1. 歌詞の概要
「Wretched(レッチド)」は、Bartees Strange(バーティーズ・ストレンジ)が2022年にリリースしたセカンドアルバム『Farm to Table』に収録された楽曲であり、現代社会における自己の立ち位置と、生き延びる術を詩的かつエモーショナルに描いた一曲である。
タイトルの「Wretched」は、「惨めな」「どうしようもない」といった否定的な意味合いを持つ言葉だが、Barteesはこの語を逆手にとって、自らの「欠落」や「不安定さ」こそが、希望や創造性の源であることを提示する。ここで語られるのは、“惨めさ”ではなく、“その惨めさを受け入れてもなお立ち上がる力”なのだ。
曲の冒頭では愛や友情の喪失が描かれ、やがてそれが自分自身の再構築へと転じていく。そのプロセスは苦しく、混乱し、怒りに満ちているが、最後には“選ばれなかった人生”の中にも確かな価値があることが、聴き手に強く伝わってくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bartees Strangeは、黒人であること、アメリカ中西部の保守的な地域で育ったこと、音楽ジャンルの境界を越えて活動することなど、いくつもの「マイノリティ性」を抱えてきたアーティストである。「Wretched」は、そうした“境界の外に立たされる者”としての視点を、極めて個人的でありながらも普遍的なトーンで綴った楽曲だ。
彼がこの曲で描くのは、「社会に理解されにくい存在」でありながらも、自分の道を信じて歩き続ける人間の姿である。たとえその道が傷だらけであっても、その痛みすらがアイデンティティの一部として光を放ち始める――「Wretched」は、まさにその瞬間を音楽に変えた曲なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
He opened up the door
彼はドアを開けたんだTook one look and said “You’re not who I’m looking for”
一目見てこう言った、「君じゃない」I was wretched, I was torn
僕はみじめだった、バラバラだったStill I found my way to shore
それでも、なんとか岸辺にたどり着いたんだYou loved me through it all
君だけは、ずっと僕を愛してくれてたYou pulled me from the wreckage
廃墟のなかから、君が僕を引き上げてくれた
歌詞引用元:Genius Lyrics – Wretched
4. 歌詞の考察
「Wretched」は、Bartees Strangeの作品の中でも特に“救い”と“受容”のテーマが強く打ち出された楽曲である。歌詞冒頭の「You’re not who I’m looking for(君じゃない)」というセリフには、世界から見放されたような疎外感が凝縮されているが、それでも語り手は立ち止まらない。
むしろ、拒絶されたことそのものが、自分を強くしたのだという逆説的なメッセージが全編に流れている。タイトルの“Wretched(惨め)”とは、社会的に定義された評価であり、Barteesはそれを再定義する――「たとえ惨めと言われようと、自分の人生には意味がある」と。
特に「You loved me through it all」というラインに表れているように、この曲には“誰かによって支えられていた”という要素も強く含まれている。完全に孤独だったわけではない。廃墟の中に差し込んだ一筋の光。それが、人であり、音楽であり、希望だったのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Terrible Love by The National
混乱と感情の波に呑まれながらも、立ち上がる力を持つエモーショナルな楽曲。 - Garden Song by Phoebe Bridgers
静かな語り口のなかに、傷と希望が同居する、夢幻的なフォーク・バラード。 - Shameika by Fiona Apple
社会に馴染めなかった子ども時代を肯定する、個人の力強さと再解釈を描いた一曲。 - Reckoner by Radiohead
破壊と再生のスピリチュアルな瞬間を、音で表現するポストロック的名曲。
6. “惨めなままで、立ち上がるということ”
「Wretched」は、“成功”や“強さ”を定型的に描くことを拒み、むしろ“弱さの中にある尊厳”を描いた楽曲である。Bartees Strangeは、世の中が“価値がある”と認めないような存在――それが自分であっても他者であっても――に対して、「君には意味がある」と語りかける。
この曲を通して彼が伝えているのは、「どれほど壊れていても、どれほど見放されても、再び自分の足で立ち上がることはできる」という確信であり、そのメッセージは、混迷する時代を生きる私たちにとって大きな慰めとなる。
「Wretched」は、Bartees Strangeというアーティストが、“多様性”や“境界”といったテーマにどう向き合ってきたかを知る上でも最重要な楽曲である。そして同時に、それは「自分の存在を正当化する」すべての人々への、静かで力強い応援歌でもあるのだ。
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