
- 発売日: 2011年3月18日
- ジャンル: インディー・ロック、ガレージ・ロック・リバイバル、ニューウェイヴ、ポストパンク、オルタナティヴ・ロック、シンセ・ロック
概要
The Strokesの4作目のスタジオ・アルバム『Angles』は、バンドのキャリアにおいて非常に複雑な位置にある作品である。2001年のデビュー作『Is This It』によって、彼らは2000年代初頭のロック・リバイバルを象徴する存在となった。ニューヨークの地下クラブの空気、The Velvet UndergroundやTelevision、The Modern Lovers、The Cars、Blondieなどの影響を感じさせる簡潔なギター・ロック、ジュリアン・カサブランカスの気だるいヴォーカル、無駄を削ぎ落とした曲構成は、当時のロック・シーンに大きな衝撃を与えた。
続く『Room on Fire』では、そのスタイルをさらに洗練させたが、同時に「同じことを繰り返している」という批判も受けた。2006年の『First Impressions of Earth』では、サウンドをより重く、長く、ドラマティックに拡張しようとしたが、結果として初期の鋭いミニマリズムから距離を取り、評価は分かれた。『Angles』は、その後の長い空白を経て発表された作品であり、The Strokesが自分たちの過去とどう向き合い、どのように次へ進もうとしたのかが刻まれている。
タイトルの『Angles』は、「角度」や「視点」を意味する。これはアルバムの性格をよく表している。本作は、ひとつの明確な方向へ進む作品というより、複数の角度からThe Strokesというバンドを見直すアルバムである。初期のガレージ・ロック的な鋭さ、80年代ニューウェイヴやシンセ・ポップへの接近、レゲエ的なリズム、ポストパンク的なギターの絡み、ポップなメロディ、そしてメンバー間の緊張感が混在している。
本作の制作過程は、バンド内の距離感を反映していると言われることが多い。ジュリアン・カサブランカスは、他のメンバーと完全に同じ空間で一体となって録音するというより、部分的に離れた形でヴォーカルを録る場面もあったとされる。この背景は、音楽そのものにも表れている。『Angles』には、The Strokesらしい鋭い一体感がある一方で、どこか断片的で、各メンバーのアイデアが異なる方向を向いているような感覚もある。
しかし、その分裂感こそが本作の重要な特徴でもある。『Is This It』や『Room on Fire』のような統一された美学とは異なり、『Angles』は不安定で、曲ごとに色合いが変わる。初期のファンにとってはまとまりに欠けるように聞こえるかもしれないが、別の視点から見ると、The Strokesが自分たちの様式を意図的に揺さぶった作品でもある。バンドが過去の成功に閉じ込められず、80年代的なポップ感覚やより明るいリズム、異なるギターのテクスチャーを試みている点は重要である。
音楽的には、本作はガレージ・ロック・リバイバルの直線性から、ニューウェイヴ的な色彩へ大きく接近している。Albert Hammond Jr.とNick Valensiのギターは、従来のザクザクしたリフだけでなく、よりクリーンで細かく絡み合うフレーズを多用する。Nikolai Fraitureのベースは曲の骨格を支え、Fab Morettiのドラムは曲ごとに軽快な跳ねや硬質なリズムを使い分ける。ジュリアンのヴォーカルは、初期のローファイな拡声器越しのような質感から少し変化し、より高音域やポップなメロディを扱う場面が増えている。
歌詞面では、疎外、関係のすれ違い、時間の経過、自己認識、都市的な孤独、過去への距離が中心となる。The Strokesの歌詞はもともと明確な物語よりも、断片的なフレーズや態度、気分によって成立していた。本作でもその傾向は続いているが、初期作品にあった若者特有のクールな無関心よりも、ここではより大人になった後のぎこちなさや、関係を修復できない不器用さが目立つ。バンド自身の状況と重ねて聴くこともできる。
『Angles』は、The Strokesの最高傑作として語られることは少ないかもしれない。しかし、彼らのディスコグラフィの中では非常に重要な転換点である。初期の神話から抜け出そうとする意志、メンバー間の複数の視点、80年代ポップへの接近、その後の『Comedown Machine』や『The New Abnormal』へつながるサウンドの萌芽が含まれている。本作は、完成された一枚というより、バンドが再び動き出すための不安定な再起動の記録である。
全曲レビュー
1. Machu Picchu
オープニング曲「Machu Picchu」は、『Angles』の方向性を最初から明確に示す楽曲である。タイトルはペルーの古代遺跡を指すが、曲自体は南米的な直接性よりも、レゲエやニューウェイヴのリズム感を取り入れた軽快なロックとして展開する。The Strokesが初期の直線的なガレージ・ロックから、より多彩なリズムへ踏み出していることがよく分かる。
音楽的には、ギターのカッティングとリズムの跳ね方が印象的である。Fab Morettiのドラムは硬く疾走するのではなく、少し空間を持ったグルーヴを作る。ギターは左右で細かく絡み、The Strokes特有のツイン・ギターの構造は残しながらも、質感はより明るく、軽い。ジュリアンのヴォーカルは、どこか皮肉っぽく、同時に不思議な開放感を帯びている。
歌詞では、文明、消費、現代生活への違和感、個人の居場所のなさが断片的に示される。マチュピチュという古代遺跡のイメージと、現代的な不安や虚しさが重なることで、歴史の重みと現代の軽薄さが対比される。壮大なタイトルに対して、曲はあくまでポップで軽やかである。そのズレがThe Strokesらしい。
アルバムの冒頭にこの曲が置かれることで、『Angles』は単なる原点回帰ではないことを宣言する。リズムの変化、明るい音色、80年代的な色彩が、本作の新しい角度を提示している。
2. Under Cover of Darkness
「Under Cover of Darkness」は、『Angles』の中でも最もThe Strokesらしい魅力を持つ楽曲であり、本作を代表する一曲である。鋭く絡み合うギター、疾走感のあるリズム、切なさを含んだメロディ、ジュリアン・カサブランカスの気だるい歌声が、初期のバンドの魅力を思い起こさせる。
音楽的には、Albert Hammond Jr.とNick Valensiのギターの掛け合いが非常に重要である。片方がリズムを刻み、もう片方がメロディックなフレーズを差し込むことで、曲に立体感が生まれる。The Strokesのツイン・ギターは、単に厚みを作るためではなく、会話のように機能する。この曲では、その強みが最も分かりやすく表れている。
歌詞では、別れ、孤立、何かから逃げること、あるいは暗闇に隠れて行動する感覚が描かれる。タイトルの「Under Cover of Darkness」は、暗闇を利用して隠れることを意味する。これは恋愛や友情のすれ違いとしても、バンド内の距離感としても読める。明るく疾走する曲調の中に、関係の断絶や戻れない時間への寂しさがある。
この曲は、初期The Strokesを愛するリスナーにとって非常に受け入れやすい楽曲である。ただし、完全な過去の再現ではない。ギターの音色やメロディには『Angles』らしい明るい色彩もあり、過去のスタイルを現在のバンドの状態へ接続する役割を果たしている。
3. Two Kinds of Happiness
「Two Kinds of Happiness」は、タイトルからして本作の多面的な性格を象徴している。二種類の幸福とは何か。瞬間的な快楽と長期的な安心、個人の自由と関係の安定、過去の栄光と現在の選択。さまざまな解釈が可能である。曲自体も、The Strokesのガレージ・ロック的な要素と80年代的なポップ感覚が混ざった構成になっている。
音楽的には、イントロからニューウェイヴ色が強い。The Carsを思わせる硬質なポップ感覚、軽いシンセ的な響き、明るく開けたサビが特徴である。一方で、ギターの質感やリズムの推進力にはThe Strokesらしさも残る。曲はどこか懐かしく、同時に少し人工的である。
歌詞では、幸福のあり方が単純ではないことが示唆される。人は幸福を求めるが、その幸福が何であるかを正確に理解しているとは限らない。楽しい瞬間が必ずしも深い満足につながるわけではなく、安定が必ずしも自由を意味するわけでもない。この曲の明るいサウンドは、そうした曖昧な問いを軽やかに包んでいる。
「Two Kinds of Happiness」は、『Angles』の中でも評価が分かれやすい曲である。初期The Strokesのローファイな鋭さを期待すると、やや明るすぎるように感じられるかもしれない。しかし、本作が80年代的なポップの角度からバンドを再構成しようとしていることを理解するうえでは、重要な楽曲である。
4. You’re So Right
「You’re So Right」は、アルバムの中でも特に冷たく、神経質で、実験的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは「君はまったく正しい」という意味だが、その言葉は素直な同意というより、皮肉や諦めを含んでいるように響く。曲全体にも、関係の中での不信や緊張が漂っている。
音楽的には、硬質なギター・フレーズと無機的なリズムが中心である。明るく開けた前曲とは対照的に、この曲は閉じた空間の中で機械的に進む。ギターの音は鋭く、どこかポストパンク的で、曲全体には不安定な空気がある。ジュリアンのヴォーカルも感情を大きく表に出さず、冷たく処理されたように聞こえる。
歌詞では、相手の正しさを認めながらも、その関係がうまくいっていないことが示される。誰かが正しいとしても、それで問題が解決するわけではない。むしろ、正しさが関係をさらに冷たくすることもある。この曲の緊張感は、感情ではなく理屈が支配してしまった関係の息苦しさに近い。
「You’re So Right」は、『Angles』の中でThe Strokesがより硬質で実験的な方向へ向かった瞬間である。ポップな魅力は控えめだが、アルバムの多角的な性格を強める重要な曲である。
5. Taken for a Fool
「Taken for a Fool」は、『Angles』の中でも特に完成度の高いポップ・ロック曲であり、The Strokesらしいメロディと新しい音色のバランスがよく取れている。タイトルは「愚か者扱いされる」という意味を持ち、関係の中で利用されること、軽く見られることへの苛立ちが感じられる。
音楽的には、軽快なギターとベースの動きが印象的である。リズムはタイトで、曲はコンパクトにまとまっている。サビのメロディは非常にキャッチーで、初期The Strokesの簡潔さを思わせるが、音色はより明るく、ややニューウェイヴ的である。
歌詞では、相手に誤解されること、見くびられること、あるいは自分自身が状況を正確に見られていないことが描かれる。愚か者にされるという感覚は、恋愛だけでなく、社会的な関係やバンド内の緊張にも通じる。自分は分かっているつもりでも、いつの間にか利用され、笑われているかもしれない。この小さな不信感が曲に鋭さを与えている。
「Taken for a Fool」は、『Angles』の中で最もシングル向きの曲のひとつであり、The Strokesのポップ・センスが健在であることを示している。バンドの過去と新しい方向性が比較的自然に結びついた楽曲である。
6. Games
「Games」は、『Angles』の中でも特にシンセ・ポップ/ニューウェイヴ的な色彩が強い楽曲である。タイトルは「ゲーム」を意味し、人間関係の駆け引き、感情の操作、あるいは人生そのものがルールの曖昧なゲームのように進む感覚を示している。
音楽的には、シンセサイザー風の音色が前面に出ており、The Strokesの初期イメージとはかなり異なる。ギターはロック的な攻撃性よりも、テクスチャーとして配置されている。リズムも軽く、曲全体には80年代ポップの影響が濃い。これはジュリアン・カサブランカスのソロ作『Phrazes for the Young』の方向性とも接続できる。
歌詞では、感情がゲームのように扱われることへの違和感がある。恋愛や人間関係は、時に互いの本音を隠し、相手の反応を読み、優位に立とうとするゲームになる。しかし、そのゲームには明確な勝者がいない。むしろ、全員が少しずつ傷ついていく。
「Games」は、The Strokesのギター・ロックとしての魅力を期待する聴き手には異色に聞こえるかもしれない。しかし、『Angles』が単なる回帰ではなく、80年代的な人工性やポップな表面を取り入れる試みであったことを考えると、非常に重要な曲である。
7. Call Me Back
「Call Me Back」は、本作の中でも最も静かで、内省的な楽曲である。タイトルは「折り返し電話して」という日常的な言葉だが、その響きには孤独、待つこと、返事が来ないことへの不安が含まれている。The Strokesの中では珍しく、空白と沈黙を強く感じさせる曲である。
音楽的には、非常に抑制されている。ギターやシンセ的な音は最小限で、空間が広く取られている。ジュリアンの声も近く、低く、まるで電話越しの独白のように響く。曲は大きく展開せず、待ち続ける時間そのものを音楽化している。
歌詞では、誰かからの返事を待つ感覚が描かれる。電話をかけても戻ってこない。言葉を投げても応答がない。現代的なコミュニケーションの中で、最も不安を生むのは沈黙である。この曲は、その沈黙の重さを非常に静かに表現している。
「Call Me Back」は、『Angles』の中で感情的な深みを与える重要な曲である。派手なロック・ソングではないが、バンドが持つメランコリーを最も素直に表した楽曲のひとつである。初期The Strokesのクールさの裏にあった孤独が、ここではより露出している。
8. Gratisfaction
「Gratisfaction」は、タイトルの時点で言葉遊びを含む楽曲である。「gratification」と「satisfaction」が混ざったような語感を持ち、満足、快楽、承認欲求への皮肉を感じさせる。音楽的には、アルバムの中でも特に明るく、クラシック・ロック的な軽快さを持つ曲である。
サウンドには、Thin Lizzyや70年代ロックを思わせるギターの明るい走りがある。The Strokesとしては珍しく、少し陽気で開放的な雰囲気がある。ギターのフレーズはメロディックで、リズムも軽く、曲全体に楽観的なエネルギーが漂う。
しかし、歌詞では満足や成功が単純には肯定されない。人は満たされたいと思い、承認されたいと思うが、その欲求は終わりがない。満足を得た瞬間にも、次の不満が生まれる。「Gratisfaction」という造語的なタイトルは、その欲望の滑稽さを表しているように響く。
この曲は、『Angles』の中で最も軽やかな瞬間のひとつである。アルバム全体の不安定さや緊張を和らげる役割を持つ一方で、The Strokesが過去のポストパンク/ガレージだけでなく、よりクラシックなロックの明るさにも接近していたことを示している。
9. Metabolism
「Metabolism」は、アルバム終盤で最も重く、ドラマティックな楽曲である。タイトルは「代謝」を意味し、身体の内側で絶えず行われる変化、消費、変換を示す。The Strokesの楽曲タイトルとしてはやや異質で、生物学的かつ抽象的な響きを持つ。
音楽的には、『First Impressions of Earth』に近い重厚さがある。ギターは厚く、リズムは重く、曲全体に暗い緊張感が漂う。前曲「Gratisfaction」の軽さとは対照的で、アルバム終盤に再び深い陰影をもたらしている。ジュリアンのヴォーカルも、より切迫し、劇的である。
歌詞では、変わりたいという欲求と、変われない身体や精神の重さが描かれる。代謝とは、生きている限り続く変化である。しかし、人間は常に望ましい形へ変化できるわけではない。内側では何かが変わり続けているのに、自分自身は同じ失敗や不安に閉じ込められている。この矛盾が曲の重さを作っている。
「Metabolism」は、『Angles』の中で最も暗い曲のひとつであり、バンドの内面的な不安が強く表れている。軽快なニューウェイヴ色の強い本作の中で、この曲は過去作の重さを引き戻す役割を果たしている。
10. Life Is Simple in the Moonlight
ラスト曲「Life Is Simple in the Moonlight」は、『Angles』を締めくくるにふさわしい、メランコリックで美しい楽曲である。タイトルは「月明かりの下では人生は単純だ」という意味を持つ。昼間の現実では複雑な人生も、月明かりの中では一時的に簡単に見える。これは非常に詩的で、同時に儚い感覚である。
音楽的には、穏やかなギターと柔らかなメロディが中心である。曲は大きく爆発せず、ゆっくりと余韻を残しながら進む。アルバム全体の不安定な方向性を最後に静かにまとめるような役割を持つ。ジュリアンのヴォーカルには、諦めと優しさが同居している。
歌詞では、人生や関係を単純に理解したいという願望が描かれる。しかし、月明かりの中で単純に見えるものは、太陽の下では再び複雑になる。つまり、この曲の穏やかさは永続的な救いではない。一時的な視点の変化であり、夜の間だけ許される静かな錯覚である。
この終曲は、『Angles』というタイトルとも深く結びつく。人生は角度によって違って見える。暗闇の中、月明かりの下では、複雑なものも少しだけ単純に見えるかもしれない。しかし、その見え方もまた一つの角度にすぎない。「Life Is Simple in the Moonlight」は、本作の複数の視点を静かに受け止める美しいラストである。
総評
『Angles』は、The Strokesのディスコグラフィの中で最も評価が分かれやすい作品のひとつである。『Is This It』や『Room on Fire』のような統一された鋭い美学を期待すると、本作は散漫に聞こえるかもしれない。実際、曲ごとに方向性は大きく異なり、ガレージ・ロック、ニューウェイヴ、シンセ・ポップ、レゲエ的なリズム、クラシック・ロック風の明るさ、重いオルタナティヴ・ロックが混在している。しかし、その多方向性こそが『Angles』の本質である。
本作は、The Strokesが自分たちの過去のイメージから抜け出そうとしたアルバムである。デビュー作であまりにも明確な美学を確立してしまったバンドにとって、その後のキャリアは常に「初期のようであるべきか」「変化するべきか」という問題と向き合うことになる。『Angles』は、その答えを一つに決めず、複数の角度を同時に提示した作品である。だからこそ、アルバムとしては不安定でありながら、興味深い。
音楽的には、80年代ニューウェイヴへの接近が大きな特徴である。「Two Kinds of Happiness」「Games」「Machu Picchu」などでは、The CarsやBlondie、Talking Heads以降の明るく硬質なポップ感覚が感じられる。一方で、「Under Cover of Darkness」「Taken for a Fool」では、初期The Strokesらしいツイン・ギターの鋭さが戻っている。「Call Me Back」や「Life Is Simple in the Moonlight」では、より静かで内省的な側面も現れる。つまり本作は、バンドの複数の可能性を短いアルバムの中に詰め込んでいる。
歌詞面では、初期作品にあった若者のクールな倦怠感から、より大人のすれ違いや孤独へ移行している。関係の中で返事が来ないこと、相手の正しさに疲れること、愚か者扱いされること、月明かりの中でだけ人生が単純に見えること。これらの感覚は、若さの勢いだけでは処理できない。The Strokesはここで、自分たちがかつて象徴していた若いニューヨークのロックンロール神話から少し距離を取り始めている。
ジュリアン・カサブランカスのヴォーカルも、本作では多様な表情を見せる。初期の気だるくローファイな歌唱だけでなく、高音域やよりポップなメロディ、冷たい処理、静かな独白に近い声が使われている。これは彼のソロ活動とも関係する変化であり、The Strokesが単なるガレージ・ロック・バンドではなく、より広いポップ感覚を取り込もうとしていたことを示している。
一方で、『Angles』には明確な弱点もある。アルバム全体の統一感は初期作品に比べて薄く、曲によって完成度や方向性に差がある。バンド全体が一枚岩で鳴っているというより、複数のアイデアが並んでいるように感じられる場面もある。しかし、そのぎこちなさは制作背景と無関係ではなく、むしろこの時期のThe Strokesのリアルな状態を反映している。完全にまとまっていないからこそ、バンドが再び動き出そうとする過程が見える。
『Angles』の最も優れた点は、過去へのサービスと変化への試みが同居している点である。「Under Cover of Darkness」や「Taken for a Fool」は、The Strokesらしい魅力を求めるリスナーに応える曲である。一方で、「Games」や「Call Me Back」は、彼らが別の音像へ進む可能性を示している。この二面性は、後の『Comedown Machine』でさらに80年代的なポップへ接近し、『The New Abnormal』で成熟した形に整理される流れを考えると重要である。
日本のリスナーにとって本作は、The Strokesの代表作から入った後に聴くと、最初はやや戸惑う可能性がある。『Is This It』のような一貫したクールさや、『Room on Fire』のタイトな完成度とは異なり、『Angles』は明るく、ねじれ、時にぎこちない。しかし、そのぎこちなさの中に、バンドが変化しようとする姿がある。長く活動するロック・バンドが、自分たちの神話から逃れようとするときに生まれる摩擦を聴く作品である。
後の音楽シーンへの影響という点では、『Angles』はThe Strokes自身の再評価において重要な中間地点である。2000年代初頭のガレージ・ロック・リバイバルの象徴だった彼らが、2010年代以降にどのように自分たちを更新するか。その試行錯誤が本作には刻まれている。後のインディー・ロック・バンドが80年代的なシンセ・ポップやポストパンクを取り込む流れを考えても、本作の方向性は決して孤立したものではない。
総じて『Angles』は、完璧なアルバムではない。しかし、The Strokesの不安定な転換点として非常に興味深い作品である。初期の鋭いガレージ・ロック、美しいツイン・ギター、80年代的な明るい人工性、バンド内の距離感、大人になった後の孤独。それらが一枚の中でぶつかり合っている。タイトル通り、これは複数の角度からThe Strokesを見せるアルバムであり、その不完全さも含めて、彼らのキャリアに欠かせない一作である。
おすすめアルバム
1. The Strokes – Is This It
2001年発表のデビュー・アルバム。2000年代ガレージ・ロック・リバイバルを象徴する名盤であり、簡潔なギター・リフ、ローファイなヴォーカル、ニューヨーク的な倦怠感が高い完成度で結晶している。『Angles』の変化を理解するためにも、まず基準点となる作品である。
2. The Strokes – Room on Fire
2003年発表のセカンド・アルバム。デビュー作の美学をさらに研ぎ澄ませた作品で、ツイン・ギターの絡みとコンパクトな曲構成が際立つ。『Angles』の「Under Cover of Darkness」や「Taken for a Fool」に通じるThe Strokesらしさを強く感じられる。
3. The Strokes – Comedown Machine
2013年発表の次作。『Angles』で見られた80年代ニューウェイヴ/シンセ・ポップへの接近をさらに押し進めたアルバムである。ファルセットや柔らかなシンセ的音像が増え、The Strokesの異色作として『Angles』と合わせて聴く価値が高い。
4. Julian Casablancas – Phrazes for the Young
2009年発表のジュリアン・カサブランカスのソロ・アルバム。シンセ・ポップ、ニューウェイヴ、未来的なポップ感覚が強く、『Angles』の「Games」や「Two Kinds of Happiness」に通じる音楽的背景を理解できる作品である。
5. The Cars – The Cars
1978年発表のニューウェイヴ/パワー・ポップの名盤。硬質なギター、シンセサイザー、クールなヴォーカル、ポップなフックの融合は、『Angles』における80年代的な色彩を理解するうえで重要な参照点となる。

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