
1. 歌詞の概要
Not Alone は、ブライトンを拠点に活動するデュオ、ARXXが2023年に発表した楽曲である。
ARXXは、Hanni PidduckとClara Townsendによる2人組。
ギター、ドラム、シンセ、強いボーカルを軸に、インディーロック、オルタナティブ、ポップの境界を軽やかに飛び越えていくバンドだ。
Not Alone は、デビューアルバム Ride Or Die に収録されている。Apple Musicでは、Ride Or Die は2023年3月31日リリース、全12曲、Submarine Cat Recordsからの作品として掲載されている。Not Alone はアルバム3曲目に収録されている。Apple Music – Web Player
曲の中心にあるのは、誰かを失った後の複雑な感情である。
ひとりではない。
周りには大切な人がいる。
自分を愛してくれる人もいる。
それでも、本当に隣にいてほしい人だけが、そこにいない。
この曲は、その矛盾を歌っている。
孤独ではないのに、満たされない。
愛されているのに、罪悪感がある。
誰かと一緒にいるのに、心だけが別の場所を向いている。
Not Alone というタイトルは、一見すると前向きな言葉に見える。
「私はひとりじゃない」という宣言のように聞こえる。
けれど、曲を聴くと、その言葉は単純な救いではない。
むしろ、言えば言うほど空白が浮かび上がる言葉なのだ。
私はひとりじゃない。
でも、あなたとは一緒にいない。
この落差が、曲全体を貫いている。
ARXXのサウンドは、ここで非常に鮮やかに機能している。
ギターは鋭く、リズムは前へ進む。
シンセは光を散らすように鳴り、ボーカルは感情を押し隠さない。
歌詞だけを読めば、かなり痛みの深い曲である。
けれど音は沈み込まない。
むしろ、胸の中にある後悔や寂しさを、車の窓を開けて風にぶつけるような勢いがある。
悲しいのに、走れる。
苦しいのに、声を上げられる。
それが Not Alone の大きな魅力である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Not Alone は、ARXXのデビューアルバム Ride Or Die と深く結びついた楽曲である。
Dorkのトラックページでは、Not Alone は Ride Or Die 収録の3曲目で、リリース日は2023年5月11日、長さは2分46秒、ジャンルはAlternative/Indie Popとして紹介されている。Readdork
一方で、Apple Musicではアルバム Ride Or Die 全体が2023年3月31日にリリースされた作品として掲載されている。Apple Music – Web Player
このため、Not Alone は2023年にアルバム収録曲として発表され、その後トラック単位でも取り上げられた楽曲と捉えるのが自然だ。
また、少し紛らわしい点として、ARXXには2021年に Not Alone But Not With You という楽曲もある。Bandcampではこの曲が2021年6月8日にリリースされたことが確認できる。ARXX
今回扱う Not Alone は、それとは別の2023年の Ride Or Die 収録曲である。
背景を知るうえで重要なのは、ARXX自身がこの曲をかなり具体的な感情から説明していることだ。
Sport Playlistsの記事では、Not Alone は「人生を振り返る曲」であり、窓を開けたロングドライブに合う曲であり、恋しい相手へ送る曲でもあると紹介されている。さらにHanniは、愛する人たちに囲まれているのに、別の誰かを恋しく思ってしまう悲しみや罪悪感について語っている。Sport Playlists
この説明は、曲の核心をかなり正確に照らしている。
Not Alone は、単純な失恋ソングではない。
恋人を失った歌とも読めるし、友人や家族、もう戻ってこない誰かを思う歌とも読める。
大切なのは、対象が誰であるかよりも、その人が「ここにいない」という事実である。
周囲には人がいる。
優しさもある。
愛もある。
それなのに、心は別の名前を呼び続けている。
その状態は、とても説明しづらい。
なぜなら、客観的に見れば孤独ではないからだ。
誰もいないわけではない。
むしろ誰かはそばにいる。
だからこそ、寂しさを言葉にすると少し申し訳なくなる。
今そばにいてくれる人に対して、失礼な気がしてしまう。
Not Alone には、その罪悪感がある。
ARXXは、もともとパンクやガレージロックの勢いを感じさせるバンドとして注目されてきた。
しかし Ride Or Die では、そのエネルギーを保ちながら、より磨かれたポップソングへと音を広げている。
Sport Playlistsは、Ride Or Die について、以前の作品がよりパンク的なざらつきや怒り、混沌を持っていたのに対し、このアルバムではより成熟し、磨かれた作風が見られると評している。Sport Playlists
Not Alone は、まさにその変化をよく示す一曲である。
荒々しさはある。
でも、ただ暴れるだけではない。
メロディは強く、コーラスは開けていて、感情の置き場所がはっきりしている。
ライブハウスで拳を上げられる曲でありながら、ひとりで夜に聴くと胸を刺す。
その二重性が、この曲を特別にしている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲で抜粋する。
歌詞の確認には、Dorkの歌詞掲載ページを参照できる。Dorkでは、Not Alone の歌詞がLRCLIB提供として掲載されている。Readdork
I know I said it was nothing > > I just wish that was true
和訳:
何でもないって言ったのは分かってる > > ただ、それが本当だったらよかったのに
この短いフレーズには、曲の痛みが凝縮されている。
語り手は、一度は自分の感情を小さく扱おうとしている。
「何でもない」と言った。
あるいは、そう言うしかなかった。
けれど本当は、何でもなくなかった。
忘れられない。
平気ではない。
自分でも処理できないほど、その人の不在が大きい。
もうひとつ、曲の核心を示すフレーズがある。
But I’m not alone > > But I’m not with you
和訳:
でも私はひとりじゃない > > でもあなたとは一緒にいない
ここに、Not Alone という曲のすべてがある。
孤独ではないことと、寂しくないことは同じではない。
誰かに愛されていることと、求めている人がそばにいることも同じではない。
この曲は、その違いをまっすぐに見つめている。
歌詞の中で語り手は、自分の感情を整理しきれていない。
言うべきではないことを言ってしまう。
忘れようとして時間を使いすぎる。
頭の中がぐるぐる回り、どこから話せばいいのか分からなくなる。
それでも、曲は進む。
その進み方がいい。
傷ついたまま立ち止まるのではなく、傷を抱えたまま走っている。
そのスピードが、ARXXの音楽らしさなのだ。
引用元:Dork, Not Alone Lyrics — ARXX
歌詞提供:LRCLIB
収録作:Ride Or Die
レーベル:Submarine Cat Records
歌詞著作権:各権利者に帰属
4. 歌詞の考察
Not Alone の歌詞で最も印象的なのは、感情の矛盾をそのまま置いている点である。
普通のポップソングなら、もう少し分かりやすい構図を作るかもしれない。
ひとりで寂しい。
あなたが恋しい。
だから戻ってきてほしい。
しかし Not Alone は、そこまで単純ではない。
語り手はひとりではない。
そのことを自分でも分かっている。
おそらく周囲には、支えてくれる人がいる。
けれど、それがかえって苦しい。
なぜなら、誰かがいてくれるほど、別の誰かの不在が浮かび上がるからだ。
空っぽの部屋でひとり泣くよりも、にぎやかな部屋の中で急に寂しくなる方が、場合によってはつらい。
笑い声が聞こえる。
会話もある。
グラスがぶつかる音もする。
それなのに、自分の心だけが別の場所へ抜け落ちている。
この曲の「not alone」は、安心の言葉であると同時に、残酷な確認でもある。
私はひとりじゃない。
だから、本当なら大丈夫なはずだ。
なのに、どうしてこんなに苦しいのか。
その問いが、曲の内側でずっと鳴っている。
また、この曲には罪悪感の描写が強くある。
誰かを恋しく思うこと自体は、悪いことではない。
でも、その思いが今そばにいる人への気持ちとぶつかるとき、人は自分を責めてしまう。
愛されているのに、別の人を思っている。
優しくされているのに、心はそこにいない。
大切にされているのに、その愛をまっすぐ受け取れない。
この感情は、かなり厄介だ。
Hanniが語った「愛する人たちに囲まれているのに、別の誰かを恋しく思う悲しみや罪悪感」という説明は、まさにこの曲の中心にある。Sport Playlists
Not Alone は、愛の不足を歌っているのではない。
むしろ、愛があるからこそ苦しい曲である。
そこが深い。
サウンドの面でも、この曲は非常に表情豊かだ。
When The Horn Blowsのアルバムレビューでは、Not Alone について、持続するギターのアタックとシンセの音があり、Wolf AliceやBlack Honeyを思わせる領域に入っていると評されている。また、クリーンなプロダクション、揺れるシンセライン、力強いボーカル、キャッチーなコーラス、そして小さな合唱のようなブリッジが曲を印象づけていると述べられている。When The Horn Blows
この評価は、実際の聴感ともよく合う。
Not Alone は、サウンドがかなり立体的だ。
ギターのエッジは硬いが、シンセがそこに光を入れる。
リズムはまっすぐ進むが、ボーカルは揺れている。
音が前へ進むほど、歌詞の立ち止まりが際立つ。
心は戻れない場所に引っかかっている。
でも身体は今を生きなければならない。
そのズレが、曲の推進力になっている。
ARXXは、感情を湿っぽく閉じ込めない。
泣きたい気持ちを、爆発力のあるポップソングに変える。
そこに、この曲の救いがある。
Not Alone の主人公は、まだ完全には前に進めていない。
自分の言葉を間違え、感情を制御できず、相手の不在に振り回されている。
でも、その混乱を歌にできている。
これは大きい。
言葉にできない感情は、人を内側から削る。
けれど、歌にされた感情は、少しだけ外へ出る。
Not Alone は、その出口のような曲だ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Not Alone But Not With You by ARXX
タイトルの響きからも分かるように、Not Alone と強く呼応するARXXの楽曲である。2021年にリリースされた曲で、ARXXのBandcampでも確認できる。ARXX
よりストレートに「ひとりではないが、あなたとはいない」という感覚を抱えた曲で、Not Alone の感情的な前日譚のようにも聴こえる。ざらついたギターとアンセミックな高揚感があり、ARXXのロックバンドとしての芯を感じられる。
- Ride Or Die by ARXX
同名アルバムのタイトル曲であり、ARXXのクィアな愛とバンドとしての結束を象徴する楽曲である。When The Horn Blowsのインタビューで、ARXXは Ride Or Die について、もともとはクィアな愛の祝福として始まった曲であり、同時にバンドの旅路への覚悟も表す言葉になったと語っている。When The Horn Blows
Not Alone の痛みの先に、誰かと一緒に進む力を見たい人に合う。
- Bros by Wolf Alice
友情、記憶、若さのきらめきを、ギターの高揚感とともに描く曲である。Not Alone のように、誰かとの関係が心の中で大きな場所を占めている感覚がある。音はよりドリーミーだが、胸の奥にいる誰かへ向けて歌っている感じが近い。
- I’m Not Getting Excited by The Beths
不安や自己否定を、明るく鋭いインディーポップに変換する名曲である。Not Alone の「苦しいのに走れる」感覚が好きな人には、この曲の泣き笑いのような疾走感も響くだろう。キャッチーなメロディの裏で、心が細かく震えている。
- Seventeen Going Under by Sam Fender
過去の痛みや怒りを、巨大なコーラスへ変えていくロックソングである。Not Alone よりもスケールは大きいが、個人的な記憶をみんなで歌えるアンセムに変える力がある。苦い感情を抱えたまま前へ進む曲として、並べて聴きたい。
6. ひとりではないのに寂しい、その矛盾を鳴らすアンセム
Not Alone の特筆すべき点は、「孤独ではない寂しさ」をここまでまっすぐに描いていることだ。
これは、ありふれているようで、実はなかなか言葉にしづらい感情である。
誰かがそばにいる。
友人もいる。
恋人がいる場合もある。
家族がいる場合もある。
それでも、心のある部分だけがぽっかり空いている。
その空白は、数の問題では埋まらない。
たくさんの人に囲まれても、特定のひとりがいなければ、そこだけは空いたままだ。
Not Alone は、その事実を責めずに歌う。
ここが大切だ。
この曲は、語り手の感情を正当化しすぎない。
自分が間違っていることも分かっている。
罪悪感もある。
言わなくていいことを言ってしまった自覚もある。
だからこそリアルなのだ。
人はいつも、きれいに悲しめるわけではない。
誰かを恋しく思う感情は、ときに今そばにいる人を傷つける。
自分でもそれが分かっているから、ますます苦しくなる。
Not Alone は、その苦しさを抱えたまま、ポップソングとして鳴っている。
ARXXの良さは、感情の重さを音の重さだけで表現しないところにある。
この曲は暗く沈んでいない。
むしろ、明るい場所へ向かって走っていく。
けれど、その明るさは能天気ではない。
夜の高速道路のような明るさだ。
車内は暗い。
外の街灯だけが流れていく。
窓を開けると、冷たい風が入ってくる。
泣きそうなのに、少しだけ息がしやすくなる。
Not Alone には、そういう空気がある。
Sport Playlistsの記事で、この曲が「窓を開けたロングドライブ」のための曲として紹介されているのは、とても納得できる。Sport Playlists
この曲は、部屋に閉じこもるよりも、移動している場面が似合う。
どこかへ向かっている。
でも、心はまだ追いついていない。
その状態にぴったりなのだ。
また、Not Alone は、ARXXが Ride Or Die で見せたポップへの接近を象徴する曲でもある。
荒々しいロックの衝動を持ちながら、サビは大きく開けている。
ギターは鋭く、シンセはきらめき、ボーカルは傷ついた感情を隠さない。
When The Horn Blowsはこの曲を、Wolf AliceやBlack Honeyのような、力強いフロントウーマンを擁するバンドの領域に近いものとして評している。When The Horn Blows
その比較は、ARXXの立ち位置を考えるうえでも興味深い。
ARXXは、ただラウドに鳴らすだけのバンドではない。
感情の細部をきちんと見ている。
そのうえで、それを大きなコーラスに変える。
Not Alone のサビは、まさにその技術の結晶だ。
「私はひとりじゃない」と歌う声は、普通なら救いの声になる。
けれどその直後に、「でもあなたとは一緒にいない」という影が差す。
この構造が、曲を忘れがたいものにしている。
希望と喪失が同時に鳴っている。
愛されている感覚と、愛を受け取りきれない感覚が同時にある。
前を向く音と、過去へ引っ張られる歌詞がぶつかっている。
そのぶつかり合いが、Not Alone のエネルギーである。
この曲は、悲しみを解決しない。
失った人が戻ってくるわけでもない。
罪悪感がきれいに消えるわけでもない。
けれど、歌い切ることで、感情に形を与える。
それは小さな救いだ。
自分が何を感じているのか分からないとき、人はとても不安になる。
悲しいのか、怒っているのか、寂しいのか、罪悪感なのか。
全部が混ざって、頭の中が回り続ける。
Not Alone は、その混乱をそのままサビにしてしまう。
だから聴いていると、自分の中にも似た感情があったことに気づく。
誰かを失ったあと、周りの人に支えられながら、それでも埋まらない穴を抱えたこと。
新しい場所にいても、心だけが昔の誰かのところへ戻ってしまったこと。
平気なふりをして、「何でもない」と言ったあとで、その嘘に自分が一番傷ついたこと。
この曲は、そういう記憶に触れる。
ARXXはそれを、重苦しいバラードではなく、アンセミックなインディーポップとして鳴らす。
そこが素晴らしい。
悲しみは、静かに抱えるだけではない。
大きな音で鳴らしてもいい。
ドラムに乗せてもいい。
シンセで光らせてもいい。
サビで何度も歌ってもいい。
Not Alone は、そのことを教えてくれる。
「ひとりじゃない」という言葉は、時に慰めになる。
でも、時にそれだけでは足りない。
この曲は、その足りなさまで含めて歌っている。
だから信頼できる。
無理に前向きにしない。
無理に忘れさせない。
それでも、音は前へ進む。
Not Alone は、欠けたまま走る曲である。
誰かの不在を抱えたまま、今いる場所で息をする曲である。
そして、その矛盾を恥じなくていいと伝えてくれる曲でもある。
ARXXの音楽が持つ強さは、ここにある。
傷を隠さず、でも傷だけで終わらない。
弱さを歌いながら、音は強く鳴る。
Not Alone は、そんなARXXの魅力を凝縮した一曲だ。
ひとりではない。
でも、あなたはいない。
このたった一つの矛盾から、これほど大きな感情の風景を描いてみせる。
それが Not Alone の美しさであり、痛みであり、何度も聴きたくなる理由である。

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