV on the Radio、Bon Iver、Frank Ocean、Mitski、Phoebe Bridgers、Kid Cudi、そしてポスト・ハードコアやエモの系譜が彼の中で混ざり合い、従来のインディー・ロック像を更新している。
本作の歴史的意義は、2020年代のインディー・ロックが白人中心のギター・バンド文化だけでは語れないことを示した点にある。Bartees Strangeは、黒人アーティストとしてロックを作ることを例外的な出来事としてではなく、当然の表現として提示する。同時に、彼はロックの形式そのものを固定せず、ラップ、R&B、電子音楽、フォーク的な語りを柔軟に取り込む。結果として『Farm to Table』は、ジャンルを越えるアルバムであると同時に、アメリカ音楽の歴史そのものが本来混ざり合ってきたことを思い出させる作品になっている。
日本のリスナーにとって本作は、現代インディー・ロックの広がりを理解するうえで非常に重要である。ギター・ロックを中心に聴いてきたリスナーにも、R&Bやヒップホップ以降のポップを聴くリスナーにも接点がある。Bartees Strangeの音楽は、ジャンルの知識がなくても感情の切実さで届く一方、背景を知るほどに、アメリカの音楽文化、アイデンティティ、地域性、インディー・シーンの構造を深く考えさせる。『Farm to Table』は、個人的な成功譚であると同時に、現代ロックの可能性を広げるアルバムである。
全曲レビュー
1. Heavy Heart
「Heavy Heart」は、アルバムの冒頭にふさわしい、明快で高揚感のあるインディー・ロック・ナンバーである。タイトルは「重い心」を意味するが、サウンドはむしろ開放的で、ギターの響きと大きく広がるメロディが、重荷を抱えながらも前に進もうとする感覚を作り出している。
音楽的には、エモやオルタナティヴ・ロックの影響が強く、疾走感のあるドラム、厚みのあるギター、伸びやかなヴォーカルが中心となる。Bartees Strangeの声は、力強くも少し震えを含み、単純な勝利宣言ではなく、不安と決意が混ざった状態を表現している。サビの広がりは、アリーナ・ロック的なスケールを持ちながら、インディー・ロック特有の個人的な距離感も失っていない。
歌詞では、成功や前進の裏側にある責任感、家族や周囲への思い、自分が背負ってきたものが描かれる。重い心とは、単なる憂鬱ではなく、過去や期待を抱えたまま進むことの重さである。Bartees Strangeは、自分の人生を切り開いてきた人物として歌うが、その声には勝者の余裕よりも、まだ道の途中にいる者の切実さがある。
この曲は、『Farm to Table』全体のテーマを端的に示している。出自を忘れずに前進すること、成功に伴う重圧を受け入れること、そして個人的な痛みを大きなロック・ソングへ変えること。アルバムはこの曲によって、内省と高揚の両方を持つ作品として幕を開ける。
2. Mullholland Dr.
「Mullholland Dr.」は、タイトルがロサンゼルスの有名な道路であり、デヴィッド・リンチの映画をも想起させることから、成功、夢、幻影、都市的な不安を含んだ楽曲として聴くことができる。Bartees Strangeはここで、ロックとR&B、ヒップホップ的なリズム感を組み合わせ、前曲とは異なる緊張感を作り出している。
サウンドは硬質で、ビートには現代的な重さがある。ギターは単純に鳴り続けるのではなく、空間的なアクセントとして使われ、ヴォーカルのリズムやフロウが曲を引っ張る。Bartees Strangeの歌唱は、メロディを歌う部分とラップ的に言葉を運ぶ部分を行き来し、ジャンルの境界を曖昧にする。
歌詞では、成功の舞台裏にある孤独や違和感、他者から見られることへの意識が浮かび上がる。ロサンゼルス的なイメージは、夢が叶う場所であると同時に、自己像が歪む場所でもある。Bartees Strangeは、自分が望んできた場所に近づきながら、その場所で自分がどう変わってしまうのかを冷静に見つめている。
この曲は、『Farm to Table』が単なる感動的な成長物語ではないことを示す。成功は解放であると同時に、新たな不安を生む。Bartees Strangeはその矛盾を、ジャンルを横断するサウンドと揺れる声で表現している。
3. Wretched
「Wretched」は、アルバムの中でも特にエネルギッシュで、ロック的な爆発力が前面に出た楽曲である。タイトルは「惨めな」「ひどい」「哀れな」といった意味を持ち、自己嫌悪や社会的な圧力を連想させるが、曲はその感情を力強い推進力へ変換している。
音楽的には、ポスト・ハードコアやエモの影響が感じられる。ギターは鋭く、ドラムは前のめりで、ヴォーカルは叫びに近い熱を帯びる。しかし、単に荒々しいだけではなく、サビには強いメロディがあり、Bartees Strangeのポップ・ソングライターとしての能力が際立っている。感情の激しさを聴きやすい形に整えるのではなく、激しさを保ったままメロディへ流し込んでいる点が重要である。
歌詞では、自分の置かれた状況、他者からの評価、内面の葛藤が交錯する。惨めさとは、弱さをただ告白する言葉ではなく、そこから立ち上がるために一度認めなければならない感情として描かれる。Bartees Strangeは、自己否定をそのまま停滞へ向かわせず、声と演奏の勢いによって反転させる。
「Wretched」は、本作におけるロック・アンセムのひとつである。エモ的な切実さ、ポスト・ハードコアの強度、インディー・ロックのメロディが結びつき、Bartees Strangeが現代ロックの中で独自の場所を築いていることを示している。
4. Cosigns
「Cosigns」は、成功と承認をテーマにした楽曲である。タイトルの「cosign」は、誰かを支持する、保証する、認めるという意味を持つ。音楽業界やSNS時代において、誰に認められるか、どのコミュニティに受け入れられるかは、アーティストの立場に大きく関わる。本曲は、その承認の喜びと危うさを同時に扱っている。
サウンドは、ヒップホップ的なリズム感とロックのダイナミズムが融合している。Bartees Strangeのヴォーカルは、ラップに近い語り口からメロディックな歌唱へ滑らかに移行し、自信と警戒心の両方を表現する。ビートは軽快だが、曲の内側には緊張感がある。
歌詞では、名のあるアーティストやシーンからの支持、注目を浴びることの高揚、そしてその中で自分自身を見失わないようにする意識が描かれる。承認は重要だが、それに依存すれば、自分の価値が他者の評価によって決まってしまう。Bartees Strangeは、成功の瞬間を喜びながらも、その構造を冷静に分析している。
この曲は、2020年代のインディー・ミュージシャンが置かれる環境をよく反映している。口コミ、メディア評価、著名アーティストからの支持、ストリーミング時代の可視性。そうした要素がキャリアを動かす一方で、作品の核をどう守るかが問われる。「Cosigns」は、その問いを鋭く描く楽曲である。
5. Tours
「Tours」は、移動、演奏、疲労、記憶をテーマにした楽曲である。ミュージシャンにとってツアーは成功の証であると同時に、身体的・精神的な消耗を伴う生活でもある。Bartees Strangeはここで、音楽活動の華やかな面ではなく、その裏側にある孤独や断片化された時間を描いている。
音楽的には、比較的抑制された質感を持ち、空間の余白が印象的である。派手なロック・サウンドよりも、移動中の車内やホテルの部屋のような、少し現実から切り離された空気が漂う。ヴォーカルも内省的で、言葉を丁寧に置いていくように響く。
歌詞では、場所から場所へ移動し続ける生活の中で、自分がどこに属しているのか分からなくなる感覚が描かれる。ライブは人とつながる場である一方、ツアー生活は日常から切断される経験でもある。Bartees Strangeは、成功によって得られる移動の自由と、その自由が生む孤独を同時に見つめている。
「Tours」は、『Farm to Table』の中で、成功後の現実を静かに描く重要な曲である。夢が叶った後にも続く疲労、距離、ホームへの思いが、控えめなサウンドの中ににじんでいる。
6. Hold the Line
「Hold the Line」は、本作の中でも特に社会的・感情的な重みを持つ楽曲である。タイトルは「線を守る」「踏みとどまる」という意味を持ち、困難な状況の中で持ちこたえること、崩れそうな境界を守ることを示している。
音楽的には、静かな導入から徐々に大きな感情へ展開する構成が特徴である。ギターと声の距離が近く、Bartees Strangeの歌唱には祈りのような切実さがある。派手なビートやジャンル横断の技巧よりも、ここでは言葉と声の重さが中心となる。サウンドは抑制されているが、その抑制がかえって感情の強度を高めている。
歌詞では、悲しみ、暴力、喪失、社会の不公正に向き合いながら、それでも踏みとどまろうとする姿勢が描かれる。個人の痛みと集団的な痛みが重なり合い、単なる私的なバラードではなく、時代の傷を背負った楽曲として響く。Bartees Strangeは、怒りを直接的なスローガンにするのではなく、耐えることの難しさと尊さを歌っている。
「Hold the Line」は、『Farm to Table』の精神的中心のひとつである。ジャンルの多様性を誇示する曲ではなく、Bartees Strangeがなぜ歌うのか、何に対して歌うのかを明確に示す曲である。個人の声が社会的な意味を帯びる瞬間が、ここにはある。
7. We Were Only Close for Like Two Weeks
「We Were Only Close for Like Two Weeks」は、長いタイトルが示す通り、短期間の親密さ、関係の儚さ、感情の不釣り合いを扱う楽曲である。Bartees Strangeはここで、恋愛や友情のような関係が、短い期間であっても深い影響を残すことを描いている。
音楽的には、軽やかなインディー・ロックの質感を持ちながら、メロディには寂しさがある。ギターは明るく鳴るが、声の奥には未練や戸惑いが残る。曲調は過度に悲劇的ではなく、むしろ少し距離を置いたユーモアや自嘲がある。この感情の温度差が、Bartees Strangeらしいリアリティを生んでいる。
歌詞では、ほんの短い間だけ近かった相手との関係が、なぜか記憶に残り続ける感覚が描かれる。関係の長さと感情の深さは必ずしも比例しない。数週間の親密さが、長い時間残る傷や問いになることもある。Bartees Strangeは、その不合理な感情を、説明しすぎずに切り取っている。
この曲は、アルバムの大きなテーマである成功や出自から少し離れ、より日常的な人間関係へ焦点を当てる。しかし、その小さな関係の描写にも、記憶、距離、自己認識という本作全体の主題が反映されている。
8. Escape This Circus
「Escape This Circus」は、タイトル通り、混乱した環境や見世物化された状況から抜け出そうとする意識を持つ楽曲である。「circus」という言葉は、華やかさ、騒々しさ、注目を集める場であると同時に、コントロール不能な混沌も意味する。Bartees Strangeは、成功や業界、社会の視線をサーカスのようなものとして捉えている。
サウンドは、緊張感と疾走感を併せ持つ。ギターは鋭く、リズムは不安定な高揚を生む。ヴォーカルは感情を抑えきれないように前へ出て、逃げたいという衝動と、それでもその場に留まらざるを得ない現実が交錯する。曲全体には、閉じ込められた場所から出口を探すような切迫感がある。
歌詞では、注目されることの負担、他者からの期待、自己像が商品化される感覚が読み取れる。アーティストとして評価されることは望ましいことである一方、その評価は時に本人を見世物にしてしまう。Bartees Strangeは、その矛盾を怒りと不安の混ざった声で表現する。
「Escape This Circus」は、アルバム後半において、成功の裏にある圧迫感を強く示す曲である。『Farm to Table』は成功へ向かう物語であると同時に、成功の場所から逃げ出したくなる感覚をも描く。その複雑さが、本作を単なる上昇のアルバムではなくしている。
9. Black Gold
「Black Gold」は、タイトルからして象徴性の強い楽曲である。「黒い金」は、石油を指す言葉としても使われるが、ここでは黒人性、価値、資源化、搾取、豊かさといった多層的な意味を帯びる。Bartees Strangeは、自分自身の出自やアイデンティティを、単純な誇りの表明としてではなく、歴史的・社会的な文脈の中で捉えている。
音楽的には、アルバムの中でも重厚で、感情の密度が高い。ロックのスケール感とR&B的なヴォーカルの柔らかさが結びつき、力強さと傷つきやすさが同時に表れる。ギターとリズムは大きくうねり、曲全体に深い重心を与えている。
歌詞では、黒人であること、価値を認められること、同時にその価値が消費されることへの意識が浮かび上がる。Bartees Strangeは、自分の才能や背景が注目される状況を肯定しつつ、その注目がどのような視線によって作られているのかも問い直す。黒い金は豊かな資源であると同時に、掘り出され、利用されるものでもある。この二重性が曲の核心にある。
「Black Gold」は、『Farm to Table』におけるアイデンティティの問題を最も濃密に示す楽曲のひとつである。個人の成功と歴史的な重みが交差し、Bartees Strangeの音楽が単なるジャンル横断ではなく、アメリカ社会の構造と深く関わっていることを示している。
10. Hennessy
アルバムの最後を飾る「Hennessy」は、Bartees Strangeのルーツ、家族、記憶、文化的背景を深く掘り下げる楽曲である。タイトルの「Hennessy」はコニャックのブランド名であり、ヒップホップや黒人文化の中でも象徴的な存在として扱われてきた。ここでは、単なる酒の名前ではなく、共同体、記憶、儀式、家族の時間を呼び起こす記号として機能している。
音楽的には、静かで瞑想的な雰囲気を持つ。アルバムの中で見られたロックの爆発やジャンル横断の華やかさは抑えられ、声と空間が中心となる。終曲として、作品全体を派手に締めくくるのではなく、出発点へ戻るような感覚を与える。『Farm to Table』というタイトルの意味を考えると、この曲は「食卓」に最も近い場所にある楽曲とも言える。
歌詞では、家族、故郷、黒人文化、受け継がれる記憶が描かれる。Bartees Strangeは、自分がどこから来たのかを確認しながら、その場所が現在の自分をどのように支えているのかを歌う。成功や移動を経ても、身体の中に残る記憶、家族の声、共同体の匂いは消えない。むしろ、それらこそがアーティストとしての核を形作っている。
「Hennessy」は、アルバムの締めくくりとして非常に重要である。本作は、外へ広がっていく作品であると同時に、最後には内側、家族、ルーツへ戻る作品である。成功の物語を、個人の勝利ではなく、受け継がれてきたものへの応答として閉じることで、『Farm to Table』は深い余韻を残す。
総評
『Farm to Table』は、Bartees Strangeが自身の音楽的多様性をより明確な物語へと結びつけた、2020年代インディー・ロックの重要作である。前作『Live Forever』がジャンルの壁を壊す宣言だったとすれば、本作はその先にある「では、その音楽で何を語るのか」という問いに答える作品である。ここでは、ロック、エモ、ヒップホップ、R&B、フォーク、ポスト・ハードコアが混ざり合うだけでなく、それぞれの音楽がBartees Strangeの人生、出自、成功、喪失、社会的意識と結びついている。
本作の中心にあるのは、成功とルーツの関係である。Bartees Strangeは、注目されるアーティストになった自分を歌う一方で、その成功が自分ひとりのものではないことを繰り返し示す。家族、故郷、黒人文化、インディー・シーン、ツアーで出会う人々、過去の自分。そうした要素が彼の音楽を形作っている。アルバム・タイトル『Farm to Table』は、成果がどこから来たのかを忘れないという意識を象徴している。
音楽的には、非常に現代的なロック・アルバムである。ここでのロックは、ギター・バンドの形式に限定されない。ビートはヒップホップから学び、声の使い方はR&B的な柔らかさを持ち、曲の構成にはエモやポスト・ハードコアの切迫感がある。それでいて、アルバム全体は散漫ではなく、Bartees Strangeの声と視点によって統一されている。彼の最大の強みは、ジャンルを並列に配置することではなく、それらを自分自身の言語として使いこなす点にある。
歌詞面では、個人的な感情と社会的な文脈が自然に重なっている。成功に伴う重圧を描く「Heavy Heart」や「Cosigns」、社会的な痛みと耐える意志を描く「Hold the Line」、黒人性と価値をめぐる「Black Gold」、ルーツへ戻る「Hennessy」など、各曲は個別のテーマを持ちながら、全体として「自分はどこから来て、どこへ向かうのか」という問いに収束していく。この問いは、個人のキャリアの問題であると同時に、現代アメリカの音楽文化における所属と可視性の問題でもある。
『Farm to Table』は、インディー・ロックの更新という点でも重要である。従来、インディー・ロックはしばしば白人中産階級的な内省の音楽として語られてきた。しかしBartees Strangeは、その領域に黒人アーティストとして参加するだけでなく、ロックの歴史そのものを広く捉え直す。ロック、ブルース、ソウル、ヒップホップ、R&Bは本来、切り離されたものではなく、アメリカ音楽の複雑な歴史の中で交差してきた。本作は、その交差を現代的な形で再提示している。
日本のリスナーにとって、本作は現代の洋楽インディーを理解するうえで非常に有効なアルバムである。ギター・ロックの高揚感を求めるなら「Heavy Heart」や「Wretched」、ジャンル横断の面白さを味わうなら「Mullholland Dr.」や「Cosigns」、深い歌詞世界に触れるなら「Hold the Line」「Black Gold」「Hennessy」が重要になる。どの曲から聴いてもBartees Strangeの多面性が伝わるが、アルバム全体を通して聴くことで、成功、出自、責任、記憶が一つの流れとして浮かび上がる。
『Farm to Table』は、派手な実験作であると同時に、非常に誠実な自己確認のアルバムである。ジャンルを越えることが目的ではなく、自分の人生を正確に表現するためにジャンルを越える。その姿勢が、本作を2020年代のロックにおける重要な作品にしている。Bartees Strangeはここで、ロックの未来を抽象的に語るのではなく、自分自身の声、身体、記憶を通じて具体的に示している。
おすすめアルバム
1. Live Forever by Bartees Strange
Bartees Strangeのデビュー・アルバムであり、『Farm to Table』の前提となる作品。インディー・ロック、ラップ、R&B、エモ、フォークを大胆に横断し、彼の音楽的な自由さを強く印象づけた。『Farm to Table』がより整理された成熟作だとすれば、『Live Forever』はアイデアが爆発する初期衝動のアルバムである。
2. Dear Science by TV on the Radio
TV on the Radioの代表作のひとつで、ロック、ソウル、ファンク、電子音楽、ポスト・パンクを融合させた作品。黒人アーティストがオルタナティヴ・ロックの文脈を広げるという点で、Bartees Strangeとの関連性が高い。ジャンル横断を知的かつ身体的に成立させる方法を理解するうえで重要なアルバムである。
3. Silent Alarm by Bloc Party
2000年代英国インディー・ロックを代表する作品。ポスト・パンク的なギター、ダンス・ビート、エモーショナルなヴォーカルを組み合わせており、Bartees Strangeのロックにおける鋭さやリズム感と接点がある。ギター・ロックと現代的なビート感覚の融合を聴くうえで関連性が高い。
4. Blonde by Frank Ocean
ジャンルの境界を曖昧にしながら、個人的な記憶、アイデンティティ、親密さを描いた現代R&Bの重要作。Bartees Strangeとは音楽的な質感は異なるが、声の使い方、内省の深さ、ジャンルを自分の物語のために再編成する姿勢に共通点がある。『Farm to Table』の繊細な側面を理解する補助線となる作品である。
5. The Monitor by Titus Andronicus
アメリカン・インディー・ロックにおける大作志向とパンク的な熱量を兼ね備えたアルバム。個人の葛藤を歴史や共同体の問題へ拡張する姿勢が、『Farm to Table』と響き合う。Bartees Strangeのロック的な高揚感や、個人的経験を大きな文脈へつなげる書き方に関心があるリスナーに関連性が高い作品である。

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