発売日: 2023年3月31日（アルバム『Ride Or Die』収録）
ジャンル: インディーロック、オルタナティヴロック、エモーショナルポップ
概要
『Iron Lung』は、イギリス・ブライトン出身のデュオ、ARXXによるアルバム『Ride Or Die』収録曲であり、
抑えきれない感情の圧迫感と、そこから抜け出したいという切実な願いを描き出した、
アルバム終盤の重要な感情的ピークを担う楽曲である。
タイトルの”アイアン・ラング（Iron Lung）”は、呼吸困難に陥った患者をサポートするための鉄製人工呼吸器を指す言葉。
ここでは比喩として、自分自身を縛りつけ、自由を奪うような感情の重荷を象徴している。
『Iron Lung』は、ARXXの持ち味である荒々しいギターワークと、
パワフルなヴォーカルが緊密に絡み合い、
窒息しそうなほどの密度をもったエモーションをリスナーに突きつける一曲である。
全曲レビュー
Iron Lung
曲は、不穏なギターリフと硬質なドラムのビートから始まる。
最初から空気が張りつめており、まるで狭い空間に閉じ込められたような緊張感を生み出している。
リリックでは、
「助けを求めたいのに言葉が出ない」「外に出たいのに身体が動かない」といった、
精神的な圧迫感と無力感が赤裸々に描かれる。
“Breathing’s not the same when you’re trapped in your own brain”（自分の頭の中に閉じ込められたら、呼吸さえまともにできない）
というラインが、特に強烈な印象を残す。
サウンドは中盤にかけて一層ヘヴィになり、
ギターはうねりを増し、ドラムは心拍数を追い詰めるようなタイトさを強める。
ボーカルもまた、抑制された低音から徐々に叫びへと変化し、
感情の爆発に向かって一気に加速していく。
終盤では、わずかに光が差し込むようなサウンドの解放が訪れるが、
それは決して完全な救済ではない。
むしろ、痛みを抱えたまま、それでも呼吸しようとする小さな決意のように響く。
総評
『Iron Lung』は、ARXXの”エモーションをむき出しにする力”が最も強く発揮された楽曲のひとつである。
彼女たちは、感情の重圧を恐れず、むしろそれを全身で受け止め、
音楽という形で真正面から放出してみせる。
だからこそ、『Iron Lung』には飾り気のない切実さがあり、
聴く者にとっても、自らの抑圧された感情を解き放つカタルシスとなりうる。
サウンド面では、ガレージロックのラフな衝動を基盤にしながらも、
構成は非常に緻密で、感情の高まりに合わせて緩急をつけるダイナミズムが秀逸だ。
『Iron Lung』は、閉塞感の中でもがきながら、それでも生きようとするすべての人に捧げられた、
力強く、そしてどこか優しさを感じさせる一曲なのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Wolf Alice『Visions of a Life』
感情の激しさとサウンドの緩急自在な展開が、『Iron Lung』と響き合う。 - Soccer Mommy『Sometimes, Forever』
内面の闇を繊細かつダイナミックに描く手腕が共通する。 - Daughter『Not To Disappear』
孤独と閉塞感を重厚なサウンドで描いたインディーロック作品。 - Big Thief『U.F.O.F.』
感情の微細な動きを、オーガニックなサウンドで表現する点に親近感がある。 - Paramore『This Is Why』
現代的な不安や葛藤を、鋭いロックサウンドで描き出す手法が共鳴する。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Iron Lung』は、ARXXがツアー中に感じた”外の世界にいながら孤立している感覚”からインスピレーションを得た楽曲である。
日々移動しながらも、どこにも安らげる場所がない──そんな感覚が、
この曲の閉塞感と爆発的なエモーションの源泉となっている。
レコーディングでは、できる限り”生”の感情を封じ込めるため、
一発録りに近いスタイルが採用され、過度な修正は加えられていない。
この”不完全さのリアリティ”こそが、『Iron Lung』に独特の切迫感を与えているのである。
コメント