イントロダクション
午後三時、ナッシュビルの強い日差しがカーテンの隙間から差し込み、埃が浮遊する。
その静かな部屋でソフィー・アリソン――すなわち Soccer Mommy は、ジャガーの弦を静かに鳴らし始める。
甘く歪んだコードと独白のような歌声は、聴き手の日常をそっと裏返し、青春の痛みやほの暗い欲望を柔らかなフィルムに焼きつける。
ローファイ宅録からスタートした彼女の楽曲は、いまやフェスの大舞台を包み込みながら、それでも“ベッドルームの親密さ”を失わない。
アーティストの背景と歴史
ソフィー・アリソンは 1997 年にテネシー州ナッシュビル郊外で生まれた。
教会の聖歌とカントリーラジオを並行して聴く幼少期を経て、12 歳でギターを手にし、コード進行と同じ速度で日記を綴る習慣が身につく。
ニューヨーク大進学後に Bandcamp へ宅録音源をアップし始め、2015 年『songs for the recently sad』が DIY ブログで話題に。
大学を一年で退学しナッシュビルへ戻ると、プロデューサーのゲイブ・ワックスと出会い、フルアルバム『Clean』(2018)でメジャーデビュー。
2020 年の『color theory』では 90 年代オルタナのざらつきを深掘りし、2022 年『Sometimes, Forever』では Oneohtrix Point Never を迎え、ダークウェーブ寄りの質感へ舵を切った。
2024 年末には新作 EP『sad girl tunes』をリリースし、“アナログシンセ×宅録ギター”という新機軸を打ち出している。
音楽スタイルと影響
Soccer Mommy の核は、「フィンガーピッキング → 歪み全開のサビ」という陰陽のコントラストだ。
コードはシンプルなメジャー/マイナーながら、サビ前にサスペンデッド4thを滑り込ませ、切なさを最大化。
リズム隊は 90 年代オルタナの土臭い 8 ビートを踏襲しつつ、ベースのダブルノートで浮遊感を付け足す。
影響源は Liz Phair の無防備な語り口、Elliott Smith の多重ハーモニー、さらに Avril Lavigne 初期のメロディック感覚。
そこにナッシュビルで吸ったカントリー的ストーリーテリングが染み込み、都会的ローファイの隙間から土の匂いが立ちのぼる。
代表曲の解説
Your Dog
躍動する2コードに“不健康な関係からの脱出”を重ね、〈I’m not a prop for you to use〉と吐き捨てる。
バンド全員で一斉にディストーションを踏むサビはライヴのカタルシス。
Circle the Drain
『color theory』期のシングル。
四つ打ちキックとコーラス付きギターが日差しのように広がるが、歌詞はうつ症状の自己観察。
明暗を同時に鳴らす彼女の真骨頂。
Shotgun
『Sometimes, Forever』を象徴するダークウェーブ路線。
808 スネアとパルスシンセの上で、恋愛の依存性を〈銃口をくわえる感覚〉の比喩で描写。
エンディングの反復リフが陶酔と危うさを両立させる。
rom com 2004
最新 EP からのリード曲。
カセットテープのノイズを意図的に残したビートと、甘酸っぱいオクターブベース。
題名通り 2000 年代ラブコメ映画のエンディングを思わせるが、歌詞は失恋後の空虚を淡々と綴る。
アルバムごとの進化
年 | 作品 | 特徴 |
---|---|---|
2016 | For Young Hearts (コンピ) | ベッドルーム録音。箱庭のようなローファイと日常の比喩 |
2018 | Clean | 生ドラム導入でバンド感が増幅。青春グローイングペインを鮮烈に描く |
2020 | color theory | 90s オルタナ/グランジリファレンスと、三色のテーマ(青=悲しみ、黄=健忘、灰=死)をコンセプトに |
2022 | Sometimes, Forever | Oneohtrix 参加でダークウェーブ/ドリームポップ領域へ。自己と世界の裂け目を覗く |
2024 | sad girl tunes EP | シンセと宅録ギターのミニマル対話。陽炎のような浮遊感 |
影響を受けたアーティストと音楽
- Liz Phair — 率直なリリックとローコード主体のギター
- Elliott Smith — 重ね合わせるハーモニーと陰影
- My Bloody Valentine — ノイズとメロディの溶解
-
Taylor Swift(初期) — 日記的な情景描写とカントリー発声
影響を与えたシーンへの波及
2020 年以降、US インディーでは“宅録ギター×ガールズグランジ”が再燃し、Momma や Blondshell といった若手が彼女のメロディ感覚を参照。
TikTok では〈#soccmomriff〉タグの下、ファンがアルペジオの耳コピ動画を投稿し、“内向きロック”が共感を呼ぶ。
オリジナル要素
- 3色コンセプト・ライティング
『color theory』ツアーで照明を青・黄・灰の3色に限定し、曲ごとに色調を切り替えて感情を可視化。 -
Google Drive デモ公開
制作初期のマルチトラックを期間限定で共有し、ファンがリミックス可能な“半オープンソース”形式を採用。 -
“Bedroom to Backstage” ワークショップ
女性・ノンバイナリー向けに宅録機材の使い方をオンライン配信、自らのDIY精神を共有するコミュニティを運営。
まとめ
Soccer Mommy の音楽は、曇り空の下で差し出されるぬるい缶コーラのように、ほんのり甘く、それでいて確かな錆の味がする。
ギターのノイズと囁く声、その背後に漂う沈黙までもが“青春期にしかない湿度”を帯びている。
新作EPで見せたシンセとの対話は、さらに広い夢の空間へドアを開きつつある。
彼女が次に届ける“ベッドルームからの手紙”を、静かに、しかし高鳴る心で待ちたい。
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