イントロダクション
ワシントンD.C.の空を切り裂くようなギター。
次の瞬間にはトラップビートが細かく刻まれ、バリトンボイスがゴスペルの残響を引いてくる。
Bartees Strange はロック、ヒップホップ、R&B、ポストパンク、カントリーを自在に行き来し、アメリカ音楽のパッチワークを“個人史”として鳴らす稀有なシンガーソングライターである。
バックグラウンドと歴史
本名 Bartees Leon Cox Jr.
1990 年、イギリス人母とアフリカ系アメリカ人父のもとオクラホマ州で生まれる。
父は空軍勤務、母はオペラ歌手。
ミリタリーベースを転々とする幼少期にハードコアとゴスペル、カントリーとUKグライムを並列で吸収した。
大学卒業後はデラウェアで環境ロビイストとして働くが、夜はパンクバンドで叫ぶ二重生活。
2017 年、ワシントンD.C.へ移り音楽に専念。
ナショナルのカバーEP『Say Goodbye to Pretty Boy』（2020）を皮切りに、同年秋の初アルバム『Live Forever』で一気に注目を浴びる。
2022 年、『Farm to Table』ではビルボード・ヒートシーカーズ3位を獲得し、デスキャブやボン・イヴェールのツアーサポートを経てヘッドライン級へ躍進した。
音楽スタイルと特徴
核にあるのはエモ／インディーロックの骨太リフ。
そこへクラウトロック譲りの8分刻みドラムと、サウスヒップホップの808を重ね、メロディにはソウルのうねりを注ぐ。
転調や拍子替えを多用しながらも、ヴォーカルは常に“語り”としての明瞭さを保ち、リリックは移民家庭の孤立感や黒人コミュニティの連帯をドキュメンタリーのように切り取る。
代表曲解説
・Mustang
デビュー盤の冒頭を飾る爆走ナンバー。
高校時代を過ごしたオクラホマの荒野と、自分が「外れ者」である痛みを一気に吐き出す。
・Boomer
カントリー風スライド・ギターから一転、インダストリアルなノイズへ雪崩れ込む。
米南部での複雑なルーツをセルフアイロニーで語るフックが痛快だ。
・Heavy Heart
『Farm to Table』のリード。
喪失と成功が交差するツアーバスの深夜を描き、後半のゴスペルコーラスが胸を締めつける。
・Black Gold
同作のハイライト。
警察暴力への怒りを、ラテン打楽器とシューゲイズ・ギターで包み込み、祈りと闘争を同時に響かせる。
作品ごとの進化
2017 Magic Boy EP
ローファイ・トラップとDIYパンクが交差する実験的名刺。
2020 Say Goodbye to Pretty Boy
The National 楽曲をブラック・ミュージック視点で換骨奪胎。声と解釈力を証明。
2020 Live Forever
ハードコア、UKガラージ、R&B をモザイク状に接着し、“狭間に生きる者”のマニフェストを提示。
2022 Farm to Table
ストリングスとブラスを導入し、セルフルーツと社会批評を大きなスケールで描写。“アメリカン・ダイアリー”三部作の幕開けと噂される。
影響を受けた音楽と文化
・TV on the Radio や Bloc Party のポストパンク
・OutKast の南部フューチャリズム
・Bon Iver／Phoebe Bridgers のインディーフォーク
・父の故郷ミシシッピが持つブルーズの霊性
これらが移動・転属の記憶と混ざり、“ノマド的ハイブリッド”を形成する。
シーンへの波及
Bartees Strange 以降、USインディーでは“ジャンル横断＋ポリティカル”が当たり前の語法となり、Black Country, New Road や Indigo De Souza ら同世代が影響を公言。
また、カントリーとヒップホップを架橋する姿勢は、アフロアメリカンのルーツ再評価を促し、フェスラインナップの多様化を後押しした。
オリジナル要素
・“Split-Stage”ライブ構成
ステージを半分に区切り、曲ごとにバンド編成とビートメイカー卓を左右入れ替え、視覚的にもジャンル越境を演出。
・ツアー先コミュニティラジオ出演
各地ローカル局で即興コラボを収録し、そのまま次回公演のSEに使用。都市と都市を音で繋ぐ。
・家族レシピ付きヴァイナル
母の西アフリカ料理レシピカードを初回盤に封入し、“食卓からもルーツ共有”を図る。
まとめ
Bartees Strange の音楽は、アメリカというパッチワーク地図の縫い目をたぐり寄せ、個人的記憶と社会の裂け目を一枚のキャンバスへ縫い合わせる試みである。
ロックのフィードバックも、トラップのハイハットも、ゴスペルのハミングも、彼の手のひらでは同じ温度で脈打つ。
次章『Farm to Table』の後に控える新作が、どんな新しい縫い目を刻むのか。
その鼓動に耳を澄ませ、境界なき音の旅路を追いかけたい。
コメント