
- イントロダクション
- アーティストの背景と歴史
- 音楽スタイルと影響
- 代表曲の解説
- アルバムごとの進化
- The Modern Dance
- Dub Housing
- New Picnic Time
- The Art of Walking
- Song of the Bailing Man
- The Tenement Year
- Cloudland
- Ray Gun Suitcase
- Pennsylvania
- Long Live Père Ubu!
- 20 Years in a Montana Missile Silo
- The Long Goodbye
- Trouble On Big Beat Street
- David Thomasという異端の声
- クリーヴランドという土地の音
- 影響を受けたアーティストと音楽
- 影響を与えたアーティストと音楽シーン
- 同時代アーティストとの比較
- ファンや批評家からの評価
- Pere Ubuのユニークさ
- まとめ
イントロダクション
Pere Ubu(ペル・ウブ)は、1975年にアメリカ・オハイオ州クリーヴランドで結成された実験的ロックバンドである。中心人物は、ボーカルのDavid Thomas(デイヴィッド・トーマス)。彼らは、ガレージロック、プロトパンク、ポストパンク、アヴァンギャルド、電子ノイズ、ダブ、フリージャズ、ブルース、SF的な不穏さを混ぜ合わせ、ロックの形を根本からねじ曲げた。
Pere Ubuの音楽は、普通の意味で「かっこいいロック」ではない。ギターは鋭く、シンセサイザーは壊れた機械の警告音のように鳴り、リズムは不安定にうねり、David Thomasの声は泣き声、叫び声、説教、子どもの駄々、ラジオ劇の登場人物のように変化する。聴き慣れたロックの快感を与えるというより、都市の廃墟で奇妙な機械が動き出す瞬間を見せる音楽である。
彼らは自分たちの音楽をしばしば“avant-garage”、つまりアヴァンギャルドとガレージロックを合わせたような言葉で表現してきた。これは非常に的確だ。Pere Ubuは、知的な実験音楽でありながら、同時に泥臭いロックンロールでもある。頭で聴く音楽であり、身体を奇妙に揺らす音楽でもある。
1978年のデビューアルバムThe Modern Danceは、ポストパンク史における重要作である。Pitchforkは、David Thomasの訃報記事で、同作が商業的には大きく成功しなかったものの、Joy Division、Sonic Youth、R.E.M.などに影響を与えたカルト的名盤だったと紹介している。(pitchfork.com)
Pere Ubuとは、ロックがまだ未知の怪物になれた時代の証言である。彼らは、パンクが壊した扉の向こうに、さらに奇妙な部屋があることを示したバンドだった。
アーティストの背景と歴史
Pere Ubuの出発点には、クリーヴランドという街がある。1970年代のクリーヴランドは、産業都市としての衰退、荒廃、寒々しい都市風景、地下音楽の苛立ちを抱えていた。その空気は、Pere Ubuの音に深く刻まれている。彼らの音楽には、ニューヨークのアートパンクの洗練やロンドンのパンクの政治的直線性とは違う、錆びた工場地帯の不気味な残響がある。
Pere Ubuの前身として重要なのが、Rocket From the Tombsである。David Thomasはこのバンドで活動し、そこからPere UbuとDead Boysへつながる流れが生まれた。Pitchforkは、Thomasが1974年にRocket From the Tombsを結成し、その後1975年にPeter LaughnerらとPere Ubuを始めたと報じている。(pitchfork.com)
バンド名は、フランスの劇作家Alfred Jarryの戯曲Ubu Roiの登場人物に由来する。権力、愚かさ、暴力、滑稽さを象徴するこの名前は、バンドの音楽にもよく似合う。Pere Ubuの音楽は、ロックの王道を演じるのではなく、王道そのものを戯画化し、ねじ曲げ、奇妙な笑いに変える。
初期メンバーには、David Thomasのほか、ギターのPeter Laughner、ギター/ベースのTom Herman、シンセサイザーのAllen Ravenstine、ドラムのScott Kraussなどがいた。特にAllen Ravenstineのシンセサイザーは、Pere Ubuの音を決定づけた重要な要素である。彼の電子音は、メロディを支えるものではなく、曲の中へ異物として侵入してくる。ノイズ、警報、電波、機械のうなり。そこにPere Ubuの実験性がある。
1975年から1977年にかけて、Pere Ubuは「30 Seconds Over Tokyo」、「Final Solution」、「Street Waves」などのシングルをリリースする。これらは、パンクが爆発する直前、すでにポストパンク的な発想を先取りした録音だった。Pitchforkは訃報記事で、初期の「30 Seconds Over Tokyo」と「Final Solution」を、彼らの影響力ある楽曲として挙げている。(pitchfork.com)
1978年、デビューアルバムThe Modern Danceを発表。翌1978年にはDub Housing、1979年にはNew Picnic Timeをリリースし、Pere Ubuはポストパンク、ニューウェイヴ、実験ロックの境界を揺さぶる存在となる。
1980年代初頭には活動が停滞し、1982年頃にいったん解散状態となる。しかしDavid Thomasはソロ活動や周辺プロジェクトを続け、1987年にPere Ubuを再始動させた。公式ディスコグラフィーにも、The Modern Dance、Dub Housing、New Picnic Time、The Art of Walking、Song of the Bailing Manなどの作品が並ぶ。(ubuprojex.com)
その後もPere Ubuは、メンバーを変えながら長く活動を続けた。2023年には19作目のスタジオアルバムTrouble On Big Beat Streetを発表。公式サイトでは、同作が2023年5月26日リリースの19枚目のスタジオアルバムであり、David Thomasがプロデュース、ミックス、エンジニアリングを担当したと紹介されている。(ubuprojex.com)
2025年4月23日、David Thomasは腎臓病の合併症により71歳で死去した。The Guardianは、彼がブライトン&ホーヴで家族に囲まれて亡くなったと報じている。(theguardian.com) 彼の死後も、最終アルバムと自伝の刊行が予定されていると伝えられている。(people.com)
音楽スタイルと影響
Pere Ubuの音楽は、非常に説明しにくい。ポストパンク、プロトパンク、アヴァンギャルドロック、ガレージロック、ニューウェイヴ、ノイズロック、実験音楽、ダブ、フリージャズ、ブルースを含むが、そのどれにも完全には収まらない。
彼らの音楽の中心には、ロックンロールの骨格がある。ギター、ベース、ドラム。だが、その骨格は歪んでいる。リズムは不安定に歩き、ギターは伝統的なロックリフから外れ、シンセサイザーは曲を装飾するのではなく、曲を壊しにくる。Pere Ubuの音楽では、ロックバンドの各楽器が「正しい役割」を拒否している。
David Thomasの声もまた、非常に異質である。彼の声は、美しい歌声ではない。甲高く、震え、叫び、笑い、泣き、語る。時に子どものようで、時に酔った説教師のようで、時に未来から来たラジオアナウンサーのようだ。この声があるから、Pere Ubuの音楽は単なる実験音楽ではなく、奇妙な演劇になる。
影響源としては、The Velvet Underground、Captain Beefheart、The Stooges、MC5、garage rock、free jazz、dub、electronic music、Alfred Jarry、absurdist theatre、industrial city noiseなどが挙げられる。だが、Pere Ubuは影響をきれいに整理するバンドではない。彼らは、壊れたジュークボックスの中にそれらを投げ込み、まったく別の怪物を作った。
Washington Postは、Pere Ubuの音楽を、実験的な音とロックを融合した“avant-garage”として紹介し、Thomasがポストパンクやニューウェイヴの形成に大きく関わったと報じている。(washingtonpost.com)
代表曲の解説
「30 Seconds Over Tokyo」
「30 Seconds Over Tokyo」は、Pere Ubuの最初期を代表する楽曲である。タイトルは第二次世界大戦のドーリットル空襲を題材にした映画を連想させるが、曲そのものは戦争映画の勇壮さとはまったく違う。重く、不気味で、ゆっくりと崩れていくような音である。
この曲は、パンク以前にすでにポストパンク的だった。ギターは荒々しいが、単純な攻撃性だけではない。シンセサイザーの異様な音が、曲全体を不安定にする。David Thomasの声は、歴史の語り部というより、悪夢の中で叫ぶ目撃者のようだ。
「30 Seconds Over Tokyo」は、Pere Ubuが最初から普通のロックバンドではなかったことを示す。彼らは、ガレージロックのエネルギーを持ちながら、映画、戦争、ノイズ、演劇を一つに混ぜていた。
「Final Solution」
「Final Solution」は、Pere Ubu初期の最重要曲の一つである。タイトルは非常に重く、歴史的にも危険な響きを持つ。しかし曲の中では、それが青年期の絶望、世界への嫌悪、自己破壊的な感情と重なる。
この曲には、ロックンロールの単純な快楽がある一方で、そこに異常な不安が混ざっている。ギターは切迫し、リズムは前へ進むが、歌声は常に崩れそうだ。Pere Ubuは、パンクの怒りを直線的な叫びにせず、もっと不気味で心理的な形に変えた。
「Final Solution」は、のちのポストパンクやオルタナティブロックに通じる、暗い内面表現の原型でもある。
「The Modern Dance」
「The Modern Dance」は、1978年のデビューアルバム表題曲である。タイトルは「現代のダンス」を意味するが、そのダンスは決して優雅ではない。むしろ、壊れた機械の前で身体が勝手に痙攣するようなダンスだ。
この曲には、Pere Ubuの魅力が凝縮されている。ロックのリズムがあり、ギターの勢いがあり、しかし電子音が曲を異物化する。David Thomasの声は、歌っているというより、何かに取り憑かれているように響く。
The Quietusは、The Modern Danceを振り返る記事で、Pere Ubuがロック、ポップ、パンクを廃墟から掘り起こし、奇妙な新しいサイケデリアへ作り替えたと評している。(thequietus.com)
「Non-Alignment Pact」
「Non-Alignment Pact」は、The Modern Danceの冒頭を飾る楽曲である。タイトルは「非同盟協定」。政治用語のようだが、曲は恋愛のようにも、個人と社会の関係のようにも聞こえる。
この曲は比較的キャッチーで、Pere Ubuの中ではロックソングとしての輪郭が明確だ。しかし、そこにも異様なねじれがある。メロディはあるが、まっすぐには進まない。歌はあるが、普通の感情表現にはならない。
Pere Ubuは、ポップになれる瞬間にも、必ず変な角を残す。「Non-Alignment Pact」は、その代表例である。
「Street Waves」
「Street Waves」は、初期Pere Ubuの都市感覚がよく表れた楽曲である。タイトルは、街に漂う電波、音波、群衆の波、車の流れを思わせる。
この曲では、クリーヴランドの都市風景が音になっている。華やかな都会ではない。工場、道路、コンクリート、曇り空、電線、壊れたラジオ。そうしたものが、ギターとシンセの隙間から立ち上がる。
Pere Ubuの音楽において、都市は背景ではない。都市そのものが楽器である。「Street Waves」は、その感覚をよく伝える。
「Life Stinks」
「Life Stinks」は、タイトルだけでPere Ubuらしい楽曲である。「人生は臭い」「人生はひどい」。非常に直接的で、滑稽で、同時に深刻だ。
この曲には、パンク的な簡潔さがある。だが、Pere Ubuが演奏すると、それは単なる怒りではなく、変な笑いを伴う。人生がひどいことを嘆くだけでなく、そのひどさを奇妙なパフォーマンスへ変える。そこがDavid Thomasの才能である。
「Laughing」
「Laughing」は、The Modern Danceの中でも特に不気味な曲である。笑いという行為は本来楽しいものだが、この曲では笑いが恐怖や狂気に近づく。
Pere Ubuの音楽では、普通の感情がしばしば変形する。笑いは笑いではなく、叫びに近くなる。愛は安らぎではなく、不安になる。ダンスは快楽ではなく、痙攣になる。「Laughing」は、その変形の美学を象徴する曲である。
「Dub Housing」
「Dub Housing」は、1978年の同名アルバム表題曲である。タイトルに「Dub」とある通り、この作品では空間、残響、音の抜き差しが重要になる。
Pere Ubuは、ジャマイカのダブをそのまま演奏しているわけではない。しかし、音を空間的に扱う発想は確かにある。楽器が鳴り、消え、隙間が残る。その隙間に不安が宿る。
「Dub Housing」という言葉は、住宅、都市、反響、社会の空洞を思わせる。Pere Ubuのダブは、陽気なクラブのためではなく、空き家の中で響くラジオのようなダブである。
「Navvy」
「Navvy」は、Dub Housingの中でも印象的な曲である。リズムは奇妙に揺れ、ギターとシンセが不穏な空気を作る。Pere Ubuの音楽が、ポストパンクの枠を越えて、ほとんど工業地帯の民謡のように響く瞬間だ。
「Navvy」は土木労働者を意味する言葉でもあり、肉体労働や産業都市のイメージを呼び起こす。Pere Ubuの音楽には、こうした労働と機械の質感がある。彼らの実験性は、抽象的な芸術趣味だけではなく、都市の物質感と結びついている。
「Caligari’s Mirror」
「Caligari’s Mirror」は、ドイツ表現主義映画The Cabinet of Dr. Caligariを連想させるタイトルを持つ曲である。歪んだ都市、狂気、影、斜めの建築。Pere Ubuの音楽には、この映画的な不気味さが非常によく合う。
この曲では、音がまるで歪んだ鏡の中で反射しているように響く。ロックバンドが演奏しているはずなのに、聴こえてくるのは普通のステージではなく、表現主義映画のセットの中で鳴る音のようだ。
「Humor Me」
「Humor Me」は、Pere Ubuのユーモアと不安が交差する曲である。タイトルは「少し付き合ってくれ」「大目に見てくれ」といった意味を持つ。David Thomasの歌い方には、真剣さとふざけた感じが同居している。
この曲の魅力は、Pere Ubuが完全な暗黒バンドではないことを示す点にある。彼らは不気味で、実験的で、時に難解だ。しかし、そこには常に変なユーモアがある。人生のひどさを笑う力がある。
「The Fabulous Sequel」
「The Fabulous Sequel」は、1979年のNew Picnic Timeに収録された楽曲である。タイトルは「素晴らしき続編」。まるでB級映画の宣伝文句のようだ。
Pere Ubuは、ポップカルチャーの言葉を奇妙に使う。映画、広告、ラジオ、コミック、都市伝説。それらは彼らの音楽の中で、少し壊れた記号として現れる。「The Fabulous Sequel」も、その感覚を持つ曲である。
「Birdies」
「Birdies」は、New Picnic Timeの中でも不思議な軽さを持つ曲である。鳥のようなイメージはかわいらしいが、Pere Ubuの手にかかると、それは少し不安定で奇妙な存在になる。
この時期のPere Ubuは、初期の鋭い衝撃から、より歪んだポップへ向かっている。「Birdies」には、その変化がある。実験的でありながら、どこか歌としての魅力もある。
「Go」
「Go」は、1980年代以降のPere Ubuの別の側面を示す曲である。彼らは初期のポストパンク/アヴァンガレージだけでなく、時に意外なほどポップな曲も作った。
David Thomasの声がある限り、完全に普通のポップにはならない。しかし、Pere Ubuの音楽には、地下から突然ラジオ向けのメロディが顔を出す瞬間がある。「Go」は、その不思議な開放感を持つ。
「Waiting for Mary」
「Waiting for Mary」は、1989年のCloudlandを代表する楽曲であり、Pere Ubuの中では比較的商業的に成功した曲である。Washington Postは、Pere Ubuが主流の成功からは遠かったものの、1989年の「Waiting for Mary」が例外的に知られた曲だったと紹介している。(washingtonpost.com)
この曲は、初期Pere Ubuの不気味さに比べると、ずっと開かれている。メロディも明確で、サウンドもニューウェイヴ/カレッジロック的だ。しかし、David Thomasの声と歌詞の奇妙さによって、普通のロックにはならない。
「Waiting for Mary」は、Pere Ubuが実験性を失わずにポップへ接近した重要曲である。
「Love Is Like Gravity」
「Love Is Like Gravity」は、2023年のTrouble On Big Beat Streetの冒頭曲である。Bandcampの公式ページでは、同作の1曲目として掲載されている。(pereubu.bandcamp.com)
タイトルは「愛は重力のようなもの」。Pere Ubuらしい、哲学的でありながら少し馬鹿馬鹿しくも聞こえる言葉である。愛は人を引き寄せる。落下させる。逃れられない力として働く。
晩年のPere Ubuには、初期の若い破壊衝動とは違う、長い時間を生き抜いた奇妙な重みがある。「Love Is Like Gravity」は、その最終期のPere Ubuを象徴する曲の一つである。
アルバムごとの進化
The Modern Dance
1978年のThe Modern Danceは、Pere Ubuのデビューアルバムであり、ポストパンク史の重要作である。パンクの爆発と同時代にありながら、音楽的にはすでにパンクの先を見ていた。
このアルバムには、ロックンロールの骨がある。しかしその骨は、電子音、ノイズ、不安定なリズム、奇妙なボーカルによって変形している。「Non-Alignment Pact」、「The Modern Dance」、「Laughing」、「Street Waves」など、どの曲にも異物感がある。
The Quietusは、同作をロック、ポップ、パンクの廃墟から奇妙な新しいサイケデリアを作った作品として評している。(thequietus.com)
The Modern Danceは、ロックがどれだけ変形できるかを示したアルバムである。
Dub Housing
1978年のDub Housingは、Pere Ubuの最高傑作の一つとして語られることが多い。前作よりも、音の空間性、不気味さ、ダブ的な発想が強まっている。
このアルバムでは、シンセサイザーの役割がさらに大きくなる。Allen Ravenstineの電子音は、曲の背景ではなく、前景に出てくる。バンドの演奏は隙間を作り、その隙間にノイズや声が入り込む。
Dub Housingは、都市の空き家で鳴るポストパンクである。人が住んでいるのか、機械が住んでいるのか分からない。そんな不気味さがある。
New Picnic Time
1979年のNew Picnic Timeは、Pere Ubuがさらに奇妙な方向へ進んだアルバムである。初期2作の緊張感を保ちながら、より断片的で、より不安定で、より内向的な作品になっている。
タイトルは「新しいピクニックの時間」。しかし、このピクニックは明るい野外活動ではない。廃墟の中で開かれる不気味な集会のようだ。「The Fabulous Sequel」や「Birdies」には、奇妙なポップ性もあるが、その背後には常に歪みがある。
The Art of Walking
1980年のThe Art of Walkingは、Pere Ubuがバンドとしての構造をさらに崩していった作品である。Tom Hermanの脱退などもあり、音はより不安定で実験的になる。
このアルバムは、初期3作ほど語られることは少ないが、Pere Ubuの「歩き方」を知るうえで重要である。タイトル通り、まっすぐ走るのではなく、奇妙な足取りで進むアルバムだ。
Song of the Bailing Man
1982年のSong of the Bailing Manは、初期Pere Ubuの一区切りとなる作品である。この後、バンドは一時的に解散状態へ向かう。
この作品には、疲労と混乱がある。だが、それもPere Ubuらしい。彼らは常に安定を拒否してきたバンドであり、壊れかけた状態ですら音楽にしてしまう。初期Pere Ubuの異様な時代を締めくくるアルバムである。
The Tenement Year
1988年のThe Tenement Yearは、Pere Ubu再始動後の重要作である。1980年代後半のサウンドの中で、彼らは以前よりも開かれたポップ性を見せる。
再結成後のPere Ubuは、初期のカルト的ポストパンクとは少し違う。奇妙さは残っているが、メロディや構成がより聴きやすくなる。これは妥協というより、David Thomasが別の方法でUbuの世界を再構築した結果である。
Cloudland
1989年のCloudlandは、Pere Ubuの中でも比較的ポップなアルバムである。「Waiting for Mary」を収録し、彼らがカレッジロックやニューウェイヴの文脈でも受け入れられ得ることを示した。
しかし、Pere Ubuは完全には丸くならない。明るいサウンドの中にも、どこか不穏な角度が残る。雲の国というタイトル通り、軽く浮かんでいるようで、足元は不安定だ。
Ray Gun Suitcase
1995年のRay Gun Suitcaseは、90年代のPere Ubuを代表する作品である。タイトルからして、SF、B級映画、旅、危険物が混ざっている。彼らの世界観に非常によく合う。
この時期のPere Ubuは、オルタナティブロックの時代に再び意味を持つようになっていた。Sonic YouthやR.E.M.などが評価される時代に、Pere Ubuの先駆性はよりはっきり見えるようになった。
Pennsylvania
1998年のPennsylvaniaは、David Thomasのアメリカ的な風景感覚が強く出た作品である。彼にとってアメリカは、単なる国ではなく、奇妙な神話、田舎道、都市の廃墟、ラジオの声、古い物語が混ざる場所だった。
Pere Ubuの音楽は、しばしば都市的と語られるが、実は広大なアメリカの不気味さも含んでいる。Pennsylvaniaは、その側面を聴かせる作品である。
Long Live Père Ubu!
2009年のLong Live Père Ubu!は、Alfred JarryのUbu Roiにより直接的に接近した作品である。演劇的、文学的、コンセプチュアルな側面が強い。
Pere Ubuは、もともと演劇的なバンドだった。David Thomasの声と身振りは、常にロックシンガー以上のものだった。このアルバムは、その演劇性をさらに前面に出した作品である。
20 Years in a Montana Missile Silo
2017年の20 Years in a Montana Missile Siloは、タイトル通り冷戦、地下施設、アメリカの奇妙な軍事的風景を思わせる作品である。
Pere Ubuは晩年になっても、過去の名声をなぞるだけのバンドにはならなかった。彼らは常に、自分たちの奇妙なアメリカ像を更新し続けた。
The Long Goodbye
2019年のThe Long Goodbyeは、タイトルからして別れを意識させる作品である。バンドはこの時点で終幕を感じさせる名前を掲げた。しかし、Pere Ubuはその後もTrouble On Big Beat Streetへ進むことになる。
この「終わりそうで終わらない」感覚も、David Thomasらしい。彼は自分の物語を何度も閉じ、また開く作家だった。
Trouble On Big Beat Street
2023年のTrouble On Big Beat Streetは、Pere Ubuの19作目のスタジオアルバムである。Bandcampの公式ページでは、同作が2023年5月26日にリリースされ、「Love Is Like Gravity」、「Moss Covered Boondoggle」、「Crocodile Smile」、「Movie In My Head」などを収録していることが確認できる。(pereubu.bandcamp.com)
公式サイトは、同作を19枚目のスタジオアルバムとして紹介し、David Thomasがプロデュース、ミックス、エンジニアリングを担ったと説明している。(ubuprojex.com)
この作品は、Pere Ubuが最後まで実験を続けたことを示す。David Thomasは老成して丸くなったのではない。むしろ、最後まで奇妙なままだった。そこが彼の偉大さである。
David Thomasという異端の声
Pere Ubuの核心には、David Thomasがいる。彼は単なるフロントマンではない。声の演劇家、思想家、理論家、挑発者、そしてロックを疑い続けたロック歌手だった。
彼の声は、一般的なロックボーカルの基準からすると奇妙である。高く、震え、時に情けなく、時に威圧的で、時に滑稽だ。しかし、その声こそがPere Ubuを唯一無二にした。
Peopleは、ThomasがPere UbuのほかRocket From the Tombs、ソロ活動でも知られ、腎臓透析などの健康問題を抱えながらも創作を続け、死去時には最終アルバムと自伝に取り組んでいたと報じている。(people.com)
David Thomasは、ロックの中心に立とうとした人物ではない。むしろ、中心からずれた場所に立ち、そのずれを徹底的に拡張した人物だった。彼の声は、ロックが美しくなくても、整っていなくても、むしろそのほうが真実に近づけることを証明した。
クリーヴランドという土地の音
Pere Ubuの音楽を理解するには、クリーヴランドという土地が重要である。ニューヨークやロンドンのような文化的中心ではなく、工業都市としての重さと衰退を抱えた場所。そこから生まれた音だからこそ、Pere Ubuには独特の錆びた質感がある。
彼らの音楽は、夜の工場、荒れた道路、古いラジオ、無人の駐車場、壊れたネオンに似ている。これは都会的な洗練ではない。産業都市の不安とユーモアである。
Pere Ubuは、地方都市の奇妙さを世界レベルの実験音楽へ変えた。そこに彼らの大きな意味がある。
影響を受けたアーティストと音楽
Pere Ubuは、The Velvet Underground、Captain Beefheart、The Stooges、MC5、garage rock、free jazz、electronic music、dub、absurdist theatre、Alfred Jarryなどから影響を受けたと考えられる。
特にCaptain Beefheartとの共通点は大きい。ブルースやロックンロールの骨格を持ちながら、それをぐにゃりと変形させる感覚が似ている。ただしPere Ubuは、より都市的で、より電子的で、よりポストインダストリアルな不気味さを持つ。
The Velvet Undergroundからは、都市の暗さと単純なロックの反復を受け継いでいる。The StoogesやMC5からは、ガレージロックの衝動を受け取っている。だが、Pere Ubuはそれらを「かっこいいロック」にするのではなく、奇妙で滑稽な実験へ変えた。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Pere Ubuが与えた影響は非常に大きい。Joy Division、Sonic Youth、R.E.M.、Pixies、Hüsker Dü、Mission of Burma、The Fall、Talking Heads、Devo、U-Men、Shellac、The Jesus Lizard、Guided by Voicesなど、ポストパンク、オルタナティブ、ノイズロック、インディロックの多くに彼らの影がある。
Pitchforkは、The Modern DanceがJoy Division、Sonic Youth、R.E.M.などに影響を与えたと報じている。(pitchfork.com) U-Menのレビューでも、バンド名の由来にPere Ubuのブートレグが関わっていることが触れられており、地下ロックへの影響の深さがうかがえる。(pitchfork.com)
Pere Ubuの影響は、直接的なサウンドだけではない。ロックバンドが奇妙であってよいこと、歌声が美しくなくてもよいこと、ノイズが装飾ではなく構造になり得ること、地方都市の不安が世界的な音楽表現になり得ること。彼らは、その可能性を開いた。
同時代アーティストとの比較
Pere Ubuは、Devo、Television、Talking Heads、The Fall、Wire、Public Image Ltd、Captain Beefheart、Suicide、Chromeなどと比較できる。
Devoとは、同じオハイオ周辺の奇妙なニューウェイヴ/ポストパンクとして近い。Devoが機械的で風刺的なポップへ向かったのに対し、Pere Ubuはもっと混沌として、演劇的で、ガレージロック的だった。
Talking Headsが神経質な都会のファンクへ進んだなら、Pere Ubuは錆びた都市のノイズへ進んだ。Wireがミニマルで知的なパンクの解体を行ったなら、Pere Ubuはより雑多で、泥臭く、アヴァンガレージ的だった。
The Fallとは、奇妙なボーカル、反復、文学性、反ロック的態度で共通する。ただし、Mark E. Smithが毒舌の語り部なら、David Thomasは壊れたラジオ劇の主人公である。
ファンや批評家からの評価
Pere Ubuは、商業的な大成功を収めたバンドではない。むしろ、長いあいだカルト的存在として支持されてきた。しかし、批評家やミュージシャンからの評価は非常に高い。
彼らの初期作品、特にThe Modern DanceとDub Housingは、ポストパンク史における重要作として何度も再評価されてきた。The Quietusは、The Modern Danceを、荒廃したロックンロールを奇妙な新しいサイケデリアへ変えた作品として位置づけている。(thequietus.com)
David Thomasの死後も、彼の影響力は改めて語られた。The Guardianは、Thomasをアナーキーでアヴァンギャルドなスタイルを持つPere Ubuのリーダーとして報じ、その革新性を振り返っている。(theguardian.com)
Pere Ubuは、分かりやすい名曲の数で測るバンドではない。むしろ、ロックの考え方そのものを変えたバンドである。
Pere Ubuのユニークさ
Pere Ubuのユニークさは、ロックンロールを壊しながら、ロックンロールの魂を失わなかったことにある。
彼らは実験的だった。だが、冷たい現代音楽のように遠ざかるだけではなかった。そこにはガレージロックの荒さ、ブルースの残骸、ダンスのぎこちなさ、コミックのようなユーモアがあった。
Pere Ubuの音楽は、壊れたロボットがロックンロールを覚えようとしているようにも聞こえる。あるいは、工場跡地で幽霊たちがガレージバンドを組んだようにも聞こえる。そこには不気味さがある。だが同時に、奇妙な温かさもある。
彼らは、ロックが「正しく」ある必要はないことを教えた。むしろ、正しくないこと、変であること、醜いこと、滑稽であることの中に、新しい美しさがあると示した。
まとめ
Pere Ubuは、ポストパンクの異端者であり、実験音楽の先駆者である。1975年にクリーヴランドで結成され、Rocket From the Tombsの流れを受け継ぎながら、ガレージロック、パンク、ノイズ、電子音、演劇、ダブ、アヴァンギャルドを結びつけた独自の音楽を作り上げた。
「30 Seconds Over Tokyo」と「Final Solution」で、彼らはパンク以前にすでにポストパンク的な音を鳴らしていた。The Modern Danceでは、ロックの骨格を電子ノイズと奇妙な声で変形させ、Dub Housingでは都市の空洞を音にした。「Non-Alignment Pact」、「Street Waves」、「Laughing」、「Humor Me」には、Pere Ubu特有の不安、ユーモア、異物感が詰まっている。
再始動後も、彼らはCloudland、Ray Gun Suitcase、Pennsylvania、The Long Goodbye、Trouble On Big Beat Streetなどを通じて、自分たちの奇妙な音楽を更新し続けた。David Thomasは2025年に亡くなったが、その声と思想は、ポストパンク、オルタナティブ、ノイズロック、実験音楽の中に残り続けている。
Pere Ubuの音楽は、快適ではない。だが、快適ではないからこそ、世界の本当の歪みを映す。錆びた都市、壊れた機械、変な声、歪んだダンス。そのすべてが、彼らの音楽の中で奇妙に生きている。
Pere Ubuとは、ロックの廃墟から立ち上がった異形の生き物である。そしてその異形さこそが、今もなお新しい。

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