1. 歌詞の概要
「Mustang」は、ワシントンD.C.を拠点とするアーティスト、Bartees Strange（バーティーズ・ストレンジ）が2020年に発表したフルレングス・デビューアルバム『Live Forever』に収録された楽曲であり、そのダイナミックなサウンドと政治的・個人的なメッセージ性によって、彼の名を一気に知らしめた代表作である。
この曲のタイトル「Mustang」は、オクラホマ州にある保守的な小都市の名前であり、Bartees自身が育った場所でもある。この「マスタング（Mustang）」という言葉は、単なる地名であると同時に、“抑圧と解放”という本楽曲の主題を象徴する比喩でもある。
歌詞では、彼のアイデンティティ――アフリカ系アメリカ人であり、パンキッシュで、インディーロックを愛するという、いわばジャンルにも文化にもフィットしきれない“越境性”――に向けられた外部からの視線や抑圧、そしてその中で自分らしさを守ろうとする心の叫びが描かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bartees Strangeは、黒人アーティストが伝統的に少ないインディーロックシーンのなかで、ジャンルの垣根を自在に越えたサウンドと、深いリリシズムで注目されてきた。「Mustang」は、そうした彼の音楽的背景と社会的視点が濃密に結実した楽曲である。
彼が少年期を過ごしたオクラホマの小さな町 Mustang は、極めて保守的な空気を持ち、そこでは黒人として生きることや“変わり者”でいることは簡単ではなかった。Arctic MonkeysやInterpolのようなバンドに夢中だった彼は、自分の居場所を音楽の中に見出そうとしたが、それすらも「黒人らしくない」と周囲から指摘されてしまう。そうした背景が、「Mustang」という楽曲の根幹を成している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I don’t think you do
君はたぶん、わかってないI don’t think you know what I’ve been through
僕が何を経験してきたかなんてAll my black friends were into punk
僕の黒人の友だちは、みんなパンクに夢中だったAnd I was too afraid to say that I liked you
僕はただ、君のことが好きだって言うのが怖かったI’ve been going through
いろんなことが、今まであったんだMustang, just to feel something
何か“感情”を取り戻すために、マスタングを駆け抜けた
歌詞引用元：Genius Lyrics – Mustang
4. 歌詞の考察
「Mustang」は、個人のアイデンティティと社会的抑圧との間にある緊張を見事に描いた作品である。Bartees Strangeは、黒人としてインディーロックを演奏することの孤独、表現における「黒さ」と「ロック」の間の違和感を、率直に言葉にしている。
この曲が強烈なのは、彼がその痛みを“怒り”だけでなく、“愛”や“傷つきやすさ”と共に描いているところにある。たとえば「君のことが好きだった。でも怖かった」という一節には、マスキュリニティや文化的役割への問いが潜んでおり、Barteesのリリックは常に個人と社会の境界を往復する。
また、“Mustang”という地名が、彼にとっては“自由な大地”ではなく“閉塞の象徴”になっている点も象徴的だ。その空間を、彼は今や音楽を通じて再定義している。過去に居場所を与えてくれなかった街を、今は彼自身の声とビートで鳴らし、そこに“感情”を取り戻していく。まさに、傷を刻みながらも前へと進む歌である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Seasons (Waiting on You) by Future Islands
感情の変化と個人の内面を、エネルギッシュかつ繊細に歌い上げる傑作。 - Blood on the Leaves by Kanye West
過去と現在、痛みと怒りが交錯する、ジャンルを越えた政治的音楽の代表作。 - Black Dog by Arlo Parks
個人的な痛みとやさしさが同居する繊細な楽曲。抑圧された感情への共感が共通項。 - Me and Your Mama by Childish Gambino
感情の爆発と切望をソウルフルに描いた、構成と展開が印象的なラブ／アイデンティティソング。
6. “境界を越える音楽と、過去を乗り越える意思”
「Mustang」は、ジャンルを横断し、文化的ステレオタイプを壊しながら、自らの出自と誠実に向き合うBartees Strangeの信念が刻まれた楽曲である。それは単なる自己表現ではなく、“表現する自由を勝ち取る”ためのアクトでもある。
この曲が響くのは、決してマイノリティだけではない。“理解されなかったことがある”“自分の好きなものを堂々と言えなかった”――そんな経験のあるすべての人が、「Mustang」という名の街を、心の中に持っているからだ。
Bartees Strangeはその街を、自分の歌声で乗り越えていく。「Mustang」はその一歩目、そして“他の誰にも属さない自由”への疾走である。だからこの曲は、心の奥にある小さな声を、誰よりも大きく響かせてくれるのだ。
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