
発売日:1981年11月7日
ジャンル:ヘヴィメタル/ハードロック/クラシック・メタル/NWOBHM周辺/ネオクラシカル・メタル前史
概要
Ozzy Osbourneの2作目のソロ・アルバム『Diary of a Madman』は、1980年代ヘヴィメタルの形成過程において非常に重要な位置を占める作品である。Black Sabbathの初代ヴォーカリストとして1970年代ヘヴィメタルの基礎を築いたオジーは、1979年に同バンドを離れた後、ソロ・アーティストとして再出発した。1980年の『Blizzard of Ozz』はその復活を決定づけた作品であり、「Crazy Train」「Mr. Crowley」などによって、彼がBlack Sabbath後も第一線で活動できることを証明した。そして、その勢いを受けて制作された『Diary of a Madman』は、ソロ初期オジーの音楽性をさらに劇的かつ緻密に発展させたアルバムである。
本作の中心的存在は、ギタリストのランディ・ローズである。彼はQuiet Riotでの活動を経てオジーのバンドに参加し、クラシック音楽の要素を取り入れた流麗なフレージング、正確なピッキング、構築的なソロ、そしてリフの強靭さによって、1980年代メタル・ギターの方向性を大きく変えた。『Blizzard of Ozz』でその才能を示したローズは、『Diary of a Madman』でさらに完成度の高いプレイを聴かせる。彼のギターは単に速く、派手なだけではない。楽曲の構成、和声、緊張と解放の設計に深く関わっており、アルバム全体のドラマ性を決定づけている。
本作は、リズム隊やクレジットをめぐる問題でも知られている。録音にはボブ・デイズリーとリー・カースレイクが参加していたが、発売時のクレジットや後年の再発をめぐって複雑な経緯がある。しかし音楽的に見れば、デイズリーのベースと作詞面での貢献、カースレイクの力強く堅実なドラムは、本作の骨格を支える重要な要素である。オジーの声、ランディのギター、デイズリーのベース、カースレイクのドラムが生み出すバランスは、初期オジー・ソロ作品特有の緊張感を作っている。
『Diary of a Madman』の音楽性は、『Blizzard of Ozz』よりも暗く、シアトリカルで、構成的である。前作には「Crazy Train」のような明快なシングル性があったが、本作ではよりアルバム全体の雰囲気が重視されている。もちろん「Flying High Again」や「Over the Mountain」のようなキャッチーで勢いのある楽曲も存在するが、全体としては狂気、不安、宗教的イメージ、精神の崩壊、死、救済といったテーマが強く漂う。タイトルが示す通り、本作は「狂人の日記」というイメージを中心に、現実と幻想、理性と崩壊の境界を描いている。
時代背景も重要である。1981年は、NWOBHMが勢いを増し、Iron Maiden、Judas Priest、Motörhead、Saxonなどがメタルを新たな若者文化として拡張していた時期である。一方、アメリカではVan Halen以降のギター・ヒーロー文化が広がり、LAメタルの土壌も形成されつつあった。『Diary of a Madman』は、その両方の流れに接続している。Black Sabbath由来の暗さを継承しながら、ランディ・ローズのギターによってより技巧的で華麗な方向へ向かい、1980年代メタルの新しい美学を示した。
このアルバムは、ランディ・ローズが生前に完成させた最後のスタジオ・アルバムでもある。彼は1982年3月に飛行機事故で亡くなり、25歳という若さでキャリアを閉じた。そのため『Diary of a Madman』は、単なるセカンド・アルバムではなく、彼の音楽的遺産としても特別な意味を持っている。後のザック・ワイルド、ジェイク・E・リー、さらにはネオクラシカル・メタルやシュレッド・ギターの世代に至るまで、ランディの影響は大きい。本作は、その影響力を最も濃密に感じられる作品のひとつである。
日本のリスナーにとっても『Diary of a Madman』は、1980年代メタルの美学を理解するうえで欠かせない一枚である。重さ、メロディ、クラシカルな構築美、オジー独特の不気味で親しみやすい声、そしてランディ・ローズのギターが一体となり、単なるハードロックを超えた劇的な音楽世界を作り上げている。Black Sabbathの影を背負いながらも、まったく別の形でメタルを未来へ進めた作品として、本作は現在でも高い評価を受け続けている。
全曲レビュー
1. Over the Mountain
アルバム冒頭を飾る「Over the Mountain」は、初期オジー・ソロの勢いとランディ・ローズのギター・センスを象徴する楽曲である。ドラムの連打から一気に始まり、鋭いギター・リフが楽曲を前へ押し出す。前作『Blizzard of Ozz』の「I Don’t Know」や「Crazy Train」が持っていた明快なハードロック感を受け継ぎつつ、よりタイトで攻撃的な印象を与えるオープニングである。
歌詞では、現実の制約を超えて精神的な高みに向かうようなイメージが描かれる。「山を越える」という表現は、物理的な移動だけでなく、意識の解放、別世界への到達、あるいは狂気と幻視の領域への入り口として解釈できる。オジーの歌唱は、重々しさよりも軽やかな浮遊感を持ち、ギターとリズム隊の激しさの上に独特のメロディを乗せている。
ランディ・ローズのギターは、リフ、バッキング、ソロのすべてで主役級の存在感を示す。彼のプレイは、ヘヴィメタルの攻撃性とクラシカルな音階感を自然に結びつけている。特にソロでは、速さだけでなくフレーズの構成力が際立つ。短い時間の中で緊張を高め、解決へ導く流れが明確で、単なる技巧の披露に終わっていない。
リズム面では、リー・カースレイクのドラムが曲に大きな推進力を与えている。派手なフィルを交えながらも、全体のグルーヴを崩さず、ギターの鋭さを支えている。ボブ・デイズリーのベースも低域を堅実に固め、楽曲に厚みを与える。「Over the Mountain」は、本作が単なる前作の延長ではなく、より密度の高いメタル作品へ進化していることを冒頭で示す重要な曲である。
2. Flying High Again
「Flying High Again」は、本作の中でも特にキャッチーなハードロック・ナンバーであり、オジーのソロ・キャリア初期を代表する楽曲のひとつである。タイトルの通り、上昇感、陶酔、反抗、快楽が混ざり合った曲で、重すぎないリフと印象的なサビによって、アルバム前半に親しみやすい勢いを与えている。
歌詞には、自由への欲求や現実からの逸脱が描かれている。「Flying high」という表現は、空を飛ぶような解放感を示す一方で、薬物的な陶酔や危うい快楽のニュアンスも帯びる。オジーという人物像を考えると、この曖昧さは重要である。彼の音楽には、破滅的なイメージとポップな親しみやすさが常に同居している。この曲でも、危険な高揚感が明るいメロディとして提示される。
音楽的には、ランディ・ローズのリフが非常に効果的である。シンプルに聴こえるが、細部には鋭いアクセントや独特の音使いがあり、一般的なハードロックのリフよりも洗練されている。サビは覚えやすく、ライヴでの合唱を想定できるような開放感がある。前作の「Crazy Train」と同様、重さとポップ性のバランスが取れている点が本曲の強みである。
ギター・ソロでは、ランディのクラシカルなセンスとロック的なスピード感が融合している。彼のフレーズには、音の並びだけでなく、起伏と物語性がある。これは後の多くのメタル・ギタリストに影響を与えた重要な要素である。単に速弾きを並べるのではなく、ソロそのものが楽曲のドラマを高める。
「Flying High Again」は、アルバムの暗いテーマの中にある快楽的な側面を担う曲である。狂気や破滅を描きながらも、聴き手を引き込む明快なロック・ソングとして成立しており、オジー・ソロ作品の大衆性を示している。
3. You Can’t Kill Rock and Roll
「You Can’t Kill Rock and Roll」は、本作の中で最も明確にロックそのものへの信念を歌った楽曲である。ミドルテンポの構成で、前2曲の疾走感から一度テンションを落とし、より重厚で感情的な方向へ進む。タイトルは「ロックンロールを殺すことはできない」という強い宣言であり、オジー自身のキャリアにも深く重なる。
Black Sabbathを離れたオジーは、一時はキャリアの終焉を予想される存在だった。しかし『Blizzard of Ozz』の成功によって、彼は再びメタル・シーンの中心へ戻った。この曲は、その復活劇を背景に聴くことができる。ロックは業界の圧力、批判、流行の変化、個人的な破滅によって消されるものではないというメッセージが込められている。
歌詞には、音楽への忠誠、外部からの抑圧への反発、そして自分たちの表現を守る姿勢が描かれる。オジーの声は、ここでは狂気の演者というより、ロックを信じる語り手として響く。彼のヴォーカルには技巧的な完璧さとは異なる魅力がある。少し鼻にかかった独特の声質と、どこか傷ついたような響きが、歌詞の説得力を高めている。
ランディ・ローズのギターは、曲全体をドラマティックに支える。派手な疾走ではなく、コードの響きやソロのメロディで感情を作っている。彼のプレイには、ロックの粗さとクラシック的な構築性が同時に存在している。この曲では特に、メロディを歌わせる力が際立つ。
「You Can’t Kill Rock and Roll」は、単なる自己肯定のアンセムではない。オジーがBlack Sabbath後の困難を越え、ソロ・アーティストとして新しいアイデンティティを確立していく過程そのものを象徴している。アルバム全体の中では、狂気や幻想に向かう流れの中に、ロックの精神的な核を置く役割を果たしている。
4. Believer
「Believer」は、本作の中でも特に重く、不気味な雰囲気を持つ楽曲である。冒頭のベース・ラインが印象的で、ボブ・デイズリーの存在感が強く表れている。ギターが全面的に支配する曲ではなく、低音のうねりと緊張感が楽曲の基盤を作っている点が特徴である。
歌詞のテーマは、信念、疑念、自己認識である。タイトルの「Believer」は、何かを信じる者を意味するが、曲中では信じることが単純な救済として描かれているわけではない。むしろ、信念に取り憑かれること、あるいは自分自身を信じることの危うさが感じられる。オジーの歌唱は、どこか警告めいており、聴き手に不安を投げかける。
音楽的には、リフの重さとリズムの粘りが中心である。Black Sabbath的な重低音の影響も感じられるが、ランディ・ローズのギターによって、より鋭く現代的なメタルへと更新されている。サバス時代の重さが鈍く沈み込むものだとすれば、この曲の重さはより硬質で、輪郭がはっきりしている。
ギター・ソロでは、ランディの技巧が再び光るが、ここでも彼は曲の雰囲気を壊さない。速弾きだけでなく、不穏な音程や切れ味のあるフレーズを使い、曲の暗さを増幅する。リー・カースレイクのドラムも、必要以上に前に出ず、重いグルーヴを支えている。
「Believer」は、アルバム前半の中で最も内面的な不安を感じさせる曲である。ロックの解放感を歌った「You Can’t Kill Rock and Roll」の後に置かれることで、信念の力とその裏側にある狂信性、孤独、疑念が浮かび上がる。『Diary of a Madman』というアルバムの心理的な暗さを深める重要な楽曲である。
5. Little Dolls
「Little Dolls」は、呪術的で不気味なイメージを持つ楽曲である。タイトルが示す「小さな人形」は、ヴードゥー人形や呪いの対象を連想させる。オジーの音楽には、ホラー映画的な題材や悪夢のようなイメージがしばしば登場するが、本曲はその側面が明確に表れた作品である。
音楽的には、リフの重さと奇妙なメロディの組み合わせが特徴である。曲全体は過度に速くないが、じわじわと圧迫してくるような不気味さがある。ランディ・ローズのギターは、ここでも単なる伴奏ではなく、曲の怪しさを作る重要な要素である。細かいフレーズや音程の選び方が、呪術的な雰囲気を強めている。
歌詞では、呪い、操作、苦痛、逃れられない運命のようなイメージが描かれる。人形に針を刺すような象徴は、他者を支配する欲望や、見えない力に操られる恐怖を示している。これはホラー的な題材であると同時に、精神的な被害妄想や支配関係の比喩としても機能する。『Diary of a Madman』のテーマである狂気は、ここでは呪術的な外部の力として現れる。
オジーのヴォーカルは、この曲で特に演劇的である。彼の声は、恐怖を叫ぶというより、不気味な物語を語る案内人のように響く。Black Sabbath時代から続くオジーの魅力は、悪魔的な題材を扱いながらも、どこか人間的で弱さを感じさせる点にある。この曲でも、彼は完全な怪物ではなく、恐怖に巻き込まれた人物のように歌っている。
「Little Dolls」は、アルバムのホラー的な側面を担う曲である。派手なシングル向けナンバーではないが、アルバム全体の暗い物語性を支える重要なトラックであり、オジー・ソロ初期の不気味な魅力をよく示している。
6. Tonight
「Tonight」は、本作の中で最も叙情的な側面を持つ楽曲のひとつである。静かな導入部から始まり、やがて感情的に広がっていく構成は、ヘヴィメタル・バラードの原型のひとつとして聴くことができる。ただし、後年の商業的なパワー・バラードとは異なり、本曲には暗さと喪失感が強く漂っている。
歌詞では、別れ、孤独、過去への後悔、そして夜の中での内省が描かれる。タイトルの「Tonight」は、単なるロマンティックな夜ではなく、感情が最も深く沈み込む時間として機能している。オジーの声は、ここでは攻撃的ではなく、むしろ傷ついた人物の独白のように響く。彼のヴォーカルは技巧的な滑らかさよりも、感情の脆さによって聴き手を引き込む。
ランディ・ローズのギターは、曲の叙情性を決定づけている。クリーンに近い繊細な響きから、歪んだギターの力強い展開まで、音色の変化によって感情の流れを作る。彼のギターは、ここではメタルの攻撃性よりも、歌の感情を拡張する役割を担っている。ソロも非常にメロディアスで、楽曲全体の哀愁を深めている。
音楽的には、静と動の対比が明確である。穏やかなヴァースから、サビや終盤に向けて感情が高まっていく流れは、オジーのソロ作品におけるドラマ性をよく示している。Black Sabbath時代にもバラード的な曲は存在したが、本曲はより1980年代的なメロディック・メタルの方向へ近づいている。
「Tonight」は、アルバムの後半に感情的な深みを与える楽曲である。狂気や呪術、不安といったテーマの中に、人間的な孤独と喪失を置くことで、本作は単なるホラー的なメタルではなく、より多面的な作品となっている。
7. S.A.T.O.
「S.A.T.O.」は、本作の中でもスピード感と緊張感を備えた楽曲である。曲名の意味については複数の解釈が存在するが、重要なのはその謎めいた響きが、アルバム全体の不安定な世界観に合っている点である。楽曲自体は鋭く、推進力があり、終盤に向けてアルバムのテンションを再び高める役割を果たしている。
音楽的には、ランディ・ローズのリフが非常にシャープである。曲は比較的コンパクトだが、その中にメロディックなギター、力強いリズム、印象的なサビが凝縮されている。ランディのプレイは、ここでもクラシカルな要素を含みながら、決して過度に装飾的にならない。リフの切れ味とソロの華やかさがバランスよく配置されている。
歌詞には、旅立ち、海、運命、自己の追求といったイメージが読み取れる。抽象的な表現が多く、明確な物語を追うよりも、心理的な移動や未知への航海として聴くのが自然である。『Diary of a Madman』というアルバムでは、精神の不安定さや狂気が繰り返し描かれるが、この曲ではそれが動的なエネルギーとして表現されている。
オジーのヴォーカルは、曲のスピードに乗りながらも、独特の浮遊感を保っている。オジーは典型的なハイトーン・メタル・シンガーではないが、その声質はランディの鋭いギターとよく対比される。ギターが正確で構築的であるほど、オジーの声の人間的な不安定さが際立つ。この対比が初期ソロ作品の大きな魅力である。
「S.A.T.O.」は、アルバム終盤の疾走曲として重要であり、タイトル曲へ向かう前に作品のエネルギーを引き上げる。コンパクトながら完成度が高く、初期オジー・バンドの演奏力と作曲力を示す一曲である。
8. Diary of a Madman
アルバム最後を飾るタイトル曲「Diary of a Madman」は、本作の核心であり、初期オジー・ソロ作品の中でも最も劇的で構築的な楽曲のひとつである。アコースティック・ギターによるクラシカルな導入から始まり、重厚なバンド・サウンド、合唱的なアレンジ、変化に富んだ展開が組み合わされる。単なるヘヴィメタル曲というより、狂気をテーマにしたミニ組曲のような性格を持つ。
タイトルが示す通り、歌詞では精神の崩壊、妄想、自己の分裂、日記に記される狂気の記録が描かれる。語り手は自分自身の正気を疑い、内面の闇に飲み込まれていく。ここでの狂気は、単にショック効果として使われているのではない。自分の心が自分の支配を離れ、現実の輪郭が崩れていく恐怖が、音楽の構成そのものによって表現されている。
ランディ・ローズのギターは、この曲で特に重要な役割を果たす。クラシック・ギター風のイントロ、重いリフ、劇的なコード進行、緊張感のあるソロが、曲全体をひとつの音楽劇へと高めている。彼のクラシック音楽への関心は、ここで単なる装飾ではなく、楽曲構造の中核として機能している。和声の動きやフレーズの配置が、語り手の精神状態を反映しているように聴こえる。
オジーのヴォーカルも非常に効果的である。彼は技巧的に複雑なメロディを歌いこなすタイプではないが、狂気や恐怖を表現する声として唯一無二の存在感を持つ。この曲では、彼のやや不安定で不吉な声が、主人公の精神状態そのもののように響く。強く叫ぶ場面だけでなく、抑えた歌い方の部分にも緊張がある。
終盤に向かって合唱的な要素が加わることで、曲は個人の狂気を超え、宗教的・儀式的な雰囲気を帯びる。狂人の日記という私的な記録が、まるで裁きや葬送の場面のように拡大されていく。このスケール感が、本曲をアルバムの結論にふさわしいものにしている。
「Diary of a Madman」は、ランディ・ローズの作曲的才能、オジーのキャラクター性、バンドの演奏力、そしてアルバム全体の暗いテーマが最も高い密度で結びついた楽曲である。本作が単なるハードロック・アルバムではなく、劇的なメタル作品として評価される理由は、このタイトル曲に凝縮されている。
総評
『Diary of a Madman』は、Ozzy Osbourneのソロ初期を代表するだけでなく、1980年代ヘヴィメタルの美学を決定づけた重要作である。前作『Blizzard of Ozz』がオジーの復活を告げる作品だったとすれば、本作はその音楽性をさらに深め、暗さ、構築性、演劇性、ギターの革新性を高い水準で結びつけたアルバムである。ヒット曲の分かりやすさでは前作に注目が集まりやすいが、アルバム全体の統一感やドラマ性という点では、『Diary of a Madman』は非常に完成度が高い。
最大の魅力は、やはりランディ・ローズのギターである。彼は、1970年代ハードロックのブルース的な基盤を受け継ぎながら、クラシック音楽の要素をヘヴィメタルに自然に導入した。後のイングヴェイ・マルムスティーンに代表されるネオクラシカル・メタルほど徹底したクラシック志向ではないが、ランディのアプローチはよりロックの身体性と結びついている。リフは鋭く、ソロは構築的で、アコースティック・パートには繊細さがある。彼のプレイは、メタル・ギターが単なる伴奏や装飾ではなく、楽曲そのものを設計する中心的存在になり得ることを示した。
オジー・オズボーンのヴォーカルも、本作の世界観に不可欠である。彼は一般的な意味での技巧派シンガーではない。しかし、その声には、恐怖、弱さ、狂気、親しみやすさが同時に存在している。Black Sabbath時代から続く彼の特徴は、悪魔的・オカルト的な題材を扱っても、完全に超人的な存在にはならない点である。むしろ、恐怖に巻き込まれ、混乱し、時に笑いながら闇の中を歩く人物として響く。この人間的な不安定さが、『Diary of a Madman』の狂気のテーマを説得力あるものにしている。
本作の楽曲は、速い曲、ミドルテンポの重い曲、叙情的な曲、構成的な大曲がバランスよく配置されている。「Over the Mountain」「Flying High Again」はアルバム前半に勢いを与え、「You Can’t Kill Rock and Roll」はロックへの信念を提示し、「Believer」「Little Dolls」は不気味な内面世界を深める。「Tonight」では人間的な哀愁が描かれ、「S.A.T.O.」で再び疾走感を取り戻し、最後に「Diary of a Madman」で狂気の劇が完成する。この流れにより、アルバムは単なる曲の集合ではなく、ひとつの心理的な旅として聴くことができる。
歌詞面では、自由、信念、呪い、孤独、狂気、ロックへの忠誠といったテーマが繰り返される。これらは一見ばらばらに見えるが、根底には「自分を支配しようとする力に対して、どのように生き延びるか」という問いがある。社会の圧力、精神の崩壊、見えない呪い、過去の痛み、宗教的な恐怖。オジーの音楽は、それらを完全に克服するのではなく、ロックのエネルギーによって引き受ける。その姿勢が本作の強度を生んでいる。
歴史的には、『Diary of a Madman』はBlack Sabbath以後のメタルがどのように進化したかを示す作品である。Sabbathが重く暗いリフと不吉な雰囲気によってヘヴィメタルの原型を作ったのに対し、オジーのソロ初期作品はそこに1980年代的なスピード、技巧、メロディ、プロダクションを加えた。ランディ・ローズの存在によって、メタルはよりギター中心の音楽となり、後のLAメタル、正統派メタル、ネオクラシカル・メタル、さらには日本のメタル・ギタリストにも大きな影響を与えることになった。
日本のリスナーにとって本作は、ヘヴィメタルの基本語彙を学ぶうえでも重要である。暗いリフ、クラシカルなギター、劇的な展開、オカルト的なイメージ、キャッチーなサビ、叙情的なバラードの原型が一枚に凝縮されている。1980年代メタルを聴く入口としても、ギター・ヒーロー文化を理解する入口としても価値が高い。
また、本作はランディ・ローズの早すぎる死によって、特別な歴史的重みを持つ。彼がこの後さらに長く活動していれば、メタル・ギターは別の形で発展していた可能性がある。しかし、残された録音だけでも、その影響力は十分に大きい。『Diary of a Madman』には、完成された才能と、まだ先へ進むはずだった可能性が同時に刻まれている。その意味でも、このアルバムには独特の緊張と哀しみがある。
総じて『Diary of a Madman』は、オジー・オズボーンのソロ・キャリア初期における最高水準の作品であり、ランディ・ローズの才能を後世に伝える決定的なアルバムである。前作ほど即効性のある名曲集として語られることもあるが、本作の真価は、アルバム全体を覆う暗い美学と、楽曲ごとの緻密な構築にある。狂気を題材にしながら、音楽そのものは極めて理知的に作られている。この矛盾こそが『Diary of a Madman』の魅力であり、1980年代ヘヴィメタルが単なる大音量のロックを超えて、ドラマと様式美を持つ音楽へ進化していく過程を示す重要な一枚である。
おすすめアルバム
1. Blizzard of Ozz by Ozzy Osbourne
1980年発表のソロ・デビュー作。オジーがBlack Sabbath脱退後に完全復活を果たした作品であり、「Crazy Train」「Mr. Crowley」「I Don’t Know」などを収録している。ランディ・ローズのギターが初めて広く注目されたアルバムであり、『Diary of a Madman』の前提として欠かせない。よりシングル向けの明快さがあり、初期オジー・サウンドの入口として重要である。
2. Heaven and Hell by Black Sabbath
1980年発表。オジー脱退後、Ronnie James Dioを迎えたBlack Sabbathの再生作である。オジーのソロ活動と同時期に、Black Sabbath側も新しいメタルの形を模索していたことが分かる作品である。重厚なリフとDioの劇的な歌唱によって、1980年代正統派メタルの基盤を作った一枚であり、『Diary of a Madman』と対比して聴く価値が高い。
3. British Steel by Judas Priest
1980年発表。ヘヴィメタルをより鋭く、簡潔で、アンセム性の高い音楽へと押し上げた重要作である。「Breaking the Law」「Metal Gods」などを収録し、1980年代メタルのスタイルを広く定着させた。『Diary of a Madman』の劇的でギター主導の方向性とは異なるが、同時代のメタルがどのように洗練されていったかを理解するうえで重要である。
4. Bark at the Moon by Ozzy Osbourne
1983年発表。ランディ・ローズ亡き後、ジェイク・E・リーを迎えて制作された作品である。ギター・スタイルは異なるが、オジーのソロ・キャリアが80年代中盤へ向けてどのように継続されたかを知ることができる。タイトル曲の鋭いリフや劇的なメロディは、『Diary of a Madman』以後のオジー・サウンドの発展形として聴ける。
5. Holy Diver by Dio
1983年発表。Ronnie James Dioのソロ・デビュー作であり、1980年代正統派メタルの代表作である。ファンタジー的な歌詞、重厚なリフ、力強いヴォーカル、メロディックなギターが高い水準で結びついている。オジーとは異なるタイプのカリスマ性を持つメタル・ヴォーカル作品として、『Diary of a Madman』と並べて聴くことで、1980年代初頭のメタル表現の幅が見えてくる。



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