
イントロダクション
Rideは、イギリスのオックスフォードで結成されたシューゲイズを代表するバンドである。1980年代末から1990年代初頭にかけて登場した彼らは、轟音ギター、甘く霞んだメロディ、浮遊感のあるヴォーカル、そして疾走するリズムを融合させ、夢の中を高速で駆け抜けるような音楽を作り上げた。
シューゲイズというジャンルは、しばしば「音の壁」「轟音」「浮遊感」という言葉で説明される。しかしRideの音楽は、それだけでは語りきれない。彼らには、The Jesus and Mary Chain的なノイズ、The Byrdsを思わせるギターのきらめき、The Smiths以降の英国インディーの叙情性、そしてパンクやポストパンクのスピード感がある。つまりRideは、ただ幻想的なだけのバンドではない。轟音の中に青春の焦燥を走らせたバンドなのだ。
特に1990年のデビュー・アルバムNowhereは、シューゲイズの歴史を語るうえで欠かせない名盤である。「Vapour Trail」、「Seagull」、「Kaleidoscope」といった楽曲は、轟音と美しいメロディが共存するRideの魅力を鮮やかに示している。My Bloody Valentineが音響の極限へ向かい、Slowdiveが内省的な夢の深部へ沈んでいったとすれば、Rideはシューゲイズに若々しい疾走感とポップな開放感を与えた存在である。
Rideの背景と結成
Rideは1988年、イギリス・オックスフォードで結成された。メンバーは、Mark Gardener、Andy Bell、Steve Queralt、Laurence Colbertの4人である。Mark GardenerとAndy Bellはともにギターとヴォーカルを担当し、バンドの音楽的な中心となった。Steve Queraltはベースで低音の土台を作り、Laurence Colbertは力強くダイナミックなドラムでRideのサウンドに推進力を与えた。
彼らが登場した1980年代末のイギリス音楽シーンは、非常に活気に満ちていた。The Smithsの影響を受けたギター・ポップ、The Jesus and Mary Chain以降のノイズ・ポップ、Spacemen 3のサイケデリックな反復、そしてマンチェスター周辺のマッドチェスター・ムーブメント。そうした複数の流れが交差する中で、Rideは新しいギター・バンド像を提示した。
Rideは、Creation Recordsと契約したことでも知られる。Creation Recordsは、Primal Scream、My Bloody Valentine、The Jesus and Mary Chain、後にはOasisなどを世に送り出した重要レーベルである。Rideの初期作品には、Creationらしいインディー精神と、時代を変えるような熱気が詰まっている。
1989年に発表されたEPRide、続くPlay、Fallによって、彼らは一気に注目を集めた。アルバム・デビュー前から、Rideはイギリスのインディー・シーンで特別な存在になっていた。若く、端正で、音は巨大で、曲は美しい。まるで霞んだ空の下で鳴る青春のサウンドトラックのようだった。
シューゲイズとは何か
Rideを理解するには、シューゲイズというジャンルについて触れておく必要がある。シューゲイズは、1980年代末から1990年代初頭のイギリスで形成されたギター・ロックの一形態である。特徴は、エフェクターを多用したギターの轟音、ぼんやりとしたヴォーカル、夢幻的な音響、そして内省的なムードである。
「シューゲイズ」という言葉は、ミュージシャンたちがステージで足元のエフェクターを見つめながら演奏していたことに由来する。つまり、観客を派手に煽るロックスター的な振る舞いではなく、音響を作り込むことに集中する姿勢が、このジャンル名に反映されている。
ただし、シューゲイズは単に下を向いて演奏する音楽ではない。むしろ、ギターという楽器を使って巨大な空間を作る音楽である。音が前から飛んでくるというより、霧のように周囲を包み込む。メロディははっきりしているのに、輪郭はぼやけている。現実の景色が水に溶けていくような感覚が、シューゲイズの魅力である。
Rideは、その中でも特にロックバンドとしての勢いが強い。My Bloody Valentineが音を液体のように歪ませ、Slowdiveが静かな夢の奥へ沈んでいくのに対し、Rideは轟音の中をまっすぐ走る。そこに、彼らならではの爽快感がある。
音楽スタイルと特徴
Rideの音楽スタイルは、轟音とメロディの絶妙なバランスにある。ギターは厚く重なり、リヴァーブやディレイ、コーラスなどのエフェクトによって、広大な音の風景を作る。しかし、その中心には必ず美しいメロディがある。ノイズに飲み込まれるのではなく、ノイズの中からメロディが光っているのだ。
Mark GardenerとAndy Bellのツイン・ヴォーカルも重要である。2人の声は、強烈な個性を押し出すというより、音の中に溶け込むように響く。シューゲイズでは、ヴォーカルが前面に立つよりも、ギターやリズムと一体化して浮遊することが多い。Rideの歌もまさにそうで、声は言葉でありながら、同時に楽器でもある。
Andy Bellのギターは、きらびやかでメロディアスな面が強い。The Byrdsや1960年代のギター・ポップを思わせる響きがあり、轟音の中にも光を差し込む。一方、Mark Gardenerのギターは、より空間的で、音響の厚みを作る役割が大きい。2本のギターが重なり合うことで、Ride独特の広がりが生まれる。
Steve Queraltのベースは、派手に動くというより、楽曲の奥で安定した重心を作る。シューゲイズではギターの音が巨大になりがちだが、ベースがしっかりしているからこそ、音の壁が崩れずに成立する。そしてLaurence Colbertのドラムは、Rideのサウンドを他のシューゲイズ・バンドと区別する大きな要素である。彼のドラムは非常に力強く、時にサイケデリック・ロックやポストパンクのような熱を帯びる。
Rideの音楽は、静かに漂うだけではない。風景が流れていく。雲が速く動く。遠くの水平線へ向かって加速していく。そんな感覚がある。だからこそ、Rideはシューゲイズの中でも特に「青春の疾走感」を持つバンドとして記憶されている。
代表曲の楽曲解説
「Vapour Trail」
「Vapour Trail」は、Rideを代表する名曲であり、シューゲイズ史に残る美しい楽曲である。アルバムNowhereの終盤を飾るこの曲は、轟音というより、透明な余韻によって聴き手を包み込む。
タイトルの「Vapour Trail」とは、飛行機雲を意味する。空に一瞬だけ線を描き、やがて消えていく白い跡。このイメージは、曲全体の雰囲気と見事に重なる。メロディは淡く、ギターはきらめき、ヴォーカルはどこか遠くから聞こえてくるようだ。まるで、過ぎ去った季節を空の向こうに見送るような感覚がある。
この曲の魅力は、激しさではなく余白にある。Rideの楽曲の中でも特にメロディアスで、シューゲイズを知らないリスナーにも届きやすい。だが、その美しさは単純なポップソングの美しさとは違う。輪郭が少し滲んでいる。記憶の中で何度も再生される風景のような曲である。
「Seagull」
「Seagull」は、Rideの初期衝動を象徴する楽曲である。Nowhereの冒頭に置かれたこの曲は、バンドの持つ爆発力を一気に示す。ドラムは疾走し、ギターは渦を巻き、ヴォーカルはその中で揺れる。
この曲には、サイケデリック・ロックの反復と、パンク以降の勢いがある。ギターの音は厚く、時に混濁しているが、リズムが前へ進み続けるため、聴き手は音の洪水に飲み込まれながらも推進力を感じる。
「Seagull」というタイトルが示すように、曲には空を旋回する鳥のような浮遊感もある。しかし、その飛行は穏やかではない。強風に煽られながらも、必死に高度を保つような緊張感がある。Rideの音楽が持つ夢幻性と荒々しさが、ここで見事に結びついている。
「Kaleidoscope」
「Kaleidoscope」は、Rideのサイケデリックな魅力が表れた楽曲である。タイトルは万華鏡を意味し、その名の通り、ギターの音が色彩の断片のようにきらめく。
この曲では、反復されるギター・フレーズと、浮遊するヴォーカルが印象的だ。音が次々と重なり、景色が変化していく。だが、全体にはポップな親しみやすさも残っている。Rideは、実験性とメロディのバランスを取るのが非常に上手いバンドである。
「Kaleidoscope」を聴くと、シューゲイズが単なる暗い音楽ではないことが分かる。そこには光がある。色がある。歪んだギターの中に、子どもの頃に覗いた万華鏡のような驚きがある。
「Leave Them All Behind」
「Leave Them All Behind」は、1992年のアルバムGoing Blank Againを象徴する大曲である。8分を超える構成を持ちながら、冗長さを感じさせない。むしろ、Rideのスケールが一気に広がったことを示す重要曲だ。
イントロからして圧倒的である。オルガンのような音色と、反復されるリズム、そして徐々に高まるギター。曲が進むにつれて、音はどんどん厚くなり、聴き手を巨大な流れの中へ連れていく。これは単なるロックソングというより、音の旅である。
この曲には、初期Rideの青さに加え、より成熟した構築力がある。轟音をただ鳴らすのではなく、時間をかけて展開させる。サイケデリックであり、プログレッシブでもあり、同時にインディー・ロックの瑞々しさもある。Rideがシューゲイズの枠を超えようとしていたことが分かる楽曲である。
「Twisterella」
「Twisterella」は、Rideのポップな魅力が最も分かりやすく表れた楽曲のひとつである。軽やかなギター、明るいメロディ、爽快なリズム。シューゲイズの轟音性よりも、ギター・ポップとしての美しさが前面に出ている。
この曲を聴くと、Rideがただのノイズ・バンドではなかったことがよく分かる。彼らには、非常に優れたメロディ・メーカーとしての才能があった。ギターの音は霞んでいるが、曲そのものははっきりと輝いている。
「Twisterella」は、春の光のような曲である。重い雲が少しずつ晴れ、視界が開けていく。Rideの音楽にある夢幻性が、ここでは明るい方向へ向かっている。
「Chelsea Girl」
初期EPに収録された「Chelsea Girl」は、Rideの出発点を知るうえで重要な楽曲である。荒削りで、勢いがあり、まだ若いバンドのエネルギーがそのまま詰まっている。
この曲には、後のRideに見られる壮大な音響世界よりも、インディー・ロックとしての直線的な魅力がある。ギターは鋭く、リズムは速く、メロディは瑞々しい。ここからNowhereへとつながる進化を考えると、Rideが短期間でどれほど大きく成長したかが分かる。
アルバムごとの進化
Nowhere
1990年にリリースされたデビュー・アルバムNowhereは、Rideの代表作であり、シューゲイズを象徴する名盤である。波の写真を用いたジャケットも含め、アルバム全体に青く、冷たく、広大なイメージが漂っている。
この作品には、初期Rideのすべてが詰まっている。「Seagull」の爆発力、「Kaleidoscope」のサイケデリックなきらめき、「In a Different Place」の浮遊感、そして「Vapour Trail」の美しい余韻。轟音とメロディ、疾走と夢幻、若さと儚さが一枚の中で見事に融合している。
Nowhereの魅力は、完成されすぎていないところにもある。音には荒さがあり、楽曲には若いバンドならではの勢いがある。しかし、その未完成さが逆に美しい。まだ何者にも固定されていない瞬間の輝きがある。
このアルバムは、My Bloody ValentineのLovelessやSlowdiveのSouvlakiと並び、シューゲイズを代表する作品として語られることが多い。ただしRideの場合、よりロックバンドとしての肉体性が強い。音の海に沈むというより、音の波に乗って前へ進む感覚だ。
Going Blank Again
1992年のセカンド・アルバムGoing Blank Againは、Rideがシューゲイズの枠を広げた作品である。デビュー作の夢幻的な音響を引き継ぎながら、よりスケールの大きいソングライティングと、ポップな明快さが加わっている。
冒頭の「Leave Them All Behind」は、Rideのキャリアにおける最重要曲のひとつである。長尺でありながら、圧倒的な推進力と構築美を持つこの曲は、バンドが単なる若手シューゲイズ・バンドではなく、大きな音楽的野心を持っていたことを示している。
一方で、「Twisterella」のような曲では、ギター・ポップとしての明るさが前面に出る。Going Blank Againは、Rideの音楽がより開かれた方向へ向かった作品であり、彼らのメロディセンスが際立っている。
このアルバムは、シューゲイズというジャンルが持つ閉じたイメージを押し広げた。轟音の内側にこもるだけでなく、外へ向かって広がっていく。その開放感こそが、Going Blank Againの魅力である。
Carnival of Light
1994年のCarnival of Lightでは、Rideの音楽性は大きく変化する。シューゲイズ的な轟音は後退し、1960年代ロック、サイケデリア、フォーク・ロック、ブリティッシュ・ロックへの傾倒が前面に出る。
このアルバムは、リリース当時から評価が分かれた作品である。初期Rideの音の壁を期待していたリスナーにとっては、方向転換が大きく感じられた。一方で、バンドが新しい表現を模索していたことも確かである。
Carnival of Lightには、The Beatles、The Byrds、The Who、Trafficなどの影響を思わせる部分がある。ギターの歪みよりも、楽曲の構成やメロディ、サイケデリックな空気が重視されている。Rideが単なるシューゲイズ・バンドとして消費されることを拒んだ作品とも言える。
ただし、この方向転換はバンド内部の緊張も映し出していた。Mark GardenerとAndy Bellのソングライティングの個性が分かれ始め、アルバム全体の統一感にはやや揺らぎがある。その揺らぎも含めて、Carnival of LightはRideの過渡期を記録した作品である。
Tarantula
1996年のTarantulaは、Rideの解散前最後のアルバムとなった作品である。この頃には、バンド内の関係はかなり難しくなっていたとされ、音楽的にも初期の一体感とは異なる印象がある。
サウンドはよりブリットポップ、オルタナティブ・ロック、クラシック・ロック寄りになり、シューゲイズ的な幻想性はかなり薄れている。Andy Bellの楽曲が中心となり、後の彼の活動にもつながるようなメロディ重視の方向性が感じられる。
Tarantulaは、Rideの代表作として語られることは少ない。しかし、バンドが変化しようとした痕跡を残す作品である。初期の夢幻的な音の壁から、より伝統的なロック・ソングへ向かう流れが見える。結果としてバンドは解散へ向かうが、この試行錯誤もRideの歴史の一部だ。
Weather Diaries
Rideは長い沈黙を経て再結成し、2017年にWeather Diariesを発表した。このアルバムは、復活作として非常に重要である。単なる懐古ではなく、現代のRideとしての音を示そうとした作品だからだ。
プロデュースにはErol Alkanが関わり、初期のシューゲイズ的な要素と、現代的な音像が組み合わされた。「Charm Assault」や「Lannoy Point」などには、かつてのRideらしい疾走感と、成熟したバンドの落ち着きが共存している。
Weather Diariesの良さは、過去の再現だけに留まらない点である。もちろん、轟音ギターや浮遊感のあるメロディは戻ってきている。しかし、そこには長い時間を経たからこその深みがある。若い頃の焦燥をそのまま再演するのではなく、現在の視点から新しい音の風景を作っている。
This Is Not a Safe Place
2019年のThis Is Not a Safe Placeは、再結成後のRideがさらに自由に音楽性を広げた作品である。ポストパンク的な鋭さ、エレクトロニックな質感、ドリームポップ的な浮遊感が混ざり合っている。
このアルバムでは、Rideが過去のシューゲイズ・イメージに縛られていないことがよく分かる。彼らは、自分たちの原点を大切にしながらも、新しいリズムや音響に挑戦している。若い頃のRideが空と海の広がりを描いていたとすれば、この時期のRideは都市の夜や現代社会の不安も音にしている。
Interplay
2024年のInterplayは、Rideの後期キャリアを語るうえで重要なアルバムである。タイトルの通り、メンバー同士の相互作用、音の重なり、過去と現在の対話が感じられる作品だ。
このアルバムでは、シューゲイズ、ドリームポップ、ニューウェーブ、エレクトロニック・ロックの要素が自然に溶け合っている。初期の轟音だけに頼らず、より洗練された音響とメロディを聴かせる。長いキャリアを経たバンドが、自分たちの遺産を抱えながらも、まだ前へ進もうとしていることが伝わる。
InterplayのRideは、かつてのように若さだけで突き進むバンドではない。しかし、その代わりに、音の重ね方や曲の空気に成熟がある。初期作品の霞んだ青春とは違い、ここには時間を重ねた人間だけが持つ静かな光がある。
影響を受けたアーティストと音楽
Rideの音楽には、多くの先行アーティストからの影響が感じられる。まず重要なのは、The Jesus and Mary Chainである。ノイズとポップメロディを融合させる方法は、Rideを含む多くのシューゲイズ・バンドに大きな影響を与えた。
また、The Byrdsのような1960年代ギター・ポップの影響も大きい。特にAndy Bellのギターには、きらめくようなジャングリーな響きがある。轟音の中にも、フォーク・ロック的な透明感が漂うのはそのためだ。
The Smiths以降の英国インディー・ギター・バンドの影響も見逃せない。美しいメロディ、内省的な歌詞、若者特有の繊細な感情。Rideは、それらをより音響的で巨大な形へ拡張した。
さらに、Spacemen 3やLoopのようなサイケデリックな反復、Sonic Youth的なギターの実験性、Hüsker DüやDinosaur Jr.のようなノイズとメロディの融合も、Rideのサウンドを考えるうえで重要である。Rideは、これらの影響をひとつの方向へまとめ、シューゲイズらしい音の風景へと変換した。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Rideは、後続のシューゲイズ、ドリームポップ、オルタナティブ・ロックに大きな影響を与えた。1990年代当時のバンドだけでなく、2000年代以降のニューゲイズ、インディー・ロック、ポストロック系のアーティストにも、その影響は広がっている。
Rideの魅力は、シューゲイズの中でも特にバンド・サウンドとしての強さを持っていた点にある。My Bloody Valentineの音響革命やSlowdiveの内省美とは異なり、Rideはライブでの爆発力とポップソングとしての明快さを持っていた。この特徴は、後の多くのギター・バンドにとって重要なモデルになった。
例えば、轟音ギターと美しいメロディを組み合わせるバンド、ドリームポップ的な浮遊感を持ちながらもロックとしての推進力を重視するバンドには、Rideの影響が感じられる。彼らの音楽は、ノイズを単なる破壊ではなく、感情を包み込む空間として使う方法を示した。
また、Andy Bellが後にOasisへ加入したことも、Rideの歴史を広い英国ロックの流れの中に位置づけるうえで興味深い。シューゲイズとブリットポップはしばしば別のムーブメントとして語られるが、実際には人脈や音楽的感覚の面でつながっている部分もある。Rideは、その橋渡し的な存在でもあった。
My Bloody Valentine、Slowdiveとの比較
Rideを語るうえで、My Bloody ValentineとSlowdiveとの比較は避けられない。この3組は、シューゲイズを代表する存在としてよく並べて語られる。しかし、それぞれの音楽性は大きく異なる。
My Bloody Valentineは、ギターの音そのものを変形させるバンドである。Lovelessに代表される彼らの音楽は、ギターが溶け、揺れ、音の輪郭が崩れていく。聴き手は曲を追うというより、音の海に沈む感覚を味わう。
Slowdiveは、より内省的で静謐なバンドである。彼らの音楽には、孤独、透明感、深い夢のような余韻がある。轟音よりも、空間の美しさや感情の沈み込みが強い。
一方、Rideはよりロックバンド的である。ドラムは力強く、ギターは広がりながらも前へ進み、メロディにはポップな明快さがある。Rideの音楽は、沈むというより走る。夢の中にいるのに、足元には確かなリズムがある。この疾走感こそが、Rideをシューゲイズの中で特別な存在にしている。
ブリットポップとの関係
1990年代半ばに入ると、イギリスではブリットポップが大きなムーブメントとなった。Oasis、Blur、Pulp、Suedeなどが注目され、シューゲイズはやや時代遅れのものとして扱われるようになった。Rideもこの流れの中で方向転換を迫られたバンドのひとつである。
Carnival of LightやTarantulaには、シューゲイズ的な音響よりも、1960年代ロックやブリティッシュ・ギター・ポップへの接近が見られる。これは、時代の変化に対する反応でもあった。だが、Rideの場合、その変化は必ずしもスムーズではなかった。初期の音の壁を愛するファンと、新しい方向を模索するバンドの間にズレが生まれた。
しかし後年の再評価によって、Rideの初期作品はシューゲイズの古典として改めて高く評価されるようになった。ブリットポップの熱狂が過ぎ去った後、Rideの音楽にある夢幻性や音響美は、むしろ時代を超えるものとして聴かれるようになったのである。
ライブパフォーマンスの魅力
Rideのライブは、音源以上にバンドとしての力強さを感じさせる。シューゲイズというと、内向的で静かな演奏を想像する人もいるかもしれない。しかしRideのライブには、かなり肉体的な迫力がある。
Laurence Colbertのドラムは、ライブで特に重要な役割を果たす。彼のドラミングは、音の壁に骨格を与え、楽曲を前へ押し出す。Mark GardenerとAndy Bellのギターは、ステージ上で重なり合い、時に渦のように、時に光の帯のように広がる。
「Leave Them All Behind」のような曲は、ライブで巨大な波のように膨らむ。イントロが始まると、観客は少しずつ音の流れに巻き込まれ、やがて全体がひとつの塊になる。Rideのライブは、ただ曲を再現する場ではなく、音の空間を共有する体験である。
Rideの歌詞世界
Rideの歌詞は、明確な物語を語るというより、感覚や風景を描くことが多い。空、海、光、距離、記憶、孤独、変化。そうしたイメージが、音楽と溶け合うように配置されている。
「Vapour Trail」のように、消えていく飛行機雲のイメージは、Rideの歌詞世界を象徴している。何かがあったことは分かる。しかし、それはもう手の届かない場所へ流れていく。Rideの音楽には、そうした儚さがある。
シューゲイズでは、歌詞がはっきり聞き取れないことも多い。だが、それは欠点ではない。言葉が音に溶けることで、より曖昧で感覚的な表現が可能になる。Rideの歌詞は、メッセージを強く主張するというより、聴き手自身の記憶や感情を呼び起こす余白を持っている。
Rideのユニークさ
Rideのユニークさは、シューゲイズの夢幻性と、ロックバンドとしての疾走感を両立させた点にある。彼らの音楽は、霞んでいるのに力強い。美しいのに荒々しい。内向的なのに、どこか外へ向かって開かれている。
この矛盾した魅力が、Rideを特別な存在にしている。Nowhereでは、若さゆえの衝動と夢のような音響が結びついた。Going Blank Againでは、そのサウンドがより大きく、より開放的になった。再結成後の作品では、過去の美学を現代的に更新し、長いキャリアを持つバンドとしての深みを見せている。
Rideは、シューゲイズを「ただの音響実験」にしなかった。そこに歌を置き、リズムを走らせ、青春の感情を注ぎ込んだ。だから彼らの音楽は、ジャンルのファンだけでなく、広いギター・ロックのリスナーにも響く。
批評的評価と再評価
Rideは、デビュー当時から高い注目を集めたバンドである。特に初期EPとNowhereは、イギリスのインディー・シーンにおいて大きな反響を呼んだ。彼らは、シューゲイズというムーブメントの中でも、特に若く、勢いのある存在として評価された。
しかし1990年代半ばになると、ブリットポップの台頭や音楽シーンの変化によって、Rideの評価は一時的に揺らいだ。シューゲイズ自体が、当時のメディアからやや冷たく扱われるようになったことも影響している。
ところが2000年代以降、シューゲイズは大きく再評価される。My Bloody Valentine、Slowdive、Rideといったバンドの作品は、後続世代に強い影響を与え、再び注目されるようになった。RideのNowhereやGoing Blank Againは、今ではシューゲイズの基本作品として広く認識されている。
再結成後の活動も、Rideの評価をさらに強めた。単なるノスタルジーではなく、新作を発表し続けることで、彼らは現在進行形のバンドであることを示した。これは、再評価だけで終わらない重要なポイントである。
まとめ
Rideは、シューゲイズの草分け的存在として、独特の音の壁が生む夢幻の世界を作り上げたバンドである。彼らの音楽には、轟音ギター、浮遊するヴォーカル、美しいメロディ、そして前へ進むリズムがある。その組み合わせが、Rideならではの輝きを生んでいる。
Nowhereは、シューゲイズの名盤であり、若さと音響美が結晶した作品である。「Vapour Trail」は、消えていく飛行機雲のような儚さを持つ名曲である。「Seagull」は、Rideの初期衝動を象徴する轟音の疾走曲である。Going Blank Againと「Leave Them All Behind」では、彼らの音楽がより大きなスケールへ広がった。
Rideの魅力は、夢の中にいるような音でありながら、決して眠っていないところにある。彼らの音楽は、目を閉じて漂うためのものでもあり、同時に風を切って走るためのものでもある。霞んだギターの向こうに、青い空、白い波、遠い記憶、そして若さの残響が見える。
シューゲイズというジャンルの中で、Rideは音の壁にスピードと光を与えた。だからこそ、彼らの音楽は今も鮮やかだ。轟音の奥で鳴り続ける美しいメロディは、時間が経っても消えない飛行機雲のように、リスナーの記憶に長く残り続ける。

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