1. 歌詞の概要
「Tisched Off（ティッシュト・オフ）」は、Bartees Strange（バーティーズ・ストレンジ）が2023年に発表した楽曲であり、彼の鋭く観察的な視点と、インディー・ロック業界に対する強烈な批評性が込められた、アグレッシブかつ挑発的な一曲である。
タイトルの「Tisched Off」は、ニューヨーク・タイムズのコラムニストで、音楽業界で大きな影響力を持つJon Caramanicaが属する**Tisch School of the Arts（ティッシュ芸術学部）**やその象徴的なエリート文化を皮肉る造語と捉えられ、「ピリついている」「キレている（ticked off）」という意味もかけられていると考えられる。
この曲は、音楽業界の中で白人中心の構造が暗黙のうちに温存されている現実や、ブラック・アーティストが自らの声を正当に評価されない状況に対するフラストレーションを、激しいビートとラップ、ノイジーなサウンドを交えて表現している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bartees Strangeは、黒人アーティストとしてインディー・ロックという“主に白人の文化”とされてきた領域に乗り込み、その構造自体を問い続けてきた存在である。「Tisched Off」は、そんな彼が感じてきた音楽メディア、評論家、業界内の“無意識のバイアス”に対して、初めて公然と怒りをぶつけたようなトラックでもある。
この曲は、単なる不満の吐露ではなく、「なぜブラック・アーティストが同じように評価されないのか？」「なぜロックは“白いもの”だと無意識にされているのか？」という、根深い問いを突きつけるラディカルなメッセージを持っている。
サウンド面でも、Barteesのルーツであるハードコア、パンク、エレクトロニカ、ヒップホップが渾然一体となっており、形式的にも内容的にも“ジャンルからの逸脱”という彼の美学が貫かれている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You can’t be punk from nowhere, right?
田舎から来たやつがパンクなんて、ありえないんだろ？They only love you when you’re dead or getting clicks
奴らは、お前が死んだときか、バズったときしか褒めてくれないThey don’t want us here
俺たちがここにいることを、あいつらは望んでないThey want the sound, not the source
奴らが欲しいのは“音”だけ、本質やルーツには興味がないSay I’m too loud, say I’m too Black
「声が大きすぎる」「黒すぎる」ってさ
歌詞引用元：Genius Lyrics – Tisched Off
4. 歌詞の考察
この曲の核心は、インディーミュージックというシーンが掲げる“多様性”という看板と、その実態とのギャップを暴くことにある。「They want the sound, not the source（音は欲しいが、出どころは無視）」という一節は、アフリカン・アメリカンの音楽的貢献を無視し、表面的に“ブラックカルチャーのエッセンス”だけを消費する白人中心の音楽業界を痛烈に批判している。
「Too Black」「Too loud」といったフレーズは、過去にBartees自身が実際に言われたであろう評価やレッテルの再現であり、そこには彼自身の怒りと皮肉がにじんでいる。これらは単なる不満ではなく、ブラック・アーティストが直面する“文化的コントロール”や“過剰な規範意識”への抗議の声でもある。
また、「パンク」や「インディー」の本質は、ルールからの逸脱であるはずなのに、それすらも“誰が語るか”によって選別されてしまうという逆説が、歌詞全体に流れている。Barteesはこの曲で、“ジャンルそのものの皮を剥ぎ”、その裏にある偏見と支配構造をあぶり出す。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Don’t Touch My Hair by Solange
見た目や文化を都合よく消費する社会に対する鋭い批評を、美しいサウンドに包んだ作品。 - F.U.B.U. by Solange
“これは黒人のための音楽だ”と明言する、力強いオウンボイスの賛歌。 - DNA. by Kendrick Lamar
アイデンティティ、血統、社会的ステレオタイプを激しく肯定する、自我の爆発的表明。 - Black Me Out by Against Me!
体制や抑圧に対する怒りを叫ぶ、トランスジェンダーの視点からのパンク・アンセム。
6. “ルールなんて、俺の声で壊してやる”
「Tisched Off」は、Bartees Strangeというアーティストが、“静かな怒り”ではなく“明確な異議申し立て”を選んだ瞬間の記録である。そしてそれは、単なるエモーショナルな爆発ではなく、歴史と構造を理解し尽くしたうえでの冷静なカウンターでもある。
この曲は、「誰が語っていいのか」「誰が主役でいられるのか」を問い直す。Barteesは、音楽シーンの多様性が“見せかけのもの”になっていないかを鋭く指摘し、自らの声でその建前を打ち砕く。
怒りに満ちたビートの中に込められているのは、“ここにいてもいいと証明してみせる”という決意であり、それこそが本物のパンクスピリットである。「Tisched Off」は、Bartees Strangeの最も怒っていて、最も自由な声が響く瞬間なのだ。
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