
楽曲の概要
「Monsters」は、James Bluntが2019年に発表した6作目のスタジオ・アルバム『Once Upon a Mind』に収録されたバラードである。作詞・作曲はBlunt、Jimmy Hogarth、Amy Wadgeの共作で、プロデュースはHogarthが担当した。ピアノを中心にした抑制されたアレンジの中で、重い腎臓病を患っていた父Charles Blountとの別れを想定して書かれた、Bluntのキャリアでも特に個人的な作品である。
「You’re Beautiful」のような恋愛曲で広く知られるBluntだが、『Once Upon a Mind』では家族や人生の時間について扱う曲が目立つ。「Monsters」はその中心にあり、父親を理想化したり、親子関係を美しい思い出だけで描いたりしない。互いの欠点まで知っている二人の大人が、死を前にして関係を整理するという内容である。2023年には『American Idol』のIam Tongiが亡き父を思って歌ったことで再び大きな注目を集め、後にBluntとのデュエット版も発表された。
歌詞の概要
歌詞は、父親がまもなく亡くなるかもしれないと考えた語り手が、最後の別れを告げるところから始まる。しかし一般的な追悼歌とは異なり、父親の人生を振り返ったり、幼少期の具体的な思い出を並べたりはしない。中心にあるのは、父と息子という役割をいったん外し、二人の成人男性として向き合うという発想である。親だから完全な存在だったわけでも、息子だから無条件に守られる存在だったわけでもない。互いの間違いを知ったうえで、それでも愛情が残っている。
ここで重要になるのが「許す必要も、忘れる必要もない」という考え方である。普通の別れの歌なら、過去の問題を解決してから相手を送り出そうとするところだが、この曲では完全な和解を必要としていない。長い親子関係には良いことも悪いこともあり、それを修正して美しい物語へ作り替えるのではなく、そのまま受け入れて別れようとしている。この現実的な視点が、曲を単純な父親賛歌から遠ざけている。
タイトルの「Monsters」は、子どもが暗闇の中で恐れる怪物を思わせる言葉として使われている。かつては父親が息子を恐怖から守る側だった。しかし父が弱り、死への不安に向き合う段階になると、その役割が逆転する。成長した息子が今度は父を安心させ、眠らせようとするのである。親から子へ受け渡されてきた保護する役割が反対方向へ戻っていくことが、この曲の感情的な中心になっている。
制作背景・時代背景
「Monsters」が書かれた当時、Bluntの父Charles Blountはステージ4の慢性腎臓病を患い、腎移植を必要としていた。Blunt自身もドナーになることを考えたが適合せず、父親が亡くなる可能性を現実的に意識する状況になった。Bluntは当時のインタビューで、父親の死を意識したことで、伝えておきたいことを伝える機会になったという趣旨を語っている。
Bluntは『Once Upon a Mind』について、以前の数作では人々に好まれる曲を書こうとしていたが、この作品では自分にとって書く必要のある相手について書いたと説明している。自身が父親になったことで、親が子育てに費やした時間や愛情を以前より理解するようになったとも語っている。「Monsters」はその変化が最も直接的に現れた曲であり、商業的なポップソングの題材を探すというより、現実の家族関係から出発している。
ただし、この曲が結果的に父の死後の追悼歌になったわけではない。Charlesは2020年に腎移植を受け、その後回復した。2023年にBlunt自身が語ったところでも父は存命であり、健康を取り戻している。つまり「Monsters」は実際の死を振り返って書かれた歌ではなく、死が目前にあると思われた時期に、生きている父へ直接届けるために書かれた「生前の別れ」の歌なのである。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では、父と息子という関係を一度外し、二人の大人として別れようとする言葉が中心に置かれている。そこには、親を完璧な存在として扱う必要も、過去の問題をすべて解決してから別れる必要もないという考えがある。
もう一つの重要なモチーフが、タイトルになっている「怪物」である。幼い子どもが眠るときに恐れる存在を、父親が追い払ってくれたという関係が暗示され、それが最後には逆転する。息子が父を安心させる側になることで、親子の時間が一周して終わりへ近づいていく。
サウンドと歌詞の考察
「Monsters」のアレンジで最も重要なのは、最初から感情を大きく演出しないことである。曲はピアノを中心に始まり、James Bluntの声を広い余白の中へ置く。ピアノも技巧的なフレーズを演奏するのではなく、コードをゆっくり提示して歌を支える役割に徹している。そのため聞き手の注意は、メロディそのもの以上に、Bluntが一つ一つの言葉をどう発音するかへ向かう。
この簡潔さは歌詞の設定によく合っている。語り手が父親に最後の言葉を伝える場面で、豪華な伴奏が先に悲しさを説明してしまえば、二人の会話という感覚は弱くなる。「Monsters」では伴奏を薄くすることで、聞き手が親子の非常に私的な空間へ入ったような距離感を作る。大勢の観客に向かって歌っているというより、目の前に一人だけいる相手へ話しているように聞こえるのである。
Bluntのボーカルも、この曲では声の美しさを均一に保とうとしていない。彼の特徴である高く細い声を使いながら、ところどころで息が混ざり、音の輪郭が揺れる。特に感情が強くなる場所でも、ロングトーンを派手に伸ばして歌唱力を見せる方向へは進まない。むしろ声が完全には安定しないことによって、言葉を最後まで言い切ろうとしている人間の緊張が伝わってくる。
メロディの作りも抑制されている。ヴァースでは狭い音域を使って話すように進み、サビに入ると音域が広がる。しかしそこで突然巨大なポップ・バラードになるわけではない。サビの上昇は感情を爆発させるためではなく、普段なら口にしにくいことをようやく父へ伝える瞬間として機能している。声量の差より、言葉の重みの差によってヴァースとサビを分けているのである。
曲が進むにつれて、チェロやコーラスなどが加わり、音の空間は少しずつ広がっていく。ここでも急激にドラマを作るのではなく、最初の一対一の会話から周囲へ感情が広がるようにアレンジされている。終盤にTrinity Boys Choirが加わることには特に意味がある。大人になった息子が父を見送る歌の中へ少年の声が入ることで、現在のBluntと、かつて父に守られていた子どものBluntが同じ曲の中に存在するように聞こえる。
タイトルの「Monsters」とこの少年性もつながっている。怪物を怖がるのは通常、幼い子どもの側である。ところが歌詞では大人になった息子が、父親にもう怖がらなくていいと伝える。音楽もその役割交換に沿って、最初は成人男性の孤独な声で始まり、最後には子どもを思わせる声を背景へ置く。単なる「父が死ぬ悲しい歌」ではなく、親子の役割が時間によって入れ替わる歌として作られていることが分かる。
もう一つ重要なのは、曲が「後悔」を中心にしていない点である。伴奏には短調のバラードらしい寂しさがあるものの、激しい不協和音や劇的な転調によって苦痛を強調することはない。歌詞でも、過去の間違いを数え上げて関係を修復しようとはしない。互いに完全ではなかったことを認め、そのうえで愛情を伝える。音楽も同じように、悲しみを解決しようとせず、一定の速度で受け止めていく。
2020年に公開されたミュージック・ビデオは、この曲の性格をさらに明確にした。Vaughan Arnellが監督した映像は、涙を浮かべながら歌うBluntの顔を長く正面から映し、途中で画面が広がると父Charles本人が隣に座っていることが分かる。物語的な再現映像や回想シーンを大量に入れず、実際の父と息子を同じ場所へ置くことで、曲が架空の人物についてではなく、生きている相手へ向けられた言葉であることを示している。
後に「Monsters」がIam Tongiによって歌われたことも、この曲の構造を考えるうえで興味深い。Tongiは亡くなった自身の父へ向けて歌い、2023年の『American Idol』ではBlunt本人とのデュエットも実現した。Bluntにとっては父が回復した歌である一方、Tongiにとってはすでに亡くなった父への歌になる。同じ歌詞が異なる親子の状況に無理なく置き換えられたのは、「Monsters」が病気の詳細ではなく、親を守る側へ回った子どもが別れに向き合うという普遍的な関係を中心に書かれているからである。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「No Bravery」 by James Blunt
Bluntのデビュー作『Back to Bedlam』に収録された初期の代表的バラード。題材は戦争で「Monsters」と異なるが、個人的な体験に近い場所から出発し、華美な表現を避けて喪失を歌う姿勢には共通点がある。
「Goodbye My Lover」 by James Blunt
ピアノと声を中心に別れを描いたBluntの代表曲。「Monsters」が父との関係を受け入れて送り出そうとするのに対し、こちらは恋愛関係を失った後にも感情から離れられない人物を描いている。
「The Living Years」 by Mike + The Mechanics
父親の死後、伝えられなかった言葉を振り返る1988年の楽曲。「Monsters」が父の存命中に別れの言葉を伝えた曲であることを考えると、両者は親子のコミュニケーションを反対側から描いた作品として比較できる。
「Dance with My Father」 by Luther Vandross
亡くなった父との幼少期を振り返り、もう一度家族の時間を取り戻したいと願うバラード。「Monsters」が現在の父と息子を二人の大人として描くのに対し、こちらは子どもの記憶へ戻っていく点が対照的である。
「How It Feels to Be Alive」 by James Blunt
同じ『Once Upon a Mind』に収録され、AllMusicも「Monsters」とともに父を扱った曲として挙げている。より厚いポップ・アレンジを使っており、同じアルバムの中で家族への感情を異なるサウンドへ変えた例として聞ける。
まとめ
「Monsters」の強さは、父親との別れを理想化された親子愛ではなく、互いの欠点まで知っている二人の大人の会話として描いたことにある。James Bluntの父Charlesが重い腎臓病を患った現実から生まれた曲だが、病気そのものより、かつて守られていた子どもが今度は親を安心させるという役割の逆転が中心に置かれている。ピアノと抑えた歌唱から始まり、チェロや少年合唱へ広がるアレンジも、その時間の流れを静かに支える。後に父が腎移植によって回復し、さらにIam Tongiが亡き父への歌として受け継いだことで、「Monsters」はBlunt一家の事情を越え、親との別れに向き合う歌として別の人生にも重なる作品になった。
参照元
- James Blunt公式サイト
- James Blunt『Once Upon a Mind』作品情報
- The Independent James Bluntインタビュー
- WNYC Studios『All Of It with Alison Stewart』James Bluntインタビュー
- AllMusic『Monsters』楽曲クレジット

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