発売日: 1980年4月26日
ジャンル: パンク・ロック、ロカビリー、アメリカーナ、ポストパンク
概要
『Los Angeles』は、ロサンゼルス出身のバンドXが1980年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
アメリカ西海岸パンクの地平を切り拓いた、荒削りで文学的なパンクの金字塔である。
プロデュースは元The Doorsのレイ・マンザレク。
その影響もあって、本作は攻撃的なロックンロールと詩的なリリック、
そして危うさと美しさが背中合わせになったカリフォルニアの裏側を描いている。
UKのセックス・ピストルズやクラッシュとは異なり、Xの音楽はよりアメリカ的で、
ロカビリーやカントリー、ブルースの文脈を土台に持つ。
しかし、ジョン・ドウとエクシーン・セルヴェンカによる男女ツインボーカルの緊張感と疾走感は、
そのルーツを決して懐古主義に終わらせることなく、
**“今そこにある破壊と情熱”として響かせている。
全曲レビュー
1. Your Phone’s Off the Hook, But You’re Not
電話は切られているのに、心はつながっていない――という人間関係のズレをタイトルにした名オープニング。
ギターリフとドラムのスピード感が光る、まさに西海岸パンクの幕開け。
2. Johnny Hit and Run Paulene
性的暴力とドラッグを題材にしながらも、乾いたストーリーテリングと不協和なコーラスで、
単なる告発や美化とは異なる、暗い現実のスナップショットを提示する。
3. Soul Kitchen(The Doorsカバー)
プロデューサーであるレイ・マンザレクにちなむ形で、Doorsのカバーを収録。
X流に荒く歪ませたこのバージョンは、60年代のサイケデリアを80年代の暴走する若者たちが飲み込んだ感覚を伝える。
4. Nausea
“吐き気”というタイトル通り、社会に対する嫌悪感と自己否定が入り混じる。
どこか病的でありながらも、エクシーンのヴォーカルには不思議な知性と美が宿る。
5. Sugarlight
ドラッグと夜の街をテーマにしたパンク・ブギー。
ギターが跳ね、ボーカルが絡む様は、バンドとしてのグルーヴとバラバラさの絶妙なバランスを象徴している。
6. Los Angeles
タイトル曲にして、本作の魂とも言えるトラック。
移民、暴力、アイデンティティの揺らぎ、分断、破壊と再構築――
あらゆるカオスを内包する“ロサンゼルス”という都市そのものを描いた異色の名曲。
パンクでありながら語りのようなリリックが、詩のようであり、スローガンのようでもある。
7. Sex and Dying in High Society
上流階級の堕落と虚無をテーマに、文化批評とパンクの暴力性が結びついた異色の一曲。
リズムは不安定で不協和音的、歌詞は鋭く刺さる。
8. The Unheard Music
音楽とは何か、声とは何か、語られないものは何か――
メタ的な視点で自分たちの表現を見つめ直す自己批評的トラック。
構成は変化に富み、アルバム中最も実験的。
9. The World’s a Mess; It’s in My Kiss
“世界はめちゃくちゃだ、それはキスの中にある”――
パンク的破壊衝動と、詩人のような官能性が同居するアルバムのクロージング。
ギターのノイジーさとエクシーンの囁きが、パンクのなかにロマンチシズムを注入して終幕する。
総評
『Los Angeles』は、Xというバンドが**“攻撃的でありながら繊細、粗暴でありながら詩的”という
二面性を全編にわたって体現した名盤であり、
同時に西海岸のパンクに文学性とアメリカーナの土壌を持ち込んだ革新的作品**でもある。
当時のLAシーンにおいては、Black FlagやGermsのようなよりハードコアな流れもあったが、
Xはあくまで詩とメロディの力で壊し、築くバンドだった。
その姿勢は、のちのR.E.M.やSonic Youth、さらにはPixiesにも通じるものがある。
何より本作は、“ロサンゼルス”という都市の名を冠しながら、
そこで生きる“誰でもない者たち”の詩を鳴らすアルバムなのだ。
おすすめアルバム
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The Gun Club / Fire of Love
ブルースとパンクを融合させたLAの異端的傑作。 -
Patti Smith / Horses
詩とパンクの融合という点で、最も明確な先駆者。 -
The Stooges / Fun House
Xに通じる野生性と反骨のロックンロールの原点。 -
The Cramps / Songs the Lord Taught Us
ロカビリーとパンクの奇妙な合体、Xのエネルギーと同類。 -
Fear / The Record
LAパンクのもう一つの顔。より攻撃的な切り口でロサンゼルスを描く。
特筆すべき事項
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本作は1980年代初頭のLAパンクシーンの幕開けを象徴する作品であり、
のちにローリング・ストーン誌やNMEでも“最も重要なパンクアルバム”の一つとして選ばれている。 -
プロデュースを務めたレイ・マンザレクは、Doors以来初めてロックプロジェクトに関与したことでも話題となり、
そのオルガン演奏が一部の楽曲でも聴かれる。 -
エクシーンは後に詩集を発表し、“パンクの詩人”としてのキャリアを展開するなど、
音楽における言葉の力を信じ続けた姿勢が、本作にも深く刻まれている。
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