
発売日:2009年5月5日
ジャンル:Power Pop / Rock / Hard Rock
概要
The Smithereens Play Tommyは、The SmithereensがThe Whoのロック・オペラTommyを全編カバーしたアルバムである。The Smithereensは1980年代以降、60年代ロックへの愛情、力強いギター、太いリズム、メロディの明快さを武器にしてきたバンドであり、The Whoからの影響も自然に感じられる。本作は、彼らが名作を大胆に作り替えるというより、原曲の構成を尊重しながら、自分たちのバンド・サウンドで演奏し直した作品である。
The WhoのTommyは、聴覚、視覚、発話を閉ざされた少年Tommyが、トラウマ、家族、宗教的な熱狂、偶像化をめぐって奇妙な運命をたどる作品である。もとのアルバムは、アコースティック・ギター、ハードなロック、組曲的な反復を組み合わせ、1960年代末のロックがアルバム全体で物語を語ろうとした代表例だった。The Smithereensはその骨格を大きく変えず、よりコンパクトで乾いたロック・バンドの音として鳴らしている。
本作の面白さは、演奏の解釈が過剰に演劇的ではない点にある。The Smithereensはオリジナルの壮大さを再現しようとしすぎず、ギター、ベース、ドラム、ボーカルの押し出しで曲を進める。そのため、Tommyの複雑な物語は少し整理され、各曲のメロディやリフの強さが前に出る。名作の完全な再発明ではないが、The Whoの楽曲が持っていたロック・ソングとしての骨太さを、パワー・ポップ寄りのバンドがまっすぐ受け止めたアルバムである。
全曲レビュー
1. 「Overture」
「Overture」は、Tommy全体の主題を先に提示する序曲であり、本作でもアルバムの入口として重要である。The Smithereensの演奏では、オリジナルの大きな劇場感よりも、バンドがスタジオで一気に音を合わせているような力強さが前に出る。旋律の断片が次々に現れるため、これから始まる物語の予告編のように機能する。ギターの音は厚く、曲をクラシック的な序曲ではなく、ロック・アルバムの始まりとして引き締めている。
2. 「It’s a Boy」
短い「It’s a Boy」は、物語の誕生を告げる場面である。曲そのものは長く語るより、次の展開へつなぐ役割が強いが、The Smithereensはこの短さを無理に膨らませず、簡潔に処理している。歌は喜びだけでなく、これから起きる出来事を知っている聴き手にとっては少し不穏にも聞こえる。アルバム全体の中では、ロック・オペラらしい場面転換の合図として働いている。
3. 「1921」
「1921」は、家庭の秘密と暴力が物語を大きく動かす曲である。明るく聞こえるメロディの裏で、歌詞は子どもに現実を見なかったことにさせるような重い内容を持っている。The Smithereensの演奏は、過度に暗く演じるより、曲のポップな形を保ったまま進むため、むしろ言葉の不自然さが際立つ。親たちの自己保身が、軽やかなロックの中に置かれることで、物語の歪みがはっきり見えてくる。
4. 「Amazing Journey」
「Amazing Journey」は、Tommyの内側の世界が開かれていく曲である。ギターはゆっくりと景色を広げ、ボーカルも説明するというより、見えない場所へ案内するように歌う。The Smithereensのバージョンでは、幻想的な広がりよりも、メロディとバンドの推進力が強く感じられる。Tommyが外の世界から切り離された後、別の感覚の旅へ向かうという重要な場面を、硬いロックの質感で描いている。
5. 「Sparks」
インストゥルメンタルの「Sparks」は、言葉ではなく演奏でTommyの内面を表す曲である。The Smithereensはここで、ギターのリフとリズムの押し引きを生かし、短いフレーズを積み重ねて緊張を作る。歌がないぶん、曲の変化は楽器の音量や勢いで伝わる。オリジナルの持つ組曲的な役割を残しながら、バンドの演奏力を直接聴かせる場面になっている。
6. 「Eyesight to the Blind」
「Eyesight to the Blind」は、Sonny Boy Williamson IIのブルースをThe Whoが取り込んだ曲であり、本作でも物語に外部の古い音楽的ルーツを差し込む役割を持つ。The Smithereensはブルースの粘りを過度に強調するより、ロック・バンドらしい硬めの演奏に寄せている。歌詞の宗教的、性的な力のイメージは、Tommyの物語に神秘性を加える。アルバムの中では、英国ロックがブルースを吸収していた流れを改めて感じさせる曲である。
7. 「Christmas」
「Christmas」は、家族がTommyの救いを案じる場面を描く曲である。祝祭的な題名に反して、歌詞には子どもが宗教や社会の儀式に参加できないことへの不安がある。The Smithereensの演奏では、コーラスの明るさとギターの厚みが前に出るため、曲は親しみやすく聞こえるが、その下には家族の焦りが残る。楽しい季節の歌の形を借りながら、孤立した子どもを見つめる複雑な曲である。
8. 「Cousin Kevin」
「Cousin Kevin」は、Tommyが身近な人物から虐待を受ける暗い場面である。曲調はどこか子どもの歌のような単純さを持つが、その単純さがかえって不気味に響く。The Smithereensは演奏を過剰に重くせず、淡々としたロックの形で進めるため、歌詞の残酷さがより直接伝わる。物語の中では、Tommyが外部に助けを求められない状態を示す重要な曲である。
9. 「The Acid Queen」
「The Acid Queen」は、Tommyを変えようとする大人の暴力的な介入を描く曲で、アルバム前半の中でもロック色が強い。The Smithereensのギターは硬く押し出され、リズムも太いため、曲には危険な勢いがある。歌詞の人物は救済者のように振る舞いながら、実際にはTommyをさらに傷つける存在として聞こえる。演奏の荒さが、見せかけの解放と支配の近さをよく表している。
10. 「Underture」
長いインストゥルメンタル「Underture」は、アルバムの中で演奏そのものが物語を運ぶ場面である。反復されるリズムとギターの動きによって、Tommyの内側で何かが続いている感覚が作られる。The Smithereensのバージョンでは、サイケデリックな広がりよりも、バンドの低い重心と持続するグルーヴが目立つ。歌詞がないため少し長く感じる部分もあるが、作品全体の緊張を中盤へつなぐ役割を担っている。
11. 「Do You Think It’s Alright?」
「Do You Think It’s Alright?」は、短い会話のような曲で、次の場面への不安な前置きになっている。親がTommyを叔父に預けることを軽く確認する内容は、曲の短さもあって何気なく通り過ぎるが、その軽さ自体が怖い。The Smithereensはこの曲を大きく演出せず、物語の隙間として置いている。短いからこそ、大人たちの判断の鈍さが浮かび上がる。
12. 「Fiddle About」
「Fiddle About」は、物語の中でも特に不快で暗い場面を扱う曲である。曲調にはわざとらしい軽さや道化のような感じがあり、その明るさと内容の差が強い違和感を生む。The Smithereensは過度に芝居がかった方向へ寄せすぎず、短い曲としてきびきび進める。笑えるような旋律の裏にある暴力性が、Tommyの沈黙をさらに重くしている。
13. 「Pinball Wizard」
「Pinball Wizard」は、Tommyの中でも最も有名な曲であり、本作でも強い存在感を持つ。ギターの刻みは鋭く、サビへ向かう流れも非常に明快で、The Smithereensのパワー・ポップ的な長所とよく合っている。歌詞では、外界と断絶したTommyがピンボールの名手として周囲を驚かせ、初めて人々の注目を集める。曲そのものが単独のロック・ソングとして強いため、物語を知らなくてもすぐに引き込まれる。
14. 「There’s a Doctor」
「There’s a Doctor」は、Tommyを治療できるかもしれないという期待を短く示す曲である。演奏は簡潔で、物語を次の重要な場面へ進めるためのつなぎとして機能している。希望の知らせでありながら、歌にはどこか頼りなさもあり、医師の登場が本当に救いになるのかはまだ分からない。The Smithereensはこの曲を無理に大きくせず、場面転換のテンポを保っている。
15. 「Go to the Mirror!」
「Go to the Mirror!」は、Tommyの状態をめぐる診断と、家族の切迫感が交差する曲である。曲の中で複数の主題が戻ってくるため、アルバム前半で提示された音楽的な断片が物語上の意味を持ち始める。The Smithereensの演奏は力強く、医師の説明や親の願いが一つの場面に押し込まれるような緊張を作る。鏡の前に立つという行為は、Tommyが自分自身や外の世界と向き合う直前の象徴として響く。
16. 「Tommy Can You Hear Me?」
「Tommy Can You Hear Me?」は、問いかけの反復によって作られた短い曲である。言葉はとても単純だが、何度も呼びかけることで、Tommyとの距離の遠さが逆に強く伝わる。The Smithereensは声の重なりを生かし、家族や周囲の人々が答えのない相手に向かって呼び続ける感覚を出している。短い曲ながら、物語の感情的な中心に近い役割を持つ。
17. 「Smash the Mirror」
「Smash the Mirror」は、母親が鏡を壊すことでTommyの閉ざされた状態に変化が起きる場面である。曲は短く、衝動的な動作をそのまま音にしたような勢いがある。The Smithereensの演奏では、ギターとリズムが一気に前へ出て、抑え込まれていた感情が割れる瞬間を強く示す。物語上は大きな転換点だが、曲は長く説明せず、行為の鋭さだけを残して次へ進む。
18. 「Sensation」
「Sensation」は、Tommyが外の世界へ開かれ、特別な存在として見られ始める曲である。メロディは明るく、演奏にも開放感があり、ここまでの閉塞した場面から一気に空気が変わる。The Smithereensのボーカルは、神秘的な教祖というより、ロック・スターとして目覚めた人物のように響く。だが、その明るさの中には、救いと偶像化が混ざり始める危うさもある。
19. 「Miracle Cure」
「Miracle Cure」は、Tommyの回復がニュースのように広がる場面を短く描く。曲は勢いよく進み、人々が奇跡を消費していくような軽さがある。The Smithereensはこの短い曲を、物語上の報道や宣伝の断片として処理している。Tommyの個人的な苦しみが、ここから社会的な見世物へ変わっていくことが、短い時間の中で伝わる。
20. 「Sally Simpson」
「Sally Simpson」は、Tommyを崇拝する少女の物語を通して、偶像化の危うさを描く曲である。演奏は比較的軽快で、物語も一人のファンの視点へ移るため、アルバムに新しい角度が加わる。歌詞では、信仰や熱狂が個人の人生を動かしてしまう様子が描かれ、Tommyの存在が周囲に与える影響が見えてくる。The Smithereensのまっすぐな演奏は、悲劇を大げさに飾らず、若い衝動の危なさを素直に伝えている。
21. 「I’m Free」
「I’m Free」は、解放を歌う曲であり、本作でも明るく力強いロック・ソングとして響く。ギターとリズムは軽快に進み、サビでは自由の感覚が分かりやすく開く。しかし、物語全体を考えると、この自由は完全な幸福ではなく、Tommyが新たな指導者として見られる始まりでもある。The Smithereensは曲のポップな強さを前に出しながら、その裏にある皮肉を残している。
22. 「Welcome」
「Welcome」は、Tommyが人々を自分のもとへ招き入れる曲である。メロディは親しみやすく、呼びかけの言葉も開かれているが、その歓迎が本当に自由なものなのかはだんだん曖昧になっていく。The Smithereensの演奏は温かさを持ちながらも、反復によって少しずつ集団的な圧力を帯びる。救いの共同体に見えるものが、別の形の支配へ近づいていく感覚がある。
23. 「Tommy’s Holiday Camp」
「Tommy’s Holiday Camp」は、Keith Moonが歌ったオリジナルでも道化的な役割を持つ短い曲である。本作でも、奇妙に明るい雰囲気が、Tommyの教団的な世界を安っぽい娯楽施設のように見せる。重い物語がここで急に軽いショーへ変わることで、信仰や救済が商品化される感じが出ている。The Smithereensはこの曲を深刻にしすぎず、皮肉な幕間として置いている。
24. 「We’re Not Gonna Take It」
最後の「We’re Not Gonna Take It」は、Tommyの教えに従っていた人々が反発する場面であり、アルバムの大きな結末である。曲は複数の表情を持ち、拒絶の声から「See Me, Feel Me」へつながる祈りのような旋律まで、物語の緊張と余韻をまとめていく。The Smithereensの演奏では、合唱的な広がりよりもバンドの直線的な力が前に出るため、反抗の言葉がはっきり響く。最後に残るのは完全な救済ではなく、誰かを偶像にして従うことへの疑問である。
総評
The Smithereens Play Tommyは、The WhoのTommyを解体したり現代化したりする作品ではない。The Smithereensは、もとの曲順と物語の流れを尊重しながら、自分たちの得意な太いギター・ロックとして演奏している。そのため、アレンジの驚きは大きくないが、楽曲そのものの強さはよく伝わる。特に「Pinball Wizard」「I’m Free」「Sensation」のような曲では、The Smithereensのメロディ感覚とロックの押し出しが自然に合っている。
このアルバムを聴くと、Tommyが単なる大げさなロック・オペラではなく、短く強いロック・ソングの連なりでもあったことが分かる。序曲やインストゥルメンタル、短い場面転換の曲を含めることで物語は複雑に見えるが、一つ一つの曲には明確なリフやメロディがある。The Smithereensはその部分を強調し、作品をやや地に足のついたバンド・アルバムとして聴かせている。The Whoの演奏が持っていた爆発的な個性とは違うが、曲の骨格を確かめるカバーとしては意味がある。
一方で、原作に忠実であるぶん、The Smithereensならではの大胆な解釈は控えめである。Tommyをすでに深く知っている聴き手にとっては、曲の意味が大きく変わるような発見は少ないかもしれない。また、もとの作品が持っていたPete Townshend、Roger Daltrey、John Entwistle、Keith Moonそれぞれの強烈な個性と比べると、本作はより均整の取れたロックとして聞こえる。その安定感は長所でもあり、危うさの少なさとしても感じられる。
それでも、本作にはThe Smithereensらしい誠実さがある。彼らは名作を自分たちの名前で塗り替えるのではなく、若いころから聴いてきたロックの遺産を、自分たちの手で鳴らし直している。1969年のTommyが持っていた野心や奇妙さを完全に再現することはできないが、2000年代のギター・バンドがその作品に向き合い、メロディとリフの強さを再確認するアルバムとして聴くと、十分に楽しめる。カバー集でありながら、The Smithereensのルーツと美意識を静かに示す作品である。
おすすめアルバム
Tommy by The Who
本作の原点であり、ロック・オペラという形式を広く知らしめた作品である。The Smithereens版より演奏は荒々しく、物語の奇妙さやThe Who各メンバーの個性が強く出ている。
Especially for You by The Smithereens
The Smithereensの初期代表作で、60年代ロックへの愛情と80年代のギター・ポップ感覚がよく結びついている。彼らがなぜThe Whoをカバーするのか、バンドの土台が分かる。
Green Thoughts by The Smithereens
重いギターと哀愁のあるメロディがさらにまとまった作品である。The Smithereens Play Tommyの硬いバンド・サウンドを気に入った人には、彼ら自身の作曲力を知る入口になる。
Meaty Beaty Big and Bouncy by The Who
The Whoのシングル期の強さを集めた編集盤で、短いロック・ソングとしての魅力が分かりやすい。Tommyの大きな物語とは別に、The Smithereensが受け継いだビート感を確認できる。
The Smithereens Play The Beatles Washington, D.C. February 11, 1964 Concert by The Smithereens
The SmithereensがThe Beatlesの歴史的なライブ曲目に向き合ったカバー作品である。The Smithereens Play Tommyと同じく、彼らが60年代ロックを敬意を持って自分たちの音で鳴らす姿勢が表れている。

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