1. 歌詞の概要
「Straight Up and Down」は、The Brian Jonestown Massacre(以下BJM)が1996年にリリースしたアルバム『Take It from the Man!』のオープニングを飾る楽曲であり、バンドの核となるサイケデリック・ガレージロックの美学が剥き出しになった、混沌と快楽の祝祭曲である。
歌詞は非常に断片的で、リフレインされるフレーズが中心となっており、意味よりも響き、詩的構造よりも陶酔的ループを重視している。タイトルの“Straight Up and Down”は、文字通りには「真っ直ぐ上下に」という意味だが、ここでは感情や意識の乱高下、あるいはドラッグ体験の浮遊と墜落を暗示する言葉として響いてくる。
この楽曲は、“何かが狂い始める瞬間”のエネルギーをそのまま音にしたような構造を持っており、反復されるギター・リフ、騒がしいパーカッション、叫ぶようなヴォーカルが、リスナーの意識を次第に高揚させていく。歌詞の意味を考えるよりも、音の洪水に身を任せることが、この曲における正しい“聴き方”なのかもしれない。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Straight Up and Down」は、BJMが1996年にリリースした3枚同時期アルバム群の中でも最もロックンロール色が濃い『Take It from the Man!』の1曲目として収録されている。このアルバムは、The Rolling Stonesの初期作品やThe Byrds、The Kinksなどへの強烈なオマージュに満ちており、アントン・ニューコム率いるBJMが“サイケデリックだけでなく、本気でロックンロールを鳴らすこと”を目的に制作されたとされる。
本作において「Straight Up and Down」は、まさにその意図を体現する楽曲であり、オープニングに相応しいラフで粗野でありながら恍惚感のある構成を持っている。楽曲後半に向けての展開はどこか儀式的で、トランスのようなリズムが支配し、**“理性と混乱の境界線を踏み越える感覚”**をリスナーに与える。
また、この曲は2010年代以降にHBOドラマ『Vinyl(ヴァイナル)』のテーマ曲として再注目されたことで、世代を超えて再評価されることになった。ミック・ジャガーとマーティン・スコセッシが手掛けた同ドラマにおいて、70年代ロックの空気を現代的に再現する象徴的楽曲として選ばれたのは、BJMの音楽が“本物の幻覚性”を持っているからだと言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
英語原文:
“Yeah, I’m gonna do it straight up and down
I’m gonna do it all the way”
日本語訳:
「そうさ、俺はとことんやってやる
どこまでも、まっすぐに突き進むんだ」
引用元:Genius – Straight Up and Down Lyrics
この繰り返されるフレーズは、自信と無鉄砲さ、そして制御不能なエネルギーを象徴するものである。それは、何かを訴えるのではなく、“状態そのもの”を表す言葉であり、歌詞の意味以上に、ヴォーカルのテンションや演奏の荒々しさの中にこそ、本質が宿っている。
4. 歌詞の考察
この楽曲において、“言葉”はもはや意味を伝達するための手段ではない。むしろ、繰り返しと音の断片が、感情や精神状態の“ループ”そのものを象徴している。「Straight Up and Down」とは、上下の繰り返し=ハイとロー、覚醒と昏睡、官能と無感動を交互に往復する現代の意識の状態を、あえてリリカルにではなく、“生理的に”提示する方法なのだ。
そしてそれは、単なるドラッグ・カルチャーの模倣ではない。むしろBJMにおいては、混乱と快楽を音としてパッケージ化し、それ自体が芸術表現となる。この曲の反復性、暴力的なシンバルの連打、声のうねりは、心の中のカオスと完全にリンクする。まるで、聴き手自身の意識が“上がって”“落ちて”を繰り返すように。
このようにして「Straight Up and Down」は、“意味のないもの”に美を見出す哲学を体現している。
ロックンロールは時に、何も語らないことで、最も多くを語ることがあるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “I Wanna Be Your Dog” by The Stooges
プリミティヴで破壊的なロックの象徴。ループするギターと原始的衝動が近い。 - “Citadel” by The Rolling Stones
60年代後期ストーンズのサイケ期を代表する混沌と反復のサウンド。 - “Revolution” by Spacemen 3
トランス的反復とラウドなギターで、“意識の上昇と崩壊”を描いた名曲。 - “Sister Ray” by The Velvet Underground
無限に続くような即興的展開が、無秩序と官能の交差点を映す。 - “Come Together” by Primal Scream
90年代以降のサイケとダンスを繋いだ祝祭的サウンド。陶酔と覚醒のはざま。
6. ノイズと反復の“ロック・マニフェスト”
「Straight Up and Down」は、The Brian Jonestown Massacreというバンドの姿勢——つまりロックを“状態”として鳴らすという哲学を、これ以上ないほど純化した一曲である。
この曲において、メッセージや構造は最小限に削ぎ落とされ、エネルギーそのもの、反復のリズム、音の波動だけが残されている。
それはある意味で、ノイズ=祝祭=存在証明という、極めて原始的で力強い音楽の在り方だ。
この曲を聴くということは、理性のスイッチを切り、肉体と精神をロックの律動に明け渡すことなのだ。
「Straight Up and Down」は、音楽でありながら、体験そのものである。
目を閉じ、リズムに浸れば、あらゆる上下、あらゆる浮沈の感覚が、音の中に呼吸していることに気づくだろう。
それこそが、The Brian Jonestown Massacreが90年代に提示した、**ロックの“現在形”**だったのである。
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