
- イントロダクション:精密なのに、胸がざわつくギターポップ
- アーティストの背景と歴史:ジャズ学校から生まれたギター・バンド
- 音楽スタイルと影響:パワーポップの糖分と、ジャズ由来の精密さ
- 代表曲の解説:The Bethsの楽曲世界
- アルバムごとの進化
- Future Me Hates Me:青春焦燥をパワーポップに変えた鮮烈なデビュー
- Jump Rope Gazers:距離と親密さを見つめるセカンド
- Expert in a Dying Field:失恋を知的な解剖図にした傑作
- Straight Line Was A Lie:直線的な成長神話への静かな反論
- 影響を受けた音楽:パワーポップ、ジャズ教育、ニュージーランドのインディー感覚
- 影響を与えた音楽シーン:ギターポップの現在形を証明したバンド
- 他アーティストとの比較:The Bethsのユニークさ
- ライブ・パフォーマンス:緻密なアレンジが汗をかく瞬間
- 歌詞世界:自己不信を美しい構造に変える
- 社会的・文化的意味:まっすぐ進まなくても、音楽は鳴る
- まとめ:The Bethsは、青春の焦燥を精密なシンフォニーに変える
- 関連レビュー
イントロダクション:精密なのに、胸がざわつくギターポップ
The Beths(ザ・ベス)は、ニュージーランド・オークランドを拠点とするインディーロック/パワーポップ・バンドである。中心人物はボーカル/ギター/ソングライターのElizabeth Stokes。Jonathan Pearce、Benjamin Sinclair、Tristan Deckらとともに、ジャングリーなギター、緻密なハーモニー、疾走するリズム、そして自己不信や恋愛の痛みを鋭く描く歌詞を組み合わせ、2010年代後半以降のインディー・ギターポップを代表する存在になった。
The Bethsの音楽を一言で表すなら、「数学的に組み上げられたメロウな焦燥」である。曲は明るい。ギターはきらきら鳴り、コーラスは爽快で、メロディは一度聴けば耳に残る。だが、その中心で歌われているのは、恋の不安、自己嫌悪、後悔、別れ、心の空白、人生が思い通りに進まないことへの戸惑いだ。まるで、完璧に晴れた空の下で、心だけが小さな嵐を抱えているような音楽である。
メンバー全員がオークランド大学のジャズ・プログラム出身であることも、彼らの音楽を理解するうえで重要だ。Bandcampの紹介でも、The Bethsの4人は大学でジャズを学び、その結果として、ギターポップとしては珍しいほど巧みな演奏力と凝ったアレンジを持つバンドになったと説明されている。The Beths つまりThe Bethsは、ただ勢いで鳴らすギター・バンドではない。和声、構成、リズムの細部まで設計された音楽を、あくまで軽やかに、青春の胸騒ぎとして届けるバンドなのだ。
2018年の Future Me Hates Me、2020年の Jump Rope Gazers、2022年の Expert in a Dying Field、そして2025年の Straight Line Was A Lie へと、彼らはギターポップの煌めきを保ちながら、より深い内省へ進んできた。最新作 Straight Line Was A Lie は2025年8月29日にANTI- Recordsからリリースされ、10曲43分のアルバムとして配信されている。Apple Music – Web Player
アーティストの背景と歴史:ジャズ学校から生まれたギター・バンド
The Bethsは、オークランドで結成された。Elizabeth Stokes、Jonathan Pearce、Benjamin Sinclair、Ivan Luketina-Johnstonらは、いずれもオークランド大学のジャズ・プログラムに関わっていたミュージシャンであり、以前にはSal Valentine & The Babyshakes周辺でも活動していた。AudioCultureは、The Bethsが2015年に、Stokesとジャズ学校で訓練を受けたバンドメイトたちによって結成されたと紹介している。
この出自は少し面白い。The Bethsの音楽は、表面的には非常にポップで、青春の勢いに満ちたギター・ロックである。だが、よく聴くとコードの運び、コーラスの重ね方、リズムの切り替え、ギター・ラインの絡み方が非常に細かい。ジャズ学校で得た技術をそのまま難解な音楽にするのではなく、むしろ「最高にキャッチーなギターポップ」を作るための隠し骨格として使っている。
Pitchforkも、Future Me Hates Me のレビューで、メンバー全員がオークランド大学でジャズを学んだことに触れ、その確かな音楽性がバンドの演奏に表れていると指摘している。Pitchfork ただしThe Beths自身は、ジャズの技巧を前面に出すよりも、ギター・バンドとしての直感的な喜びを選んだ。Elizabeth Stokesが「ギター・バンドをやりたかった」という方向性は、彼らの音楽の芯にある。
バンド名の「The Beths」は、Elizabeth Stokesの名前に由来する。だが、The Bethsは決してソロ・プロジェクトではない。Stokesの歌詞と声が中心にある一方で、Jonathan Pearceのプロダクションとギター、Ben Sinclairのベース、Tristan Deckのドラム、そしてメンバー全員のハーモニーが、楽曲の輪郭を作っている。
初期EP Warm Blood を経て、2018年に1stアルバム Future Me Hates Me をリリース。これがインディー・ロック界で広く評価される。2020年の Jump Rope Gazers ではより大きな感情の揺れを描き、2022年の Expert in a Dying Field では別れの後の心を精密に分析するような作品へ進化した。そして2025年の Straight Line Was A Lie では、人生がまっすぐ進むという幻想そのものを疑い、より実存的で大人びたテーマへ踏み込んでいる。
音楽スタイルと影響:パワーポップの糖分と、ジャズ由来の精密さ
The Bethsの音楽は、インディーロック、パワーポップ、ジャングルポップ、ギターポップを軸にしている。明るく鳴るギター、スピード感のあるドラム、甘酸っぱいコーラス、短く強いフック。Big Star、The Go-Betweens、Teenage Fanclub、The Breeders、Aimee Mann、Superchunk、Alvvays、Charly Blissあたりを連想させる瞬間もある。
だが、The Bethsが単なるレトロなパワーポップ・バンドで終わらない理由は、アレンジの精密さにある。メロディは一見シンプルだが、裏ではギター・フレーズが細かく交差し、コーラスが絶妙なタイミングで入り、リズムが曲の感情を細かく押し引きする。耳触りはポップなのに、構造はかなり凝っている。この「数学的メロウ」こそ、The Bethsの大きな魅力である。
Elizabeth Stokesの歌詞は、自己分析的で、時に痛いほど正直だ。彼女は、恋愛の失敗や心の不安を、ドラマティックな悲劇としてではなく、頭の中で何度も反芻してしまう思考のループとして描く。The Bethsの曲では、感情は爆発する前に、まず解析される。けれど、その解析があまりにも切実だから、逆に胸に刺さる。
Pitchforkは Expert in a Dying Field について、別れの後悔や希望と苦しみが渦巻く感情を、The Bethsらしい即効性のあるインディーロックへ変えていると評している。Pitchfork まさに彼らは、心のぐちゃぐちゃした部分を、驚くほど整ったポップ・ソングへ変換するバンドである。
代表曲の解説:The Bethsの楽曲世界
Future Me Hates Me
Future Me Hates Me は、The Bethsの名を広めた代表曲であり、1stアルバムのタイトル曲である。タイトルからして見事だ。「未来の私は今の私を嫌う」。恋に落ちる瞬間の高揚と、その先で傷つくことをすでに分かっているような自己防衛が、ひとつのフレーズに詰まっている。
サウンドは爽快なギターポップだ。ギターは明るく弾み、コーラスは気持ちよく広がる。だが、歌われているのは、恋愛に飛び込む前から失敗の予感に怯えている心である。この明るさと不安のズレが、The Bethsの美学そのものだ。
曲の疾走感は青春そのものだが、歌詞は決して無邪気ではない。好きになることは、未来の痛みを予約することでもある。それでも今、惹かれてしまう。Future Me Hates Me は、そのどうしようもなさを、笑えるほどキャッチーに鳴らす名曲である。
Happy Unhappy
Happy Unhappy は、The Bethsの感情表現の巧みさがよく出た楽曲である。タイトルは「幸せで不幸せ」という矛盾した状態を示す。楽しいはずなのに不安、満たされているはずなのに寂しい。そんな曖昧な感情を、彼らは非常にポップな形で鳴らす。
The Bethsの楽曲には、こうした二重感情が多い。単純な悲しみでも、単純な喜びでもない。人間の心はもっと面倒で、幸せな瞬間にも不安が差し込む。Happy Unhappy は、その複雑さを難しい言葉ではなく、弾けるギターとメロディで伝える。
Little Death
Little Death は、The Bethsの初期作品の中でも、メロディの美しさと切実さが強く出た曲である。タイトルは官能や一時的な喪失を思わせるが、曲全体には恋愛の痛みと高揚が混ざっている。
Stokesの声は、ここでも過剰に感情を演じない。むしろ、少し距離を置いたような声で歌うからこそ、歌詞の痛みがじわじわ効いてくる。The Bethsの歌は、泣き崩れるのではなく、泣きそうな自分を観察しているようなところがある。その冷静さが逆にリアルなのだ。
Dying to Believe
Dying to Believe は、2020年の Jump Rope Gazers を代表する楽曲である。タイトル通り、「信じたくてたまらない」という切実さがある。だが、信じる対象は恋愛かもしれないし、自分自身かもしれないし、関係が続く可能性かもしれない。
サウンドは非常に力強い。ギターは厚く、ドラムは勢いがあり、コーラスは開けている。初期の軽快なギターポップから一歩進み、より大きなロック・バンドとしてのスケールが出ている曲だ。
Jump Rope Gazers
Jump Rope Gazers は、同名アルバムの中心にある楽曲であり、The Bethsの柔らかい側面がよく表れている。テンポは比較的穏やかで、青春の記憶を遠くから眺めるような感覚がある。
タイトルの「縄跳びを見つめる人々」というイメージは、どこか不思議だ。参加しているのではなく、見ている。輪の中に入れない感覚、あるいは過ぎ去った時間を外側から見つめる感覚。The Bethsの歌詞は、こうした少しズレた視点が魅力である。
Expert in a Dying Field
Expert in a Dying Field は、2022年の同名アルバムを象徴する名曲である。タイトルは「滅びゆく分野の専門家」という意味になる。別れた相手との関係、もう役に立たない知識、終わってしまった愛について、自分だけが異様に詳しくなってしまったような感覚が歌われる。
これは非常にThe Bethsらしい発想だ。恋愛の終わりを、単なる失恋ではなく、研究対象の消滅として描く。好きだった人の癖、会話のパターン、関係の歴史。すべてに詳しくなったのに、その知識はもう使い道がない。悲しいのに、少し知的で、少しユーモラスでもある。
Pitchforkは同アルバムを、破局後の後悔やまだ残る愛情、前へ進む難しさを、The Bethsらしい細部まで作り込まれたパワーポップとして描く作品だと整理している。Pitchfork この曲は、そのテーマを最も鮮やかに示している。
Silence Is Golden
Silence Is Golden は、The Bethsのより攻撃的な側面を示す楽曲である。タイトルは「沈黙は金」ということわざだが、曲はまったく静かではない。むしろ、騒音、不安、頭の中の過剰な刺激をロックの勢いで表現している。
この曲では、The Bethsのパンク寄りのエネルギーが前面に出る。細かいアレンジのバンドでありながら、ライブで爆発する力も持っていることが分かる。知的なポップ職人であると同時に、きちんと汗をかくギター・バンドなのだ。
Straight Line Was A Lie
Straight Line Was A Lie は、2025年の4thアルバムのタイトル曲であり、The Bethsの成熟を象徴する楽曲である。Bandcamp掲載の歌詞では、「まっすぐな線だと思っていたものは円だった」「まっすぐな線は嘘だった」という内容が歌われる。
この曲の核心は、人生が直線的に良くなっていくという幻想の崩壊にある。大人になれば安定する、治れば元通りになる、努力すれば前へ進む。そう信じたい。しかし実際には、同じ場所に戻ったように感じることがある。成長は直線ではなく、円や螺旋に近い。
The Bethsはこの重いテーマを、暗いバラードではなく、あくまでメロディアスなギターポップとして鳴らす。そこが彼らの凄みだ。人生の停滞や回帰を歌いながら、曲は前へ進む。音楽だけが、心より少し先を走ってくれる。
No Joy
No Joy は、Straight Line Was A Lie 期の重要曲である。Pitchforkのニュースでは、この曲がElizabeth StokesのSSRI服用中の無快感、つまり楽しいはずのことを楽しめない状態に関わる曲として紹介されている。
The Bethsの音楽はこれまでも不安や自己嫌悪を扱ってきたが、No Joy ではさらに身体的で、医学的な現実に近いテーマへ踏み込んでいる。感情がなくなるわけではない。むしろ、感情へのアクセスが鈍くなる。その不気味な空白を、彼らは鋭いギターと明るいメロディで表現する。
Apple Musicのアルバム紹介でも、No Joy がSSRIの副作用としての無感動に触れる曲であることが説明されている。Apple Music – Web Player The Bethsは、ここで青春の焦燥からさらに先へ進み、メンタルヘルスと自己維持の複雑さをポップ・ソングにしている。
Mother, Pray For Me
Mother, Pray For Me は、Straight Line Was A Lie の中でも特に個人的な楽曲である。The Guardianのインタビューでは、この曲がStokesとインドネシア出身の母との複雑な関係を扱っていると紹介されている。
The Bethsの歌詞は恋愛や自己不信から始まったが、近年は家族、身体、人生観へテーマが広がっている。この曲は、その変化をよく示す。母との関係は、愛情だけでも反発だけでも説明できない。祈りという言葉には、信仰、願い、距離、赦しが混ざっている。
アルバムごとの進化
Future Me Hates Me:青春焦燥をパワーポップに変えた鮮烈なデビュー
2018年の Future Me Hates Me は、The Bethsの1stアルバムであり、彼らの基本形を決定づけた作品である。きらめくギター、疾走するテンポ、甘酸っぱいコーラス、そして自分の感情を皮肉と不安で見つめるElizabeth Stokesの歌詞が、見事に結びついている。
このアルバムの魅力は、若さの焦燥を単純に美化しないところにある。恋は楽しいが、同時に未来の傷を予告する。友人関係も、自己評価も、日々の選択も、すべてが少し不安定だ。だが、その不安定さが、音楽のスピードになる。
Pitchforkはこのアルバムのレビューで、メンバー全員のジャズ教育に触れつつ、その音楽性がギターポップの演奏に生かされていると指摘している。Pitchfork The Bethsは、技巧を隠し味として使う。だからこそ、曲は自然に聴こえるのに、何度聴いても細部が面白い。
Jump Rope Gazers:距離と親密さを見つめるセカンド
2020年の Jump Rope Gazers は、デビュー作の勢いを保ちながら、より内省的で広がりのある作品になった。パンデミックの時期とも重なり、距離、会えなさ、記憶、関係の曖昧さが曲の中に漂っている。
このアルバムでは、前作の爆発的なパワーポップだけでなく、ミドルテンポの楽曲や、より感情をゆっくり見つめる曲も増えた。The Bethsは単なる元気なギター・バンドではなく、静かな痛みも描けるバンドであることを示した。
PitchforkのThe Bethsページでも、Jump Rope Gazers は2020年の主要レビュー作品として扱われている。Pitchfork デビュー作で築いたスタイルを少し広げ、バンドとしての奥行きを増したアルバムである。
Expert in a Dying Field:失恋を知的な解剖図にした傑作
2022年の Expert in a Dying Field は、The Bethsの評価を決定的に高めた作品である。破局後の後悔、まだ消えない愛情、終わった関係についての知識だけが残る虚しさ。その感情を、The Bethsは極上のパワーポップとして鳴らした。
タイトルの発想がすでに素晴らしい。もう存在しない関係についての専門家。これは失恋の比喩として非常に鋭い。思い出はある。知識もある。だが、それを使う場所はもうない。The Bethsの知的なユーモアと痛みが、一言に凝縮されている。
Pitchforkはこのアルバムを、別れの感情を細部まで作り込まれたインディーロックへ変換した作品として評価している。Pitchfork Rolling Stone Australiaも、2020年代のニュージーランド・アルバムの文脈で、同作がFuture Me Hates Me のフックとアドレナリンをさらに前へ進めた作品だと紹介している。
Straight Line Was A Lie:直線的な成長神話への静かな反論
2025年の Straight Line Was A Lie は、The Bethsの4thアルバムであり、ANTI- Recordsからの初リリースである。アルバムは2025年8月29日に発表され、10曲43分の作品として配信されている。Apple Music – Web Player
このアルバムは、The Bethsのキャリアにおける大きな転換点である。テーマはより大人びている。恋愛の痛みだけでなく、メンタルヘルス、身体の不調、母との関係、人生が直線的には進まないという認識が中心になる。
The Guardianのインタビューでは、Stokesが不安、バセドウ病、抗うつ薬による感情の変化、そして人生の進歩が直線的ではないという気づきについて語っている。The Guardian Pitchforkのレビューも、同作がThe Bethsのジャングルポップをより内省的で実存的な方向へ進めた作品だと整理している。
それでも、The Bethsは重さに沈み込まない。メロディは相変わらず強く、ギターは明るく、コーラスは美しい。だが、その明るさの意味が変わった。以前の明るさが青春の反射光だとすれば、ここでの明るさは、暗い部屋で自分の手で点けた小さな明かりである。
影響を受けた音楽:パワーポップ、ジャズ教育、ニュージーランドのインディー感覚
The Bethsの音楽的背景には、1960年代以降のギターポップ、90年代インディーロック、パワーポップ、そしてジャズ教育がある。Big StarやThe Beatles的なメロディ、SuperchunkやThe Breedersのようなギターの勢い、Aimee Mann的な苦いポップ感覚、Alvvaysのような現代ジャングルポップの透明感も感じられる。
だが、彼らの演奏の根底には、ジャズを学んだミュージシャンとしての耳がある。和音の進み方、ハーモニーの厚み、リズムの細かな配置。難解なことをやっているように聞こえないのに、実はかなり高度なことをしている。この「隠れた高度さ」がThe Bethsの強みである。
また、ニュージーランドのインディー・ポップの系譜も重要だ。The Clean、Flying Nun Records周辺のバンド、The Bats、The Chillsなど、ニュージーランドには独自のギターポップの伝統がある。The Bethsはその流れを現代的に更新し、国際的なインディー・ロック市場へ押し出した存在でもある。
影響を与えた音楽シーン:ギターポップの現在形を証明したバンド
The Bethsは、ギター・ロックが「古いもの」と見なされがちな時代に、ギターポップの現在形を鮮やかに示したバンドである。彼らの曲は、90年代的なギターのきらめきやパワーポップの型を使っているが、歌詞の感覚は非常に現代的だ。
自己不安、メンタルヘルス、関係性の曖昧さ、人生の進歩への疑い。これらは2020年代のリスナーにとって非常に身近なテーマである。The Bethsは、それを重苦しい内省ではなく、キャッチーなギター・ソングとして届ける。だからこそ、多くのリスナーにとって彼らの音楽は、ただ楽しいだけでなく、深く救いになる。
2026年には、The Bethsが Straight Line Was A Lie を携えてアメリカ・ツアーへ戻ることも報じられている。Pitchforkは、2026年夏の米国ツアーがGovernors Ballから始まり、同作をサポートするものだと伝えている。Pitchfork これは、彼らがニュージーランドのローカルなギター・バンドを超え、国際的なインディー・ロックの重要バンドとして定着していることを示している。
他アーティストとの比較:The Bethsのユニークさ
The Bethsは、Alvvays、Charly Bliss、Snail Mail、Japanese Breakfast、Soccer Mommy、The Lemonheads、Teenage Fanclub、Superchunkなどと比較できる。だが、彼らの立ち位置は少し独特である。
Alvvaysがドリーミーで霞んだギターポップを得意とするのに対し、The Bethsはより輪郭がはっきりしている。ギターの線は細かく、リズムは前へ進み、コーラスはより数学的に組まれている。
Charly Blissと比べると、The Bethsは同じく甘いメロディと不安を組み合わせるが、より知的で、やや自虐的なユーモアが強い。Snail MailやSoccer Mommyが内省をゆっくり沈めるタイプだとすれば、The Bethsは内省を高速のギターポップに変える。
Teenage Fanclubと比較すると、The Bethsはメロディの甘さとギターの清潔感を共有しつつ、歌詞の自己分析がより鋭く、現代的である。彼らの音楽は、甘いだけでなく、頭の中で鳴り続ける不安のノイズも同時に含んでいる。
ライブ・パフォーマンス:緻密なアレンジが汗をかく瞬間
The Bethsのライブの魅力は、スタジオ録音の緻密さを保ちながら、きちんとロック・バンドとして汗をかくところにある。ハーモニーは正確で、ギター・ラインは複雑だが、演奏は決して冷たくならない。むしろ、曲のスピードと観客の反応によって、音楽はさらに熱を帯びる。
Stokesの歌は、ライブでも不思議な距離感を持っている。彼女は大げさに感情を演じるタイプではない。しかし、その抑制が逆にリアルだ。歌詞の自己嫌悪や不安が、明るい演奏の中でふと顔を出す。その瞬間、観客はただ踊るだけでなく、自分の心のざわつきにも気づく。
The Bethsのライブは、合唱できるポップさと、演奏の巧さと、少し照れたような親密さが同居する。ギターポップの理想的なライブ・バンドと言ってよい。
歌詞世界:自己不信を美しい構造に変える
Elizabeth Stokesの歌詞は、The Bethsの最大の魅力のひとつである。彼女は、自分の感情をそのまま叫ぶのではなく、少し斜めから観察する。自分が傷ついていることも、自分が面倒な考え方をしていることも、どこか分かっている。そのメタ認知が、歌詞に独特の苦味を与えている。
彼女の歌詞には、しばしば理系的、分析的な比喩が出てくる。失恋を「滅びゆく分野の専門家」と呼び、未来の自分が今の自分を嫌うと予測し、人生の進歩を直線ではなく円として捉える。感情をそのまま感情として扱うのではなく、概念や構造に置き換えるのがうまい。
だからThe Bethsの音楽は、ただ「青春っぽい」だけではない。そこには、青春の感情を大人の頭で分析してしまう苦しさがある。明るい曲なのに、聴き終わると少し胸が痛む。The Bethsの“数学的メロウ”とは、まさにこの構造のことだ。
社会的・文化的意味:まっすぐ進まなくても、音楽は鳴る
The Bethsの文化的意味は、人生が直線的に良くなっていくという物語を、軽やかに疑っている点にある。成功すれば幸せになる。大人になれば安定する。治療すれば完全に回復する。努力すれば前へ進む。こうした物語は、多くの人を励ます一方で、うまくいかない人を苦しめることもある。
Straight Line Was A Lie は、その幻想に対するアルバムである。Pitchforkのニュースでも、Stokesがこのタイトルを、人生の非直線性や、維持し続けることの意味と結びつけて語っていると紹介されている。
The Bethsは、人生が円を描いて戻ってしまう感覚を否定しない。前に進んだと思ったのに、また同じ場所にいる。治ったと思ったのに、また不安になる。忘れたと思ったのに、また思い出す。そういうことはある。だが、それでも音楽は鳴る。ギターは明るく鳴り、コーラスは重なり、ドラムは前へ進む。
この矛盾が、The Bethsの現代性である。彼らは楽観主義のバンドではない。だが、完全な絶望のバンドでもない。メンテナンスし続けること、失敗しながら続けること、まっすぐでなくても生きること。そのためのギターポップを鳴らしている。
まとめ:The Bethsは、青春の焦燥を精密なシンフォニーに変える
The Bethsは、オークランドから現れた現代インディー・ギターポップの重要バンドである。ジャズ学校で鍛えられた演奏力を隠し味に、Elizabeth Stokesの自己分析的な歌詞、Jonathan Pearceの精密なプロダクション、メンバー全員のハーモニーによって、甘く、鋭く、胸をざわつかせる音楽を作ってきた。
Future Me Hates Me では恋に落ちる前から未来の痛みを予感し、Jump Rope Gazers では距離と記憶を見つめ、Expert in a Dying Field では終わった関係についての使い道のない知識を歌った。そして Straight Line Was A Lie では、人生が直線的に進むという幻想そのものを疑い、より深い自己維持の歌へ向かった。
The Bethsの音楽は明るい。だが、その明るさは単純ではない。きらめくギターの下には、不安や後悔や心の空白がある。けれど、その痛みを美しい構造に変えることで、彼らの曲は賛歌になる。
オークランドから響くThe Bethsのギターポップは、青春の焦燥を数学的に組み上げたシンフォニーである。まっすぐ進めなくてもいい。円を描いて戻ってもいい。それでも、メロディは続く。The Bethsは、そのことを軽やかに、そして痛いほど誠実に鳴らしている。

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