
発売日:2009年5月5日
ジャンル:パワー・ポップ、ロック、カバー・アルバム、ロック・オペラ再解釈、クラシック・ロック
概要
The Smithereens の The Smithereens Play Tommy は、2009年に発表されたカバー・アルバムであり、The Who の1969年作 Tommy を The Smithereens 流に再演した作品である。The Smithereens は、1980年代以降のアメリカン・パワー・ポップ/ギター・ロックを代表するバンドのひとつであり、Pat DiNizio の低く陰影のあるボーカル、Jim Babjak の骨太なギター、Dennis Diken の力強いドラム、Mike Mesaros のベースによって、1960年代ロックへの敬意と現代的なギター・サウンドを結びつけてきた。
彼らは以前から The Beatles や The Who、The Kinks、The Byrds、Buddy Holly などの影響を公言してきたバンドであり、オリジナル作品においても60年代ロックの構造美、メロディの明快さ、ギターの力強い鳴りを継承していた。その意味で Tommy を演奏することは、単なる企画盤ではなく、The Smithereens の音楽的ルーツを公然と示す行為である。彼らは The Who の音楽を遠い過去の名盤として扱うのではなく、自分たちのバンド・サウンドの中に引き入れ、よりコンパクトで直線的なロック・アルバムとして再提示している。
The Who の Tommy は、ロック史における最初期の本格的なロック・オペラとして知られる作品である。トラウマを負った少年 Tommy が、聴覚・視覚・言語を閉ざした存在となり、やがてピンボールの才能によって神格化され、最後には信者たちに拒絶されるという物語を持つ。原作は、精神的な閉鎖、宗教的カリスマ、家族内暴力、メディア化された信仰、若者文化の熱狂と崩壊を扱った、非常に野心的な作品だった。
The Smithereens 版の特徴は、その大仰なコンセプトを過度に演劇化せず、ギター・ロックとしての骨格を明確にした点にある。The Who 版の Tommy には、アコースティックな繊細さ、組曲的な流れ、Pete Townshend の精神的探求が強く表れていた。一方、The Smithereens は、各曲のメロディやリフを尊重しながら、よりタイトで、パワー・ポップ寄りの演奏に置き換えている。結果として、本作は原作の神秘性やスケールを完全に再現するのではなく、The Who の楽曲が持つロック・ソングとしての強さを再確認する作品になっている。
Pat DiNizio のボーカルも重要である。Roger Daltrey のような劇的なシャウトや、Pete Townshend 的な繊細な語りをそのまま模倣するのではなく、DiNizio は自分の低く重い声で楽曲を歌う。そのため、Tommy の物語は、英国ロック・オペラの神話的な響きから、少し陰りのあるアメリカン・ギター・ロックの質感へ変化する。The Smithereens の演奏は、原作への敬意を持ちながらも、あくまで自分たちの音として成立している。
また、本作は The Smithereens がキャリア後期に行ったクラシック・ロック再解釈の一環としても位置づけられる。彼らは The Beatles の作品をカバーしたアルバムも発表しており、単に過去の名曲をなぞるのではなく、自分たちが受け継いだロックの文法を確認するような姿勢を見せている。The Smithereens Play Tommy もその延長線上にあり、1960年代末の英国ロックの野心を、アメリカン・パワー・ポップのバンドが再演するという意味で興味深い。
本作は、オリジナルの Tommy を超えるための作品ではない。むしろ、The Who の名作に対する愛情と、The Smithereens 自身のギター・ロックの美学が交差するトリビュートである。ロック・オペラの重厚な物語を、よりバンド演奏の肉体性に戻すことによって、楽曲そのものの強さを浮かび上がらせている。
全曲レビュー
1. Overture
「Overture」は、Tommy の物語を開く序曲であり、主要な旋律やモチーフを提示する重要なトラックである。The Who 版では、ロック・オペラ全体の壮大さを示す導入として機能していたが、The Smithereens 版では、よりギター・バンドとしての厚みとタイトさが前面に出る。
The Smithereens は、原曲の構成を尊重しながらも、演奏を過度にクラシカルに広げすぎない。ギターの鳴りは硬く、リズムは明確で、ロック・バンドが目の前で一気に物語を始めるような感覚がある。序曲としての役割を保ちながら、彼らのパワー・ポップ的な輪郭がすでに表れている。
この曲は歌詞を持たないが、アルバム全体の予告編として機能する。今後登場するテーマが短く提示され、聴き手はTommyの世界へ導かれる。The Smithereens の演奏では、その導入がやや素朴で、ロック・クラブ的な近さを持つ。壮大な劇場ではなく、バンドがステージで Tommy を演奏し始めるような感触である。
2. It’s a Boy
「It’s a Boy」は、Tommy の誕生を告げる短い楽曲である。物語の始まりとして非常に重要だが、曲そのものは短く、場面転換の役割が強い。The Smithereens はこの曲を簡潔に処理し、アルバムの流れを滞らせずに次の展開へつなげている。
歌詞では、少年の誕生が告げられる。通常なら祝福の場面であるはずだが、Tommy の物語において、この誕生はのちのトラウマと閉鎖の前触れでもある。The Smithereens 版では、過度な演劇性を加えず、曲の短さを活かして物語の一場面として通過させる。
この簡潔さは、本作全体の方針を示している。The Smithereens は Tommy を巨大な劇として再構築するよりも、曲ごとのロック・ソングとしての機能を明確にしている。「It’s a Boy」も、物語の説明でありながら、アルバム内のテンポを保つ小さな接続部として働いている。
3. 1921
「1921」は、Tommy の人生を決定づけるトラウマの場面を描く重要曲である。両親の秘密、暴力、そして子どもに対して「見なかったことにしろ」「聞かなかったことにしろ」と強いる構造が、この曲の核心にある。
The Smithereens 版では、曲の持つ不穏さが、Pat DiNizio の重い声によって強調される。Roger Daltrey や Pete Townshend の歌唱に比べると、DiNizio の声はより地に足がついており、家庭内の暗い秘密が生々しく響く。演奏はタイトで、原曲のドラマ性を保ちながら、過度に芝居がかることを避けている。
歌詞のテーマは、抑圧された記憶である。大人たちが自分たちの罪を隠すために、子どもの知覚を否定する。その結果、Tommy は外界との接続を閉ざしていく。The Smithereens は、この重い場面をロック・バンドとして端的に演奏し、物語の根本にある暴力を明確に示している。
4. Amazing Journey
「Amazing Journey」は、Tommy が内面世界へ入っていく場面を描く楽曲であり、Tommy 全体の神秘的な側面を象徴する曲である。外界から切り離された少年が、別の感覚世界の中で旅を始めるという構図は、1960年代末の精神世界への関心とも深く結びついている。
The Smithereens 版では、神秘性よりもロック・ソングとしての骨格が強調される。ギターの響きは明瞭で、リズムは安定しており、原曲の幻想性を保ちながらも、より地上的な演奏になっている。これは本作全体に共通する特徴であり、The Smithereens はThe Whoの精神的・宗教的な広がりを、ギター・ロックの手触りへ変換している。
歌詞では、Tommy の内面の旅が描かれる。外界を遮断された彼は、別の形で世界を感じ始める。The Smithereens の演奏では、その旅は夢幻的というより、リフとメロディに支えられた堅実な歩みとして響く。原曲の持つ神秘性とは異なるが、楽曲の力強さを再確認できる解釈である。
5. Sparks
「Sparks」は、インストゥルメンタル曲であり、Tommy の内面世界のエネルギーや閃きを音で表す重要な場面である。The Who 版では、ライブにおいても強い演奏力を示す曲として知られる。The Smithereens 版でも、バンドとしての推進力が試されるトラックになっている。
The Smithereens は、原曲の構造を尊重しつつ、よりコンパクトでタイトな演奏を行う。ギターのリフは硬く、ドラムは曲をしっかり前へ押し出す。Dennis Diken のドラムは、Keith Moon のような奔放な爆発とは異なるが、安定した力強さで楽曲を支えている。
この曲は歌詞を持たないため、物語上の意味は音楽そのものに託される。Tommy の閉ざされた内面で何かが燃え、閃き、広がっていく感覚が、リフとリズムによって表現される。The Smithereens 版では、その閃きがよりギター・ロック的に整理されており、原曲の即興的な熱とは別の魅力を持つ。
6. Eyesight to the Blind
「Eyesight to the Blind」は、Sonny Boy Williamson のブルース曲を The Who が Tommy に取り込んだ楽曲であり、原作の中でもルーツ音楽との接点を示す重要曲である。The Smithereens にとっても、ブルースや60年代ロックへの敬意を示しやすい曲である。
The Smithereens 版では、ブルース的な泥臭さよりも、ロック・バンドとしての明快な演奏が前に出る。Pat DiNizio の声は低く、曲に大人びた重みを与える。ギターはブルースの雰囲気を保ちながらも、The Smithereens らしい硬質なトーンで鳴る。
歌詞では、盲目の者に視力を与えるほどの力を持つ女性、あるいは霊的な力を持つ存在が歌われる。Tommy の文脈では、見ること、見えないこと、癒しと信仰が重要なテーマであり、この曲はその象徴性を補強する。The Smithereens は、この曲を過度に神秘化せず、ブルース・ロックとして自然に演奏している。
7. Christmas
「Christmas」は、Tommy が宗教的・家庭的な祝祭の中にいながら、外界とつながれない孤独を描く楽曲である。クリスマスという祝福の場面と、Tommy の閉ざされた状態の対比が、この曲の感情的な中心である。
The Smithereens 版では、メロディの美しさが素直に響く。The Who 版の持つ英国的な哀愁とは少し異なり、The Smithereens の演奏では、よりギター・ポップ的な明快さがある。だが、歌詞の内容は重く、祝祭の中で孤立する子どもの姿が浮かび上がる。
歌詞の中では、「Tommy は聞こえるのか」「祈れるのか」「救われるのか」という問いが示される。これは単なる家庭内の心配ではなく、信仰と救済に対する問いでもある。The Smithereens は曲を丁寧に演奏し、物語の中の静かな痛みを引き出している。
8. Cousin Kevin
「Cousin Kevin」は、Tommy が周囲から受ける虐待を描く非常に不快な場面である。いとこの Kevin は、Tommy の無抵抗な状態を利用して残酷な行為を行う。Tommy の物語における身体的・心理的暴力の側面が、ここで明確になる。
The Smithereens 版では、曲の不穏さがギター・ロックとして簡潔に表現されている。過度に毒々しく演じるのではなく、曲の構造をしっかり鳴らすことで、歌詞の残酷さがむしろはっきり伝わる。Pat DiNizio の声の重さは、場面の陰湿さを強めている。
歌詞のテーマは、弱者への支配である。Tommy は見えず、聞こえず、話せない存在として扱われるため、周囲の暴力にさらされる。この曲は、ロック・オペラの中にある暗い家族劇を象徴している。The Smithereens は、曲をコンパクトに処理しながらも、その不快な核心を保っている。
9. The Acid Queen
「The Acid Queen」は、Tommy を治療または解放する存在として現れる女性を描く楽曲であり、サイケデリック時代の薬物文化、性的な暗示、疑似宗教的な癒しが交錯する場面である。原作の中でも非常に強いキャラクター性を持つ曲である。
The Smithereens 版では、曲のハード・ロック的な側面が強調される。ギターは厚く、リズムは前に出て、危険な人物の登場にふさわしい緊張感を作る。The Who 版の演劇的な迫力とは異なるが、The Smithereens らしいギター・ロックとして十分な説得力がある。
歌詞では、Acid Queen がTommyを変える、目覚めさせる、あるいは破壊する存在として登場する。癒しと搾取、救済と暴力が曖昧に重なっている点が重要である。The Smithereens はこの曲を、神秘的な儀式というより、危険なロック・ナンバーとして演奏している。
10. Underture
「Underture」は、長大なインストゥルメンタルであり、Tommy の内面的な拡張を担う曲である。原作では、Tommy の精神世界や感覚の反復を象徴するような役割を持つ。The Smithereens にとっては、演奏の持続力と構成力が問われる曲である。
The Smithereens 版は、原曲の長さや反復性を尊重しながら、バンド演奏としての密度を保っている。The Who の演奏にある爆発的な自由さに比べると、より整理された印象がある。ギターとドラムの組み立てが明確で、パワー・ポップ・バンドらしい統制が感じられる。
この曲は歌詞を持たないため、聴き手は音の反復や変化から物語の流れを感じ取る。Tommy の内面で鳴り続けるモチーフ、閉ざされた世界の中で増幅される感覚。それらがギター・バンドの反復によって表現される。The Smithereens の解釈は、原作よりもロック・バンドの肉体性に寄っている。
11. Do You Think It’s Alright?
「Do You Think It’s Alright?」は、非常に短い場面転換曲であり、両親がTommyを別の人物に預けることへの不安を示す。曲の短さにもかかわらず、物語上は重要な役割を持つ。
The Smithereens は、この曲を簡潔に演奏し、次の「Fiddle About」への導入として機能させている。メロディは軽く、問いかけの形式を持つが、その後に続く内容を考えると、曲には不穏な皮肉がある。
歌詞では、大人たちが自分たちの判断を正当化しようとする様子が描かれる。「大丈夫だと思うか」という問いは、実際には十分な責任を伴っていない。The Smithereens 版では、その軽さがかえって不気味に響く。
12. Fiddle About
「Fiddle About」は、Tommy が叔父 Ernie から性的虐待を受ける場面を描く、Tommy の中でも最も不快な曲のひとつである。コミカルな曲調と深刻な内容が意図的に衝突しており、The Who 版でもブラックユーモアと不快感が強かった。
The Smithereens 版では、曲の軽妙さを残しながらも、過度に戯画化しすぎない。原曲の悪趣味な舞台性を尊重しつつ、バンド演奏として比較的引き締まった形にしている。これにより、歌詞の不快な内容が過剰な演技に埋もれず、むしろ冷たく浮かび上がる。
この曲のテーマは、家族内に潜む暴力と搾取である。Tommy は、精神的な寓話であると同時に、家庭内の暗い事件の連続としても読める。「Fiddle About」はその側面を象徴する曲であり、The Smithereens 版でも避けずに演奏されている。
13. Pinball Wizard
「Pinball Wizard」は、Tommy の中で最も有名な楽曲のひとつであり、単体のロック・ソングとしても非常に完成度が高い。Tommy がピンボールの天才として世間に発見される場面を描き、物語はここから外部社会へ大きく開かれていく。
The Smithereens にとって、この曲は非常に相性がよい。明快なコード感、力強いギター、強いサビは、彼らのパワー・ポップ/ギター・ロック的な資質と自然に結びつく。The Who 版のアコースティック・ギターの鋭いストロークとは異なるが、The Smithereens 版はより太く、ストレートなロックとして響く。
歌詞では、見えず、聞こえず、話せない少年が、なぜかピンボールでは圧倒的な才能を発揮するという逆説が描かれる。この曲はTommyの神格化の始まりであり、同時に大衆が異常な才能を娯楽として消費する場面でもある。The Smithereens は、楽曲そのもののポップな強さを活かし、アルバム中盤の大きなハイライトにしている。
14. There’s a Doctor
「There’s a Doctor」は、Tommy を診察する医師の登場を告げる短い曲である。物語はここから治療、診断、そして回復の可能性へ向かう。短いながらも、次の「Go to the Mirror!」への導入として重要である。
The Smithereens はこの曲をテンポよく処理し、アルバムの流れを保つ。曲自体は説明的だが、メロディの明快さによって単なる場面説明に終わっていない。
歌詞では、医者という合理的な存在が登場する。これまで宗教、虐待、薬物、家族の秘密に囲まれていたTommyの物語に、医学的な視点が持ち込まれる。しかし、Tommy の世界では、医者もまた完全な救済者ではない。The Smithereens 版では、その導入が簡潔に示される。
15. Go to the Mirror!
「Go to the Mirror!」は、Tommy の物語における重要な転換点である。医者はTommyの身体には問題がなく、内面の壁が原因で外界と断絶していることを示す。鏡を見ることは、自己認識と回復への鍵となる。
The Smithereens 版では、曲の劇的な構造がしっかり表現されている。力強いロック・セクションと、より内省的な旋律が交差し、Tommy の状態が音楽的に示される。Pat DiNizio の声は、原曲の演劇的な高揚をそのままなぞるより、重く堅実に曲を支えている。
歌詞では、Tommy が外界を拒んでいるのではなく、自分の中に閉じ込められていることが明らかになる。鏡は自己との対面であり、同時に外界へ戻る入り口でもある。この曲は、物語の心理的な核心に位置する。The Smithereens は、曲の構造美を尊重しつつ、ギター・ロックとしての強さを加えている。
16. Tommy Can You Hear Me?
「Tommy Can You Hear Me?」は、短く、繰り返しの問いかけによって構成された楽曲である。タイトルの通り、周囲の人間がTommyに呼びかける場面であり、聞こえるのか、つながれるのかという問いが中心になる。
The Smithereens 版では、曲の素朴なメロディがそのまま活かされている。派手な演奏ではなく、問いかけの反復が持つ不安を大切にしている。短い曲だが、物語の感情的な焦点として機能する。
歌詞のテーマは、コミュニケーションの不可能性である。名前を呼び、質問しても、相手から返答はない。この反復は家族の焦りであると同時に、Tommy の閉ざされた世界の深さを示す。The Smithereens は、この曲を飾りすぎず、シンプルに聴かせている。
17. Smash the Mirror
「Smash the Mirror」は、Tommy の母が鏡を壊す場面を描く重要曲であり、物語の大きな転換点である。鏡はTommyの内面世界と外界をつなぐ象徴だったが、それが破壊されることで、彼の閉鎖は破られる。
The Smithereens 版では、短い曲ながら緊張感がある。ギターとリズムは簡潔で、場面の衝撃を素早く伝える。原曲の劇的な怒りを保ちながら、過度に大げさにせず、次の展開へ鋭くつなげている。
歌詞では、母親の苛立ちと絶望が表れる。Tommyを救いたいという思いと、理解できない存在への怒りが混ざり、鏡を壊す行為へ向かう。この破壊は暴力であると同時に、解放のきっかけでもある。The Smithereens は、その両義性を短い演奏の中で示している。
18. Sensation
「Sensation」は、Tommy が外界とつながり、カリスマ的存在へ変化していく場面を描く楽曲である。タイトルは感覚、刺激、評判、熱狂を意味し、Tommy が個人的な閉鎖から大衆的な現象へ変わることを示している。
The Smithereens 版では、曲のポップな魅力がよく出ている。メロディは明るく、リズムは軽快で、The Smithereens のパワー・ポップ的資質とよく合う。原曲の持つ軽やかな高揚感を、彼らは自然に自分たちの音へ変えている。
歌詞では、Tommy が周囲に影響を与え、人々を惹きつける存在になっていく。ここから物語は、内面の救済から外部の信仰、スター化、集団の熱狂へ移る。The Smithereens 版は、この変化を明るいロック・ソングとして提示し、アルバム後半の空気を開く。
19. Miracle Cure
「Miracle Cure」は、Tommy の回復が奇跡として大衆に伝えられる場面を描く短い楽曲である。ニュース、宣伝、信仰、メディア的な熱狂が一気に生まれる瞬間である。
The Smithereens は、この曲を短く明快に演奏する。曲の役割は説明的だが、物語上は非常に重要である。Tommy は個人から社会的な現象へ変わり、周囲の人々は彼を奇跡の存在として扱い始める。
歌詞では、奇跡の治療という言葉が繰り返される。だが、この奇跡は本当に救済なのか、それとも大衆が作り上げる新しい偶像なのか。The Smithereens 版でも、その皮肉は残されている。短い曲ながら、ロック・オペラの社会批評的な側面を担っている。
20. Sally Simpson
「Sally Simpson」は、Tommy の信者となった少女 Sally の物語を描く楽曲である。Tommy がカリスマ化することで、彼に憧れる若者たちが生まれ、その熱狂が個人の人生を変えていく。これはロック・スターとファンの関係を寓話的に描いた曲でもある。
The Smithereens 版では、曲の物語性が比較的ストレートに表現される。演奏は軽快で、歌詞の物語を邪魔しない。The Who 版の持つ英国的な物語歌の雰囲気を、The Smithereens はアメリカン・ギター・ポップの感触で再演している。
歌詞では、Sally が親の反対を押し切ってTommyを見に行き、結果として傷つく。ここには、若者文化の熱狂、スターへの憧れ、ファン心理の危うさが描かれている。The Smithereens はこの曲を誠実に演奏し、物語の中にある青春の痛みを引き出している。
21. I’m Free
「I’m Free」は、Tommy が自由を宣言する楽曲であり、アルバム後半の大きなハイライトである。タイトルは非常に明快で、閉ざされた状態からの解放、自己の発見、外界への再接続を示している。
The Smithereens 版では、この曲のロック・ソングとしての強さがよく表れている。ギターは歯切れよく、リズムは軽快で、サビは開放的に響く。Pat DiNizio の声は、原曲の高らかな解放感とは違い、少し陰りを残した自由として聴こえる。そこがThe Smithereensらしい解釈である。
歌詞では、Tommy が自分の経験を他者にも伝えようとする。自分は自由になった。だから他者も自由になれるはずだ。この考えは希望であると同時に、のちの教祖化の危うさも含んでいる。The Smithereens 版は、曲の明るさを保ちながら、その裏にある不穏な展開も感じさせる。
22. Welcome
「Welcome」は、Tommy が人々を自分のもとへ招き入れる楽曲である。歓迎の歌でありながら、その背後には宗教的共同体やカルト的な集団性の匂いもある。Tommy の物語はここで、個人の解放から集団の信仰へ大きく変化する。
The Smithereens 版では、曲の温かさと不穏さが同時に感じられる。メロディは親しみやすく、演奏も穏やかだが、歌詞の文脈を考えると、この歓迎は単純に安心できるものではない。多くの人を招き入れることは、救済であると同時に、支配の始まりにもなり得る。
この曲のテーマは、共同体の形成である。Tommy は自分の経験を普遍化し、他者にも同じ道を求めるようになる。The Smithereens は、曲を過度に荘厳にせず、バンド演奏として自然に聴かせることで、その奇妙な親密さを引き出している。
23. Tommy’s Holiday Camp
「Tommy’s Holiday Camp」は、Tommy の教えが制度化され、奇妙な収容所または娯楽施設のような場所へ変質する場面を描く短い曲である。原作では、ブラックユーモアの強い場面であり、宗教的カリスマが商業化・管理化される様子が戯画化される。
The Smithereens 版でも、この曲は軽妙な挿入曲として機能する。短いが、物語上の皮肉は強い。Tommy の経験は、いつの間にか商品や施設、信者を集める仕組みへ変わっている。
歌詞では、休日キャンプという楽しげな言葉が使われるが、その裏には自由を求めて集まった人々が、別の規律に取り込まれる不気味さがある。The Smithereens は、この曲を過度に重くせず、原作の風刺性を保ちながら次の終曲へつなげている。
24. We’re Not Gonna Take It
ラストを飾る「We’re Not Gonna Take It」は、Tommy の結末を担う大曲である。Tommy の信者たちは、彼の教えや規律を拒否し、最終的に彼から離れていく。カリスマの誕生と崩壊、信仰の反転、集団の反抗がここで描かれる。
The Smithereens 版では、曲のロック・アンセム的な力が前面に出る。ギターは力強く、リズムは明快で、終幕にふさわしい高揚感がある。ただし、原曲の持つ壮大な精神的カタルシスに比べると、The Smithereens 版はよりバンド演奏の実感が強い。巨大な宗教劇というより、ロック・バンドが最後の曲を力いっぱい鳴らしている感触である。
歌詞の中心にあるのは拒絶である。人々はTommyの要求を受け入れず、自分たちは従わないと宣言する。ここで物語は、救済者が再び孤立する形へ向かう。カリスマは人々を解放するはずだったが、最終的には別の支配者として拒絶される。この皮肉こそ Tommy の核心である。
終盤の「See Me, Feel Me」へつながる部分は、Tommy の祈りのような響きを持つ。The Smithereens 版でも、その旋律の力は失われていない。アルバム全体を締めくくるにふさわしい、物語的にも音楽的にも重要な終曲である。
総評
The Smithereens Play Tommy は、The Who のロック・オペラ Tommy を The Smithereens が自分たちのギター・ロックの言語で再演した作品である。原作の持つ歴史的な重みや革新性を超えるためのアルバムではなく、むしろその楽曲群を愛情深く、タイトなバンド・サウンドで再確認するトリビュート作品といえる。
The Smithereens の強みは、クラシック・ロックへの敬意を持ちながら、それを過度に装飾せず、自分たちの音で鳴らせる点にある。彼らは Tommy をオーケストラ的に拡大するのではなく、ギター、ベース、ドラム、ボーカルを中心にしたロック・バンドの手触りへ戻している。その結果、原作の持つ物語性はやや簡潔に聴こえる一方、各曲のメロディやリフの強度がより直接的に伝わる。
Pat DiNizio のボーカルは、本作の印象を大きく左右している。Roger Daltrey の劇的な歌唱とは異なり、DiNizio の声は低く、やや陰りがあり、The Smithereens 独自の哀愁を持つ。そのため、Tommy の物語は、英国的なロック・オペラの神話性から、よりアメリカン・ギター・ロック的な重さへ移し替えられている。
演奏面では、Jim Babjak のギターがThe Whoの楽曲をパワー・ポップ的に引き締め、Dennis Diken のドラムが安定した推進力を与えている。Keith Moon 的な奔放さを再現するのではなく、The Smithereens らしい堅実なロック・バンドの演奏として成立させている点が重要である。これは模倣ではなく、解釈である。
本作の意義は、Tommy という巨大なロック史の記念碑を、The Smithereens というバンドのフィルターを通して聴き直せる点にある。原作にある精神世界、宗教的カリスマ、家庭内暴力、ファン文化、スター化への批評はそのまま残りつつ、演奏はより直線的で親しみやすい。ロック・オペラを難解な大作ではなく、強い曲の集合体として味わえる作品である。
日本のリスナーにとっては、The Who の Tommy をすでに知っている場合、曲の構造がどのようにThe Smithereens流に変換されているかを楽しめる。また、The Smithereens から入る場合は、彼らがどれほど60年代英国ロックに深く根ざしたバンドであるかを理解する手がかりになる。The Who の大作性と、The Smithereens のギター・ポップ的な明快さが交差する、興味深いカバー・アルバムである。
おすすめアルバム
1. The Who – Tommy
原典となる1969年のロック・オペラ。Tommy の物語、主要な楽曲、精神的テーマ、ロック・オペラとしての構成を理解するために必聴である。The Smithereens 版との違いを聴き比べることで、演奏解釈の差がよく分かる。
2. The Smithereens – Especially for You
The Smithereens のデビュー作であり、彼らのパワー・ポップ/ギター・ロックの基本形が示された作品。60年代ロックへの敬意と80年代カレッジ・ロック的な陰影が結びついており、本作のカバー解釈の背景を理解しやすい。
3. The Smithereens – 11
「A Girl Like You」を収録した代表作。The Smithereens のハードなギター・サウンドとポップなメロディが最も分かりやすく表れたアルバムである。Tommy の楽曲を彼らがなぜ自然に演奏できるのかを知る手がかりになる。
4. The Smithereens – Meet The Smithereens!
The Beatles の楽曲をカバーしたアルバム。The Smithereens がクラシック・ロックの名盤を自分たちの音で再演する姿勢を知るうえで重要である。The Smithereens Play Tommy と並べて聴くと、彼らのカバー美学がよく見える。
5. The Who – Who’s Next
The Who のロック・バンドとしての完成度を知るうえで重要な作品。Tommy のロック・オペラ的な野心とは異なり、より強力な単体楽曲が並ぶ。The Smithereens が受け継いだギター・ロックの力強さを理解するためにも関連性が高い。

コメント