
1. 歌詞の概要
Horrorは、Bartees Strangeが2025年2月14日に4ADからリリースした3作目のスタジオ・アルバムである。厳密に言えば、Horrorという同名の収録曲があるわけではない。作品全体がHorrorというタイトルを持ち、Too Much、Hit It Quit It、Sober、Baltimore、Lie 95、Wants Needs、Lovers、Doomsday Buttercup、17、Loop Defenders、Norf Gun、Backseat Bantonの12曲で構成されている。
タイトルのHorrorは、恐怖、という意味である。
ただし、このアルバムの恐怖は、ホラー映画の怪物や血まみれの惨劇だけを指しているわけではない。
もっと日常的で、もっと身体に近い恐怖である。
愛することの怖さ。
どこにも落ち着けないことの怖さ。
成功しても不安が消えないことの怖さ。
黒人であり、クィアであり、地方のアメリカで育つことの恐怖。
自分が誰かに必要とされていないのではないか、という恐怖。
そして、観客のいない部屋で歌ってしまうことへの恐怖。
Pitchforkの発表記事で、Bartees Strangeはこのアルバムについて、人生の中で何かを怖がっている人たちへ手を伸ばすために作った作品だと語っている。彼にとっての恐怖は、愛、場所、宇宙的な不運、長く抱えてきた破滅感のようなものだという。Pitchfork
この言葉は、Horrorという作品の中心をよく示している。
ここでのホラーは、逃げるべきものではない。
むしろ、向き合うものだ。
Bartees Strangeは、恐怖を消そうとしているのではない。恐怖を歌い、形にし、誰かと共有することで、その大きさを少しだけ縮めようとしている。実際、彼は同じ声明の中で、このアルバムは自分がつながろうとしている記録であり、世界を小さくし、近さを感じることで怖くなくなろうとしているのだと説明している。Pitchfork
つまり、Horrorは孤独な恐怖のアルバムであると同時に、接続を求めるアルバムでもある。
怖い。
でも、ひとりではいたくない。
怖い。
だから歌う。
怖い。
だから誰かに届いてほしい。
この矛盾が、Horror全体を動かしている。
サウンド面では、Bartees Strangeらしいジャンル横断性がさらに大きなプロダクションで鳴らされている。インディーロック、ソウル、AOR、ラップロック、ファンク、ハウス、ポップパンク、ヒップホップ、カントリーやフォークの影。それらが一枚の中で次々と形を変える。アルバムはBartees Strange本人に加え、Jack Antonoff、Yves Rothman、Lawrence Rothmanらが制作に関わっている。
Bartees Strangeはもともと、ひとつのジャンルに収まらないアーティストである。
しかしHorrorでは、そのジャンルの多面性が、単なる器用さではなく、恐怖の種類の多さとして機能している。
ある曲ではソウルのように胸を開く。
ある曲ではロックのように叫ぶ。
ある曲ではラップのように言葉を叩きつける。
ある曲では80年代的な光沢の中で孤独を歌う。
ある曲ではポップパンクの勢いで、必要とされたいという切実さを爆発させる。
Horrorは、恐怖のカタログである。
だが、ただ暗い作品ではない。
むしろ、怖さの中にある欲望や優しさ、つながりたい気持ちが見える作品なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Horrorの背景には、Bartees Strange自身の生い立ちと音楽的な混血性がある。
Bandcampの公式説明では、Bartees Strangeは恐怖とともに育ったとされている。家族は怖い話を人生の教訓として使い、彼自身も幼いころからホラー映画を通じて強くなる練習をしていたという。さらに、若く、クィアで、黒人としてアメリカの田舎で育つことにとって、世界の恐ろしさは非常に身体的なものだったと説明されている。Bartees Strange
この説明は、Horrorというタイトルが単なるコンセプトではないことを示している。
Barteesにとって、恐怖は娯楽でもあり、教育でもあり、現実でもあった。
怖い話は、子どもに世界の危険を教えるための道具だった。
ホラー映画は、恐怖に耐える訓練だった。
そして現実のアメリカは、若い黒人クィアの少年にとって、比喩ではなく恐ろしい場所だった。
だからHorrorというアルバムでは、ホラーの美学と生活の実感が重なっている。
吸血鬼や怪物のようなイメージがあったとしても、その奥にあるのはもっと現実的な恐怖だ。人種、土地、家族、愛、キャリア、金、観客、孤独。そうしたものが、このアルバムでは怪物のように姿を変える。
Pitchforkのレビューは、HorrorをBartees Strangeが深い恐怖と向き合う緩やかなコンセプト・アルバムとして捉え、成功しても不安は洗い流されないと書いている。さらに、このアルバムは死体や怪物そのものよりも、恐怖のある世界で安定や仲間を探す、厄介で日常的な作業に沈んでいる作品だと評している。Pitchfork
ここが重要である。
Horrorは、派手なホラー映画ではない。
むしろ、生活のホラーである。
仕事がある。
恋愛がある。
移動がある。
住む場所を考える。
ファンがいるかどうかを考える。
自分の音楽が届くのかを考える。
自分が守りたい人を守れるのかを考える。
こうした日常の一つひとつが、Bartees Strangeの声を通すと、不穏な輪郭を持ち始める。
また、Horrorは音楽的にも彼の子どものころの記憶と深く結びついている。Bandcampの公式説明では、父親からParliament-Funkadelic、Fleetwood Mac、Teddy Pendergrass、Neil Youngなどを教えられ、それらが彼自身のヒップホップ、カントリー、インディーロック、ハウスへの関心と混ざって、独自のサウンドになったと説明されている。Bartees Strange
この影響の混ざり方が、Bartees Strangeの音楽の核である。
彼は、ジャンルを借り物として使わない。
むしろ、すべてが自分の身体の中にあるものとして鳴る。
ソウルも、ロックも、ハウスも、ラップも、フォークも、AORも、黒人音楽の歴史も、白人中心に語られてきたインディーロックの文脈も、全部が同じ身体から出てくる。
だからHorrorは、ジャンルをまたぐアルバムであると同時に、恐怖をまたぐアルバムでもある。
音の幅は、感情の幅なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Horrorはアルバム作品であるため、ここではアルバム内の楽曲から短い範囲のみ引用する。歌詞は著作権で保護されており、引用部分の著作権はBartees Strangeおよび各権利者に帰属する。
まず、オープニング曲Too Muchから、アルバム全体の核に近い短いフレーズを取り上げる。
I need somebody
和訳:
誰かが必要なんだ
この言葉は、Horrorの中心にある。
恐怖に向き合うアルバムでありながら、Bartees Strangeが本当に求めているのは、孤独な強さではない。
誰かが必要だ。
支えてほしい。
地面につなぎとめてほしい。
怖さの中で、自分を現実に戻してほしい。
PitchforkはToo Muchについて、自分自身への不安定なラブレターのような曲であり、ファルセットを含むソウルからラップロックへ揺れ戻ると説明している。Pitchfork
この揺れは、歌詞の感情と完全に合っている。
強くありたい。
でも、誰かが必要だ。
自立したい。
でも、支えがほしい。
Bartees Strangeは、その矛盾を隠さない。
次に、Backseat Bantonのブリッジに現れる短い言葉を取り上げる。
Being scared has made me bigger now
和訳:
怖がってきたことが、今の僕を大きくした
この一節は、Horrorというアルバムのタイトルを最も端的に説明するような言葉である。
恐怖は、人を縮ませる。
身体を固くし、動けなくし、声を小さくする。
しかし、恐怖に向き合い続けることで、人は別の形に成長することもある。怖かったからこそ、見えるものがある。怖かったからこそ、誰かの怖さに気づける。怖かったからこそ、強くなるしかなかった。
Pitchforkのレビューでも、この一節はBackseat Bantonの希望を含むフレーズとして取り上げられている。Pitchfork
この言葉は、Horrorの結論に近い。
恐怖は消えない。
でも、恐怖に食べ尽くされるだけではない。
怖さは、自分を大きくすることもある。
もうひとつ、Wants Needsの文脈から重要な短い言葉を取り上げる。
I need you too
和訳:
僕にも君が必要なんだ
この一節は、Horrorが最終的に接続のアルバムであることを示している。
Bartees Strangeは、ただ自分の恐怖を語っているのではない。
聴き手に向かっている。
観客に向かっている。
自分の音楽を受け取ってくれる人に向かっている。
PitchforkはWants Needsを、Barteesが自分を支える観客への欲望と経済的必要に向き合うポップパンク曲として捉え、キャリアミュージシャンにとって空っぽの部屋ほど怖いものはないと書いている。Pitchfork
この指摘は鋭い。
Horrorにおける恐怖は、抽象的なものだけではない。
アーティストとして生きる恐怖もある。
聴かれなかったらどうするのか。
誰も来なかったらどうするのか。
自分が必要としている人たちに、自分も必要とされているのか。
Wants Needsは、その恐怖を正面から歌う。
4. 歌詞の考察
Horrorを考えるとき、まず大切なのは、恐怖がひとつではないということだ。
このアルバムには、いくつもの恐怖がある。
愛の恐怖。
場所の恐怖。
人種の恐怖。
キャリアの恐怖。
孤独の恐怖。
必要とされないことの恐怖。
成功しても安心できないことの恐怖。
そして、それらは別々に存在しているわけではない。
たとえば、Baltimoreでは、住む場所や家族を育てる場所を考えることが、アメリカの人種的な現実と結びつく。Pitchforkはこの曲を、どこに落ち着くべきかを考えるソフトロック的な瞑想であり、人種差別が染み込んだ国で黒人の子どもを育てる場所について考える歌だと評している。Pitchfork
これは非常に重いテーマである。
どこに住むか。
多くの人にとって、それは家賃や仕事や気候の問題かもしれない。
しかしBartees Strangeの歌では、それは安全の問題になる。子どもを育てられるか。自分たちが見られ方によって傷つけられないか。ここは本当に家と呼べる場所なのか。
つまり、場所そのものがホラーになる。
一方で、SoberやLie 95のような曲では、恐怖はより恋愛や安定への渇望として現れる。PitchforkはSoberにFleetwood Mac的な要素を見出し、Lie 95を愛を探す歌として評価している。Pitchfork
ここでの恐怖は、誰かを好きになることの怖さだ。
自分を開くこと。
相手に期待すること。
失う可能性を受け入れること。
愛されるかどうかわからないまま近づくこと。
愛は美しい。
しかし、Bartees Strangeの世界では、愛は同時に恐怖でもある。
なぜなら、愛することは、自分を無防備にすることだからだ。
Horrorというタイトルが見事なのは、こうした日常の感情にホラーという大きな名前を与えている点にある。
普通なら、人は恋愛の不安をホラーとは呼ばない。
引っ越し先の不安をホラーとは呼ばない。
観客が来るかどうかの不安をホラーとは呼ばない。
でも、身体の中でそれが本当に恐怖として感じられるなら、それはホラーなのだ。
Bartees Strangeは、その感覚に正直である。
サウンド面でも、Horrorは恐怖の形を一つに固定しない。
Too Muchでは、ソウルとラップロックが行き来する。
Loversでは、夜のハウスのような脈動がある。
Wants Needsでは、ポップパンク的な切迫感が爆発する。
Norf Gunでは、They Hate Changeとのコラボレーションによってヒップホップ的な移動感が生まれる。
BaltimoreやLie 95では、よりメロウでAOR的な広がりがある。
この音の多様性は、アルバムの散漫さと捉えることもできる。
実際、Guardianのレビューは、Horrorをジャンル混合の試みとしてはやや慎重で、統一感に欠けると批判している。ガーディアン
しかし、そのまとまらなさ自体が、Bartees Strangeのテーマに合っているとも言える。
恐怖は、いつも整った形でやってくるわけではない。
突然来る。
違う顔で来る。
昨日は愛の形をしていたものが、今日は仕事の不安として現れる。
昨日は家族の心配だったものが、今日はステージに立つ怖さになる。
Horrorのジャンルの揺れは、その感情の揺れでもある。
Bartees Strangeは、自分をひとつの音に閉じ込めない。
それは、彼の強さであり、同時に不安定さでもある。
Pitchforkのレビューは、Barteesをprofessional misfitと呼び、彼が複数の自己を別名義に分けるのではなく、すべてをBartees Strangeとして引き受けていると書いている。Pitchfork
この見方は、Horrorを聴くうえでとても重要である。
Bartees Strangeは、ロックの人でもあり、R&Bの人でもあり、ラップの人でもあり、フォークの人でもあり、ハウスを知る人でもある。
でも、それらは別々の人格ではない。
全部が彼だ。
Horrorは、その全部の彼が、それぞれの怖さを持って同じ部屋に集まっているアルバムなのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Too Much by Bartees Strange
Horrorのオープニング曲であり、アルバムの恐怖と接続のテーマを最初に提示する曲である。ソウル、ファルセット、ラップロックが揺れながら入り混じり、誰かに地上へつなぎ止めてほしいという不安が歌われる。Pitchfork
Horrorという作品に入るなら、まずこの曲が重要である。Bartees Strangeの声の柔らかさと、突然の荒さが同時に出ている。
– Sober by Bartees Strange
Horror発表時に公開されたシングルで、Pitchforkの記事でもアルバム発表とともに紹介された。Bartees StrangeはHorrorを、怖がっている人たちに手を伸ばすためのアルバムだと語っており、Soberはその中でも感情の大きなうねりを持つ曲である。
Fleetwood Mac的な広がりを感じさせるソングライティングと、後半へ向けて膨らむダイナミクスが印象的だ。恐怖をポップなスケールで鳴らす一曲である。
– Baltimore by Bartees Strange
Horrorの中でも特に美しい曲のひとつである。住む場所、文化の衝突、黒人の子どもをどこで育てられるのかという問いが、抑制されたソフトロック的な音像の中で歌われる。Pitchfork
この曲の恐怖は、大きな叫びではない。地図を見ながら、どこなら安全なのかを考えるような恐怖である。Bartees Strangeの社会的な視点と個人的な不安が重なる曲だ。
– Wants Needs by Bartees Strange
Horrorの中でも、最も露骨にアーティストとしての不安が出ている曲である。Pitchforkはこの曲を、ファンベースへの欲望と経済的必要に向き合うポップパンク的な曲として評している。Pitchfork
観客がいてほしい。聴いていてほしい。自分にもあなたが必要だ。そう歌う姿には、強さと弱さが同時にある。キャリアそのものを恐怖として歌うBarteesらしい一曲である。
– Backseat Banton by Bartees Strange
Horrorの最後を飾る曲であり、恐怖によって自分が大きくなったという感覚が現れる。Pitchforkはこの曲のブリッジを、成長についての希望を持つフレーズとして取り上げている。Pitchfork
アルバム全体を通ってきた怖さが、ここで少し違う形になる。恐怖は消えない。でも、恐怖を経験した自分は以前より大きくなっている。その感覚が残る曲である。
6. 恐怖を共有することで、世界を少し小さくするアルバム
Horrorは、Bartees Strangeのキャリアの中でも非常に大きな意味を持つ作品である。
Live Foreverで彼は、ジャンルに収まらない才能を見せた。
Farm to Tableで、その才能をより大きなスケールへ広げた。
そしてHorrorでは、その先にある不安を見つめている。
成功したからといって、怖くなくなるわけではない。
むしろ、成功したからこそ別の怖さが生まれる。
次はどうするのか。
期待に応えられるのか。
自分はどこに住むのか。
誰を愛するのか。
誰に必要とされているのか。
自分の音楽は、本当に誰かに届いているのか。
Horrorは、その問いのアルバムである。
この作品のすごさは、恐怖を単純に暗いものとして扱わないところにある。
恐怖はある。
でも、Bartees Strangeはそれをただ嘆かない。
恐怖を通して、人と近づこうとする。
怖いからこそ、誰かに話す。
怖いからこそ、歌にする。
怖いからこそ、同じように怖がっている人を探す。
Pitchforkの発表記事で紹介された本人の言葉にあるように、彼はこのアルバムで世界を小さくし、近さを感じることで、怖さを減らそうとしている。Pitchfork
これはとても美しい考え方である。
恐怖は、人を孤立させる。
自分だけが怖いのだと思わせる。
自分だけが弱いのだと思わせる。
自分だけがうまくやれていないのだと思わせる。
しかし、誰かが同じ恐怖を歌うと、少しだけ変わる。
自分だけではないのかもしれない。
この怖さには名前があるのかもしれない。
この暗闇にも、他の人がいるのかもしれない。
Horrorは、そのためのアルバムである。
Bartees Strangeは、恐怖を退治するヒーローではない。
むしろ、恐怖を抱えたまま歌う人だ。
そして、その歌の中で、恐怖は少しだけ姿を変える。
怪物ではなく、共有できる感情になる。
孤独ではなく、接続の入口になる。
恥ではなく、声になる。
Horrorというタイトルは、最初は不穏に見える。
だが聴き終えると、この作品の本質は恐怖そのものより、恐怖の中で誰かへ手を伸ばすことにあるのだとわかる。
だからこのアルバムは、暗いだけではない。
むしろ、深いところで優しい。
怖い世界にいる。
でも、ひとりではないかもしれない。
Bartees Strangeは、その小さな可能性を、ロック、ソウル、ラップ、ハウス、ポップ、AOR、フォークの断片を混ぜながら鳴らす。
Horrorは、ジャンルを越えるアルバムである。
そして、恐怖を越えようとするアルバムでもある。
完全には越えられない。
でも、越えようとする。
その途中の声が、ここにはある。



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