アルバムレビュー:The Brian Jonestown Massacre by The Brian Jonestown Massacre

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2019年3月15日

ジャンル:サイケデリック・ロック、ネオサイケデリア、スペース・ロック、ガレージロック

概要

The Brian Jonestown Massacreのセルフタイトル作『The Brian Jonestown Massacre』は、アントン・ニューコム率いるこのバンドの長いキャリアを踏まえたうえで聴くと、きわめて示唆的な作品である。1990年代以降のネオサイケデリアを代表する存在として語られてきたこのグループは、しばしば60年代サイケデリック・ロックの再解釈者として認識される。実際、The Rolling StonesThe Velvet Underground、The 13th Floor Elevators、Love、My Bloody Valentine、Spacemen 3、さらにはクラウトロックやシューゲイザーの影響までを独自に撹拌しながら、反復、ドローン、陶酔感、退廃、メロディの甘さを同時に成立させてきた。だが、本作は単なる“いつものBJM”として消費するには惜しい。ここには、アントン・ニューコムが長年培ってきた作曲感覚、音響美学、そしてバンドというフォーマットに対する距離感が、かなり洗練された形で結実している。

The Brian Jonestown Massacreは、90年代のオルタナティヴ以降の文脈にありながら、同時代的な潮流に従うことをほとんど目的としてこなかった。そのため彼らの作品群は、流行との距離を保ちながら独自の時間感覚を持っている。特に2000年代以降の作品では、初期の荒々しいガレージ感やドラッグ的混沌をそのまま維持するのではなく、より内省的で、より持続的なトランス感覚へとシフトしていった。本作はその延長線上にありつつ、同時にメロディの明瞭さ、アレンジの整理、音像の開放感が際立っている。サイケデリック・ロックというジャンルはしばしば“拡散”や“逸脱”と結びつけられるが、このアルバムではむしろ、拡散と構築が高いレベルで均衡している。

セルフタイトル作という形式も意味深い。デビュー作でも転機作でもない段階で自らの名を冠したアルバムを出すことは、再定義あるいは再提示のジェスチャーとして読める。本作におけるThe Brian Jonestown Massacreは、初期の神話化されたカオスを反復するのではなく、「現在の自分たちは何者か」を静かに提示しているように聞こえる。そこには若さゆえの破滅的ロマンは以前ほど前景化していないが、その代わりに、経験を経た作り手にしか出せない粘り強い深みがある。アントン・ニューコムの歌は依然として仄暗く、少し距離を置いた響きを保っているが、その冷たさがかえって作品全体の没入感を高めている。

音楽的には、ドローンの持続、タンバリンやリバーブの揺らぎ、シンプルなコード進行の反復、単音リフの催眠性、そして曖昧な輪郭を持つヴォーカルが、BJMらしい陶酔感を形作っている。ただし本作は、完全なノイズの奔流やローファイな混濁に身を委ねるタイプの作品ではない。むしろ、各曲の骨格は比較的明瞭で、メロディもこれまで以上に整理されている。結果として、サイケデリックでありながら聴きやすく、しかし決してポップに単純化されすぎないという、絶妙なバランスが生まれている。

歌詞世界には、アントン・ニューコムらしい終末感、疎外感、精神の浮遊、政治や文明への間接的な違和感、そして愛や喪失の曖昧な影が漂う。BJMの歌詞は明確な物語を描くというより、フレーズや反復、音の感触によって心理状態を形作ることが多い。本作でもその傾向は強く、リスナーは意味を一つに固定するというより、響きの中に身を置きながら感情の輪郭を掴んでいくことになる。この点で本作は、サイケデリック・ロックの伝統に忠実でありながら、現代的なリスニング環境にもよく適応している。集中して聴いてもよいし、長い夜に流し続けてもよい。だが、いずれにせよ音はじわじわと侵入してくる。

キャリア上の位置づけとしては、本作は後期BJMの充実を示す重要作である。初期名盤『Methodrone』『Their Satanic Majesties’ Second Request』『Take It from the Man!』のような伝説的作品群に比べると、歴史的衝撃の大きさでは控えめに見えるかもしれない。しかし、バンドが長く生き延びた結果として手にした“持続するサイケデリア”の美しさは、本作で非常に明瞭に表現されている。これは懐古ではない。むしろ、過去の様式を保持しながら、それを現在進行形の音楽として更新し続ける姿勢の表れである。ネオサイケデリアがしばしばスタイルの模倣に陥る中で、The Brian Jonestown Massacreが依然として強い説得力を持つ理由が、このアルバムには刻まれている。

全曲レビュー

1. Can’t Get Out of My Head

オープニング・トラックとして非常に示唆的な一曲であり、タイトルの時点で反復や執着、精神のループといった本作の重要な感覚を提示している。楽曲はBJMらしい反復的なギターのフレーズと淡いドローン感覚から始まり、派手に展開するというより、じわじわと空間を満たしていく。ここで重要なのは、“頭から離れない”という言葉が単なるラヴソング的な執着だけでなく、記憶、不安、時代感覚、あるいは言葉にならないノイズのようなものまで含意しているように聞こえる点である。ヴォーカルは感情を露骨に表出せず、半ば夢見心地のまま言葉を置いていくが、その距離感がかえって不穏な余韻を生む。アルバム全体の入口として、BJMの現在地を端的に示す好スタートである。

2. Do Rainbows Have Ends

本作の代表曲のひとつであり、メロディの強さとサイケデリックな浮遊感のバランスが特に優れている。タイトルが示す「虹には終わりがあるのか」という問いは、希望や幻影、理想の有限性をめぐる詩的なテーマとして読める。音楽的には、1960年代由来のサイケポップ的な親しみやすさを持ちながら、BJM特有の靄がかかった音像によって、単なるレトロ趣味に落ちていない。リフは穏やかに反復され、タンバリンやギターの揺らぎが曲に柔らかな推進力を与える。歌詞の意味は開かれているが、その曖昧さがむしろ普遍的で、失われるもの、届かないものに対する感覚を繊細に浮かび上がらせる。アルバムの中でも特に入口になりやすい曲である。

3. That Girl Suicide

タイトルには挑発的な強さがあるが、楽曲自体はセンセーショナルに煽るというより、むしろ退廃と危うさを静かになぞるような手触りを持つ。BJMにおいてはしばしば、美しさと破滅性が同居するが、この曲はその性質が色濃い。ギターは繊細に波打ち、リズムは前に出すぎず、どこか距離のある音像が全体を包む。歌詞の細部は断片的に響くが、若さ、消耗、自己破壊、あるいは他者を見つめる冷ややかな視線が重なって聞こえる。タイトルの直接性に対し、音があまりにも淡く、夢のように流れていくため、かえって不安定さが強調される。BJMの持つ危険なロマンティシズムがよく表れた一曲である。

4. Tombes Oubliées

フランス語のタイトルが印象的な楽曲で、本作における異国情緒と時間感覚の歪みを象徴している。「忘れられた墓」とも読めるこの題名は、記憶、死、歴史の堆積といったモチーフを想起させ、BJMのサイケデリアを単なる享楽ではなく、幽霊的なものへと引き寄せる。サウンドもまた、通常のロック・ソングの線的な進行というより、風景の中に立ちのぼる気配のように構成されている。音数は過剰ではないが、残響の扱いが巧みで、聴いていると輪郭がぼやけた空間の中に引き込まれる。こうした曲がアルバムに置かれることで、本作は英米ロックの引用集にとどまらず、より広いヨーロッパ的感触や映画的陰影を持つ作品となっている。

5. We Never Had a Chance

アルバムの中でも比較的ストレートに喪失感を伝える楽曲。タイトルの「そもそもチャンスなどなかった」という断定は、恋愛における断絶としても、時代に対する諦念としても読める。BJMの歌詞は多義的であることが多いが、この曲では言葉の響き自体に終わりの感触が濃く宿っている。サウンドは甘くメロディアスで、最初は穏やかな印象を与えるが、その穏やかさこそが諦めの深さを際立たせている。大仰に嘆くのではなく、すでに何かが失われた後の静けさを鳴らしているような曲であり、その冷えた感情表現がBJMらしい。後期のアントン・ニューコムが、激情ではなく持続する余韻で感情を描けることを示す佳曲である。

6. Too Sad to Tell You

タイトル通り、「君に伝えるには悲しすぎる」という状態を歌った、きわめて内省的なナンバー。ここでは悲しみがドラマティックに爆発するのではなく、言葉になる手前で止まり続ける。その感覚が、抑制されたヴォーカルと静かなアレンジに深く結びついている。ギターの響きは柔らかいが、明るさではなく陰影を帯びており、メロディも心地よいのにどこか晴れない。BJMの美点の一つは、感情を直接説明しすぎず、音の手触りそのものに感情を染み込ませる点にあるが、この曲はその典型といえる。サイケデリック・ロックでありながら、派手なトリップ感よりも、感情の霞のようなものを聴かせる一曲である。

7. Remember Me This

本作の中盤に置かれたこの曲は、記憶と存在の問題を静かに掘り下げる。タイトルの「こんなふうに僕を覚えていて」というニュアンスは、自己神話化、別れの挨拶、あるいは消えゆく者の願いとして響く。BJMはしばしば歴史や過去のロックの亡霊と共に鳴るバンドだが、この曲ではその“記憶されること”自体がテーマになっているようにも聞こえる。音楽的には、ドリーミーなギターと整ったリズムが比較的明瞭な形で進行し、アルバムの中では親しみやすい部類に入る。ただし、その親しみやすさの内側には、失われることを前提とした切なさがある。単なるノスタルジーではなく、記憶そのものの不安定さを感じさせる点が印象的である。

8. Fudge

タイトルの軽さに比して、サウンドは不穏さと気怠さを含んだ興味深い曲。BJMはしばしばシリアスと戯れ、深刻さと冗談の境目を曖昧にするが、この曲にもその感覚がある。リフはシンプルで反復的、リズムは粘着性があり、明るく跳ねるというより、ゆるく引きずるように進んでいく。そのため、曲全体にわずかな酩酊感が漂う。歌詞は明快なメッセージを打ち出すというより、音の流れの中で断片的に作用し、意味と響きの境界を曖昧にする。こうした曲が挿入されることで、アルバムはあまり整いすぎず、BJM本来の“少し危うい遊び”を保っている。セルフタイトル作であっても、過度に真面目な自己定義へ向かわない点にこのバンドらしさがある。

9. Cannot Be Saved

本作後半の重要曲であり、タイトルが示す救済不能性は、BJMの世界観の核心にかなり近い。「救われない」という断定は宗教的にも心理的にも社会的にも読めるが、この曲ではそれが誇張された絶望というより、淡々とした事実のように提示される。そこがこの曲の強みである。サウンドも劇的な破局へ向かわず、一定のテンポとトーンを保ちながら、じわじわと閉塞感を強めていく。ヴォーカルの距離感は一貫していて、激情を演じない。そのため逆に、諦念や不可逆性の感触が強く残る。BJMが終末感を扱うとき、それは世界の崩壊を大仰に描くのではなく、日常の延長として聞こえることが多いが、この曲はその好例である。

10. A Word

アルバム終盤に置かれたこの曲は、タイトルのシンプルさが逆に印象的である。「ひと言」という最小単位のコミュニケーションがテーマであるなら、それは語りすぎないBJMの歌詞美学とも通じている。実際、曲は大きな展開や過剰な装飾を避け、最小限のフレーズと反復によって雰囲気を作っていく。ギターの揺れ、奥行きのある残響、少し乾いたリズムが重なり、静かな集中力を生んでいる。歌詞は断片的で、すべてを説明しないが、その余白が聴き手に解釈の空間を与える。アルバム後半におけるこの種の簡潔な曲は、全体の流れを引き締める役割も果たしており、BJMのソングライティングが単なるムード頼みではないことを示している。

11. I Don’t Know

終盤において非常に象徴的なタイトルを持つ楽曲。“分からない”という言葉は、BJMの音楽に通底する不確実性、断定拒否、曖昧さの美学を端的に表している。サイケデリック・ロックはしばしば意識拡張や真理探究と結びつけられるが、BJMのサイケデリアはむしろ、明確な答えに至らない状態を持続させる。音楽的にもこの曲は、どこか宙吊りのような感覚を持ち、落ち着いているのに着地点が定まらない。メロディは穏やかで耳に残るが、感情の輪郭は最後まで曖昧なままだ。アントン・ニューコムのヴォーカルは、知っている者の語りではなく、漂流しながら呟く者の声として響く。この控えめな不確実性が、アルバム終盤の空気を非常にBJMらしいものにしている。

12. Tale of Two

アルバムを締めくくるこの曲は、タイトルからして二項対立や分裂、鏡像関係を思わせる。二人の物語なのか、二つの状態の対比なのか、あるいは自己の内部の分裂なのか、解釈は一つに定まらない。しかし、そうした揺らぎこそがBJMにふさわしい終わり方でもある。サウンドは静かな余韻を重視しており、劇的なフィナーレというより、作品全体で形成されてきたトランス感覚をじわりと解いていく。ここではアルバム全体のテーマ——記憶、執着、喪失、曖昧さ、終わらない反復——が、あからさまに回収されるわけではない。むしろ、何かを残したまま去っていく。その未完の感触が本作の美学に合っている。セルフタイトル作の最後として、自己定義よりも余韻を選ぶ締め方は実にBJM的である。

総評

『The Brian Jonestown Massacre』は、The Brian Jonestown Massacreというバンドの後期的成熟を示す重要作である。初期作品のような伝説性や混沌、ロック史的な“事件性”を期待すると、最初は控えめに聞こえるかもしれない。しかし本作の価値は、そうした神話的イメージから一歩引いた場所で、BJMの本質がどれほど持続的で強靭なものかを示している点にある。ここには、サイケデリック・ロックの様式を借りた懐古趣味ではなく、長年その語法を生き続けてきた者だけが到達できる、落ち着いた深みがある。

音楽的には、反復とメロディの均衡、ドローンと歌心の共存、曖昧な歌詞と具体的な感情のにじみ方が非常に巧みである。BJMらしい靄がかった音像は健在だが、それは単なる“雰囲気”として機能するのではなく、各曲の構造や感情表現を支える重要な装置になっている。本作はサイケデリックでありながら聴きやすく、しかし簡単には消費しきれない余白を持つ。そのバランスこそが、このアルバムの大きな強みだろう。

また、本作はネオサイケデリアというジャンルそのものの可能性も示している。60年代の引用に終わらず、90年代的なオルタナティヴ感覚を経由し、さらに2010年代以降の持続可能なサイケデリアへと更新していく。そのプロセスが自然な形で音になっているため、本作はジャンル・ファンだけでなく、インディー・ロック、ドリームポップ、シューゲイズ、スペース・ロックのリスナーにも開かれている。

The Brian Jonestown Massacreの入門としては、初期作の方が歴史的重要度では上位に来るかもしれない。しかし、“現在のBJM”を知るうえでは、本作は非常に優れた一枚である。アントン・ニューコムの作家性、バンドの持続力、そしてサイケデリック・ロックがなお現代において有効な表現形式であり得ることを、静かだが確かな説得力で証明している。派手な自己主張より、持続する残響によって自らを定義したセルフタイトル作として、本作はきわめて誠実で、そしてBJMらしいアルバムである。

おすすめアルバム

  • The Brian Jonestown Massacre『Methodrone』

初期BJMの代表作で、シューゲイズとサイケデリアが濃密に交差する作品。本作のドローン感覚の源流を知るのに最適である。
– The Brian Jonestown Massacre『Their Satanic Majesties’ Second Request』

60年代サイケの引用と脱構築が極めて豊かな名盤。BJMの歴史的評価を理解するうえで欠かせない。
– Spacemen 3『The Perfect Prescription』

反復、陶酔、ミニマリズムの美学という点で、本作と深い共通性を持つネオサイケの重要作。
– The Verve『A Storm in Heaven』

サイケデリックな浮遊感と英国的陰影が際立つ一枚。BJMのメランコリックな側面を好むリスナーに相性が良い。
– Wooden Shjips『Back to Land』

モダンなスペース/サイケデリック・ロックとして高い完成度を持ち、反復と開放感のバランスが本作と通じている。

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