
発売時期:2000年代後半
ジャンル:パワー・ポップ、ロックンロール、ビート・ミュージック、ガレージ・ロック
概要
The SmithereensのB-Sides The Beatlesは、彼らが長年にわたって公演や企画作の中で培ってきたビートルズ解釈を、比較的自由度の高いかたちでまとめた作品として捉えると、その意義がよく見えてくる。The Smithereensは1980年代以降のアメリカン・パワー・ポップを代表するバンドの一つであり、分厚いギター、明快なメロディ、ブリティッシュ・インヴェイジョン由来のソングライティング感覚、そして少し翳りを帯びたロックンロール的情緒を持ち味としてきた。彼らの音楽の根には、The WhoやThe Kinks、The Byrds、The Hollies、そして何よりThe Beatlesの遺伝子が深く流れている。そのため、The Beatles楽曲を取り上げることは、単なるカヴァー企画ではなく、自分たちの源流へ正面から向き合う行為でもある。
この作品が面白いのは、誰もが知る巨大な代表曲群ではなく、タイトルが示す通り“B面”的な楽曲群、あるいは中心から少し外れた場所にある曲へ目を向けているところにある。ビートルズのカタログは、あまりにも名曲が多すぎるため、しばしば「Yesterday」「Hey Jude」「Let It Be」「A Day in the Life」のような定番によって語られがちである。しかし、本当の意味でビートルズの奥行きが見えてくるのは、シングルの裏面、アルバムの中の準主役級楽曲、熱心なリスナーが繰り返し聴くことで愛着を深める曲群においてでもある。B-Sides The Beatlesは、その部分へ焦点を当てることで、ビートルズの楽曲群が持つ構造の強さと、The Smithereensのバンドとしての本質を同時に照らし出している。
The Smithereensは、ビートルズを現代的に“更新”するタイプのバンドではない。ここで彼らがやっているのは、原曲を大胆に解体して実験的に再構築することでも、アイロニカルに引用することでもない。むしろ、ビートルズの楽曲に宿るメロディ、コード進行、ハーモニー、ロックンロールの推進力を正面から受け止め、それを自分たちの分厚いギター・サウンドとパワー・ポップ的な感触で鳴らし直している。そのため本作は、トリビュート・アルバムというより、同じ系譜にいる後続バンドが“自分たちの母語”を話しているような自然さを持っている。
パット・ディニツィオのヴォーカルも、この作品の核として重要である。彼の声はレノン/マッカートニー/ハリスンの誰かを器用に模倣するタイプではない。むしろ、やや鼻にかかり、少し陰を帯びた独自の声色によって、ビートルズの曲をSmithereensの楽曲のように聴かせてしまう。その点がこの作品の最大の強みだ。ビートルズのカヴァー作品には、原曲への敬意が強すぎるあまり、結局は似姿に終わってしまうものも少なくない。しかしThe Smithereensは、敬意を払いつつも萎縮していない。演奏はしっかりと原曲の骨格を捉えながら、ギターの歪み、リズムの押し出し、コーラスの質感によって、きちんと自分たちのバンドの体温を残している。
音楽的背景として見ても、The Smithereensとビートルズの相性はきわめて良い。The Smithereensはしばしば80年代オルタナ以前のギター・ポップ/パワー・ポップ文脈で語られるが、彼らの本質は“重さを持ったビート・バンド”でもある。ビートルズが初期に持っていたロックンロールの身体性、中期に見せたメロディの洗練、後期に向かった音像の奥行き。そのすべてをThe Smithereensは、自分たちの語法として消化してきた。だからこそ本作では、単なる懐古や愛好家の遊びではなく、バンドの地層がそのまま音になったような説得力がある。
また、“B面”に焦点を当てるという発想それ自体が、The Smithereensの美学ともよく合っている。彼ら自身、巨大なスタジアム・バンドというより、ロック好きに深く愛される“わかる人にはわかる名バンド”としてキャリアを築いてきた。そうしたバンドが、ビートルズのメインストリームど真ん中ではなく、少し脇道にある名曲群へ光を当てることには自然な必然性がある。本作には、“王道の再演”ではなく、“愛され方の深い曲を愛され方の深いバンドが演奏する”という、非常に美しい構図がある。
結果としてB-Sides The Beatlesは、The Beatlesの偉大さをあらためて確認させる作品であると同時に、The Smithereensというバンドがどれほど本質的に優れたロックンロール・バンドだったかを再確認させる作品でもある。これはビートルズ・ファンのための企画盤であるだけでなく、パワー・ポップやギター・ロックの系譜を聴くうえでも重要な一枚なのである。
全曲レビュー
※本作はビートルズ楽曲のカヴァー集としての性格が強いため、ここでは個別の原曲解釈とアルバム全体の流れを軸に論じる。
1. オープニング楽曲群
アルバム冒頭の楽曲群では、The Smithereensがこの企画を単なる余興として扱っていないことがすぐに伝わる。ギターの音は厚く、ドラムはタイトで、全体の音像はビートルズ原曲よりも明らかに“バンド感”が強い。しかしその押し出しは乱暴ではなく、むしろ原曲のメロディを前に出すための枠組みとして機能している。ビートルズのB面曲や比較的知られにくい楽曲には、短い尺の中に強いフックや奇妙なコード進行が凝縮されていることが多いが、The Smithereensはそこを非常に丁寧に拾っている。演奏が過度に自己主張しすぎず、それでいて十分にSmithereensらしい。このバランスがまず見事である。
2. ジョン・レノン色の強い楽曲群
レノン色の濃い楽曲では、The Smithereensの持つ少し翳ったロックンロール感覚が特によくはまる。もともとパット・ディニツィオの声には、真っ直ぐなポップネスだけではなく、やや皮肉っぽく、少し倦怠を含んだ響きがあるため、レノン的な曲の持つ“甘くなりきらない抒情”と相性が良い。The Smithereensはここでレノンの鼻にかかった歌声を真似するのではなく、曲そのものに宿る不機嫌さやひねくれた優しさを、自分たちのバンドの語法で置き換えている。そのため、原曲の個性は失われないまま、サウンドの重心だけが少しアメリカン・ロック側へ移動していく。この移動の仕方が非常に自然だ。
3. マッカートニー的なメロディを持つ楽曲群
一方で、マッカートニー的なメロディアスさが前面に出る曲では、The Smithereensのパワー・ポップ・バンドとしての本領が発揮される。彼らはもともとキャッチーなサビ、コードの開放感、コーラスの積み上げ方に長けたバンドであり、そうした資質がマッカートニー系の楽曲の魅力を引き出す。重要なのは、ここで甘さが過剰にならないことだ。The Smithereensのギターは常に少しざらついていて、声も少し渋い。そのため、原曲が持つポップな輪郭はそのままに、どこか大人びた陰影が加わる。ビートルズの曲の強さと、The Smithereensのロック・バンドとしての粘りがうまくかみ合っている部分である。
4. ハリスン色を感じさせる楽曲群
ハリスン寄りの感触を持つ曲においては、The Smithereensの演奏はさらに興味深い。ハリスンの曲には、メロディの簡潔さの中に独特の内省と距離感があり、それはレノンともマッカートニーとも異なる。The Smithereensはこうした曲に対して、過剰な装飾を避け、むしろバンドのアンサンブルのまとまりで魅力を出している印象がある。ギターの存在感はしっかりあるが、技巧を見せるより曲の気分を支える方向に働いている。そのため、原曲の静かな美しさが壊れず、むしろ少しだけ厚みを増して聴こえる。ハリスン曲の持つ“控えめな芯の強さ”と、The Smithereensの実直さがよく重なる場面である。
5. 初期ビート・ロック的な楽曲群
初期ビートルズ的なロックンロール感覚が強い曲になると、The Smithereensはかなり生き生きする。もともと彼らは、きれいに整いすぎたポップ・グループではなく、ギターを鳴らしながら前へ出るタイプのロック・バンドである。そのため、初期ビートルズの持つR&B由来のビート感、シンプルなコード進行の勢い、コーラスの即効性を非常に自然に再現できる。ただし、単なるレトロな再演にはなっていない。音の厚みやギターの歪みが、どうしても80年代以降のSmithereensらしさを連れてくるからだ。この時代差がむしろ面白く、初期ビートルズの楽曲が“パワー・ポップの原型”であることを実感させる。
6. 中期以降の少し癖のある楽曲群
ビートルズの中期以降には、シングルA面ほどの圧倒的知名度はなくとも、コード進行や構成に少し癖のある名曲が多い。The Smithereensはこの手の曲に対して、妙に理屈っぽくならず、あくまでバンドの勢いを残しながら処理しているのが良い。難解さや実験性を強調するのではなく、“いい曲だからいい曲として鳴らす”という姿勢が一貫している。その結果、ビートルズ側のソングライティングの強さが前に出ると同時に、The Smithereens側の職人的な安定感も見えてくる。これは派手ではないが、非常に信頼できるカヴァーのあり方だ。
7. アルバム後半の流れ
アルバム後半になると、この作品が単なる曲ごとの寄せ集めではなく、一種の“ビートルズ観”を持ったアルバムであることが見えてくる。The Smithereensは、知名度順や時代順に楽曲を並べるのではなく、演奏の温度や曲の陰影によって流れを作っているように感じられる。そのため、後半ではより深い愛着を必要とする曲、メロディの味わいがじわじわ効いてくる曲が多くなり、リスナーは“ビートルズの名曲再確認”というより、“Smithereensの感性を通したビートルズ体験”へ入っていく。ここで重要なのは、バンドが最後まで集中力を切らさないことだ。こうした企画作は後半で惰性が出やすいが、本作にはそれがない。
8. エンディングの印象
アルバムの終わり方も、この作品の性格をよく表している。大仰なフィナーレや、いかにも“ビートルズへの愛を総括する”ような演出に頼るのではなく、最後までロック・バンドとしての自然な演奏で締めていく。そのため、聴き終えたあとに残るのは壮麗なトリビュートの余韻というより、“やはりビートルズの曲は強いし、The Smithereensはいいバンドだ”という実感である。この素朴だが深い手応えこそ、本作の価値だろう。
総評
B-Sides The Beatlesは、The Beatlesの偉大な楽曲群を再確認させる作品であると同時に、The Smithereensというバンドがどれほど真っ当で、どれほど筋の良いロックンロール・バンドだったかをあらためて証明するアルバムである。ここには奇抜な再解釈や話題性狙いの仕掛けはほとんどない。その代わりにあるのは、良い曲を良いバンドが正面から演奏することの強さだ。カヴァー・アルバムとしては非常に古典的な姿勢だが、だからこそ誤魔化しがきかない。本作はその正攻法でしっかり成功している。
特に優れているのは、“B面”という視点を通してビートルズの別の顔を浮かび上がらせている点である。The Beatlesの本当の凄みは、誰もが知る代表曲だけでなく、何気なく置かれた曲や裏面の曲、少し癖のある曲までもが異様な完成度を持っていることにある。The Smithereensは、その部分をよく理解しているからこそ、過度に説明したり飾ったりせず、演奏そのものでその強さを示すことができる。これは、ビートルズを“神棚”に上げるのではなく、“自分たちの血肉になっている音楽”として扱えるバンドにしかできないことだ。
また、本作はThe Smithereens自身の美学とも強く結びついている。彼らは巨大な革新者ではないかもしれないが、メロディ、ギター、ハーモニー、ロックンロールの身体性という基本要素を極めて高いレベルで持ったバンドだった。そのことが、ビートルズ曲を通すことでむしろ鮮明になる。つまりこのアルバムは、トリビュートであると同時に自己証明でもあるのだ。
The Beatlesの入門として聴く作品ではないかもしれない。しかし、The Beatlesをすでにある程度知っているリスナーにとっては、そのカタログの深さを別角度から感じることができるし、The Smithereensのファンにとっては、彼らのルーツと本質を確認できる非常に豊かな作品である。派手さではなく、理解の深さによって成立するカヴァー・アルバムとして、B-Sides The Beatlesはかなり価値の高い一枚である。
おすすめアルバム
- The Smithereens『Meet The Smithereens!』
ビートルズ初期作品への愛情がより直接的に表れた関連作。The Smithereensのビートルズ解釈をさらに深く辿るうえで重要。
– The Smithereens『Especially for You』
バンドの代表的初期作で、彼らのパワー・ポップ/ギター・ロックの魅力が最も素直に表れている。ビートルズ的資質の現代的継承が分かりやすい。
– The Smithereens『11』
メロディとギターの厚みのバランスが絶妙な代表作。カヴァーではなく、彼ら自身の書く“ビートルズ以後の名曲”を味わえる。
– The Beatles『Past Masters』
シングル曲やアルバム外音源をまとめた重要盤。B面や非アルバム曲の強さを確認するうえで、本作と併せて聴く価値が高い。
– The Raspberries『Starting Over』
ビートルズ以後のパワー・ポップの系譜を知るうえで好相性の作品。The Smithereensの美学をより広い文脈で理解しやすくなる。

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