
発売日: 2020年10月2日
ジャンル: インディーロック、ヒップホップ、ポストパンク、エレクトロニカ、エモ
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概要
『Live Forever』は、英米をルーツに持つマルチジャンル・アーティスト、Bartees Strange(バーティーズ・ストレンジ)が2020年に発表したフルレングスのデビュー・アルバムであり、ロックとラップ、ソウルとポストハードコアが横断的に混ざり合う、現代的カオスの傑作として高く評価された。
元エンジニアという異色の経歴を持ち、ワシントンD.C.のDIYシーンで育った彼は、この作品で「ジャンル」と「アイデンティティ」を問い直す。アフリカ系アメリカ人としてインディーロックを歌うことそのものが、ひとつの“抵抗”であり、“解放”であるというコンセプトが全体に貫かれている。
アルバムタイトル『Live Forever』には、「自分がここにいるという証を音で刻みつける」という意思が込められており、キャリア初期ながらも堂々たる表現力とプロダクションセンスが炸裂した、ジャンルレス時代の旗手を象徴するデビュー作となった。
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全曲レビュー
1. Jealousy
重たいベースとラップ、突き刺すようなギターが絡むハイブリッドなオープニング。嫉妬や比較への苛立ちを、ジャンルの壁を壊しながら爆発させる。
2. Mustang
突き抜けるギターロック・アンセム。ストリングスも交えた疾走感と、ノイズの中から立ち上がるメロディに胸が熱くなる。“黒人が白人の街でギターをかき鳴らす”というビジュアルが、この曲の核心。
3. Boomer
ファズギターとラップの融合。パーソナルな語りとポップな展開のバランスが絶妙で、ロックとヒップホップの新たな接点を示す代表曲。
4. Kelly Rowland
ソウルフルで官能的。静かなグルーヴとシンセ、変調されたヴォーカルが絡み、柔らかくも不穏な空気を生む。アフロディジアック的な香りもある名バラード。
5. In a Cab
リバーブの効いたギターとエレクトロニックなアレンジで描かれる、都市の夜の孤独。エモとドリームポップが出会う瞬間。
6. Stone Meadows
リズムを大胆に崩しながら進行するミドルテンポの実験作。内面の葛藤を断片的に吐露し、ポストパンクとエレクトロニカの中間をゆく。
7. Flagey God
詩的な語りとアンビエントな構成が重なる異色作。Flagey(ブリュッセルの地名)での滞在を通じた個人的啓示が、ミニマルなトラックとともに描かれる。
8. Mossblerd
本作随一の激情ナンバー。叫びに近いヴォーカルとスラッジ系ギター、突然挿入されるラップパートが、複雑なアイデンティティと社会への怒りを体現する。
9. Far
ドリーミーでメランコリック。恋と喪失、記憶のねじれを繊細なプロダクションと歌で包む。間奏部の浮遊感が美しい。
10. Ghostly
閉じた空間に響く独白のようなラストトラック。亡霊のように消えていく過去と、それでも残る身体の存在感を淡く描き、アルバムを静かに締めくくる。
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総評
『Live Forever』は、Bartees Strangeというアーティストのジャンル破壊力と詩的リアリズムが炸裂した、2020年代前半を象徴する1枚である。
ヒップホップ、ロック、ソウル、エモ、エレクトロニカを縦横無尽に飛び越えながら、そのどれにも“偽物”として収まらない強度を持つ。なぜならそれは、“音楽ジャンル”ではなく“経験のジャンル”で書かれているからだ。
黒人であること、ロックを愛すること、DIY精神で音を作ること——これらのすべてが“政治的”になってしまう現代において、Barteesは怒りを叫ぶのではなく、ジャンルという枠組みそのものを再編成することで、静かに、だが痛烈に現状を撃っている。
“Live Forever”というタイトルに込められた願いは、単なる自己顕示ではない。それは、「誰にも消されない表現」のための祈りなのである。
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おすすめアルバム(5枚)
- Yves Tumor『Heaven to a Tortured Mind』
ジャンルを破壊する黒人ロックの最前線。 - TV on the Radio『Return to Cookie Mountain』
ポストパンク×ソウル×実験精神の先駆け的存在。 - Black Midi『Hellfire』
構造を壊しながら組み直す、“聴く建築”のような音楽。 - Danny Brown『Atrocity Exhibition』
ヒップホップの限界を押し広げる異端作。エモ的な衝動も近い。 - Death Grips『The Money Store』
ジャンルを破壊して自己を露出する、ノイズと怒りの結晶。
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歌詞と文化的文脈
Bartees Strangeのリリックには、“黒人であること”と“ロックを歌うこと”が同時に含意されており、それは現代の音楽シーンにおける存在の二重性を映している。
「ロック=白人のもの」という誤ったコードに対する批評性、DIYであることのポリティクス、そして複数のジャンルを越境することでしか語れない体験。
『Live Forever』は、単なる音楽作品ではなく、アイデンティティの解体と再構築を音で描いた社会的ドキュメントなのだ。
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