- イントロダクション:崩れそうで崩れない、現代ロックの奇妙な建築物
- アーティストの背景と歴史:混沌の中から生まれた集団
- 音楽スタイルと影響:ポスト・ロック、室内楽、演劇性の混合
- 代表曲の楽曲解説
- アルバムごとの進化
- For the First Time(2021)
- Ants From Up There(2022)
- Live at Bush Hall(2023)
- Forever Howlong(2025)
- 影響を受けた音楽:ポスト・パンクだけではない広大な地図
- 影響を与えた音楽シーン:現代UKロックの「物語性」を更新した存在
- 同時代アーティストとの比較:black midi、Squid、Fontaines D.C.との違い
- 歌詞世界:過剰な自意識から、群像劇へ
- ライヴ・パフォーマンス:演奏ではなく、上演される音楽
- 批評的評価と再評価:異端から中心へ
- まとめ:Black Country, New Roadが奏でる、終わらない物語
- 関連レビュー
イントロダクション:崩れそうで崩れない、現代ロックの奇妙な建築物
Black Country, New Road(ブラック・カントリー・ニュー・ロード)は、2010年代末から2020年代のUKロックを語るうえで避けて通れない存在である。彼らの音楽は、ポスト・ロック、ポスト・パンク、プログレッシヴ・ロック、チェンバー・ポップ、クレズマー、ジャズ、フォークを巻き込みながら、ひとつの巨大で不安定な物語として立ち上がる。
バンドはイギリス・ケンブリッジ周辺の音楽シーンから現れ、Ninja Tuneと契約。2021年のデビュー・アルバムFor the First Time、2022年のセカンド・アルバムAnts From Up Thereで一気に批評的評価を高めた。とりわけAnts From Up Thereは、2022年2月4日にNinja Tuneからリリースされ、リリース直前に中心的ヴォーカリストだったIsaac Woodが脱退したことでも大きな転換点となった。
Black Country, New Roadの魅力は、整った美しさではない。むしろ、今にも崩れそうな感情、言葉が多すぎる語り、唐突に爆発するアンサンブル、泣き笑いのようなメロディにある。彼らの楽曲は、通常のロックソングというより、登場人物が勝手に動き出す小説、あるいは夢と現実が混ざった演劇のようだ。
2025年には、Isaac Wood脱退後初のスタジオ・アルバムとなるForever Howlongを発表。Tyler Hyde、Georgia Ellery、May Kershawがヴォーカルと主要なソングライティングを担う体制へ移行し、バンドは破局を終わりではなく、新しい語り口の始まりへと変えた。
アーティストの背景と歴史:混沌の中から生まれた集団
Black Country, New Roadの初期メンバーは、Isaac Wood、Tyler Hyde、Lewis Evans、Georgia Ellery、May Kershaw、Charlie Wayne、Luke Markらを中心に形成された。彼らは同世代の実験的UKバンド、特にblack midiなどと近い文脈で語られることが多い。ロンドンのライヴハウスやアンダーグラウンド・シーンで注目を集め、緻密でありながら爆発寸前の演奏で評価を獲得していった。
バンド名のBlack Country, New Roadは、イングランド中部の地域名「Black Country」と、道路のような移動・通過のイメージを組み合わせたような奇妙な響きを持つ。そこには、地名でありながら架空の場所のような感覚がある。まるで、現実の英国のどこかに存在しながら、同時に夢の中にしかない町の名前のようだ。
初期の彼らは、ポスト・パンクの緊張感とジャズ的なアンサンブル、そしてIsaac Woodの語りに近いヴォーカルによって、強烈な個性を放った。歌詞は饒舌で、自己嫌悪、恋愛、インターネット文化、郊外的な退屈、過剰な自意識を抱え込む。そこにサックス、ヴァイオリン、ピアノ、ギター、ベース、ドラムが複雑に絡み、曲は予想外の方向へねじれていく。
だが、バンドの歴史は順風満帆ではなかった。2022年1月31日、Isaac Woodは精神的健康を理由にバンドからの脱退を発表し、バンドは予定されていた北米ツアーをキャンセルした。これはAnts From Up Thereのリリースわずか数日前の出来事であり、Black Country, New Roadにとって最大の転機となった。
多くのバンドであれば、ここで物語は終わっていたかもしれない。しかしBlack Country, New Roadは、Isaac Wood在籍時代の楽曲を封印し、新曲だけでライヴを行う道を選んだ。そして2023年のライヴ作品Live at Bush Hallを経て、2025年のForever Howlongで新体制をスタジオ作品として結実させた。
音楽スタイルと影響:ポスト・ロック、室内楽、演劇性の混合
Black Country, New Roadの音楽スタイルは、ひとつのジャンル名では到底説明できない。デビュー期には、ポスト・パンク、ポスト・ロック、マスロック、ジャズ・ロックの影響が強く表れていた。変拍子的な展開、反復するリフ、突如として激しくなるダイナミクス、サックスやヴァイオリンを含む編成が、通常のギター・ロックとは異なる緊張感を生んでいた。
初期のサウンドを形容するなら、「崩壊寸前のビッグバンド」である。メンバー全員が別々の方向へ走っているように聴こえる瞬間がある。しかし不思議なことに、最後にはひとつの巨大なうねりへまとまる。混沌を制御するのではなく、混沌が曲そのものになる。そこがBlack Country, New Roadの強みである。
一方、Ants From Up Thereでは、よりメロディアスで叙情的な方向へ進化した。ポスト・ロック的な長尺構成は保ちつつ、楽曲は大きな感情の起伏を描くようになり、Arcade FireやSufjan Stevensにも通じる祝祭性と喪失感を帯びる。そこには、壊れかけた心をオーケストラのようなバンド・サウンドで支えようとする切実さがある。
2025年のForever Howlongでは、さらに大きな変化が起きた。Isaac Woodの語りの強度に代わり、Tyler Hyde、Georgia Ellery、May Kershawの複数の声が前面に出る。Pitchforkは同作について、ポスト・パンクからフォーク寄り、バロック的なサウンドへ移行し、ハーモニーやリコーダー、マンドリンなどを含む共同体的な音楽へ変化した作品として評している。Pitchfork
この変化は、単なるヴォーカリスト交代ではない。Black Country, New Roadは、ひとりの語り手による切迫した物語から、複数の人物が入れ替わり立ち替わり語る群像劇へと進化したのである。
代表曲の楽曲解説
「Sunglasses」
「Sunglasses」は、初期Black Country, New Roadを象徴する楽曲である。長尺で、神経質で、演劇的で、ほとんど自意識の怪物のような曲だ。
この曲では、Isaac Woodの語りが中心にある。彼のヴォーカルは、一般的なロック・シンガーのように美しく歌い上げるものではない。むしろ、独白、告白、苛立ち、皮肉、泣き言が入り混じった声である。そこにサックスとヴァイオリン、ギターが絡み、曲は次第に狂気じみた高揚へ向かう。
タイトルの「Sunglasses」は、自己防衛の象徴のようでもある。サングラスをかけることで自分を大きく見せる。弱さを隠す。だが、その隠そうとする動作そのものが、かえって弱さを露呈させてしまう。Black Country, New Roadの初期楽曲には、このような痛々しい自意識が鋭く刻まれている。
「Science Fair」
「Science Fair」もまた、初期の混沌を代表する楽曲である。タイトルは一見、学校行事のように無邪気だが、曲はまったく無邪気ではない。ギターの不穏な反復、サックスの軋み、ドラムの緊張感が、まるで悪夢の中の展示会のような空間を作る。
この曲では、Black Country, New Roadの演奏の危うさが際立つ。曲がどこへ向かうのか、聴いていて最後まで分からない。だが、その予測不可能性こそが彼らの魅力である。安全な構成、分かりやすいサビ、快適な展開を拒み、聴き手を不安定な場所へ連れていく。
「Science Fair」は、Black Country, New Roadが単なるインディー・ロック・バンドではなく、音そのものをドラマとして構築する集団であることを示した楽曲だ。
「Concorde」
「Concorde」は、Ants From Up Thereを象徴する名曲のひとつである。タイトルにあるコンコルドは、かつて存在した超音速旅客機であり、夢、速度、失われた未来の象徴でもある。
この曲には、初期の攻撃性よりも、深い哀愁がある。メロディはゆっくりと広がり、バンドの演奏は慎重に積み上げられる。Isaac Woodの声は、何かを追いかけながら、もう届かないことを知っている人の声だ。
コンコルドという存在は、Black Country, New Roadの音楽に非常によく似合う。技術の夢であり、時代の象徴であり、今はもう飛んでいないもの。「Concorde」は、過去の輝きと現在の喪失を重ね合わせることで、壮大でありながら個人的な悲しみを描いている。
「Bread Song」
「Bread Song」は、Black Country, New Roadの中でも特に静かな痛みを持つ楽曲である。タイトルは日常的で、ほとんど滑稽なほど素朴だ。しかし、その素朴さの中に、親密さの破綻が滲んでいる。
この曲では、関係性の中にある微細な違和感が描かれる。大きな事件が起こるわけではない。だが、何かが少しずつずれていく。パンくずのような小さな痕跡が、愛情の終わりを示してしまう。
Black Country, New Roadの歌詞の魅力は、こうした奇妙な具体性にある。抽象的に「悲しい」と言うのではなく、生活の中の小さな物体や場面に感情を宿らせる。そこに、彼らの物語作家としての才能がある。
「The Place Where He Inserted the Blade」
「The Place Where He Inserted the Blade」は、Ants From Up Thereの中でも特に感情の爆発力が強い楽曲である。タイトルからして不穏だが、曲そのものは、痛みと優しさが同時に流れ込んでくるような美しさを持つ。
この曲の素晴らしさは、壊れかけた感情を、バンド全体で支えるように鳴らしている点だ。ピアノ、ホーン、ヴァイオリン、リズム隊が少しずつ重なり、やがて大きなうねりになる。その過程は、泣くことを我慢していた人が、ついに声を上げる瞬間に似ている。
Black Country, New Roadの音楽は、しばしば過剰である。だが、この曲の過剰さは必要な過剰さだ。感情があまりにも大きいとき、普通のポップソングの器では足りない。彼らはその足りなさを、壮大なアンサンブルで埋めようとする。
「Basketball Shoes」
「Basketball Shoes」は、Black Country, New RoadのIsaac Wood在籍期を締めくくるような大作である。長尺で、複数のパートを持ち、静寂と爆発を行き来する構成は、まさに彼らの集大成と言える。
この曲には、恥ずかしさ、欲望、自己嫌悪、祈りのような感情が入り混じっている。歌詞の具体性は時に奇妙で、聴き手を戸惑わせる。しかし、その戸惑いを越えた先に、どうしようもなく人間的な切実さがある。
曲の終盤に向かって、演奏は巨大な波のように膨らむ。すべてが崩れそうになりながら、最後まで崩れない。この危うい均衡が、Black Country, New Roadの音楽の核である。
「Up Song」
Isaac Wood脱退後の新章を象徴する楽曲が、「Up Song」である。2023年のLive at Bush Hallに収録されたこの曲は、新体制のBlack Country, New Roadが「終わらなかった」ことを高らかに示した。
この曲には、以前のような孤独な語り手の切迫感とは異なる、集団としての温かさがある。複数の声が重なり、バンドそのものが主人公になる。Black Country, New Roadは、ひとりのカリスマを失ったのではなく、全員で歌う方法を発見したのである。
「Besties」
2025年のForever Howlongからのリード曲「Besties」は、新体制の方向性を明確に示した楽曲である。同曲は2025年1月30日にアルバム発表とともに公開され、Georgia Elleryのヴォーカルが印象的な新たな出発点となった。
この曲には、初期の鋭利なポスト・パンク感よりも、フォーク、バロック・ポップ、室内楽的な柔らかさがある。しかし、Black Country, New Roadらしい奇妙な構成感は失われていない。親密でありながら、どこか不穏。かわいらしさの奥に、壊れやすい関係性の影がある。
「Happy Birthday」
「Happy Birthday」もForever Howlongを理解するうえで重要な楽曲である。2025年3月に公開され、ストップモーションの映像作品とともに発表された。Pitchforkはこの曲を、Tyler Hydeによる歌詞を中心にした新作からのシングルとして紹介している。Pitchfork
誕生日という題材は、本来なら祝福の象徴である。しかしBlack Country, New Roadが扱うと、そこには時間の経過、関係性の変化、言葉にしづらい寂しさが入り込む。祝福と不安が同時に鳴るところに、彼ららしいひねりがある。
アルバムごとの進化
For the First Time(2021)
デビュー・アルバムFor the First Timeは、Black Country, New Roadの混沌とした初期衝動を封じ込めた作品である。ポスト・パンク的な鋭さ、ジャズ的な不安定さ、ポスト・ロック的な構築力が渦を巻き、まるで崩れかけた高層ビルの内部を歩くような緊張感がある。
このアルバムでは、バンドの個性がまだ荒々しい。楽曲は長く、展開は予測しづらく、Isaac Woodのヴォーカルは聴き手を安心させない。だが、その不安定さこそが魅力だった。完成された美しさではなく、何かが生まれる瞬間の熱と危うさがある。
「Sunglasses」や「Science Fair」に象徴されるように、この時期のBlack Country, New Roadは、ポスト・パンクの攻撃性を持ちながら、単なるギター・ロックには収まらない編成と構成で異彩を放った。彼らは最初から、ジャンルの境界線を壊すために現れたようなバンドだった。
Ants From Up There(2022)
Ants From Up Thereは、Black Country, New Roadの名を決定的にしたアルバムである。2022年2月4日にNinja Tuneからリリースされ、Isaac Wood在籍最後のスタジオ・アルバムとなった。ウィキペディア
この作品では、前作の鋭利な混沌が、より大きな叙情性へと変化している。サウンドは依然として複雑だが、楽曲には明確な感情の流れがある。「Concorde」、「Bread Song」、「The Place Where He Inserted the Blade」、「Basketball Shoes」などは、ひとつひとつが短編小説のようでありながら、アルバム全体としてひとつの巨大な別れの物語を形作っている。
このアルバムの核心にあるのは、喪失である。愛の喪失、自己像の喪失、居場所の喪失、そして結果的にはヴォーカリストの喪失。もちろん、作品そのものが脱退を前提に作られたわけではない。しかし、リリース直前のIsaac Wood脱退という事実を知った後では、アルバム全体が別れの手紙のように聴こえてしまう。
音楽的には、よりメロディアスで、より祝祭的で、より悲しい。初期の彼らが神経症的な都市の音楽だったとすれば、Ants From Up Thereは、空へ飛び立とうとして墜落する飛行機のようなアルバムである。美しく、壮大で、取り返しがつかない。
Live at Bush Hall(2023)
Live at Bush Hallは、Black Country, New Roadの再生を記録したライヴ作品である。Isaac Wood脱退後、バンドは過去曲を演奏せず、新曲だけでライヴを行うという大胆な選択をした。この作品は、その新体制の姿を捉えている。
通常、フロントマンを失ったバンドは、過去の曲を別の声で歌い継ぐか、解散するかの選択を迫られる。しかしBlack Country, New Roadは、そのどちらでもない道を選んだ。過去をなぞらず、まったく新しいレパートリーを作ったのである。
Live at Bush Hallには、悲壮感よりも奇妙な明るさがある。演劇的な衣装、複数のヴォーカル、バンド全体で物語を作る感覚。そこには、喪失の後に共同体が立ち上がる瞬間が記録されている。NMEは同作について、バンドの見事な帰還として評価している。ウィキペディア
Forever Howlong(2025)
Forever Howlongは、Black Country, New Roadにとって極めて重要な作品である。2025年4月4日にNinja Tuneからリリースされた3作目のスタジオ・アルバムであり、Isaac Wood脱退後初のスタジオ作品である。プロデュースはJames Fordが担当し、Tyler Hyde、Georgia Ellery、May Kershawがヴォーカルと主要なソングライティングを担った。
このアルバムでは、バンドの中心が「ひとりの声」から「複数の声」へ移った。これは単なる編成上の変化ではなく、音楽の哲学そのものの変化である。以前のBlack Country, New Roadは、Isaac Woodの独白をバンドが増幅する構造だった。しかしForever Howlongでは、複数の語り手が交互に現れ、それぞれの物語を持ち寄る。
サウンド面では、フォーク、バロック・ポップ、チェンバー・ミュージックの要素が強まり、リコーダーやマンドリンなどの楽器も用いられている。Pitchforkは、同作をポスト・パンクからより温かく共同体的な方向へ進んだ作品として位置づけている。Pitchfork
The Guardianも、Forever HowlongをIsaac Wood脱退後初のスタジオ作品として紹介し、Tyler Hyde、Georgia Ellery、May Kershawの声がバンドに新しい個性を与えていると評している。ガーディアン
この作品は、以前のBlack Country, New Roadのファンにとっては驚きを伴うかもしれない。初期の鋭い緊張感は薄れ、代わりに柔らかく、童話的で、時に中世的な空気が漂う。しかし、その奥にある予測不可能性は変わっていない。彼らは相変わらず、普通の曲の形に落ち着くことを拒む。
影響を受けた音楽:ポスト・パンクだけではない広大な地図
Black Country, New Roadの音楽には、さまざまな影響が見える。ポスト・パンクの鋭さ、Slint以降のポスト・ロック的な構築、Godspeed You! Black Emperorにも通じる大きなダイナミクス、Arcade Fire的な祝祭性、ジャズやクレズマーの管楽器的なうねり、さらにフォークや室内楽の繊細さ。
特に初期の彼らは、black midiと並んで、2010年代末のUKアンダーグラウンドから生まれた新しい実験的ロックの象徴だった。ギター、ベース、ドラムだけでなく、サックスやヴァイオリン、ピアノを自然にロック・バンドの中へ組み込み、ロックの編成を拡張した。
一方、後期の彼ら、とりわけForever Howlong期には、Joanna NewsomやThe Decemberistsのような物語性の強いフォーク/バロック・ポップ的要素も感じられる。Pitchforkも同作について、Joanna NewsomやThe Decemberistsを連想させる方向性を指摘している。Pitchfork
Black Country, New Roadは、影響を受けた音楽を単に引用するのではなく、それらを物語の部品として使う。サックスはジャズのためだけに鳴るのではない。ヴァイオリンはクラシック風の装飾ではない。ピアノは感傷のためだけに置かれるのではない。すべてが、曲の中の登場人物や風景を作るために使われている。
影響を与えた音楽シーン:現代UKロックの「物語性」を更新した存在
Black Country, New Roadが現代ロックに与えた影響は、単に「変わった編成のバンドが注目された」という程度ではない。彼らは、ロック・バンドが再び物語を語ることの可能性を示した。
2000年代以降のインディー・ロックでは、クールさ、簡潔さ、ミニマルなセンスが重視される場面も多かった。しかしBlack Country, New Roadは、その逆を行った。長い曲、過剰な言葉、複雑な構成、劇的な展開、照れくさいほど大きな感情。彼らは「やりすぎ」を恐れなかった。
この姿勢は、現代の若いロック・バンドにとって大きな刺激になった。ロックはまだ拡張できる。ギター・ロックはまだ物語を作れる。バンドはまだ、演劇にも小説にも映画にもなれる。Black Country, New Roadは、その可能性を実演したのである。
また、Isaac Wood脱退後の歩みも重要だ。カリスマ的なフロントマンを失った後、バンドが解散せず、過去をなぞらず、集団として新しい声を見つけたことは、現代バンドのあり方として非常に示唆的である。Black Country, New Roadは、個人の物語から共同体の物語へ移行することで、バンドという形式そのものを更新した。
同時代アーティストとの比較:black midi、Squid、Fontaines D.C.との違い
Black Country, New Roadは、同時代のUK/アイルランドのポスト・パンク以降のバンドとよく並べて語られる。black midi、Squid、Fontaines D.C.などがその代表である。
black midiは、より技巧的で破壊的な方向へ進んだバンドである。複雑なリズム、異様なヴォーカル、プログレッシヴ・ロック的な過剰さを武器に、音楽そのものを解体するようなスリルを持っていた。Black Country, New Roadにも複雑さはあるが、彼らの場合はその複雑さが最終的に感情へ向かう。技巧のための技巧ではなく、壊れそうな心を表すための複雑さである。
Squidは、ポスト・パンクの反復とダンス・ミュージック的な推進力を持つ。社会の不安や都市的な圧迫感をリズムで押し出すバンドだ。それに対してBlack Country, New Roadは、もっと物語的で、曲ごとに景色が大きく変わる。リズムの快楽よりも、場面転換のドラマ性が強い。
Fontaines D.C.は、詩的な言葉とギター・ロックの肉体性を結びつけ、アイルランド的な文学性と労働者階級的なリアリティを打ち出した。Black Country, New Roadにも文学性はあるが、より内向的で、より奇妙で、より演劇的である。現実の街角というより、記憶と妄想が混ざった舞台上で鳴っているような音楽だ。
この比較から見えてくるのは、Black Country, New Roadの特異性である。彼らはポスト・パンク世代の一員でありながら、最終的にはロック・バンドというより、移動する劇団のような存在になっている。
歌詞世界:過剰な自意識から、群像劇へ
Black Country, New Roadの歌詞は、初期と後期で大きく性格が異なる。
Isaac Wood在籍期の歌詞は、過剰な自意識に満ちていた。恋愛、失敗、性的なぎこちなさ、SNS時代の自己像、文化的引用、冗談と本気の境界。彼の言葉は、しばしば美しくない。むしろ、恥ずかしく、痛々しく、滑稽である。だが、その恥ずかしさを隠さないところにリアリティがあった。
Ants From Up Thereでは、その自意識がより大きな喪失の物語へと変化した。個人的な失恋や不安が、飛行機、パン、雪、バスケットボールシューズといった具体的なイメージに結びつき、聴き手の記憶に奇妙な形で残る。
一方、Forever Howlongでは、歌詞世界が群像劇化する。複数のヴォーカリストがそれぞれ異なる声を持ち、物語はより童話的、寓話的、フォークロア的になる。初期のような剥き出しの自己嫌悪は薄れ、代わりに人物たちが舞台上を移動するような感覚が強まった。
この変化は、Black Country, New Roadが過去を捨てたというより、語りの方法を変えたというべきだ。ひとりの傷を掘り下げる音楽から、複数の人物の奇妙な人生を並べる音楽へ。そこに、バンドの成熟がある。
ライヴ・パフォーマンス:演奏ではなく、上演される音楽
Black Country, New Roadのライヴは、単なる楽曲再現ではない。特にIsaac Wood脱退後のライヴでは、バンドは演劇的な要素を強め、メンバーそれぞれが役割を持つようなステージを展開した。
Live at Bush Hallは、その象徴である。ライヴ作品でありながら、ひとつの舞台作品のような性格を持つ。曲ごとに視点が変わり、歌い手が変わり、バンドの表情が変わる。ここでは、ロック・バンドが「演奏する集団」から「物語を上演する集団」へと変化している。
Black Country, New Roadのライヴにおいて重要なのは、完璧さではなく緊張感である。曲がどこへ向かうのか、演奏者自身もその場で探っているように見える瞬間がある。その危うさが、観客を引き込む。スタジオ作品の緻密さとは別に、ライヴでは彼らの音楽が生き物のように変化する。
批評的評価と再評価:異端から中心へ
Black Country, New Roadは、登場当初から批評家の注目を集めた。デビュー作For the First Timeは実験的なUKロックの新しい波として評価され、Ants From Up Thereはさらに大きな支持を獲得した。同作は各国メディアやリスナーの年間ベストでも高く評価され、ファン・コミュニティでも強い支持を受けた。First Avenue
彼らの評価が興味深いのは、商業的な分かりやすさとは別の場所で熱狂が生まれた点だ。曲は長く、展開は複雑で、歌詞は奇妙で、サウンドは一筋縄ではいかない。それでも多くのリスナーが彼らに惹かれたのは、そこに現代的な感情のリアリティがあったからである。
現代の不安、過剰な自己分析、インターネット以後の孤独、親密さへの渇望、コミュニティへの欲求。Black Country, New Roadは、それらを洗練されたポップの言葉ではなく、歪で巨大な音楽の建築物として提示した。だから彼らは異端でありながら、同時に2020年代ロックの中心的存在にもなった。
まとめ:Black Country, New Roadが奏でる、終わらない物語
Black Country, New Roadは、現代UKロックにおける最も予測不可能なバンドのひとつである。
For the First Timeでは、ポスト・パンク、ジャズ、ポスト・ロックを混ぜ合わせた鋭利な混沌を鳴らした。Ants From Up Thereでは、その混沌を壮大な喪失の物語へと昇華した。そしてIsaac Wood脱退という大きな転機を経て、Live at Bush HallとForever Howlongでは、複数の声による共同体的な音楽へと生まれ変わった。
彼らの音楽は、いつも不安定である。曲はまっすぐ進まず、感情はきれいに整理されず、物語は途中で形を変える。しかし、その不安定さこそがBlack Country, New Roadの真実だ。人生は整った三分間のポップソングのようには進まない。もっと長く、奇妙で、気まずく、突然美しくなる。
Black Country, New Roadは、その混乱をそのまま音楽にする。だから彼らの楽曲は、単なる現代ロックではなく、壊れかけた時代の群像劇として響く。予測不可能な物語を奏でる彼らは、今なおロック・バンドという形式の可能性を押し広げ続けている。


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