
発売日:2013年3月26日
ジャンル:インディーロック/ニューウェイヴ/シンセポップ/オルタナティヴ・ロック
概要
The Strokesの『Comedown Machine』は、2013年に発表された通算5作目のスタジオ・アルバムであり、2000年代ガレージロック・リバイバルの象徴だった彼らが、よりシンセポップ、ニューウェイヴ、AOR、80年代的なポップ感覚へ接近した作品である。2001年のデビュー作『Is This It』で、The Strokesはロックンロールの簡潔さ、都市的な倦怠、ラフなギター・サウンドを再定義し、2000年代以降のインディーロックに大きな影響を与えた。しかし、その後の作品では、彼らは常に“デビュー作の再現”という期待と向き合うことになる。
前作『Angles』(2011年)では、バンド内部の制作方法の変化や、シンセサイザー、80年代的な音色の導入が目立った。『Comedown Machine』はその方向性をさらに押し進めた作品であり、初期The Strokesのストレートなギター・ロックを期待すると、かなり異なる印象を受ける。Julian Casablancasのヴォーカルは、低く気だるい歌い方だけでなく、ファルセットや加工された声も多用される。ギターも荒々しいリフより、細かいフレーズ、クリーンな音色、シンセ的な質感へ近づいている。
タイトルの「Comedown Machine」は、陶酔の後に訪れる下降感、熱狂が冷めた後の空虚さを思わせる。The Strokesはデビュー時に一気に時代の中心へ押し上げられたバンドであり、その後は常に期待、疲労、距離感、自己模倣への抵抗を抱えてきた。本作には、その“祭りの後”の感覚が強く漂っている。華やかなロックの復権を宣言するアルバムではなく、熱狂の後に残ったバンドが、別の音楽的語彙で自分たちを再配置する作品である。
音楽的には、A-ha、The Cars、Talking Heads、Blondie、80年代シンセポップ、さらにはソフトロックやファンクの影響も感じられる。初期作品のニューヨーク的なガレージ感は薄れ、より人工的で、どこか冷たいポップ・アルバムになっている。ただし、その冷たさの中にも、The Strokes特有のメロディ感覚、皮肉、ロマンティックな倦怠は残されている。
全曲レビュー
1. Tap Out
「Tap Out」は、アルバムの幕開けとして、本作の新しい音楽性を明確に示す楽曲である。イントロの軽快なギターとファンク的なリズムは、初期The Strokesの荒いガレージロックとは異なり、洗練された80年代ニューウェイヴの質感を持っている。
Julian Casablancasのヴォーカルはやや抑制され、メロディは滑らかに流れる。歌詞では、関係の終わり、逃避、諦めの感覚が漂う。“tap out”は格闘技で降参することを意味し、ここでは感情的な限界や、何かから手を引く姿勢として響く。アルバム全体にある疲労と撤退のムードを、軽やかなポップサウンドで包んだ楽曲である。
2. All the Time
「All the Time」は、本作の中では比較的初期The Strokesに近いギター・ロック曲である。シンプルなリフ、直線的なビート、キャッチーなサビがあり、ファンにとっては最も分かりやすい入口となる。
ただし、完全な原点回帰ではない。音は以前よりも整理され、演奏にはかつての粗さよりも余裕がある。歌詞では、関係の中で繰り返される曖昧な約束や、変わらない態度が描かれる。“all the time”という反復の言葉は、永続性というより、同じ失敗を何度も繰り返す感覚として響く。
3. One Way Trigger
「One Way Trigger」は、『Comedown Machine』を象徴する異色曲である。高速のシンセ風ギター、跳ねるリズム、Julianのファルセットが印象的で、初期The Strokesの低く気だるい歌声とは大きく異なる。
曲調は明るく軽快だが、歌詞には関係から逃げ出したい感覚、結婚や責任への不安、人生の選択に追い詰められる感情が含まれている。サウンドはA-ha的な80年代シンセポップを思わせるが、その裏には強い焦燥感がある。The Strokesが自分たちの定型から意識的に離れようとした重要曲である。
4. Welcome to Japan
「Welcome to Japan」は、タイトル通り日本を想起させるが、具体的な日本描写というより、異国、消費文化、夜の都市、関係のずれをめぐる楽曲である。The Strokesらしい皮肉と軽薄さがあり、タイトルのポップさに対して歌詞はどこか醒めている。
音楽的には、ファンク的なベースラインとニューウェイヴ的なギターが中心で、非常にリズミカルである。Julianのヴォーカルは言葉を少し投げるように配置され、曲全体に都会的な冷たさを与える。アルバムの中でも、ダンスロックとしての完成度が高い楽曲である。
5. 80’s Comedown Machine
「80’s Comedown Machine」は、アルバムタイトルと直接結びつく重要曲である。タイトル通り、80年代的な音像と、陶酔後の下降感が重ねられている。曲調はスローで、浮遊感があり、The Strokesとしては非常に内省的である。
歌詞では、過去の夢、失われた感情、熱狂の後の寂しさが漂う。80年代的なサウンドは単なる懐古ではなく、記憶の中でぼやけた過去として扱われている。アルバム全体の“醒めたロマンティシズム”を最も静かに表した楽曲である。
6. 50/50
「50/50」は、本作の中でも最も荒々しいロックナンバーである。短く、速く、ノイジーで、初期The Strokesの攻撃性を思わせる。ただし、その音はやや歪んでいて、単純なガレージロックというより、苛立ちを圧縮したような曲である。
タイトルは半分半分、曖昧な状態、どちらにも振り切れない関係を示す。歌詞には、衝突、疑念、感情の分裂が感じられる。アルバムの中で、シンセポップ的な柔らかさに対する鋭いアクセントになっている。
7. Slow Animals
「Slow Animals」は、タイトルからして奇妙で、鈍く動く動物のような存在を連想させる。人間の本能、関係の鈍化、感情の反応の遅れがテーマとして浮かぶ。
音楽的には、メロディアスでありながら、どこか不安定である。ギターの響きは軽く、ヴォーカルは少し距離を置いている。歌詞では、若さ、欲望、相手への理解不能感が描かれる。The Strokesらしい、甘さと皮肉が混ざった楽曲である。
8. Partners in Crime
「Partners in Crime」は、犯罪の共犯者というタイトルを持つ楽曲である。恋人同士や友人同士の関係を、社会の外側で結びつく共犯関係として描いているように響く。
サウンドは軽快で、ギターとリズムの動きが細かい。歌詞には、逃避、秘密、共謀、若さの危うさがある。The Strokesの音楽では、ロマンティックな関係がしばしば都市の夜や不良性と結びつくが、この曲でもその感覚が残っている。
9. Chances
「Chances」は、本作の中でも特に美しいバラード的な楽曲である。シンセの柔らかな響きと、Julianのファルセット気味のヴォーカルが印象的で、The Strokesのメロディアスな側面が強く表れている。
歌詞では、失われた可能性、愛の不確かさ、もう一度やり直せるかどうかという問いが描かれる。タイトルの“chances”は、希望であると同時に、すでに逃してしまったものでもある。アルバム後半の感情的な中心となる曲である。
10. Happy Ending
「Happy Ending」は、タイトルに反して、単純に幸福な結末を歌う曲ではない。むしろ、ポップソングや物語が求める“ハッピーエンド”への皮肉が込められているように響く。
曲調は明るく、リズムも軽快で、ニューウェイヴ的なポップ感覚がある。しかし歌詞には、関係の終わりや感情のすれ違いがにじむ。The Strokesはここで、明るい音楽の中に空虚さを入れる。タイトルと内容のズレが、本作らしい醒めたユーモアを生んでいる。
11. Call It Fate, Call It Karma
ラストを飾る「Call It Fate, Call It Karma」は、『Comedown Machine』の中でも最も異質で、幻想的な楽曲である。古いラジオから流れてくるような音質、ゆったりしたテンポ、レトロなメロディが、アルバムを夢の中で閉じる。
タイトルは「運命と呼んでもいい、カルマと呼んでもいい」という意味で、説明できない関係や出来事を受け入れる感覚がある。歌詞は断片的で、未解決のまま残される。The Strokesのアルバムがこのような曖昧で幽霊のような曲で終わることは、本作の特異性をよく示している。熱狂の後の余韻、記憶、諦めが静かに漂う終曲である。
総評
『Comedown Machine』は、The Strokesのキャリアの中でも評価が分かれやすい作品である。初期のガレージロック的な鋭さを求めるリスナーには、シンセポップやファルセット、80年代的な軽さが違和感として響くかもしれない。しかし、本作はバンドが自分たちの過去から距離を取り、別のポップ感覚へ向かった重要なアルバムである。
本作の核にあるのは、熱狂の後の空虚さである。デビュー作で時代の中心に立ったThe Strokesは、以後ずっとそのイメージと比較され続けた。『Comedown Machine』では、そのプレッシャーに真正面から応えるのではなく、むしろ少し斜めに逃げ、80年代ポップ、ニューウェイヴ、ファンク、ソフトロックを取り込みながら、醒めた美しさを作っている。
音楽的には、「One Way Trigger」「Welcome to Japan」「80’s Comedown Machine」「Chances」「Call It Fate, Call It Karma」などに、新しいThe Strokes像がはっきり表れている。ギター・バンドでありながら、音の質感はシンセポップ的で、ヴォーカルも従来より多彩である。荒々しいロックの再現ではなく、疲労、皮肉、諦め、甘いメロディを混ぜたポップ・アルバムとして聴くべき作品である。
『Comedown Machine』は、The Strokesの代表作として最初に挙げられるアルバムではない。しかし、バンドが自分たちの定型を壊し、後の『The New Abnormal』にもつながるメロディアスで80年代的な方向性を探った作品として重要である。冷たく、軽く、少し寂しい、The Strokes後期の隠れた転換点である。
おすすめアルバム
- The Strokes『Is This It』(2001)
デビュー作にして代表作。ガレージロック・リバイバルの基準となった名盤。
– The Strokes『Angles』(2011)
『Comedown Machine』直前の作品。80年代的な音色やバンドの変化が見え始めている。
– The Strokes『The New Abnormal』(2020)
80年代的なメロディと成熟したソングライティングが結実した後期の代表作。
– The Cars『Heartbeat City』(1984)
ニューウェイヴ、ロック、シンセポップの融合という点で、本作の背景を理解しやすい。
– A-ha『Hunting High and Low』(1985)
ファルセット、シンセポップ、哀愁ある80年代メロディの参照点として関連性が高い。

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