
発売日:1996年3月11日
ジャンル:Alternative Rock / Britpop / Psychedelic Rock
概要
Tarantulaは、Rideが1996年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、解散前の最後のアルバムとなった。Rideは1990年代初頭に、轟音ギターと甘いメロディを結びつけたシューゲイザーの代表的なバンドとして注目されたが、1992年のGoing Blank Again以降は、より伝統的なロックやサイケデリック・ポップへ少しずつ接近していった。1994年のCarnival of Lightでは1960年代ロックやフォーク・ロックへの傾きが強くなり、バンド内の音楽的な方向性の違いも表面化していた。Tarantulaはその延長線上にありながら、より荒く、暗く、緊張した作品である。
本作では、初期Rideの特徴だった分厚いギターの渦や、Mark GardenerとAndy Bellの声が溶け合う美しいコーラスはかなり後ろに下がっている。中心になるのは、Andy Bell主導の乾いたギター・ロックであり、当時のBritpopの空気とも重なる、より直線的な曲作りである。ギターは空間を白く塗りつぶすというより、ざらついたリフやブルージーなフレーズとして前に出る。ドラムも浮遊感を支えるより、地面を強く踏むように鳴り、全体にはバンドがきれいな幻想を捨てて、もっと現実的で硬い音へ向かっている印象がある。
ただし、Tarantulaは単純な変化作としてすっきり聴けるアルバムではない。曲ごとの出来には力強いものもあるが、作品全体にはバンドの分裂寸前の空気が漂っている。メロディの美しさ、ギターの勢い、サイケデリックな余韻はまだ残っている一方で、かつてのRideにあった透明な高揚や、メンバー同士の自然な一体感は弱まっている。そのため本作は、代表作として最初に聴くべき一枚ではないが、Rideというバンドが1990年代半ばのロック・シーンの中でどこへ向かい、どこで行き詰まったのかを知るうえでは重要な作品である。
全曲レビュー
1. 「Black Nite Crash」
「Black Nite Crash」は、アルバムの冒頭から荒いギターと重いリズムで押し出す曲で、本作の方向転換を強く示している。初期Rideのように音が空へ広がるのではなく、ここではギターが低い位置でうなり、ロックンロール的な勢いを前に出す。タイトルには夜の衝突事故のような不穏さがあり、歌もきらめく夢ではなく、速度と破綻の感覚をまとっている。サビのメロディにはRideらしい明るい輪郭も残るが、全体の印象はかなりざらついている。バンドの終盤における焦りと攻撃性が、シングル曲らしい強い形で表れた一曲である。
2. 「Sunshine/Nowhere to Run」
「Sunshine/Nowhere to Run」は、タイトルにある明るさと逃げ場のなさが並ぶことで、最初からねじれた感情を持っている。ギターは比較的明るい響きも見せるが、曲の進み方にはどこか閉塞感があり、太陽の下にいるのに自由ではないように聞こえる。歌詞ははっきりした物語を語るというより、光を求めながらも追い詰められている心理を思わせる。コーラスの広がりにはRideらしいポップ性があるが、初期の透明感とは違い、音の端には疲れが残る。アルバム序盤で、本作の明るさがいつも不安と隣り合っていることを示している。
3. 「Dead Man」
「Dead Man」は、重いタイトル通り、アルバムの中でも暗い空気を持つ曲である。リズムは急がず、ギターもきらびやかに舞うのではなく、乾いた線を引きながら進む。歌詞の「死んだ男」は、実際の人物というより、感情を失った状態や、かつての自分がもう戻らない感覚としても読める。ボーカルは感情を大きく爆発させず、むしろ少し冷めた距離で響くため、曲には悲劇的な大げささよりも、抜けきらない倦怠がある。シューゲイザー時代の陶酔とはかなり遠く、バンドが暗いロックへ傾いていることがよく分かる。
4. 「Walk on Water」
「Walk on Water」は、奇跡を思わせるタイトルを持ちながら、曲調は過度に神秘的ではなく、しっかりしたギター・ロックとして進む。演奏は比較的明快で、ドラムとベースが曲をまっすぐ支え、ギターはその上で厚みを作る。歌詞は水の上を歩くという不可能な行為を通して、相手への期待や、自分を超えたい願いを思わせるが、曲の響きには理想を信じ切れない影もある。サビではメロディが開けるため、アルバム前半の中では比較的聴きやすいが、その開放感も完全には晴れない。本作の中で、ポップなRideと硬いロック化したRideが交差する曲である。
5. 「Deep Inside My Pocket」
「Deep Inside My Pocket」は、内側に何かを隠しているようなタイトルが印象的で、曲にも少し密室的な感覚がある。ギターは大きく空間を広げるより、曲の近くで鳴り、リズムも派手に跳ねずに淡々と進む。歌詞は所有、秘密、言えない感情をめぐるものとして読め、ポケットの奥という小さな場所に、言葉にしにくいものがしまわれているように聞こえる。メロディは悪くないが、全体には強く爆発する場面が少なく、むしろ感情を押し込めたまま進むことが曲の性格になっている。アルバム中盤で、外向きのロックの勢いを少し内側へ折り返す一曲である。
6. 「Mary Anne」
「Mary Anne」は、人名をタイトルにした曲らしく、比較的クラシックなロック・ソングの輪郭を持っている。ギターは1960年代から1970年代のロックを思わせる乾いた響きで、メロディもシンプルに相手へ向かっている。歌詞の「Mary Anne」は、実在感のある人物としても、失われた理想や記憶の中の女性像としても聞こえる。Rideの初期作品にあった声とギターの溶け合いより、ここでは歌の中心がはっきり前に置かれている。大きな革新性はないが、バンドがこの時期に志向していた伝統的なソングライティングが比較的素直に出た曲である。
7. 「Castle on the Hill」
「Castle on the Hill」は、高台の城というタイトルから、遠くに見える理想や過去の記憶を思わせる曲である。サウンドには少しサイケデリックな広がりがあり、硬いギター・ロックが続いた流れの中で、視界が少し横へ開く。歌詞は、手の届かない場所にあるものを見上げるようにも、すでに古びた夢を振り返るようにも読める。演奏は劇的に展開するというより、同じムードを保ちながら進むため、曲には憧れと停滞が同時にある。アルバムの中では、初期Rideの幻想性がかすかに戻る場面だが、それは以前のような輝きではなく、遠くに残った残像として響く。
8. 「Gonna Be Alright」
「Gonna Be Alright」は、タイトルだけを見ると前向きな曲に思えるが、その明るさはどこか自分に言い聞かせるように聞こえる。リズムは安定し、ギターも比較的開けた響きを持つため、アルバム後半に少し風通しを与えている。歌詞の「大丈夫になる」という言葉は、確信というより、不安を抑えるための反復として機能しているように読める。声のトーンにも完全な楽観はなく、むしろ状況がよくないからこそ、その言葉を必要としているように響く。暗い曲が多い本作の中では聴きやすいが、明るさの裏に切迫感が残る曲である。
9. 「The Dawn Patrol」
「The Dawn Patrol」は、夜明けの見回りというタイトルが示す通り、暗い時間を越えたあとの薄い光を思わせる曲である。演奏は派手に跳ねるのではなく、一定の足取りで進み、ギターも朝の空気のように少し冷たい響きを持つ。歌詞は見張ること、待つこと、何かが始まる前の緊張を感じさせ、夜が終わってもすぐに安心できるわけではないという感覚がある。Rideの音楽にあった浮遊感がここでは控えめに残り、重いロックの流れの中に一瞬だけ淡い空間を作っている。アルバム後半で、沈んだムードを少しだけ持ち上げる役割を持つ曲である。
10. 「Ride the Wind」
「Ride the Wind」は、タイトル通り風に乗るようなイメージを持ち、アルバムの中では比較的自由な感覚がある。ギターは前へ押し出すだけでなく、少し流れるように響き、メロディにも移動する感覚がある。歌詞は、現実の重さから離れて進みたい願いとして読めるが、その自由は軽やかな幸福というより、何かから逃げるための速度にも聞こえる。バンド名のRideを思わせるタイトルでもあり、偶然以上に自己言及的な響きを持つ。終盤に置かれることで、閉塞したアルバムの中に、まだ動き続けたいという意志を残している。
11. 「Burnin’」
「Burnin’」は、タイトルの熱さに対して、曲全体にはやや荒れたロックンロールの感触がある。ギターはざらつき、リズムも前へ押すため、ここでは初期の美しい轟音ではなく、もっと土っぽい燃焼感が前に出る。歌詞の燃えている状態は、情熱とも怒りとも破滅とも読め、曲はその熱をきれいに制御しようとはしていない。ボーカルも滑らかに溶けるより、言葉を直接投げるように聞こえる。アルバム終盤で、まだ残っているエネルギーを燃やし切ろうとする曲だが、その火は明るい祝祭というより、最後に残ったものを焦がすような熱を持っている。
12. 「Starlight Motel」
ラストの「Starlight Motel」は、アルバムを大きな勝利で閉じるのではなく、夜の移動先にある安いモーテルのような、少し寂しい場所へ着地させる曲である。タイトルには星明かりのロマンティックな響きもあるが、モーテルという言葉が加わることで、夢と疲労が同時に見える。演奏は落ち着いており、ギターも過度に盛り上がらず、終わりの余韻を残す。歌詞は旅、孤独、一時的な休息を思わせ、バンドの最後のアルバムの終曲として聴くと、長く続いた道の途中でひとまず灯りのある場所に入るような感覚がある。解決よりも疲れた余白を残す締めくくりである。
総評
Tarantulaは、Rideのカタログの中で最も評価が難しいアルバムである。初期のNowhereやGoing Blank Againで確立した、轟音ギターと透明なメロディが溶け合う美しさは、ここではかなり薄れている。その代わりに、より乾いたギター・ロック、ブルージーなフレーズ、Britpop期のロックらしい明快な曲構成が前に出ている。変化そのものは悪いことではないが、本作ではその新しい方向が完全にバンドの一体感へ結びついているとは言いにくい。曲によっては強い瞬間がある一方、全体には迷いと疲労がにじんでいる。
このアルバムの長所は、きれいな幻想を捨てた後のRideの姿が生々しく記録されている点にある。「Black Nite Crash」の荒い勢い、「Gonna Be Alright」の自分に言い聞かせるような明るさ、「Starlight Motel」の疲れた余韻には、終わりに向かうバンドの現実感がある。初期作品のように音の波に包み込まれる快感は少ないが、代わりに、ロック・バンドが変化しようとして、うまくいく部分とうまくいかない部分を同時にさらけ出している。その不完全さが、本作を単なる失敗作として片づけにくくしている。
歌詞やムードの面でも、Tarantulaには明るい逃げ場が少ない。夜、衝突、死、秘密、逃げ場のなさ、燃焼、モーテルといったイメージが並び、アルバム全体はロード・ムービーの終盤のように乾いている。かつてのRideが見せた、空へ広がるような青春の感覚はここでは遠く、代わりにあるのは、進むしかないが目的地がはっきりしない状態である。その意味で、本作は音楽的にも感情的にも、バンドの終着点としてよくも悪くも説得力を持っている。
キャリア上では、TarantulaはRideの代表作ではなく、むしろ終盤の混乱を示す作品として語られることが多い。だが、1990年代半ばにシューゲイザーの波が後退し、Britpopが大きくなる中で、Rideが自分たちの音をどのように変えようとしたのかを知るには欠かせない。Andy Bellのソングライティングが前に出たことも、のちの流れを考えると重要である。完成度では初期の名作に及ばないが、Tarantulaは、輝いていたバンドが最後にざらついた地面へ降り立った記録として、独特の重みを持つアルバムである。
おすすめアルバム
Nowhere by Ride
Rideのデビュー・アルバムで、轟音ギターと透明なメロディが最も鮮烈に結びついた代表作である。Tarantulaの乾いたロック化と比べると、初期の幻想的な魅力がよく分かる。
Going Blank Again by Ride
シューゲイザー的な音の厚みを保ちながら、より明るく開けたギター・ポップへ進んだ作品である。Rideのバランス感覚を知るなら、Tarantulaより先に聴きたい重要作である。
Carnival of Light by Ride
Tarantulaの前作で、1960年代ロックやサイケデリック・ポップへの傾きが強く出ている。バンドが初期の轟音から伝統的なロックへ移る過程を理解するうえで重要な一枚である。
The Great Escape by Blur
1995年のBritpopを代表する作品の一つで、英国的な皮肉と大きなポップ・サウンドが前に出ている。Tarantulaとは質感が違うが、同時代の英国ロックの空気を知る比較対象になる。
Be Here Now by Oasis
巨大化したBritpop期のギター・ロックを象徴する作品である。RideのAndy Bellが後にOasisへ参加する流れを考えても、Tarantulaの伝統的なロック志向がどこへ接続していくかを考える手がかりになる。

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