
発売日:1996年6月18日
ジャンル:ネオ・サイケデリア、サイケデリック・ロック、インディー・ロック、ガレージ・ロック、ドローン・ロック、シタール・ロック
概要
The Brian Jonestown Massacreの『Their Satanic Majesties’ Second Request』は、1996年に発表されたアルバムであり、1990年代アメリカのネオ・サイケデリアを語るうえで欠かせない作品である。バンド名がThe Rolling Stonesの創設者Brian Jonesと、1978年のJonestown集団死事件を組み合わせたものであることからも分かるように、The Brian Jonestown Massacreは最初からロック史の神話、破滅、反抗、悪趣味、引用を混ぜ合わせるバンドだった。その中心人物Anton Newcombeは、1960年代のサイケデリック・ロック、ガレージ・ロック、フォーク・ロック、インド音楽、ドローン、英国ロックの美学を、1990年代のインディー・ロックの文脈で再構築した。
本作のタイトルは、The Rolling Stonesの1967年作『Their Satanic Majesties Request』への明確な参照である。The Rolling Stonesの同作は、The Beatles『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』への対抗意識や、1967年のサイケデリック・ブームの空気を強く反映した作品として知られる。The Brian Jonestown Massacreは、そのタイトルを“Second Request”とすることで、1960年代サイケデリアをそのまま復元するのではなく、30年後の地下音楽として再召喚する姿勢を示している。つまり本作は、単なるオマージュではなく、サイケデリック・ロックの亡霊を1990年代のローファイなインディー空間に呼び戻すアルバムである。
『Their Satanic Majesties’ Second Request』の特徴は、非常に長い収録時間と、ゆるやかに続く夢のような構成にある。曲ごとの輪郭はあるものの、アルバム全体は一つのサイケデリックな旅のように流れる。シタール風の響き、タンバリン、反復するギター・リフ、リヴァーブのかかった声、ドローン的な持続音、ぼんやりとしたコーラスが重なり、1960年代後半のロックが持っていた東洋趣味、神秘主義、ドラッグ・カルチャー、退廃的なロマンティシズムが再構成されている。
ただし、本作は1960年代の完全な再現ではない。1990年代のThe Brian Jonestown Massacreには、The Velvet Underground以降の反復性、Spacemen 3やThe Jesus and Mary Chain以降のノイズ感覚、Primal ScreamやThe Stone Roses以降のサイケデリックなインディー・ロックの気配もある。音は時に粗く、演奏は完璧に整っているわけではない。しかし、その粗さが作品の魅力になっている。過去のロックを博物館的に保存するのではなく、現代の地下室で再び鳴らしているような感覚がある。
歌詞面では、愛、喪失、陶酔、依存、宗教的イメージ、自己破壊、幻覚的な逃避が繰り返し現れる。The Brian Jonestown Massacreの歌詞は、明確な物語を語るというより、ムード、断片、フレーズ、反復によって感情を作る。特に本作では、言葉そのものよりも、声が音像の一部として機能している場面が多い。これはサイケデリック・ロックにおいて重要な要素であり、歌詞の意味を追うだけでなく、声がどのように空間に溶け込むかを聴く必要がある。
1996年という時期を考えると、本作の存在は非常に興味深い。同時代のアメリカでは、グランジの余波、オルタナティヴ・ロックの商業化、ローファイ・インディー、シューゲイズ以後のギター音響、ブリットポップの影響が交差していた。The Brian Jonestown Massacreは、その中で主流の90年代ロックとは異なる方向へ進み、1960年代のサイケデリアをあえて過剰に引き受けた。結果として本作は、時代錯誤でありながら、むしろその時代錯誤性によって強い個性を獲得している。
全曲レビュー
1. All Around You (Intro)
「All Around You (Intro)」は、アルバムの入口として機能する短い導入曲である。タイトルが示すように、ここでは聴き手を包み込むような空気が作られる。通常のロック・アルバムのように、強いリフや明確な歌で始まるのではなく、サイケデリックな空間へ徐々に入っていくための扉として配置されている。
音楽的には、語りや音響の断片が、儀式の始まりのような役割を果たす。The Brian Jonestown Massacreは、本作全体を一種の体験として構成しており、このイントロはその姿勢を明確にする。アルバムは曲の集まりであると同時に、ひとつの幻覚的な流れでもある。
ここで重要なのは、“All Around You”という言葉の感覚である。サイケデリック音楽は、音が聴き手の前方から鳴るだけではなく、周囲を取り囲むように作用することを目指す。このイントロは、聴き手をその円環の中へ招き入れる役割を持つ。
2. Cold to the Touch
「Cold to the Touch」は、冷たさと親密さが交差する楽曲である。タイトルは「触れると冷たい」という意味を持ち、愛や身体的な接近の中にある拒絶、距離、死の気配を連想させる。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリック・ロックは、単に色彩豊かで幻想的なだけではなく、しばしば冷えた孤独を含んでいる。
サウンドは、ゆるやかなギター、反復するリズム、リヴァーブを帯びたボーカルによって構成されている。曲全体に漂うのは、熱狂的なガレージ・ロックではなく、少し遠くから鳴っているような夢の感触である。ボーカルは感情を直接訴えるというより、音の霞の中に沈み込む。
歌詞のテーマは、近づいても温度を感じられない相手、あるいは失われた関係に対する感覚として読める。触れるという行為は親密さを意味するはずだが、そこに冷たさがある。愛の不在、感情の凍結、またはドラッグ的な麻痺感が曲の中に漂っている。アルバム序盤において、甘美さだけでなく不穏さを提示する重要曲である。
3. Donovan Said
「Donovan Said」は、1960年代英国フォーク/サイケデリック・ポップの象徴的存在であるDonovanへの参照を含む楽曲である。Donovanは、柔らかなフォーク・ソング、東洋趣味、神秘主義、花の時代のロマンティシズムを体現したアーティストであり、The Brian Jonestown Massacreが本作で向き合う1960年代的イメージの中心に近い存在である。
音楽的には、フォーク・ロック的な優しいメロディと、サイケデリックな反復が結びついている。曲の響きは軽やかだが、単純な懐古にはならない。1990年代のインディー・ロックらしい粗さと、1960年代への憧れが同時に存在している。タンバリンやギターの質感には、明らかに過去への敬意がある。
歌詞では、Donovanという名が象徴的に使われ、過去の音楽、愛、夢、幻覚的な記憶が重ねられる。ここでのDonovanは実在の人物であると同時に、サイケデリックな時代精神そのものを指す記号でもある。「Donovan Said」は、本作がどのようなロック史の亡霊と対話しているのかを分かりやすく示す楽曲である。
4. In India You
「In India You」は、タイトルからも分かるように、1960年代サイケデリアにおけるインド趣味を強く想起させる楽曲である。The Beatles以降、シタールやインド音楽は西洋ロックにおける意識拡張、精神的探求、東洋への憧れの象徴となった。The Brian Jonestown Massacreは、その伝統をあえて正面から引き受けている。
サウンドには、シタール風の響きやドローン的な感覚があり、曲は直線的なロックンロールというより、反復と浮遊によって進む。音の揺らぎが重要で、曲は明確な目的地へ進むというより、同じ場所で回転しながら少しずつ意識を変えていく。
歌詞の内容は、インドという場所を具体的な地理として描くというより、精神的な逃避先、異文化的な幻想、自己変容の場として扱っているように響く。現代の視点では、西洋ロックにおけるインド表象にはオリエンタリズムの問題も含まれるが、本作ではその時代錯誤的なイメージも含めて、1960年代サイケデリック文化の再演として機能している。「In India You」は、本作の東洋趣味と陶酔感を象徴する楽曲である。
5. No Come Down
「No Come Down」は、タイトルからしてドラッグ体験や陶酔状態の持続を強く連想させる楽曲である。“come down”は高揚状態から現実へ戻ることを意味するが、ここではそれが「ない」とされる。つまり、落ちてこない、醒めない、現実に戻れない、あるいは戻りたくないという感覚が曲の中心にある。
音楽的には、反復するギターと浮遊するボーカルが、長く続く陶酔を表現している。曲は強い起伏よりも、持続するムードを重視している。The Brian Jonestown Massacreの音楽において、ドローン的な反復は非常に重要である。リスナーは曲を追うというより、音の中に滞在することになる。
歌詞では、高揚の持続と、その裏側にある危うさが感じられる。落ちてこないことは快楽である一方、現実へ戻れないことでもある。サイケデリック・ロックの歴史において、この陶酔と危険の二重性は常に重要だった。「No Come Down」は、その感覚を直接的にタイトル化し、アルバム全体のドラッグ的な時間感覚を強める楽曲である。
6. (Around You) Everywhere
「(Around You) Everywhere」は、冒頭の「All Around You」と呼応するようなタイトルを持つ楽曲であり、アルバム全体に循環する包囲感、遍在感をさらに広げる。誰かの周囲に、あるいは聴き手の周囲に、音や記憶や愛がどこまでも広がっているという感覚がある。
サウンドは、柔らかいギターの響きとリヴァーブによって、空間的な広がりを作っている。曲は比較的穏やかだが、どこか催眠的である。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリアは、大きな爆発よりも、反復によって聴き手の感覚を少しずつ変えていくタイプのものが多い。
歌詞では、相手の存在がどこにでもあるように感じられる状態が描かれる。これは恋愛の陶酔とも読めるし、失われた相手の記憶に取り囲まれる感覚とも読める。サイケデリックな文脈では、自我と外界の境界が曖昧になり、すべてが相互に浸透するような感覚でもある。「(Around You) Everywhere」は、アルバムの円環的な構成を支える楽曲である。
7. Jesus
「Jesus」は、宗教的イメージを正面からタイトルに掲げた楽曲である。The Brian Jonestown Massacreの音楽では、キリスト教的な言葉や救済のイメージが、しばしばサイケデリックな陶酔や破滅的なロックンロール神話と混ざり合う。この曲も、純粋な信仰告白というより、救いへの憧れと退廃が交差する楽曲として響く。
音楽的には、ゆったりとしたテンポと浮遊感のある音像が特徴である。ボーカルは祈りのようでもあり、酩酊した独白のようでもある。ギターの響きは柔らかいが、曲全体にはどこか影がある。宗教的な光と、現実の暗さが同時に存在している。
歌詞では、Jesusという名が救済、赦し、痛み、孤独の象徴として機能する。サイケデリック・ロックにおける宗教的イメージは、しばしば制度的な信仰ではなく、意識の変容や自己喪失と結びつく。この曲でも、救われたいという願望はあるが、その救いが本当に来るのかは分からない。「Jesus」は、本作に霊的な陰影を与える重要曲である。
8. Before You
「Before You」は、相手と出会う以前の自分、あるいは相手の前に立つ自分を想起させるタイトルを持つ楽曲である。The Brian Jonestown Massacreのラブソングは、しばしば明確な関係描写よりも、出会いの前後で意識が変わるような感覚を描く。この曲も、そのような変化の歌として聴くことができる。
音楽的には、比較的メロディアスで、サイケデリックな音像の中にもポップ・ソングとしての輪郭がある。ギターの反復と淡いボーカルが、記憶の中を歩くような雰囲気を作る。曲は大きく盛り上がらず、淡々と進むが、その抑制がかえって印象を残す。
歌詞では、相手の存在によって過去が変化して見える感覚が描かれる。誰かと出会うと、その前の自分が遠い存在のように感じられることがある。「Before You」は、その時間の断絶を静かに歌う楽曲であり、アルバムの中で親密な情感を担っている。
9. Miss June ’75
「Miss June ’75」は、具体的な年月をタイトルに含む楽曲であり、1975年6月という過去のある時点を想起させる。The Brian Jonestown Massacreは1960年代サイケデリアに強く影響を受けているが、このタイトルには70年代的な退廃や雑誌文化、失われた美のイメージも含まれているように響く。
音楽的には、甘く霞んだメロディと、ガレージ・サイケ的な質感が混ざっている。曲には懐かしさがあるが、それは明るいノスタルジアではなく、少し色あせた写真を眺めるような感覚である。ボーカルも遠く、人物の輪郭ははっきりしない。
歌詞では、Miss Juneという人物が、過去の美しさや記憶の象徴として現れる。1975年という年号が加わることで、その人物は現在の誰かではなく、過去に閉じ込められたイメージとなる。サイケデリック・ロックはしばしば時間を歪ませるが、この曲では過去が現在へ幽霊のように戻ってくる。「Miss June ’75」は、本作のノスタルジックで退廃的な側面をよく表している。
10. Anemone
「Anemone」は、本作の中でも特に知られた楽曲であり、The Brian Jonestown Massacreの代表曲のひとつとして語られることが多い。タイトルのアネモネは花の名前であり、美しさ、儚さ、風に揺れるイメージを持つ。同時に、海の生物であるイソギンチャクを連想させる場合もあり、柔らかく漂う存在感が曲の雰囲気とよく合っている。
音楽的には、ゆったりしたグルーヴ、シタール風の響き、酩酊したボーカル、反復するメロディが組み合わされ、アルバムの陶酔感を最も美しく結晶させている。曲はドラマティックな展開を持つわけではないが、同じムードが持続することで強い中毒性を生む。まさにサイケデリック・ロックの魅力が凝縮された楽曲である。
歌詞では、愛、依存、喪失、陶酔が曖昧に重なる。相手を求める気持ちはあるが、その感情は健康的なロマンスというより、少し危険で、酔ったような親密さを帯びている。声ははっきりと宣言するのではなく、音の中で溶けていく。「Anemone」は、The Brian Jonestown Massacreの美しさと退廃が最も分かりやすく表れた名曲である。
11. Baby (Prepraise)
「Baby (Prepraise)」は、短い小品的な楽曲であり、次の流れへ向かう前の導入として機能する。タイトルにある“Prepraise”は、何かを賛美する前段階、あるいは祈りや儀式の準備のような響きを持つ。The Brian Jonestown Massacreは、アルバム全体を曲と曲の連なりとしてだけでなく、断片的な儀式のようにも構成している。
音楽的には、短く、空気を変える役割が大きい。メロディや歌詞の完全な展開よりも、ムードの連結が重視される。こうした小品があることで、アルバムは単なるロック・ソング集ではなく、サイケデリックな連続体として感じられる。
歌詞やタイトルに含まれる“Baby”は、親密な呼びかけであると同時に、ロックンロールの古典的な言葉でもある。The Brian Jonestown Massacreは、このようなありふれた言葉を、リヴァーブと反復の中で再び奇妙なものに変えている。
12. Feelers
「Feelers」は、感覚器官、触覚、探りを入れるものを連想させるタイトルを持つ楽曲である。サイケデリック音楽において、感覚は非常に重要なテーマである。見ること、触れること、感じることが通常の状態から変化し、世界との境界が曖昧になる。この曲は、そのような感覚の拡張を示すように響く。
サウンドは、反復するギターとゆるいリズムによって、少しずつ感覚を開いていくような構成である。曲は派手ではないが、じわじわと聴き手を引き込む。The Brian Jonestown Massacreの強みは、単純なコードやリフを長く持続させることで、音楽的な催眠を作る点にある。
歌詞では、相手や世界へ手を伸ばす感覚が暗示される。触角のように外界を探り、自分の周囲に何があるのかを確かめる。しかし、その対象は明確にはつかめない。「Feelers」は、本作の中で感覚的・身体的なサイケデリアを担う楽曲である。
13. Bad Baby
「Bad Baby」は、タイトルからして親密さと悪さが結びついた楽曲である。“Baby”はロックやポップにおける古典的な愛称だが、そこに“Bad”が加わることで、誘惑、反抗、危険な魅力が生まれる。The Brian Jonestown Massacreの恋愛表現には、しばしば甘さと毒が同居している。
音楽的には、ガレージ・ロック的なざらつきと、サイケデリックな揺らぎが組み合わされている。曲には少し不良っぽい軽さがあり、アルバムの中でもロックンロール的な側面が見える。ボーカルは力強く叫ぶというより、酩酊した距離感を保ちながら歌われる。
歌詞では、危険な相手への惹かれ方、あるいは自分自身の悪さを投影した人物像が描かれる。ここでの“Bad Baby”は、恋愛対象であると同時に、ロックンロール的な破滅の象徴でもある。甘い呼びかけの中に不穏な魅力がある一曲である。
14. Cause I Love Her
「Cause I Love Her」は、タイトル通り愛の理由を直接的に掲げた楽曲である。The Brian Jonestown Massacreの作品の中では、比較的ストレートなラブソングのように見えるが、実際にはその単純さの中にサイケデリックな曖昧さがある。愛しているから、という理由は明快である一方、そこから何が起こるのかは不確かである。
サウンドは、柔らかくメロディアスで、アルバムの後半にロマンティックな陰影を与える。ギターは淡く鳴り、ボーカルは遠い場所から響く。曲は大きなサビで感情を爆発させるのではなく、愛という言葉を反復的なムードの中に溶かしていく。
歌詞では、相手への愛が中心にあるが、それは幸福な確信というより、依存や諦めも含む感情として響く。The Brian Jonestown Massacreの愛の歌は、しばしば救いと破滅の境界にある。「Cause I Love Her」は、その境界を静かに示す楽曲である。
15. (Baby) Love of My Life
「(Baby) Love of My Life」は、古典的なラブソングのようなタイトルを持つ楽曲である。「人生の愛」という表現は非常に大きく、永遠性や運命を連想させる。しかしThe Brian Jonestown Massacreの音楽では、その言葉は純粋なロマンティック賛歌というより、過去のポップ・ミュージックの言葉をサイケデリックな霞の中で再利用しているように響く。
音楽的には、ゆるやかで、淡い陶酔感を持つ。曲は明確な感情の起伏よりも、ムードの持続を重視する。甘いタイトルとは対照的に、音像には少し遠さがあり、愛の対象は手の届かない場所にいるように感じられる。
歌詞では、強い愛情が歌われるが、それは確かな現実というより、記憶や幻覚の中の愛に近い。人生の愛と呼ばれる存在が、実際にはすでに失われているのか、まだ目の前にいるのかは曖昧である。この曖昧さが、曲に甘さだけではない深みを与えている。
16. Slowdown (Fuck Tomorrow)
「Slowdown (Fuck Tomorrow)」は、タイトルからして本作の退廃的な時間感覚を象徴する楽曲である。“Slowdown”は速度を落とすこと、“Fuck Tomorrow”は明日への拒絶、未来への無関心を示す。これは、サイケデリックな現在への没入、快楽主義、あるいは自己破壊的な刹那性を端的に表している。
音楽的には、ゆったりとしたリズムと反復が中心で、タイトル通りスローダウンした時間を作る。曲は前へ急がず、停滞すること自体を美学にしている。1990年代のロックにおいて、速度や攻撃性を重視する音楽が多かった中で、このような遅さと酩酊感は、The Brian Jonestown Massacreの大きな個性である。
歌詞では、明日を考えず、今の感覚に身を委ねる姿勢が表れる。しかし、それは単なる自由ではなく、未来を拒絶する危うさも含む。サイケデリックな陶酔は、現実からの解放であると同時に、現実への帰還を困難にする。「Slowdown (Fuck Tomorrow)」は、本作の快楽と破滅の二重性を強く示す楽曲である。
17. Here It Comes
「Here It Comes」は、何かが近づいてくる感覚を表すタイトルを持つ楽曲である。それが愛なのか、啓示なのか、破滅なのか、ドラッグの効果なのかは明確ではない。The Brian Jonestown Massacreのサイケデリック・ロックでは、このような「何かが来る」という予感が非常に重要である。
音楽的には、アルバム終盤に向かう流れの中で、反復と高揚が組み合わされている。曲は大きく爆発するというより、じわじわと到来の感覚を作る。リズムとギターの持続が、避けられない何かが近づいてくるような緊張を生む。
歌詞では、到来するものへの期待と不安が重なる。待ち望んでいるのか、恐れているのか、その境界は曖昧である。サイケデリック体験において、未知のものの接近は快楽でも恐怖でもある。「Here It Comes」は、アルバムの終盤にふさわしい予兆の楽曲である。
18. All Around You (Outro)
「All Around You (Outro)」は、アルバムの冒頭と呼応し、作品全体を円環として閉じる終曲である。イントロで聴き手を包み込んだ音の世界は、ここで再び現れ、アルバムが一つのサイケデリックな儀式であったことを示す。始まりと終わりが同じ言葉を共有することで、本作は直線的な物語ではなく、循環する体験として完成する。
音楽的には、終わりというより、音が遠ざかっていくような感覚がある。聴き手は現実へ戻されるが、その戻り方ははっきりしていない。まだ音が周囲に残っているような余韻があり、“All Around You”という言葉が最後まで作用する。
このアウトロは、アルバムの主題をよく示している。本作の音楽は、聴き手の前に置かれるものではなく、周囲を取り囲むものとして設計されている。サイケデリックな旅は終わるが、その残響は消えない。「All Around You (Outro)」は、長いアルバムを夢のように閉じる役割を果たしている。
総評
『Their Satanic Majesties’ Second Request』は、The Brian Jonestown Massacreのディスコグラフィの中でも、サイケデリック・ロックへの偏愛が最も全面的に表れた作品のひとつである。The Rolling Stones『Their Satanic Majesties Request』への参照を掲げながら、本作は1960年代後半の幻想、東洋趣味、ドラッグ的な陶酔、宗教的イメージ、ガレージ・ロックの粗さを、1990年代のインディー・ロックとして再構築している。
本作の魅力は、徹底したムードの持続にある。楽曲ごとに強いシングル性を求めるアルバムではなく、全体を通してサイケデリックな空間へ浸る作品である。「Anemone」のように単体で際立つ曲もあるが、真価はイントロからアウトロまで通して聴いたときに現れる。音の反復、霞んだボーカル、東洋的な響き、ゆるいリズムが連続し、アルバム全体が一つの長い夢のように感じられる。
音楽的には、The Rolling Stones、The Beatles、Donovan、The Byrds、The Velvet Underground、13th Floor Elevatorsなどの影響が明確である。しかし、The Brian Jonestown Massacreは単なる復古バンドではない。彼らの音には、1990年代の地下インディーらしい粗さ、自己破壊的な雰囲気、完璧に整えられていない危うさがある。そこが本作を単なる60年代サイケデリアの模倣ではなく、別の時代に生まれ直した奇妙な作品にしている。
歌詞面では、愛や陶酔、宗教的救済、逃避、喪失が繰り返される。だが、それらは明確な物語として語られるのではなく、音響の中に溶け込む。Anton Newcombeの声は、しばしば歌詞を伝達するための声というより、全体の酩酊感を作る楽器のように機能する。そのため、本作を聴く際には言葉の意味を一つひとつ追うだけでなく、声がどのように空間を漂うかを聴くことが重要である。
一方で、本作には過剰さもある。長い収録時間、似た質感の反復、意図的な時代錯誤性は、聴き手によっては冗長に感じられるかもしれない。しかし、その過剰さこそがThe Brian Jonestown Massacreの美学でもある。コンパクトに整理された名曲集ではなく、サイケデリックな意識の中で時間感覚を変えるためのアルバムである。冗長さと陶酔は、本作において切り離せない。
日本のリスナーにとって本作は、1990年代以降のネオ・サイケデリアを理解するうえで重要な一枚である。1960年代ロックへの参照が非常に濃いため、The Rolling Stones、The Beatlesのサイケ期、The Byrds、Donovan、Velvet Underground、Spacemen 3、Primal Scream、The Jesus and Mary Chainなどに関心があるリスナーには入りやすい。一方で、録音や演奏の粗さ、長い酩酊感は、主流ロックとは違う聴き方を求める。
『Their Satanic Majesties’ Second Request』は、過去のサイケデリアを現代の地下で再び鳴らしたアルバムである。そこには美しさ、悪趣味、陶酔、引用、自己破壊、宗教的な影、愛の残骸が混ざり合っている。整った名盤というより、長い幻覚の記録である。The Brian Jonestown Massacreというバンドの危うい魅力を知るうえで、避けて通れない作品である。
おすすめアルバム
1. The Brian Jonestown Massacre『Take It from the Man!』
1996年発表のアルバム。よりガレージ・ロック色が強く、The Rolling Stonesや1960年代R&Bロックへの傾倒が前面に出ている。『Their Satanic Majesties’ Second Request』のサイケデリックな側面に対し、こちらはより荒々しいロックンロールとしてのThe Brian Jonestown Massacreを聴くことができる。
2. The Brian Jonestown Massacre『Methodrone』
1995年発表の作品。シューゲイズ、ドローン、スペース・ロックの影響が強く、Spacemen 3やMy Bloody Valentine以降の音響的なサイケデリアと接続している。『Their Satanic Majesties’ Second Request』よりも暗く、浮遊感の強いアルバムである。
3. The Rolling Stones『Their Satanic Majesties Request』
1967年発表のアルバム。本作のタイトルの直接的な参照元であり、1960年代サイケデリック・ブームの中でThe Rolling Stonesが実験的な方向へ踏み込んだ作品である。比較することで、The Brian Jonestown Massacreがどのように過去のサイケデリアを再解釈したかが分かる。
4. Spacemen 3『The Perfect Prescription』
1987年発表の重要作。ドローン、ミニマルな反復、ドラッグ的な陶酔、ガレージ・ロックの要素を結びつけたネオ・サイケデリアの名盤である。The Brian Jonestown Massacreの反復的で酩酊した音像を理解するうえで非常に関連性が高い。
5. The 13th Floor Elevators『The Psychedelic Sounds of the 13th Floor Elevators』
1966年発表のサイケデリック・ロック初期の代表作。ガレージ・ロックの荒々しさと幻覚的な思想が結びついた作品であり、The Brian Jonestown Massacreの音楽的な源流のひとつとして聴くことができる。

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