
1. 歌詞の概要
In a Cab は、アメリカのシンガーソングライター、Bartees Strangeが2019年に発表した楽曲である。
のちに2020年のデビューアルバム Live Forever に収録され、Bartees Strangeというアーティストの存在を初期から強く印象づける一曲となった。
この曲の中心にあるのは、移動し続ける人間の孤独と、そこから抜け出したいという切実な願いである。
タイトルの In a Cab は、「タクシーの中で」という意味を持つ。
タクシーは、どこかへ向かうための場所だ。
けれど、そこは目的地ではない。
車内にいるあいだ、人は移動している。
でも、まだ到着していない。
窓の外には街が流れ、スマホの画面には通知が光り、頭の中では不安や記憶がぐるぐる回る。
In a Cab は、まさにその「途中」の感覚を鳴らしている。
歌詞の語り手は、自分に誰が頼れるのか、自分は誰を頼れるのかを問い続けている。
友人を数え、金を数え、電話を確認し、うまくつながらない回線に苛立つ。
外側では何かを勝ち取っているように見える。
でも内側では、ひどく疲れている。
この曲の言葉には、成功、孤独、移動、疲労、自己防衛が入り混じっている。
Bartees Strangeの魅力は、こうした感情をひとつのジャンルに閉じ込めないところにある。
In a Cab も、インディーロック、エモ、ヒップホップ、R&B、ポストパンク的な質感が重なり合っている。
ギターは硬く、リズムは揺れ、ホーンのような響きが曲に妙な酔いを与える。
ボーカルはラップのように言葉を詰め込みながら、サビでは大きく開ける。
Pitchforkは Live Forever のレビューで、In a Cab について「船酔いするようなホーン」が Stone Meadows へと軽快につながる曲として触れ、アルバム序盤の鮮やかな流れの一部として評している。さらに同レビューでは、Bartees Strangeの声が Live Forever 全体の結合力になっているとも述べられている。Pitchfork
In a Cab は、その「声の結合力」がよく分かる曲だ。
音楽的には多方向へ飛び散っている。
けれど、Barteesの声があるから、曲はばらばらにならない。
彼の声には、強さと疲れが同時にある。
勝ちたい人の声であり、すでに何度も傷ついてきた人の声でもある。
だからこの曲は、単なる自信満々なアンセムではない。
むしろ、強がりの裏にある不安が、夜の車窓に反射して見えるような曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
In a Cab は、2019年1月に公開されたBartees Strangeの初期シングルである。WXPNは2019年1月30日、この曲を「new single」として紹介し、Barteesが若い頃から中西部や南部のハードコア/エモのシーンと、海外のインディーやエレクトロニック・ミュージックをつなぐように音楽を吸収してきたと説明している。WXPN | Vinyl At Heart
この時点で、Bartees Strangeの音楽性はすでにかなり明確だった。
ひとつの箱に収まらない。
ロックだけではない。
ラップだけでもない。
エモでも、R&Bでも、フォークでも、ポストパンクでもある。
そして、それらを「混ぜている」というより、自分の経験として自然に鳴らしている。
Bartees Strange、本名Bartees Cox Jr.は、オクラホマ州Mustangで育ち、ワシントンD.C.を拠点に活動してきたアーティストである。
彼は音楽活動と並行して、気候変動に関わるアクティビズムの仕事もしていた。WXPNの記事でも、当時のBarteesが音楽をサイドハッスルとして続けながら、フルタイムで気候変動の活動に関わっていたことが紹介されている。WXPN | Vinyl At Heart
この背景は、In a Cab の緊張感と深く関係している。
何かを目指している。
でも、生活は現実的だ。
音楽だけにすべてを賭けられるほど簡単ではない。
仕事がある。
移動がある。
友人関係がある。
人種やセクシュアリティによって、シーンの中で感じる疎外もある。
WXPNの記事では、Barteesがブラックでクィアなミュージシャンとして直面してきた困難にも触れつつ、彼の音楽には可能性や受容のメッセージがあると紹介されている。記事中で引用された本人コメントでは、人生の中で人々が自分を箱に入れようとしてきたこと、そして黒人やブラウンの人々が受け入れられるために自分の一部を隠していることへの問題意識が語られている。WXPN | Vinyl At Heart
In a Cab は、その「箱に入れられること」への抵抗が、音の形になった曲でもある。
曲は一方向に進まない。
ラップのように走り、ロックのように爆発し、ソウルのように歌い、エモのように痛む。
その全部が、Bartees Strangeという人の内側から出ている。
2020年にリリースされた Live Forever は、こうした彼の音楽性を一気に広く知らしめた作品だった。Pitchforkは同作にBest New Musicを与え、D.C.を拠点とする彼がアリーナロック、フォーク、ラップなど多様なスタイルを自由に行き来し、ブラック・アーティストとしての自由についてのアルバムを作り上げたと評している。Pitchfork
GRAMMY.comも、Live Forever について、カントリー、ラップ、IDM、ロックをまとめ上げた作品であり、Barteesの個人的な旅路を扱うアルバムだと紹介している。Grammy
In a Cab は、その旅路の入口にある曲のひとつだ。
タクシーの中。
移動中。
まだ目的地に着いていない。
この状況は、Bartees Strangeというアーティストのキャリア初期の姿とも重なる。
すでに自分の音を持っている。
でも、まだ広く認識される前だ。
どこかへ向かっている。
その途中で、彼は自分の声を確かめている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲で抜粋する。
歌詞の確認には、Dorkの歌詞掲載ページを参照できる。Dorkでは In A Cab の歌詞がLRCLIB提供として掲載されている。Readdork
Who, could ever depend on me
和訳:
誰が、僕を頼りにできるというんだろう
この冒頭は、曲の不安を一気に開く。
語り手は、自分を強い人間として差し出しているわけではない。
むしろ、自分が誰かにとって頼れる存在なのかどうかを疑っている。
これは、成功を求める人の歌であると同時に、自分の不安定さをよく知っている人の歌でもある。
友人を数える。
金を数える。
スマホを見る。
回線の問題に苛立つ。
そのすべてが、現代的な孤独の描写になっている。
もうひとつ、曲の感情を象徴する短いフレーズがある。
So lift me up
和訳:
だから、僕を引き上げてくれ
この一節は、祈りのように響く。
強がりや勝利の言葉が並ぶ中で、突然、助けを求める声が現れる。
自分で全部を背負いきれない。
誰かに引き上げてほしい。
この場所から、自分を上へ持ち上げてほしい。
In a Cab の核心は、この二重性にある。
語り手は、自分が勝ったと言う。
金を得ると言う。
痛みを金に変えられると言う。
でも、その一方で「引き上げてくれ」とも言う。
強さと助けを求める弱さが、同じ曲の中で衝突している。
引用元:Dork, In A Cab Lyrics — Bartees Strange
歌詞提供:LRCLIB
収録作:Live Forever
歌詞著作権:各権利者に帰属
4. 歌詞の考察
In a Cab の歌詞は、非常に断片的である。
ひとつの明確な物語を語るというより、頭の中で高速に切り替わる思考をそのまま並べているように聞こえる。
友人。
金。
電話。
ローミング。
勝利。
痛み。
祈り。
疲労。
移動。
これらの言葉が、夜の車窓に映る光のように次々と流れていく。
だからこの曲を聴いていると、実際にタクシーの中にいるような感覚になる。
外は動いている。
自分は座っている。
身体は移動しているのに、頭の中だけがひどく騒がしい。
この「移動」と「内面の渋滞」の対比が、曲の魅力である。
語り手は、どこか勝ち気だ。
自分には何かを得られるという感覚がある。
痛みを金に変えられる、というような言葉も出てくる。
しかし、その自信は完璧ではない。
むしろ、疲れを隠すための自信に聞こえる。
自分は大丈夫だと言い聞かせるような声。
周りに見下されないための態度。
箱に入れられないための反発。
Bartees Strangeの歌詞には、しばしばこのような自己防衛がある。
自分の場所を自分で作らなければならない。
誰も自然に席を用意してくれない。
だから、声を大きくする。
ジャンルを横断する。
誰かが決めた役割に収まらない。
Pitchforkは Live Forever のレビューで、同作がブラック・アーティストとしての自由に関するアルバムであり、Barteesが集めたさまざまな音の影響が彼自身の親密な存在感によって結びつけられていると評している。Pitchfork
In a Cab も、その自由の実践である。
ラップ的な言葉の運び。
インディーロックの切迫感。
エモの不安。
ソウル的な声の伸び。
ポストパンク的な不穏な揺れ。
それらが、ひとつの曲の中で同居している。
ここで重要なのは、Barteesが「ジャンルを混ぜること」を目的にしているようには聞こえないことだ。
むしろ、彼の中にあるものをそのまま出したら、自然にこうなったように聞こえる。
それが強い。
ジャンルを横断する音楽は、ときに実験的な見せ物になりがちだ。
でも In a Cab は、実験というより生活である。
人はひとつのジャンルだけでできていない。
ひとつの街だけでできていない。
ひとつのアイデンティティだけでできていない。
Bartees Strangeの音楽は、そのことを音で示している。
In a Cab の歌詞に出てくる「ローミング」の感覚も面白い。
電話がうまくつながらない。
自分のいる場所が、いつもの通信圏から外れている。
この現代的な描写は、単なるスマホの問題ではなく、自分の居場所の不安にも聞こえる。
自分はどこにつながっているのか。
誰とつながっているのか。
自分の声は、ちゃんと届いているのか。
タクシーの中で、電話を見ながら、そんなことを考える。
この曲における「cab」は、都市的な孤独の象徴でもある。
誰かに運ばれている。
しかし、その運転手とは深く関係しない。
街の中を走っている。
でも、自分の家にいるわけではない。
移動している。
でも、心はどこにも落ち着かない。
この感覚は、Barteesのキャリアや人生の移動とも重なる。
オクラホマからD.C.へ。
ハードコアやエモのシーンからインディーロックへ。
音楽活動と社会活動のあいだ。
ブラックでクィアなアーティストとして、白人中心のロック空間へ。
移動は自由をもたらす。
でも、移動は疲れる。
In a Cab は、その両方を鳴らしている。
サウンド面でも、この曲は非常に動きが多い。
ホーンのような音が不安定に揺れ、ビートは体を前へ押し出す。
曲全体に少し酔ったような感じがある。
それは、夜のタクシーの揺れにも似ている。
窓の外の光が伸びる。
街灯が線になる。
少し眠い。
でも、頭は冴えている。
疲れているのに、心が休まらない。
Barteesのボーカルは、その状態を見事に表現している。
彼は言葉を詰め込む。
声を押し出す。
急にメロディを広げる。
そして、また内側へ戻る。
この声の動きが、曲の感情の振れ幅を作っている。
In a Cab では、語り手は何度も自分を立て直そうとしているように聞こえる。
自分は勝った。
自分はやれる。
痛みも金に変えられる。
それでも、どこかで「引き上げてくれ」と言ってしまう。
この矛盾が、人間らしい。
成功したい。
認められたい。
強くありたい。
でも、本当は疲れている。
誰かに守られたい。
安全だと言ってほしい。
曲の終盤に向かって出てくる「safe」という感覚は、まさにその願いである。
勝つことよりも、稼ぐことよりも、最終的に欲しいのは安全なのかもしれない。
自分が壊れずにいられる場所。
自分を隠さずにいられる場所。
誰かに頼ってもいいと思える場所。
In a Cab は、その場所へ向かう途中の曲なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Mustang by Bartees Strange
Live Forever の中でも特にBartees Strangeの核が見える楽曲である。オクラホマ州Mustangで育った彼の過去や、そこから離れたい感覚が、ロック、シンセ、エモのエネルギーと結びついている。Pitchforkは Mustang について、故郷から逃れたい気持ちを持つ曲として触れ、Barteesの人間味あるアリーナサイズの表現を評価している。Pitchfork
In a Cab の移動感や、自分の場所を探す切実さに惹かれた人には特に響く。
- Boomer by Bartees Strange
Bartees Strangeのポップな爆発力を味わえる曲である。GRAMMY.comは Boomer について、Barteesがブルックリンでようやく居場所を感じた時期を記録した曲として紹介している。Grammy
In a Cab の不安定な移動感に対して、Boomer はより明るく、跳ねるような自己実現の曲として聴ける。ラップ、ポップパンク、インディーロックが自然に混ざる感覚も近い。
- Flagey God by Bartees Strange
Live Forever の中でも、クラブ的な湿度とゴスペル/ハウスの影が混ざる楽曲である。Pitchforkは Flagey God のフックに、ゴスペルやハウスの亡霊をまとった跳ねるような感覚があると評している。Pitchfork
In a Cab の後半にある夜の移動感、疲れた身体をそれでも踊らせるような質感が好きな人に合う。
- Nearer by TV on the Radio
Bartees Strangeの音楽を語るとき、TV on the Radio的な影響はしばしば連想される。GRAMMY.comも Live Forever について、TV on the Radioとの比較に触れながら、Barteesの独自性を紹介している。Grammy
Nearer は、声の重なり、都市的な不安、ロックとソウルの交差を味わえる曲で、In a Cab の不穏で多層的な空気に近いものがある。
- Kyoto by Phoebe Bridgers
音楽性は違うが、移動、ツアー、疲労、家族や自分自身への複雑な感情を、明るいサウンドの中で描くという点で共通している。Bartees StrangeはのちにPhoebe Bridgersの Kyoto をリワークしており、彼のキャリアの広がりを考えるうえでも並べて聴くと面白い。移動中の心のざわつきという意味で、In a Cab とよく響き合う。
6. タクシーの中で鳴る、ジャンルを越える自己証明
In a Cab の特筆すべき点は、まだ広く知られる前のBartees Strangeが、すでに自分の音楽的な宣言を鳴らしているところにある。
この曲は、きれいに分類しづらい。
インディーロックと言えばそうだ。
エモと言えばそうだ。
ラップの要素もある。
R&Bやソウルの影もある。
ポストパンク的な不穏さもある。
でも、どの言葉も完全には足りない。
それこそが、Bartees Strangeの狙いであり、魅力である。
彼は、ジャンルの外にいるのではない。
むしろ、いくつものジャンルの中に同時にいる。
だから、彼の音楽を聴いていると、分類そのものが少し古く感じられる。
黒人のアーティストだからこの音。
クィアなアーティストだからこの表現。
ロックならこう。
ラップならこう。
インディーならこう。
そういう枠を、In a Cab は軽々とすり抜ける。
WXPNの記事で引用されたBarteesのコメントには、自分の人生の中で人々が彼を箱に入れようとしてきたという意識がはっきり表れている。彼は、自分の音楽を通じて、同じように自分の一部を隠している人たちが自由になれるようにしたいと語っている。WXPN | Vinyl At Heart
In a Cab は、その自由を理屈ではなく音で示す。
曲が始まると、聴き手はどこに連れていかれるのか分からない。
だが、その分からなさが心地よい。
タクシーに乗るとき、自分で運転はしない。
ただ、目的地を告げて、流れる景色を見ている。
In a Cab も、そういう曲だ。
Barteesの声が運転する。
リズムが道を曲がる。
ホーンが夜の空気を歪ませる。
言葉が急に詰まり、次の瞬間にメロディが開ける。
聴き手は、その移動に身を任せる。
ただし、この曲の移動は、楽しいだけのドライブではない。
そこには疲労がある。
ストレスがある。
自分が誰かに頼られる存在なのかという不安がある。
成功や金の話が出てくる一方で、心の安全を求める声もある。
この矛盾が、In a Cab を単なるクールなジャンルミックス以上のものにしている。
Bartees Strangeの音楽は、しばしば「ジャンルを超える」と言われる。
それは正しい。
しかし、その言葉だけで終わると、少し表面的になってしまう。
彼がジャンルを超えるのは、器用だからだけではない。
そうしないと自分を表せないからだ。
自分の人生が、ひとつのジャンルだけでできていない。
自分のアイデンティティが、ひとつのラベルだけで説明できない。
自分の痛みも喜びも、ひとつの音だけでは足りない。
だから、曲が広がる。
だから、音が変わる。
だから、声が何度も別の形になる。
In a Cab には、その必然性がある。
この曲の中で、語り手は何度も自分の立場を確かめているように聞こえる。
誰が自分を頼れるのか。
自分には友人がいるのか。
自分は勝っているのか。
本当に安全なのか。
これらの問いは、キャリア初期のアーティストの不安とも重なる。
音楽を作っている。
でも、まだそれだけで生活が安定しているわけではない。
自分の音楽がどこへ届くのかも分からない。
シーンの中で自分の場所を作れるのかも分からない。
それでも、曲は鳴る。
むしろ、その不安があるからこそ、曲は強い。
In a Cab は、完全に自信を持った人の歌ではない。
自信を作ろうとしている人の歌である。
不安に押しつぶされないように、声を張り、ビートに乗り、移動し続ける人の歌だ。
ここに、Bartees Strangeの音楽の大きな魅力がある。
彼は、弱さを隠して強い音楽を作るのではない。
弱さを含んだまま、強い音楽を作る。
そのため、曲は大きく鳴っても空虚にならない。
アリーナロック的なスケールを持っていても、どこか会話のような近さがある。
Pitchforkは Live Forever について、Barteesの音楽がアリーナサイズの身振りを持ちながらも、実際には心から心への会話のように聞こえると評している。Pitchfork
In a Cab も、まさにそうだ。
大きな音が鳴っている。
でも、その中心にはひとりの人間がいる。
タクシーの中で、スマホを見ている。
友人を数えている。
疲れている。
でも、まだ諦めていない。
どこかへ向かっている。
その姿が、この曲の中にある。
また、Live Forever 全体の中で In a Cab は、Barteesの音楽的な射程を早い段階で示す役割を持っている。
アルバムは、Mustang、Boomer、Mossblerd、Flagey God などを通して、故郷、移動、ブラック・アイデンティティ、ジャンル、ロックシーンの白さ、自分の声の場所を問い続ける作品である。
In a Cab は、その中で都市的な焦燥と移動の感覚を担っている。
どこかにいる。
でも、どこにも落ち着かない。
誰かとつながっている。
でも、通信は不安定だ。
勝ちたい。
でも、安全でいたい。
この状態は、現代的であり、同時に普遍的でもある。
多くの人が、自分の場所を探して移動している。
仕事、街、関係、アイデンティティ、夢。
そのすべてのあいだで、タクシーに乗っているような気分になることがある。
まだ目的地ではない。
でも、もう出発してしまった。
戻ることもできるかもしれない。
でも、戻りたいわけでもない。
In a Cab は、その中途半端な時間を歌にしている。
そして、その中途半端さを弱点にしない。
むしろ、そこにエネルギーを見つける。
移動中だからこそ、音は変化する。
不安定だからこそ、曲は揺れる。
まだ到着していないからこそ、声には切迫感がある。
この曲は、完成された自画像ではない。
走行中の自画像である。
街灯の光で一瞬だけ顔が照らされる。
次の瞬間、また暗くなる。
窓に映る自分の顔と、外の街が重なって見える。
In a Cab を聴いていると、そんな映像が浮かぶ。
Bartees Strangeは、その映像の中で、自分の居場所を探している。
同時に、自分の居場所を作っている。
誰かが用意したジャンルに入るのではない。
誰かが定めた期待に合わせるのでもない。
自分の声が通る道を、自分で作る。
In a Cab は、その最初期の力強い記録である。
この曲を聴くと、Bartees Strangeがなぜその後、Live Forever や Farm to Table で大きな評価を得ていったのかがよく分かる。
彼の音楽には、ただ器用な多ジャンル性があるだけではない。
そこには、自分を分断せずに生きようとする切実さがある。
ロックも、ラップも、エモも、ソウルも、すべて自分の中にある。
そのどれかを選ぶ必要はない。
全部を持ったまま、前へ進めばいい。
In a Cab は、そういう曲だ。
タクシーはまだ走っている。
目的地は見えていない。
でも、声はもう鳴っている。
その声が、Bartees Strangeというアーティストの始まりを告げている。

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