
1. 歌詞の概要
「In My Head」は、アイルランド・ゴールウェイ出身のバンドNewDadが2023年に発表した楽曲である。Apple Music日本版では「In My Head – Single」として掲載され、2023年5月10日リリース、1曲3分39秒の作品として確認できる。Apple Music – Web Player
のちにこの曲は、2024年発表のデビュー・アルバム『Madra』にも収録された。『Madra』はNewDadにとって初のフル・アルバムであり、The Guardianは同作を、シューゲイズ、グランジーなポップ、ニューウェーブの影響を持つ、夢のようでありながら棘のあるデビュー作として評している。ガーディアン
タイトルは「In My Head」。
直訳すれば、「私の頭の中で」。
この言葉が示すのは、単なる考えごとではない。
他人には見えない内面の混乱。
繰り返し浮かぶ記憶。
止めようとしても止まらない思考。
外からは理解されない、頭の中だけの密室である。
この曲の語り手は、誰かに対して強い苛立ちを抱いている。
相手は「頑張っている」と言う。
でも、語り手にはそれが信じられない。
ベッドから出ることすらできていない相手を見て、怒り、疲れ、呆れ、そしてどこかで自分自身にも重なるような感情が渦巻いている。
しかし、この曲は単純に相手を責める歌ではない。
本当の核心は、「あなたは私の頭の中にいない」という感覚にある。
同じものを見ていない。
同じ夢を見ていない。
同じ傷を持っていない。
だから、わかったような顔をしないでほしい。
この孤独はかなり深い。
誰かに理解されたい。
でも、理解されるわけがないとも思っている。
助けてほしい。
でも、頭の中に入ってこられるのは怖い。
その矛盾が、この曲の中心にある。
サウンドは、暗いテーマに反してかなり推進力がある。
ギターはきらめきながらも少し湿っていて、ドラムは前へ進み、Julia Dawsonのボーカルは透明感を保ったまま、内側に沈んでいくように響く。
Hidden Trackは「In My Head」について、アップビートで速いテンポを持ち、Wolf Aliceを思わせる感覚があると評している。また、夏らしいギターと重ねられた夢見心地のボーカルがあり、歌詞面では頭の中に閉じ込められ、本人にしか理解できない複雑な狂気へ下降していく感覚を扱っていると説明している。The Hidden Track
この説明は、曲の二面性をよく捉えている。
明るいように鳴る。
でも、歌っていることは暗い。
軽く走っているようで、実際には頭の中から出られない。
「In My Head」は、外側のポップさと内側の閉塞感がぶつかる曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
NewDadは、アイルランド西部の都市ゴールウェイから登場したバンドである。
その音楽は、ドリームポップ、シューゲイズ、インディー・ロック、グランジ・ポップの要素を含んでいる。
『Madra』のレビューでLouder Than Warは、NewDadを「霞んだポップ・メロディ、ガーゼのようなギター、天使のようなボーカル、そして暗い歌詞」を持つラッシュなドリームポップのバンドとして紹介している。Louder Than War
この組み合わせは、「In My Head」を理解するうえでも重要だ。
NewDadの音楽は、音だけを聴くと美しい。
ギターは柔らかく、声は涼しく、メロディは耳に残る。
しかし、歌詞に踏み込むと、そこにはかなり重い感情がある。
『Madra』全体についてThe Guardianは、リードシンガーJulia Dawsonのソングライティングが、羞恥、自己不信、いじめ、メンタルヘルスの問題、自傷などを扱う、深く個人的でフィルターのかかっていないものだと評している。ガーディアン
「In My Head」も、その流れの中にある曲である。
この曲の歌詞は、誰かとの対話のように始まる。
相手に向かって「あなたは努力していると言うけれど、私は信じない」と言う。
その口調はかなり厳しい。
だが、曲が進むにつれて、焦点は相手の怠惰や状態そのものから、「理解されないこと」へ移っていく。
あなたは私の頭の中にいない。
だから、私の痛みを本当には知らない。
私の夢も、私の傷も、私の汚れも知らない。
この感覚は、メンタルヘルスをめぐる会話でよく起こる断絶に近い。
外から見える状態と、本人の内側で起きていることは違う。
周囲の人は助言できる。
励ますこともできる。
でも、頭の中に入ることはできない。
その距離が、どうしようもなく苦しい。
NewDadの音楽が面白いのは、こうした重いテーマを、暗いだけのサウンドにしないところだ。
Hot Pressは『Madra』について、巨大なギターがきらめきと汚れの両方を持ち、リズム隊も力強く鳴っていると評している。Hotpress
つまり、このバンドは沈み込むだけではない。
沈みながらも、ギターが光る。
壊れそうになりながらも、ドラムが前へ押す。
そこにNewDadらしい美しさがある。
「In My Head」は、まさにそのバランスの曲だ。
歌詞は閉じている。
でも音は開いている。
頭の中に閉じ込められているのに、曲そのものは疾走している。
この矛盾が、聴き手を強く引き込む。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の権利に配慮し、ここでは短い範囲に限って引用する。歌詞全文は、権利処理された歌詞掲載サービスや公式配信サービスで確認するのが望ましい。Dorkの歌詞ページには、「In My Head」の歌詞が掲載されている。Readdork
Because you’re not in my head
和訳すると、次のようになる。
だってあなたは私の頭の中にいないから
この一節は、曲全体の核である。
ここで語り手は、相手が悪いと言っているだけではない。
もっと根本的な断絶を指摘している。
どれだけ近くにいても、相手は自分の頭の中にはいない。
自分が見ている映像、自分が感じている恐怖、自分が繰り返し考えてしまうことを、相手は本当には知らない。
この言葉には、怒りがある。
同時に、諦めもある。
わかってほしい。
でも、わかるはずがない。
その苦しさが、この短いフレーズに込められている。
もうひとつ、短く引用する。
We haven’t seen the same things
和訳すると、次のようになる。
私たちは同じものを見てきたわけじゃない
このラインは、理解の不可能性をさらに深める。
同じ場所にいても、人は同じものを見ているとは限らない。
同じ出来事を経験しても、受け取る痛みは違う。
同じ部屋にいても、心の中で流れている映像はまったく違う。
だから、簡単に「わかる」と言われると、かえって傷つく。
「In My Head」は、その感覚をかなり鋭く捉えている。
さらに、歌詞の中には「blankets」や「madness」といった言葉も出てくる。
毛布の下に埋もれ、狂気へ降りていくようなイメージである。
部屋の中にいるだけなのに、頭の中ではどんどん深い場所へ落ちていく。
これは、外側から見ると静かな状態かもしれない。
でも、内側ではかなり激しい。
この内側と外側の差が、この曲の痛みなのだ。
4. 歌詞の考察
「In My Head」は、孤独の歌である。
ただし、ひとりぼっちという意味だけの孤独ではない。
誰かが近くにいる。
会話もしている。
相手は何か言ってくる。
それでも、わかり合えない。
このタイプの孤独は、かなりきつい。
完全にひとりなら、諦めがつくこともある。
でも、誰かがそばにいるのに届かないとき、孤独はより濃くなる。
「どうしてわかってくれないのか」と思う。
同時に、「どうせわかるはずがない」とも思う。
この曲の語り手は、その二つの感情の間にいる。
歌詞の始まりでは、相手に対する怒りが前に出ている。
努力していると言うけれど信じない。
ベッドから出てもいない。
最後に外へ出たのはいつなのか。
ここだけを見ると、語り手はかなり冷たく聞こえる。
相手を責めているようにも見える。
しかし、曲が進むにつれて、語り手自身もまた頭の中に閉じ込められていることが明らかになっていく。
つまり、この曲は一方的な非難ではない。
むしろ、相手を責める言葉を通して、自分の内側の混乱も露呈している。
あなたはひどい状態だ。
でも、私もひどい状態かもしれない。
あなたはここから出ていない。
でも、私は自分の頭の中から出られない。
この反転が、この曲を深くしている。
NewDadの楽曲は、しばしば美しいメロディと暗い歌詞の対比で語られる。
The Guardianも『Madra』について、Dawsonの幽玄なボーカルと暗く haunting な歌詞の対比を指摘している。ガーディアン
「In My Head」もまさにそうだ。
曲調は、重すぎない。
ギターは明るい粒を含んでいる。
テンポも比較的前向きだ。
しかし歌詞は、頭の中の閉塞、理解されなさ、繰り返される思考、逃げ場のなさを扱っている。
このギャップが、聴く人の感情を揺らす。
悲しい曲を悲しい音で鳴らすのは、ある意味ではわかりやすい。
だがNewDadは、悲しみや不安を、少し光のあるサウンドの中に置く。
それによって、感情はより現実に近くなる。
実際、人はつらいときにも普通に歩く。
普通に話す。
友人と会う。
明るい日差しの中にいる。
それでも頭の中は暗い。
「In My Head」は、そういう状態に近い。
外の世界は動いている。
音楽も前へ進んでいる。
でも、自分の頭の中だけは同じ映像を繰り返している。
歌詞の中にある「movie that never ends」という発想は、その感覚をよく表している。
終わらない映画。
何度も再生される場面。
目を閉じても、また始まる。
トラウマや強い不安は、しばしばこのような形で現れる。
自分の意思とは関係なく、思考や記憶が繰り返される。
忘れたいのに、忘れられない。
そして、他人にはそれが見えない。
だから「あなたは私の頭の中にいない」という言葉は、ただの不満ではない。
深い断絶の表明である。
一方で、この曲は完全な絶望には向かわない。
サウンドには、どこか温度がある。
Hidden Trackが指摘するように、「In My Head」にはアップビートなテンポと夏らしいギター、重ねられた夢見心地のボーカルがある。The Hidden Track
この「夏らしさ」が面白い。
歌詞の世界は暗い。
しかし、ギターは少し明るい。
その明るさが、歌詞の闇を消すのではなく、むしろ浮き上がらせる。
晴れた日に感じる孤独。
人混みの中で感じる断絶。
明るい音楽の中で沈んでいく思考。
NewDadは、その感覚をとても自然に鳴らしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Angel by NewDad
『Madra』のオープニングを飾る楽曲であり、アルバム全体の暗い美しさを最初に提示する曲である。The Guardianは『Madra』のレビューで、「Angel」と「In My Head」におけるDawsonの幽玄な声と暗い歌詞の対比に触れている。ガーディアン
「In My Head」が頭の中の閉塞を疾走感のあるギターで描く曲なら、「Angel」はより重く、影の深い入口である。NewDadのダークな側面を味わいたい人に合う。
- Sickly Sweet by NewDad
『Madra』の中でもポップなフックが光る曲である。The Guardianは同作の中で「Sickly Sweet」や「Dream of Me」を、キャッチーで音響的に豊かな楽曲として挙げている。ガーディアン
「In My Head」の明るいギターと暗い感情の組み合わせが好きなら、この曲の甘さと毒の混ざり方も刺さるはずだ。タイトル通り、甘いのにどこか気分が悪くなるようなニュアンスがある。
- Dream of Me by NewDad
『Madra』収録曲で、ドリームポップ的な浮遊感がよく出た楽曲である。ガーディアン
「In My Head」の頭の中から抜け出せない感覚に対し、「Dream of Me」は夢の中へ沈んでいくような質感を持っている。NewDadのメロディの柔らかさと、内面の不安が同時に味わえる。
- Don’t Delete the Kisses by Wolf Alice
Hidden Trackが「In My Head」にWolf Aliceを思わせる部分を感じると評していることもあり、NewDadが好きな人にはWolf Aliceのドリームポップ寄りの曲がよく合う。The Hidden Track
「Don’t Delete the Kisses」は、話し言葉のような歌と疾走するギターが、恋愛の不安と高揚を同時に描く曲である。「In My Head」の切迫感とは違うが、頭の中で言葉が止まらない感覚は近い。
- When You Sleep by My Bloody Valentine
シューゲイズ的なギターの揺らぎ、ぼやけた声、甘さと不安が溶ける感覚を求めるなら、この曲は外せない。
NewDadのギターの霞みや、歌詞の不明瞭な内面性に惹かれた人なら、My Bloody Valentineの音の壁にも自然に入り込めるだろう。音が感情を包むのではなく、感情そのものを曇らせるような名曲である。
6. 頭の中から出られない人のためのドリームポップ
「In My Head」は、NewDadというバンドの魅力をとてもよく示す曲である。
まず、メロディが強い。
ギターはきらめき、リズムは前へ進み、ボーカルは軽やかに浮かぶ。
一聴すると、かなり聴きやすいインディー・ロックである。
しかし、歌詞に耳を向けると、曲の表情は一気に変わる。
そこには、頭の中に閉じ込められた人の声がある。
他人には見えない混乱。
わかってもらえない痛み。
繰り返される記憶。
毛布の下に埋もれながら、思考だけがどこまでも沈んでいく感覚。
この曲は、そうした内面の密室を描いている。
しかも、その密室を暗い音で閉じ込めない。
そこに光るギターを入れる。
テンポを与える。
ポップな輪郭を与える。
だから、曲は重いのに聴けてしまう。
むしろ、何度も戻りたくなる。
これは、NewDadのソングライティングの大きな強みである。
重い感情を、重いまま投げつけない。
美しい音の中に沈める。
すると、聴き手は自分でも気づかないうちに、その暗さの中へ入っていく。
「In My Head」の一番切実な部分は、「あなたは私の頭の中にいない」という言葉にある。
この言葉は、誰かを突き放す。
でも、本当は助けを求めてもいる。
私の頭の中にいないから、あなたにはわからない。
でも、わからないままで終わらせないでほしい。
わかったふりをしないでほしい。
簡単に忘れられるなんて言わないでほしい。
そのような声が聞こえる。
人は、他人の頭の中に入れない。
これは当たり前のことだ。
しかし、その当たり前がどうしようもなく悲しくなる瞬間がある。
NewDadは、その瞬間を歌っている。
同じ景色を見ているようで、見ていない。
同じ会話をしているようで、届いていない。
同じ部屋にいるようで、実際には別々の頭の中にいる。
この断絶は、現代的でもある。
常に連絡を取り合える時代なのに、内面はますます見えにくい。
誰かの投稿を見ることはできる。
でも、その人の頭の中には入れない。
笑っている写真の裏にある思考は見えない。
「In My Head」は、その見えなさを歌う曲である。
音像の面でも、この曲は見えなさをうまく表している。
ボーカルは前に出ているが、どこか霞んでいる。
ギターは明るいが、輪郭は少し滲んでいる。
リズムは前進するが、歌詞は頭の中に戻っていく。
外へ向かう音と、内へ沈む言葉。
この二つが同時に走ることで、曲に緊張が生まれる。
『Madra』全体がそうであるように、「In My Head」もまた、NewDadが暗い感情をポップの形に変換する力を示している。
No More Workhorseは『Madra』について、90年代的なシューゲイズやドリームポップの響きを思わせながらも、単なる過去のコピーではなく、しっかりした楽曲群として成立していると評している。No More Workhorse
「In My Head」は、その評価にふさわしい一曲だ。
過去のシューゲイズやドリームポップの影響は感じる。
だが、ただ懐かしいだけではない。
歌詞の切実さは現代的で、ボーカルの距離感も今のインディー・ロックの空気を持っている。
この曲を聴くと、頭の中にいることの苦しさが、少しだけ音として外に出る。
それは解決ではない。
でも、形になるだけで少し違う。
自分の内側でぐるぐる回っていたものが、ギターになり、ドラムになり、声になる。
その瞬間、孤独は完全には消えなくても、誰かの曲として共有できる。
それが音楽の力なのだと思う。
「In My Head」は、理解されないことの歌である。
しかし、皮肉なことに、その理解されなさをとても理解しやすい形で鳴らしている。
だから聴き手は、この曲に自分を重ねる。
誰かに「わかるよ」と言われて、逆に傷ついたこと。
簡単に忘れられるはずだと言われて、苛立ったこと。
頭の中で同じ場面が何度も流れたこと。
外からは平気に見えても、内側では崩れていたこと。
そうした経験を持つ人に、この曲は静かに刺さる。
「In My Head」は、頭の中から出られない人のためのドリームポップである。
暗い部屋の中で鳴る曲でありながら、窓の外には少し光がある。
その光は救済ではないかもしれない。
でも、完全な闇でもない。
NewDadは、その中間の明るさを鳴らしている。
だからこの曲は、美しく、苦しく、そして何度も聴きたくなる。

コメント