
発売日:2020年7月10日 ジャンル:Indie Rock / Power Pop / Indie Pop
概要
ニュージーランド・オークランドのThe Bethsによる2作目Jump Rope Gazersは、デビュー作Future Me Hates Meで確立した速いギター、鮮明なメロディ、複数メンバーによるコーラスを残しながら、テンポと感情表現の幅を広げたアルバムである。Elizabeth Stokesの作曲はパワー・ポップらしい即効性を持つ一方、歌詞では恋愛や自己評価を単純な幸福と悲しみに分けず、考えすぎて行動できない瞬間や、親密になるほど生まれる不安を細かく拾っている。
ギタリストのJonathan Pearceがプロデュースとエンジニアリングを担当し、Benjamin Sinclairのベース、Tristan Deckのドラムを含む4人の演奏を中心に制作された。前作では高速の曲が次々に現れる勢いが大きな魅力だったが、本作ではギターの音数を減らした部分、ミドルテンポ、静かな曲を意識的に増やしている。それでもStokesの軽く乾いた歌声と、メンバーが重ねる明るいハーモニーは変わらず、内向的な歌詞を必要以上に暗くしない。ツアーを重ねたバンドが、ライブで培ったまとまりを保ちながら「速くて楽しいギターポップ」より広い表現へ進んだ作品である。
全曲レビュー
1. 「I’m Not Getting Excited」
細かく刻むギターと忙しく動くドラムで始まり、期待して傷つくくらいなら最初から興奮しないでおこうと自分に言い聞かせる。ところが演奏そのものは抑制とは正反対で、サビへ進むほどギターとコーラスが勢いを増す。Stokesの歌詞に多い「感情を制御しようとする頭」と「実際に動いてしまう心」のずれが、音と内容の対比としてそのまま表れている。前作の速度を引き継ぎつつ、本作の慎重な心理描写を導入する一曲だ。
2. 「Dying to Believe」
ギター同士が短いフレーズを受け渡し、ベースとドラムが細かな停止と再加速を支えることで、曲は速いのに単調には進まない。歌詞では相手を信じたい気持ちと、そのために自分が何をすべきか分からない不安がぶつかる。サビでは複数の声が明るく広がるが、言葉は確信へ到達しておらず、その落差がThe Bethsらしい。技術的な演奏を見せつけるのではなく、迷いの多い心理をせわしないアレンジへ変換している。
3. 「Acrid」
タイトルの「刺激的な、鼻につく」という言葉に似て、親密さの中へ混じる苦味を扱った曲である。冒頭からギターを全面に押し出すのではなく、Stokesの声を比較的近く聞かせ、感情の微妙な変化を優先する。関係が悪いと断言するほど単純ではないが、相手との間に残る違和感が少しずつ言葉へ現れる。後半で演奏が厚くなっても爽快な解決には向かわず、関係の中にある曖昧な不快感を残したまま進むところが特徴だ。
4. 「Jump Rope Gazers」
テンポを大きく落としたタイトル曲で、遠く離れた相手を思う感覚を、余白の多いギターと穏やかなコーラスで描く。子どもの遊びを思わせるタイトルには、親密だった時間を遠くから眺め直すような懐かしさがある。Stokesは声を張り上げず、言葉を確かめるように歌うため、速い曲では隠れがちな声の柔らかさがよく分かる。アルバム序盤で大胆に速度を落とすことで、本作が前作の単純な延長ではないことをはっきり示している。
5. 「Mars, the God of War」
静かなギターから始まり、曲が進むにつれて歪みとドラムの圧力が増していく。戦争神Marsを持ち出す大きなタイトルに対し、歌詞の焦点はもっと個人的で、傷つけることや怒りを自分の中に抱える怖さへ向かう。Stokesは相手だけを悪者にせず、自分自身が関係へ与える損傷にも目を向ける。終盤ではギターが荒く広がり、それまで言葉で抑えていた感情が演奏から漏れ出すような構成になっている。
6. 「You Are a Beam of Light」
アコースティックギターと声を中心に、アルバムでも特に静かな場所を作る。誰かを光として捉えるタイトルは率直に肯定的だが、Stokesの歌い方にはその存在を失う可能性まで意識しているような慎重さが残る。大きなドラムや歪んだギターで感情を補強せず、旋律とハーモニーそのものを聞かせることで、バンドの作曲力がむき出しになる。前後のロック曲から距離を置き、後半へ向かう小さな休止点としても効果的だ。
7. 「You Wouldn’t Like Me」
タイトルは相手への警告のようだが、実際には自分自身を低く評価してしまう心理が中心にある。軽快なギターと跳ねるリズムが進む一方、歌詞では近づかれたときに拒絶される未来を先回りして想像し、傷つく前に距離を取ろうとする。明るいコーラスが入るほど、その自己防衛的な言葉とのずれが大きくなる。The Bethsが得意とする、楽しいパワー・ポップの表面に不安を忍ばせる方法が端的に表れた曲である。
8. 「Out of Sight」
遠くにいる相手との距離を扱いながら、タイトルに続く「out of mind」という決まり文句を簡単には受け入れないような感情が流れる。ギターは細かく動くものの、序盤の高速曲ほど前へ突進せず、Stokesのメロディを中心に余裕を持って進む。離れていることで気持ちが薄れるのか、それとも距離によって相手への意識が強まるのか、その答えは明確にしない。タイトル曲とも響き合うことで、物理的な距離が本作の重要なモチーフとして見えてくる。
9. 「Don’t Go Away」
題名は非常に直接的だが、演奏は単純な悲願のバラードにはならない。ドラムとギターが軽快に進み、相手を引き止めたい切迫感を速度へ変換している。Stokesの声には強く命令するような圧力がなく、むしろ言ってしまった後に自分の弱さを意識しているような感触が残る。サビのコーラスも感情を巨大化させすぎず、親密な関係の中で生まれる依存とためらいをコンパクトなポップソングへ収めている。
10. 「Little Death」
終曲では、親密さがもたらす圧倒的な感覚を「小さな死」という比喩で捉える。ゆっくりとした導入から演奏を徐々に広げ、ギター、ドラム、コーラスを積み上げることで、アルバムの最後に十分なスケールを作る。恋愛を安全な幸福として扱わず、誰かに近づくことで自分の境界が揺らぐ感覚まで含めているのが重要だ。高速の「I’m Not Getting Excited」で感情を抑えようとして始まった作品が、最後には感情の大きさを受け入れるところまで進んで終わる。
総評
Jump Rope Gazersの大きな変化は、The Bethsが「速さ」を唯一の武器にしなくなったことである。デビュー作で魅力だった細かなギター、鋭いドラム、明るいコーラスはそのまま残っているが、タイトル曲や「You Are a Beam of Light」のように音数を減らすことで、同じバンドの別の表情が見えるようになった。静かな曲を置くことで高速曲も以前以上に速く感じられ、アルバム全体の起伏も大きくなっている。
Stokesの歌詞では、自分の感情を自分で疑う視点が一貫している。好きだから近づく、嫌だから離れるという単純な動きではなく、期待すると失望するかもしれない、愛されても自分にはその価値がないかもしれない、離れれば相手を失うかもしれないという思考が何段階も挟まる。その考えすぎる感覚を、軽い声と明快なメロディで歌うからこそ、作品は重苦しくならない。ユーモアを完全には失わずに不安を描けるところが、Stokesの作詞の強みである。
バンド演奏にも同じバランスがある。Pearceのギターは派手なソロよりStokesのパートとの細かな組み合わせを重視し、SinclairとDeckは複雑な部分でも曲の速度感を損なわない。さらにメンバーのバックコーラスが、単なる装飾ではなく主旋律への返答として機能する。The Bethsの曲がギター中心でありながら硬く聞こえすぎないのは、この声の層が演奏の角を柔らかくしているためでもある。
前作ほど最初の一聴で押し切る勢いはなく、ミドルテンポが増えたことで地味に感じられる部分もある。しかし、その変化によってThe Bethsはパワー・ポップの優れた新人から、速度や音量を変えても自分たちの曲として成立させられるバンドへ進んだ。恋愛に伴う距離と自己疑念を、爽快なギターで覆い隠すのではなく、その爽快さと不安を同時に聞かせる。Jump Rope Gazersは、その矛盾をアルバム一枚の起伏へ発展させた作品である。
おすすめアルバム
Future Me Hates Me by The Beths
2018年のデビュー作で、高速のギターと明るいコーラス、自己疑念を含む歌詞という基本形が最も勢いよく鳴っている。本作でテンポの幅が広がったことを理解するうえでも直接比較したい作品である。
Expert in a Dying Field by The Beths
次作では本作で広げた感情表現を保ちながら、ギターのフックとアルバム全体の起伏をさらに整理している。別れや記憶を扱う歌詞もより具体的になり、Stokesの作詞の発展が分かりやすい。
Mass Romantic by The New Pornographers
男女のボーカルと厚いハーモニー、勢いのあるギターによって複雑なメロディを軽快に聞かせるパワー・ポップ作品。The Bethsより密度は高いが、技巧を親しみやすいサビへ変える方法に共通点がある。
More Adventurous by Rilo Kiley
インディー・ロックの軽快さを保ちながら、恋愛の不安や自己認識を細かな言葉で描いた作品である。The Bethsとは演奏の質感が異なるが、親しみやすいメロディと複雑な感情を並べる作詞で響き合う。
Grand Prix by Teenage Fanclub
柔らかなギター、明快なコード、何層にも重なるハーモニーを中心としたパワー・ポップの代表作である。Jump Rope Gazersより穏やかだが、大音量に頼らず旋律とコーラスからギターポップの高揚を作る方法にThe Bethsとのつながりが見える。

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