1. 歌詞の概要
「Heavy Heart(ヘヴィ・ハート)」は、Bartees Strange(バーティーズ・ストレンジ)が2022年にリリースしたセカンドアルバム『Farm to Table』の先行シングルとして発表された楽曲であり、これまでの自身のキャリア、家族、成功、そして罪悪感に至るまで、内省的かつ壮大に振り返る“感謝と葛藤”の歌である。
タイトルが示すとおり、この曲の中心にあるのは「重たい心」――つまり、過去の選択や人間関係、期待や不安が積み重なっていく中で、喜びと同時に生まれる“責任”や“悔い”といった複雑な感情である。
Barteesはここで、音楽家としての成功をつかみつつある現在と、かつて夢を語っていた無名の自分とを静かに重ね合わせる。その語り口は誠実でありながら、どこか詩的な距離感も保っていて、聴く者に強く訴えかけてくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bartees Strangeは、ワシントンD.C.を拠点に活動するジャンル横断型アーティストとして知られ、ブラック・ロックの再定義やポスト・インディーの代表的存在とも言われている。「Heavy Heart」は、そんな彼がパンデミック以降に再構築した価値観――「家庭とキャリア」「誇りとプレッシャー」「愛と距離」といった二項対立をテーマに据えている。
この楽曲では、父親との関係、音楽への愛、ツアーでの孤独、過去の後悔などが織り交ぜられた歌詞が、緻密なプロダクションと共に繰り広げられる。ミックスの巧妙さやサウンドの層の厚みは、Barteesがプロデューサーとしても極めて高い技量を持つことを示しており、彼自身の進化を象徴する作品となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I was in a heavy heart
心が重く沈んでいたRolling through a Texas mall
テキサスのモールを歩いてた時にI saw my father’s face
父の面影がふと浮かんだんだIn every stranger’s eyes
通りすがりの人たちの目の中にさえI should be celebrating
本当なら、今は祝うべき時なのにBut I just feel bad
それなのに、なぜか罪悪感ばかりが募る
歌詞引用元:Genius Lyrics – Heavy Heart
4. 歌詞の考察
「Heavy Heart」は、自己肯定と自己批判の狭間で揺れる“アーティストとしての成熟”を描いている。成功したときに感じるべき喜びが、必ずしもポジティブな感情だけではないという点に、この曲の本質がある。
Barteesは、「自分がここまで来られたのは多くの支えがあったから」という感謝を語りながらも、それによって逆に「何かを失ってしまったのではないか」という恐れや、「自分だけが得をしているのではないか」という罪悪感に苛まれている。
「父の顔を、見知らぬ人の目の中に見る」という表現は、時間と空間を越えて自分を形作ってきたルーツとの再会であり、そこには誇りと共に“向き合いきれなかった過去”も混じっている。つまりこの曲は、「今ある自分」を肯定する一方で、「かつての自分」や「関係を築けなかった人々」に対する複雑な想いを描いている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Night Me and Your Mama Met by Childish Gambino
記憶の中にある愛と、その重さを叙情的に語ったスロージャム。 - Afraid of Everything by Now, Now
自分の成功や変化に対する漠然とした不安を描いた、内省的オルタナ。 - Savior Complex by Phoebe Bridgers
愛されることに疲れてしまう感情と、自己犠牲的な傾向を鋭く描くバラード。 - Hunger by Florence + The Machine
満たされない空白を追い続ける心を、詩的に昇華したエモーショナルな一曲。
6. “喜びの裏にある、痛みという名の影”
「Heavy Heart」は、“幸せ”や“成功”という一見ポジティブなテーマの裏に、抑えきれない不安や孤独があることを見つめた楽曲である。Bartees Strangeは、その矛盾を隠さず、むしろ誠実に抱きしめようとする。だからこそ、この曲はリスナーの心に深く刺さる。
世間が期待する「成功の美学」から外れた形で、「今、ここにいること」を見つめる。そこにはカタルシスもなければ、劇的な転換もない。ただ、過去と現在が重なり合い、その中でどうやって生きていくか――その“問いの途中”にある心を、「Heavy Heart」はそのまま音楽にしている。
Bartees Strangeは、この曲で“重たさ”を隠さない。それは彼が、自分の感情のすべてを肯定する覚悟を持っているからだ。そしてその覚悟こそが、この楽曲をただの告白ではなく、リスナーへの贈り物に変えている。誰しもが抱える“重たい心”を、少しだけ軽くしてくれるような、静かな力をもった一曲である。
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