
発売日:2018年3月
ジャンル:ベッドルームポップ、インディーフォーク、ローファイ、インディーポップ
概要
Liceは、beabadoobeeが2018年に発表した初期EPであり、彼女のキャリアの出発点を理解するうえで重要な作品である。後の『Fake It Flowers』や『Beatopia』で見せる90年代オルタナティブロック、グランジ、シューゲイズ的な要素はまだ控えめで、本作ではアコースティックギターを中心としたローファイなベッドルームポップの質感が前面に出ている。
beabadoobeeは、フィリピン生まれ、ロンドン育ちのシンガーソングライターであり、初期にはYouTubeやインターネットを通じて注目を集めた。特に「Coffee」のような素朴な弾き語り曲は、派手なプロダクションではなく、親密な声、簡潔なコード進行、日記のような歌詞によって支持を広げた。
Liceの魅力は、未完成さにある。音は小さく、録音はシンプルで、楽曲構造も複雑ではない。しかし、その簡素さが、思春期の不安、孤独、恋愛感情、自己認識の揺らぎを直接的に伝えている。後の作品に比べると荒削りだが、beabadoobeeの核となる「親密な弱さ」と「メロディの素直さ」はすでに明確に表れている。
音楽的には、エリオット・スミス、ダニエル・ジョンストン、モルディ・ピーチズ、初期のClairoやFrankie Cosmosに近い感覚を持つ。日本のリスナーにとっては、宅録的な距離感、日記のような言葉、淡いメロディが、インディーフォークやローファイ・ポップの文脈で受け止めやすい作品である。
全曲レビュー
1. Susie May
「Susie May」は、初期beabadoobeeの素朴な魅力を象徴する楽曲である。アコースティックギターを中心にした簡潔な構成で、派手な展開や厚いアレンジはほとんどない。そのぶん、声の揺れやギターの響きが近く感じられ、ベッドルームで録音されたような親密さが強調されている。
歌詞は、特定の人物への思いや、記憶の中に残る感情を扱っている。タイトルにある「Susie May」という名前は、具体的な人物像でありながら、同時に青春期の記憶や憧れを象徴する存在として機能している。直接的な説明よりも、断片的なイメージで感情を伝える点が特徴である。
この曲では、beabadoobeeのヴォーカルがまだ非常に素朴で、技巧的な歌唱よりも感情の近さが優先されている。後の作品で見られるロック的な力強さとは異なり、ここでは小さな声で語りかけるような表現が中心である。
2. Dance with Me
「Dance with Me」は、柔らかなメロディと淡いロマンティシズムを持つ楽曲である。タイトル通り、誰かと一緒に踊るという親密な行為が中心に置かれているが、その表現は大げさではない。むしろ、日常の中の小さな願望として描かれている。
サウンドはシンプルで、アコースティックギターのコード進行が楽曲の骨格を作る。リズムは控えめで、ポップソングとしての華やかさよりも、部屋の中でひとり歌っているような空気がある。この距離感は、beabadoobeeの初期作品に共通する重要な要素である。
歌詞のテーマは、恋愛感情の始まりや、相手との距離を少しだけ縮めたいという感覚に近い。劇的な愛の宣言ではなく、照れや不安を含んだささやかな誘いとして機能している。若いリスナーが感じる曖昧な好意や、言葉にしきれない期待を、非常に簡潔な形で表している。
3. If You Want To
「If You Want To」は、本作の中でも特にメランコリックな色合いを持つ楽曲である。タイトルの「あなたが望むなら」という言い回しには、相手に判断を委ねるような弱さや、不安定な関係性が含まれている。
音楽的には、弾き語りを基調としながら、メロディの流れにわずかな陰りがある。明るく開かれたポップソングというよりも、閉じた空間の中で自分の感情を確認するような曲である。コード進行はシンプルだが、その単純さが歌詞の切実さを引き立てている。
歌詞では、恋愛や人間関係における自己犠牲、相手に合わせようとする感覚が読み取れる。強い主張ではなく、相手の選択を待つ姿勢が描かれており、そこに若さ特有の不安と依存が表れている。beabadoobeeの初期作品が持つ傷つきやすさをよく示す一曲である。
4. Eighteen
「Eighteen」は、タイトルが示す通り、18歳前後の自己認識や不安定な感情を扱う楽曲である。思春期から大人へ向かう途中の曖昧な時期を、過度に説明せず、簡潔な言葉とメロディで表現している。
この曲では、beabadoobeeの歌詞にある日記的な性質が特に強く表れている。大きな社会的テーマを掲げるのではなく、自分の年齢、感情、関係性、孤独をそのまま言葉にする。その率直さが、初期の彼女の作品を特徴づけている。
サウンドは静かで、ギターの音も非常に近い。録音の粗さや小さなノイズも含めて、楽曲の一部として機能している。完成されたスタジオ録音では失われがちな、瞬間の生々しさが残されている点が重要である。
「Eighteen」は、beabadoobeeが後に大きなバンドサウンドへ向かう前の、もっとも個人的な表現のひとつといえる。
5. The Way I Spoke
「The Way I Spoke」は、言葉、声、自己表現をテーマにした楽曲として読むことができる。タイトルは「自分の話し方」を意味し、他者との関係の中で自分がどう見られ、どう受け取られるのかという不安を含んでいる。
楽曲は非常にミニマルで、声とギターの関係が中心にある。メロディは穏やかだが、歌詞の奥には自己否定や不器用さがにじむ。beabadoobeeの初期作品では、完璧に整えられた表現よりも、言い淀みや弱さそのものが魅力になっている。
この曲は、彼女のソングライティングにおける重要な特徴を示している。それは、自分の感情を大げさに飾るのではなく、小さな違和感や不安として提示する点である。その控えめな表現が、かえってリアルな感情として響く。
総評
Liceは、beabadoobeeの初期衝動をそのまま閉じ込めたEPである。後年の作品に比べると、サウンドは非常に簡素で、アレンジも控えめである。しかし、その制約こそが本作の個性を作っている。ギターと声だけに近い構成の中で、彼女は恋愛、不安、自己認識、成長の過程を率直に描いている。
本作は、完成度の高さを競う作品ではなく、アーティストの原点を記録した作品として価値がある。beabadoobeeが後に90年代オルタナティブロックやシューゲイズを取り入れていく以前、彼女の表現はまず小さな部屋の中の弾き語りから始まっていた。その親密な空気が、本作には濃く残されている。
音楽的には、ローファイ・ベッドルームポップの文脈に位置づけられる。録音の粗さ、簡潔なコード、素直なメロディ、日記的な歌詞は、2010年代後半のインディーシーンにおける重要な潮流とつながっている。ClairoやGirl in Red、Frankie Cosmosなどと同じく、個人的な空間から発信される小さな音楽が、インターネットを通じて広がっていく時代の作品である。
日本のリスナーにとって、本作はbeabadoobeeを「ロック・アーティスト」としてだけでなく、「ベッドルームポップ世代のシンガーソングライター」として理解するための重要な入口となる。派手なサウンドを求める作品ではないが、後の大きな展開の根にある繊細なメロディ感覚と、傷つきやすい歌詞表現を確認できる。
Liceは、未成熟であることを隠さない作品である。その未成熟さは弱点ではなく、むしろ作品の本質である。若いアーティストが、自分の感情を過度に加工せず、最小限の音で表現した記録として、本作はbeabadoobeeのディスコグラフィにおいて欠かせない初期作品である。
おすすめアルバム
- beabadoobee – Patched Up
Liceの延長線上にある初期EP。アコースティックな質感と素朴なメロディがさらに整理されている。
2. beabadoobee – Fake It Flowers
90年代オルタナティブロック色を強めたデビューアルバム。初期の内省性がバンドサウンドへ発展している。
3. Clairo – diary 001
ベッドルームポップの代表的EP。ローファイな質感と若い世代の内面的な歌詞に共通点がある。
4. Frankie Cosmos – Zentropy
短く素朴なインディーポップ曲が並ぶ作品。日記的な歌詞と簡潔なメロディがLiceと親和性を持つ。
5. Elliott Smith – Roman Candle
静かな弾き語りと内省的な歌詞を軸にした作品。beabadoobeeの初期フォーク的側面を理解するうえで有効である。



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