
発売日:2024年1月26日
ジャンル:インディー・ロック、ドリーム・ポップ、シューゲイズ、オルタナティヴ・ロック、ポスト・パンク
概要
NewDadの『MADRA』は、アイルランド・ゴールウェイ出身の4人組バンドが、初期EPで築いたドリーム・ポップ/シューゲイズ的な音像を、より重く、より暗く、よりアルバム的なスケールへ拡張したデビュー・アルバムである。NewDadはJulie Dawsonの低く淡いヴォーカル、Sean O’Dowdの霞がかったギター、Cara Joshiのベース、Fiachra Parslowのドラムを軸に、2020年代初頭のインディー・ロック・シーンで注目を集めた。彼らの音楽は、The Cure、Cocteau Twins、Slowdive、The Sundays、Pixies、My Bloody Valentine、The Cranberries以降のアイルランド/英国圏オルタナティヴの系譜に接続しながら、現代的な不安、自己嫌悪、関係性の疲労を、冷たい美しさの中に沈めている。
『MADRA』というタイトルは、アイルランド語で「犬」を意味する。この言葉は、アルバム全体の感情的な質感と深く関わっている。犬は忠誠、依存、愛着、従順さ、野性、孤独、見捨てられる恐怖を同時に象徴する存在である。本作の歌詞には、誰かに必要とされたい気持ち、自分をうまく扱えない感覚、関係の中で傷つきながらも離れられない依存性が濃く流れている。タイトルは直接的なコンセプトを説明するものではないが、アルバム全体に漂う「懐くこと」と「噛みつくこと」のあいだの緊張を象徴している。
音楽的には、初期NewDadの魅力だった浮遊感のあるギターとメランコリックなメロディが保たれつつ、サウンドはより厚く、暗くなっている。EP期の楽曲が、淡い青春の不安や恋愛の痛みを霧のような音像で包んでいたのに対し、『MADRA』ではギターの歪み、ベースの重さ、ドラムの輪郭が強まり、より身体的な圧力を持つ。シューゲイズ的な音の壁は、単に美しい背景ではなく、心理的な圧迫、感情の混濁、言葉にしきれない苛立ちを表すものとして機能している。
Julie Dawsonのヴォーカルは、本作の中心にある。彼女の歌声は、感情を大きく爆発させるタイプではなく、低く、冷たく、どこか平坦に響く。しかし、その抑制こそがNewDadの魅力である。怒りや悲しみを直接叫ぶのではなく、あえて温度を下げて歌うことで、感情がより深く沈み込む。これは、The xx以降のインディー・ポップにも通じる親密なヴォーカル表現であり、同時にThe CureやMazzy Starのような暗いロマンティシズムにも近い。
本作の重要なテーマは、自己認識の不安定さである。歌詞には、自分が何者なのか分からないこと、自分の感情に振り回されること、他者からの視線によって自己像が歪むこと、愛されたいのに相手を遠ざけてしまうことが繰り返し描かれる。NewDadの音楽は、10代的な青春の憂鬱をそのまま鳴らすだけではない。むしろ、若い成人期における不安、抑うつ、依存、孤独、関係性の機能不全を、ポップなメロディとノイジーなギターの中で描いている。
アイルランドのバンドであることも、本作を理解するうえで重要である。NewDadの音楽は、直接的にケルト的な要素を前面に出すわけではないが、アイルランドのオルタナティヴ・ロックが持ってきた湿度、曇った空、閉じた街の感覚、親密でありながら息苦しい人間関係の描写に通じるものがある。The Cranberriesが90年代にアイルランド的な哀愁を世界的なオルタナティヴ・ロックへ接続したように、NewDadは2020年代のインディー・ロックの文脈で、アイルランド発の暗いドリーム・ポップを更新している。
『MADRA』は、派手な革新性を掲げるアルバムではない。だが、現代のギター・ロックがどのように過去のシューゲイズ、ポスト・パンク、ドリーム・ポップを再解釈し、現在の感情へ結びつけているかを示す作品である。アルバム全体には、若さの輝きよりも、その裏側にある疲労、自己嫌悪、曖昧な怒り、関係の傷が刻まれている。美しいが冷たく、柔らかいが重い。NewDadのデビュー作は、その二重性によって強い存在感を放っている。
全曲レビュー
1. Angel
オープニングを飾る「Angel」は、『MADRA』の世界観を端的に提示する楽曲である。タイトルは天使を意味し、一般的には純粋さ、保護、美しさを連想させる。しかしNewDadの文脈では、その天使像は必ずしも明るく救済的ではない。むしろ、理想化された誰か、近づけない存在、あるいは相手に投影された不安定な自己像として響く。
サウンドは、霞がかったギターと抑制されたリズムを中心に進む。冒頭から音像は暗く、しかしメロディは親しみやすい。NewDadの強みは、この暗さとポップ性の共存にある。ギターは空間を広げながらも、聴き手を開放するというより、薄い膜の中に閉じ込めるように響く。
Julie Dawsonのヴォーカルは、感情を大きく揺らさず、淡々と歌う。そのため、歌詞の中にある依存や不安が、過剰なドラマではなく日常的な感覚として伝わる。天使という言葉の裏に、救いを求めながらも救われきれない感情が潜んでいる。
アルバムの入口として、この曲は非常に効果的である。『MADRA』が単なるシューゲイズ風の美しいインディー・ロックではなく、関係性の不安や自己認識の揺らぎを扱う作品であることを、静かに示している。
2. Sickly Sweet
「Sickly Sweet」は、タイトルからしてNewDadらしい二面性を持つ楽曲である。「甘すぎて気持ち悪い」という意味合いを含むこの言葉は、愛情や優しさが過剰になることで、むしろ不快感や不安を生む状態を示している。恋愛や親密さが、必ずしも心地よいものではないという感覚が、本曲の中心にある。
音楽的には、メロディの甘さとギターのざらつきが対比されている。歌のラインは比較的キャッチーで、ドリーム・ポップ的な柔らかさを持つ。しかし、その背後のサウンドは少し濁っており、タイトルの通り、甘さの中に腐敗や違和感が混ざる。
歌詞では、相手との関係における不快な親密さが描かれる。愛されることは望ましいはずなのに、それが重く感じられる。優しさが束縛に変わり、甘い言葉が自分を弱らせる。NewDadはこうした心理を、明確な説明ではなく、音の質感と短いフレーズで表現する。
この曲は、『MADRA』における愛の描き方をよく示している。ここでの愛は救済ではない。むしろ、自分の脆さや依存性を浮き彫りにするものとして現れる。甘いが気分が悪い。その感覚が、曲全体を支配している。
3. Where I Go
「Where I Go」は、居場所、逃避、移動、自己の不安定さを扱った楽曲である。タイトルは「私が行く場所」を意味するが、その言葉には目的地の確かさよりも、どこへ行けばよいのか分からない感覚が含まれている。NewDadの歌詞では、場所はしばしば心理状態の比喩として機能する。
サウンドは、浮遊感のあるギターとしっかりしたリズムが共存している。曲は前へ進むように聴こえるが、完全に開放されるわけではない。これは、移動しながらも自分の内面から逃れられない感覚とよく合っている。ギターの残響は広いが、その広さは自由よりも孤独を感じさせる。
歌詞では、どこかへ行くことによって自分を変えたいという願いが描かれる。しかし、場所を変えても感情はついてくる。逃げることは一時的な解放であり、根本的な解決ではない。NewDadの音楽には、このような若い世代の漂流感が強く刻まれている。
「Where I Go」は、アルバムの中でも比較的動きのある曲でありながら、根底には深い不安がある。外へ向かう曲でありながら、実際には内側へ沈んでいくような印象を残す。
4. Change My Mind
「Change My Mind」は、自分の考えや感情を変えたい、あるいは誰かに変えてほしいという願望をタイトルに持つ楽曲である。NewDadの歌詞では、自分の内面を自分で制御できない感覚がしばしば現れるが、この曲はそのテーマを直接的に扱っている。
音楽的には、暗いギター・ロックの骨格を持ちながら、メロディは非常に滑らかである。リズムは安定しており、曲全体は落ち着いて進むが、その中に小さな焦燥がある。声は抑えられているものの、言葉の奥には「このままではいられない」という切迫感がにじむ。
歌詞のテーマは、自己認識の変化への願いである。自分の考え方、相手への感情、過去への執着、自己嫌悪。それらを変えたいと思いながらも、簡単には変えられない。タイトルの「Change My Mind」は、能動的な決意であると同時に、どこか他者に委ねるような弱さも含んでいる。
この曲は、『MADRA』全体に流れる依存と自立の葛藤をよく示している。変わりたい。しかし、自分だけでは変われない。相手に変えてほしいが、相手に頼ることでまた傷つく。この循環が、NewDadの音楽の暗い魅力を生んでいる。
5. In My Head
「In My Head」は、アルバムの心理的な核心に近い楽曲である。タイトルは「頭の中」を意味し、外部の出来事よりも、自分の内側で増幅される不安や思考の反復が中心にある。NewDadの音楽は、しばしば外向きのギター・ロックの形式を持ちながら、歌詞の焦点は極めて内面的である。
サウンドは、反復的なギターと重めのベースが印象的で、思考が同じ場所を回り続ける感覚を音楽化している。曲は大きく展開するというより、内側の圧力を少しずつ高めていく。これは、頭の中で考えが膨らみ、抜け出せなくなる状態に近い。
歌詞では、自分の思考に閉じ込められる感覚が描かれる。実際には何も起きていなくても、頭の中では不安や後悔が何度も再生される。他者との関係においても、相手の言葉や態度を過剰に読み取り、自分で自分を追い込んでしまう。現代的な不安障害や抑うつの感覚にも通じるテーマである。
「In My Head」は、NewDadの音楽が単なるムードとしての暗さではなく、具体的な心理状態の描写に根ざしていることを示す一曲である。聴き手は、ギターの霞の中に、思考の閉塞感を感じ取ることができる。
6. Nosebleed
「Nosebleed」は、身体的なイメージが強い楽曲である。鼻血というタイトルは、痛み、衝撃、脆さ、身体の制御不能を連想させる。NewDadの歌詞では、精神的な苦しみがしばしば身体感覚として表れるが、本曲はその傾向を象徴している。
音楽的には、やや荒さのあるギターと、冷たいヴォーカルが対比されている。曲には緊張感があり、身体の内部から何かが破れるような感覚がある。シューゲイズ的な音の濁りは、ここでは夢見心地の美しさではなく、感覚の混乱や痛みを表すものとして機能している。
歌詞のテーマは、感情の圧力が身体に現れることにある。心の中で処理しきれないものが、鼻血のように突然外へ出てしまう。これは、怒りや不安を抑え込んできた結果としての身体的反応とも読める。NewDadの音楽では、感情は頭の中だけでなく、皮膚、血、呼吸、体温にまで染み出していく。
「Nosebleed」は、『MADRA』の中でも特に生々しい感触を持つ曲である。ヴォーカルは冷静に聴こえるが、タイトルとサウンドは明らかに身体の危うさを示している。この温度差が、曲の不穏さを強めている。
7. Let Go
「Let Go」は、手放すことをテーマにした楽曲である。タイトルは非常にシンプルだが、アルバム全体の流れの中では重い意味を持つ。『MADRA』には、依存、執着、自己嫌悪、過去への囚われが繰り返し描かれる。その中で「Let Go」は、それらから離れることへの願いを表す。
音楽的には、メロディが比較的開かれており、アルバム中盤に少しの呼吸を与える。しかし、完全な解放感があるわけではない。ギターの響きには依然として曇りがあり、ヴォーカルにも諦めとためらいが残る。手放すことは簡単な勝利ではなく、痛みを伴う過程として描かれている。
歌詞では、関係や感情を終わらせることの難しさが扱われる。人は傷つけられても、相手への愛着や記憶から離れられない。手放すべきだと分かっていても、身体や心はそれを拒む。NewDadはこの矛盾を、過度に劇的にせず、淡いメロディの中に閉じ込めている。
本曲は、アルバムの中で一種の転換点として機能する。ここで初めて、傷の中に留まるだけでなく、そこから離れる可能性が示される。ただし、その可能性はまだ弱く、確かなものではない。この不確かさがNewDadらしい。
8. Dream of Me
「Dream of Me」は、記憶、願望、他者の意識の中に残りたいという欲望をテーマにした楽曲である。タイトルは「私の夢を見て」とも、「私のことを夢に見て」とも受け取れる。そこには、相手の心の中に自分の痕跡を残したいという切実な願いがある。
音楽的には、ドリーム・ポップ的な柔らかさが強く表れている。ギターは霞み、声は遠くから聞こえるように響く。曲全体が夢の中のような質感を持つが、その夢は温かいだけではなく、どこか不安定で、目覚めた後に残る寂しさを含んでいる。
歌詞では、相手に忘れられることへの恐れが描かれる。関係が終わっても、相手の夢の中にだけは残りたい。これは愛情であると同時に、自己の存在確認でもある。誰かに覚えていてもらうことで、自分が確かに存在したと感じたい。その願いは美しくもあり、痛々しい。
「Dream of Me」は、『MADRA』の中でもNewDadの夢幻的な側面がよく出た楽曲である。しかし、その夢幻性は逃避ではなく、記憶と喪失の不安を包み込むための音響である。
9. White Ribbons
「White Ribbons」は、清潔さ、儀式、純粋さ、拘束を連想させるタイトルを持つ楽曲である。白いリボンは、祝福や無垢の象徴である一方で、何かを結びつけ、縛るものでもある。NewDadの世界では、こうした美しいイメージは常に二重の意味を持つ。
サウンドは、冷たく透明なギターと、抑制されたリズムが中心である。曲は大きく爆発するのではなく、淡々と進む。その静けさの中に、白いリボンが持つ不気味な清潔さが感じられる。美しいが、少し息苦しい。
歌詞のテーマは、理想化された関係や純粋さへの疑いとして解釈できる。人は関係に意味を与えるために、儀式や象徴を必要とする。しかし、その象徴が現実の痛みを隠してしまうこともある。白いリボンは、愛や約束を示すと同時に、相手や自分を縛るものにもなる。
この曲は、『MADRA』の中で象徴的なイメージを用いた重要曲である。NewDadの歌詞は直接的な告白だけでなく、こうした視覚的なモチーフによって感情を伝える。聴き手は白いリボンの美しさと不穏さの両方を感じることになる。
10. Madra
表題曲「Madra」は、アルバムの核心を担う楽曲である。アイルランド語で犬を意味するこの言葉は、本作全体の感情的な象徴として機能している。犬は愛されたい存在であり、忠実であり、同時に見捨てられることを恐れる存在でもある。人間関係における依存や従属、怒りと愛着の混在が、このタイトルに凝縮されている。
音楽的には、アルバムの中でも重さと暗さが強く、ギターの歪みとヴォーカルの冷たさが印象的である。曲は内側から圧力を増していき、聴き手を逃がさない。NewDadのシューゲイズ的なサウンドは、ここで最も心理的な重さを帯びる。
歌詞では、自分が誰かに対してどのように振る舞っているのか、あるいは誰かからどう扱われているのかが問われる。愛されたい、必要とされたい、しかし傷つけられるなら噛みつきたい。犬というイメージは、その複雑な感情を非常に的確に表している。
表題曲として「Madra」は、アルバム全体の暗い中心である。NewDadはここで、可愛らしさや無害さのイメージを拒み、自分たちの音楽にある不安定で攻撃的な側面を見せている。美しいドリーム・ポップの裏に潜む獣性が、この曲で明確になる。
11. Not My Cat
「Not My Cat」は、タイトルだけを見るとユーモラスで奇妙な印象を与える楽曲である。しかしNewDadの文脈では、この言葉にも距離、所有、愛着、責任の問題が含まれている。「私の猫ではない」という言葉は、何かに愛着を持ちながらも、それを自分のものとは言い切れない感覚を示している。
音楽的には、アルバムの中でも少し軽さがあるが、完全に明るい曲ではない。ギターは柔らかく、メロディは親しみやすい。しかし、その奥には曖昧な不安がある。NewDadは、日常的で少し変わったタイトルを使いながら、人間関係の複雑さを描くことができる。
歌詞では、責任を持てない関係、あるいは自分のものではないものに心を奪われる感覚が描かれているように響く。相手に対して愛着はあるが、所有することはできない。関係しているようで、完全には関係していない。この曖昧な距離感が、本曲の面白さである。
アルバム後半に置かれることで、「Not My Cat」は重くなりすぎた空気に少しの奇妙な軽さをもたらす。しかし、その軽さは単なる息抜きではなく、所有できない愛着というアルバム全体のテーマともつながっている。
12. Nosebleed / Let Go以降の感情の流れ
アルバム後半では、身体的な痛みを示す「Nosebleed」から、手放すことを願う「Let Go」、夢の中に残ろうとする「Dream of Me」、そして表題曲「Madra」へと、感情の流れがより濃くなる。NewDadは、劇的な物語を語るというより、感情の状態をいくつもの角度から描いている。
ここで重要なのは、アルバムが単純な回復の物語ではないという点である。傷つき、手放そうとし、なお記憶に残りたがり、また依存の象徴へ戻っていく。この循環が、人間関係における現実的な心理を表している。『MADRA』は、苦しみからきれいに抜け出すアルバムではなく、苦しみの中で自分の形を探るアルバムである。
13. エンディングへ向かう冷たい余韻
『MADRA』の終盤は、明るい救済ではなく、冷たい余韻を残す。NewDadの音楽は、美しいメロディと暗いサウンドを持つが、その美しさは慰めというより、痛みを包み込む薄い膜のように機能する。終盤に至っても、語り手は完全には解放されない。むしろ、自分の依存や孤独を理解し始めた段階で終わる。
この未解決感は、デビュー・アルバムとして非常に重要である。NewDadはここで、完成された結論ではなく、自分たちの音楽的・感情的な領域を提示している。『MADRA』は、答えよりも状態を描く作品であり、その状態の曖昧さこそが現代的である。
総評
『MADRA』は、NewDadがEP期に示してきたドリーム・ポップ/シューゲイズ的な美学を、より重く、より暗く、より明確なアルバム作品へと発展させたデビュー作である。霞がかったギター、低く抑制されたヴォーカル、メランコリックなメロディ、冷たいリズムが一体となり、若い世代の不安、孤独、依存、自己嫌悪を静かに描いている。
本作の魅力は、美しさと不快感の共存にある。「Sickly Sweet」という曲名が象徴するように、NewDadの音楽は甘美でありながら、どこか気分が悪くなるような感覚を持つ。愛されたい、覚えていてほしい、変わりたい、逃げたい、手放したい。しかし、それらの願いはまっすぐには叶わない。感情は濁り、関係は曖昧で、自己像は揺れ続ける。『MADRA』は、その不安定な状態を非常に的確に音楽化している。
音楽的には、シューゲイズ、ドリーム・ポップ、ポスト・パンク、オルタナティヴ・ロックの要素が自然に混ざっている。ギターは美しく広がるが、単なる雰囲気作りではない。歪みや残響は、心理的な圧迫や思考の混濁を表す。ベースは低く沈み、ドラムは過度に派手ではないが、曲に確かな輪郭を与える。全体として、音が感情の状態を説明するのではなく、感情そのものとして鳴っている。
Julie Dawsonのヴォーカルは、本作の最大の個性である。彼女の歌声は、感情を大きく表面化しない。むしろ、平熱に近いトーンで不安や痛みを歌う。そのため、楽曲は過剰なドラマではなく、日常的な抑うつや自己嫌悪として響く。これは現代のインディー・ロックにおける重要な表現であり、叫ぶのではなく沈むことで感情の深さを伝える方法である。
歌詞面では、愛と依存、記憶と自己消失、身体と精神の関係が繰り返し扱われる。「Madra」というタイトルが示す犬のイメージは、アルバム全体の鍵である。忠実でありたい、愛されたい、しかし傷つけられれば反応してしまう。従順さと野性、可愛らしさと攻撃性、依存と拒絶。この二面性が、NewDadの音楽に独特の緊張を与えている。
日本のリスナーにとって『MADRA』は、90年代シューゲイズやドリーム・ポップを好む層にも、現代インディー・ロックの内省的な感覚を求める層にも届きやすい作品である。Slowdive、The Cure、Cocteau Twins、The Cranberries、Wolf Alice、beabadoobee、Soccer Mommy、Alvvaysなどに関心があるリスナーには、NewDadの暗く澄んだ音像が響きやすいだろう。ただし、本作は単なる懐古的なシューゲイズ復興ではない。過去の音楽的語法を使いながら、2020年代の心理的な不安を描いている点に価値がある。
『MADRA』は、NewDadのデビュー・アルバムとして非常に完成度が高い。圧倒的な革新性よりも、サウンド、歌詞、ヴォーカル、アルバム・タイトルの象徴性を一貫させる力がある。美しく、冷たく、重く、傷ついている。NewDadは本作で、自分たちの音楽がどのような暗さを持ち、どのような感情に寄り添うのかを明確に示した。『MADRA』は、現代インディー・ロックにおける静かな痛みの記録である。
おすすめアルバム
1. Slowdive『Souvlaki』
シューゲイズ/ドリーム・ポップの代表的名盤。霞がかったギター、柔らかなヴォーカル、深いメランコリーが特徴で、『MADRA』の浮遊感や音の重なりを理解するうえで重要な作品である。NewDadのギター・サウンドにある夢幻性の源流として聴く価値が高い。
2. The Cure『Disintegration』
暗いロマンティシズム、広がりのあるギター、低く沈む感情が結晶した名盤。NewDadの音楽にある冷たいメランコリーや、愛と孤独の関係を理解するうえで有効である。『MADRA』の暗さに惹かれるリスナーには特に相性がよい。
3. The Cranberries『Everybody Else Is Doing It, So Why Can’t We?』
アイルランド発のオルタナティヴ・ロック/ドリーム・ポップの重要作。透明感のあるメロディと憂いを帯びたヴォーカルが特徴で、NewDadのアイルランド的な陰影やギター・ポップ性と比較して聴ける。暗さと親しみやすさのバランスが共通している。
4. Wolf Alice『Blue Weekend』
現代英国インディー・ロックにおいて、シューゲイズ、グランジ、ドリーム・ポップ、オルタナティヴ・ロックを柔軟に組み合わせた作品。感情の振れ幅と音像の多様さがあり、NewDadの『MADRA』が現代インディー・ロックの中でどのような位置にあるかを考えるうえで参考になる。
5. Alvvays『Blue Rev』
ギター・ポップ、ドリーム・ポップ、シューゲイズの要素を現代的な感覚で更新した作品。NewDadよりも明るく疾走感があるが、霞んだギターと切ないメロディの組み合わせに共通点がある。『MADRA』のメロディックな側面を好むリスナーに適したアルバムである。

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