
楽曲の概要
「Angel」は、アイルランド・ゴールウェイ出身のオルタナティヴ・ロック・バンドNewDadが2023年9月に発表した楽曲である。翌2024年のデビュー・アルバム『MADRA』ではオープニングを飾り、アルバム発表と同時に先行曲として公開された。作詞・作曲にはJulie Dawson、Seán O’Dowd、Fiachra Parslow、Áindle O’Beirnがクレジットされ、プロデュースはChris W. RyanとSean Genockeyが担当している。渦を巻くように重なるギター、低い位置を反復するベース、Julie Dawsonの抑えたボーカルを組み合わせた、NewDadらしいドリーム・ポップ/オルタナティヴ・ロック色の強い曲である。
歌詞の着想には、ドラマ『Euphoria』に登場するRueとJulesの関係があったことをDawsonが明かしている。精神的に不安定な人物と、その人物を助けようとする相手との関係を通じて、「愛する人に自分の問題まで背負わせてしまうこと」への罪悪感を描いた曲だ。タイトルの「Angel」は相手を理想化する言葉であると同時に、自分との落差を強調する言葉にもなっている。
歌詞の概要
歌詞では、語り手と相手が最初から対照的な存在として描かれる。相手は優しく、地に足がついていて、善良な心を持っている。それに対して語り手は、自分を傷つけ、精神的に不安定で、自分自身の絶望以外に気を配る余裕を失っていると感じている。ここで「Angel」と呼ばれる相手は、単純な恋愛対象というより、語り手が自分にはない安定や優しさを見いだしている人物である。語り手はその人のようになりたいと思う一方、自分と深く関われば相手まで傷つけてしまうのではないかと恐れている。
特に重要なのが、水のイメージである。相手が自分の内側を泳ぐことは許しても、その中で溺れてほしくはないという発想がサビの中心になっている。これは、親密になること自体を拒絶しているのではなく、自分の苦しみに相手を巻き込みたくないという矛盾した感情として読める。助けてほしい気持ちと、助けてもらうことへの罪悪感が同時に存在しているのである。そのため「Angel」は自己嫌悪だけの曲ではない。むしろ相手を大切に思うからこそ距離を取ろうとする、愛情と自己否定が絡み合った歌になっている。
制作背景・時代背景
「Angel」は、NewDadがデビュー・アルバム『MADRA』を発表する際のリード曲として2023年9月に公開された。『MADRA』は2024年1月にFair Youth/Atlanticから発売され、「Angel」はその1曲目に置かれている。アルバム名の「madra」はアイルランド語で「犬」を意味する。NewDadは2020年代初頭から「Blue」「I Don’t Recognise You」などを通じて、ドリーム・ポップやシューゲイズ、1990年代オルタナティヴ・ロックの影響を感じさせるサウンドで注目を集めてきた。
Warner Music Irelandによるアルバム発表時の紹介では、「Angel」は『Euphoria』のRueとJulesの破壊的な関係にDawsonが着想を得た曲と説明されている。この背景を知ると、歌詞にある「相手を自分の責任にしてはいけない」という感覚が理解しやすい。『Euphoria』でも、依存や精神的な問題を抱えた人物と、その人物を救う役割を期待される相手との境界が重要なテーマになる。「Angel」は特定の登場人物の物語をそのまま歌詞に移したものではなく、そこに描かれた関係性を、自分を支えてくれる人への罪悪感という普遍的な感情へ置き換えている。
録音ではDawsonがボーカルとギター、O’Dowdがギター、Parslowがドラムを担当し、元メンバーのO’Beirnもベースと作曲者としてクレジットされている。ミックスはAlan Moulderが担当した。Moulderはシューゲイズやオルタナティヴ・ロックの重要作品を数多く手がけてきたエンジニアであり、「Angel」でもギターを単に大音量にするのではなく、ボーカルを包み込む大きな層として聞かせる音像が印象的である。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では直接的な引用を重ねるより、「天使」「壊れた心」「泳ぐ/溺れる」という三つのモチーフを押さえることで内容が理解しやすい。「天使」は相手の優しさや安定を表し、「壊れた心」は語り手自身の自己認識を示す。そして水の比喩によって、他人の内面へ深く入り込むことの危険が表現されている。
興味深いのは、語り手が相手を拒絶したいわけではないことである。近くにいてほしいが、自分の苦しみを相手の責任にはしたくない。この境界線をうまく引けないこと自体が曲の苦しさになっている。タイトルの「Angel」も純粋な賛美ではなく、「あなたは善良なのに、自分はそうではない」という自己評価をさらに悪化させる言葉として機能している。
サウンドと歌詞の考察
「Angel」のサウンドでもっとも重要なのは、ギターの大きさとボーカルの静けさの対比である。ギターは一つの明瞭なリフを前へ押し出すというより、複数の音が重なって渦を巻くように広がる。歪みと残響によって音の輪郭が少しぼやけているため、演奏には巨大さがありながら、硬い壁というより霧や水の中へ入っていくような感覚がある。歌詞に登場する「泳ぐ」「溺れる」というイメージを考えると、この包み込むような音像は特に効果的だ。語り手の内面は言葉だけで説明されるのではなく、聞き手を取り囲むギターそのものとして表現されているように聞こえる。
その下でベースは、ギターほど曖昧にならず、反復する低音によって曲の軸を作る。Warner Music Irelandが曲を紹介した際にも、このベースラインと旋回するようなギターが特徴として挙げられている。低音が同じ場所へ戻ってくる感覚には、考えから抜け出せず同じ自己否定を繰り返しているような停滞感がある。一方でドラムは曲を完全に沈ませず、一定の推進力を与える。結果として「Angel」は遅く沈み込むだけのシューゲイズではなく、内向的な感情を抱えたまま前へ進むオルタナティヴ・ロックとして成立している。
Julie Dawsonの歌唱は、ギターの厚みに対して意外なほど抑えられている。彼女は苦しさを大声で訴えるのではなく、少し距離を取ったような声で自分の状態を説明する。この抑制が歌詞の自己認識とよく合っている。語り手は何が起きているのか分からない人物ではなく、自分が相手へ負担をかける可能性まで理解している。だから声を爆発させるより、疲れたような冷静さを保つほうが、「自分の問題を相手に背負わせたくない」という感情が伝わりやすい。
サビでも単純な解放は起こらない。多くのロックソングでは、ヴァースで抑えた感情がサビで一気に外へ放出される。しかし「Angel」では、音が広がっても歌詞の問題は解決しない。むしろ同じサビが戻るたび、相手を巻き込みたくないという考えが繰り返し確認される。曲の後半でも新しい答えが提示されず、中心となるフレーズが反復されるため、語り手が同じ感情の中から抜け出せない印象が残る。この循環する構造が、精神的な苦しみを一度の決断で解決できないものとして聞かせている。
また、音の「美しさ」と歌詞の自己嫌悪が反対方向を向いていることも重要である。ギターにはドリーム・ポップ的な浮遊感があり、メロディも暗さだけで押し切るものではない。それに対して歌詞では、語り手が自分を相手より劣った、壊れた存在として捉えている。美しい音の中から厳しい自己評価が聞こえてくるため、曲は単純な絶望にはならない。相手を「Angel」と見る視線には憧れがあり、その人を守ろうとする感情も残っているからである。
この点で「Angel」は、NewDadが得意とするシューゲイズ/ドリーム・ポップ的な音響を、単なる雰囲気として使っていない。大量のギターが人の内面を包み込み、反復する低音が抜け出せない思考を感じさせ、その中央に置かれたDawsonの声が「これ以上あなたまで巻き込みたくない」と距離を取ろうとする。近づきたい歌詞と遠ざけようとする歌詞が同時に存在し、ボーカルと巨大なギターの距離にも同じ緊張がある。親密さを求めながら、それを危険なものとして恐れる矛盾こそが「Angel」のサウンドと歌詞を結びつけている。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Blue」 by NewDad
NewDad初期の代表曲で、淡いボーカルと歪んだギターの組み合わせをより簡潔な形で聞ける。「Angel」のような重い自己否定とは少し異なるが、親密な感情を冷たい音像の中へ置くバンドの基本的な魅力がよく分かる。
「I Don’t Recognise You」 by NewDad
人との関係に生まれた距離や違和感を、浮遊するギターと抑えた歌唱で描いた曲。「Angel」にも通じる、感情を直接爆発させず、反復する演奏によって不安を少しずつ大きくしていく方法が印象的である。
「Nosebleed」 by NewDad
同じ『MADRA』収録曲。より強く歪んだギターと暗い感情が結びついており、アルバムが持つ1990年代オルタナティヴ・ロックへの接近を感じやすい。「Angel」から作品全体へ進む際の重要な一曲である。
「When the Sun Hits」 by Slowdive
巨大なギターの層と静かなボーカルを対比させるシューゲイズの代表的な一例。NewDadとは世代が大きく異なるが、声をギターより強く押し出さず、音の中へ溶かすことで感情のスケールを広げる方法に共通点がある。
「Superstar」 by Sonic Youth
静かな歌声の周囲でギターが不穏に揺れるカバー曲で、美しさと居心地の悪さが同時に存在する。「Angel」と音楽的に同一ではないが、甘いメロディを歪んだオルタナティヴ・ロックの質感で包む感覚がつながっている。
まとめ
「Angel」は、自分を支えてくれる人への愛情と、その人を自分の苦しみに巻き込んでしまうことへの罪悪感を同時に描いた曲である。『Euphoria』のRueとJulesの関係から得た着想をもとに、NewDadは「救う側」と「救われる側」が固定されてしまう関係の危うさを、天使や水の比喩へ置き換えた。渦巻くギターは語り手の内面を覆うように広がり、反復するベースはそこから抜け出せない感覚を作る。その大きな音の中央でJulie Dawsonが抑えて歌うことで、助けを求めながら相手を遠ざけようとする矛盾が際立つ。『MADRA』の冒頭曲として、NewDadの重く美しいギター・サウンドと、自己認識の痛みを扱う歌詞の両方を明確に示した作品である。
参照元
- NewDad公式サイト
- Warner Music Ireland
- Atlantic Records / Fair Youth
- Qobuz
- Dork

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