
楽曲の概要
「Machu Picchu」は、The Strokesが2011年に発表した4作目のアルバム『Angles』のオープニング曲である。作曲者としてJulian CasablancasとNick Valensiがクレジットされ、プロデュースはバンド自身とJoe Chiccarelliが担当した。2006年の『First Impressions of Earth』以来、約5年ぶりとなったスタジオ・アルバムの最初に置かれた曲であり、初期The Strokesのガレージ・ロック的な音から、シンセポップ、ニューウェーブ、1980年代的なリズム感へ接近した『Angles』の変化を端的に示している。
特に印象的なのは、Nick ValensiとAlbert Hammond Jr.のギターを、従来のようなロックのコードやリフとしてだけでなく、シンセサイザーやリズム楽器のように使っていることである。細かく切られた高音のギター、弾むベース、乾いたドラムの上でJulian Casablancasが気だるく歌い、サビでは急に音の重心が変わる。キャッチーで踊れる曲でありながら、歌詞には消耗、対立、欲望、都市生活への嫌悪が漂っており、明るい音と暗い視点のずれが「Machu Picchu」の中心になっている。
歌詞の概要
歌詞の語り手は、何かに疲れ切りながらも、その状況から完全には離れられない人物として描かれる。人間関係について語っているように聞こえる部分と、社会や都市生活について語っているように聞こえる部分が交差し、一つの明確な物語には整理されない。相手への欲望や苛立ちがあり、その背後には、自分が暮らしている環境そのものへの不信感も存在している。
重要なのは「何かを手に入れれば満足する」という感覚がほとんどないことである。語り手は関係を求めながら相手との距離を感じ、社会の中で生きながらその仕組みに嫌悪を抱く。欲望を満たそうとする行為が次の不満を生み、そこから抜けられない循環が感じられる。この疲労感は、The Strokesが初期から描いてきた都市生活の倦怠ともつながっている。
歌詞には警察や銃を連想させる社会的な言葉も現れ、個人的な恋愛だけでは説明できない広がりを持つ。ただしCasablancasは社会問題について明確な主張を組み立てるのではなく、恋愛、欲望、暴力、日常的な苛立ちを断片として並べている。そのため「Machu Picchu」は政治的な曲と断定するより、個人の不満と社会への不満が頭の中で区別できなくなっている状態を描いた曲として聞くほうが自然である。
制作背景・時代背景
The Strokesにとって『Angles』は難しい時期に作られたアルバムだった。2001年の『Is This It』で2000年代のロックを代表する存在となった彼らは、『Room on Fire』『First Impressions of Earth』と作品を重ねた後、長い活動休止へ入った。その間には各メンバーがソロ活動や別プロジェクトを進め、Casablancasも2009年にソロ・アルバム『Phrazes for the Young』を発表している。
『Angles』では、それまで作曲の大部分を担っていたCasablancasだけでなく、他のメンバーがより積極的に曲作りへ参加した。アルバム名の「Angles」も、複数の異なる角度からアイデアが持ち込まれたことを表すものとして説明されている。「Machu Picchu」はCasablancasとValensiの共作であり、この共同制作体制を象徴する曲の一つだった。
制作そのものは必ずしも円滑ではなかった。当初はJoe Chiccarelliをプロデューサーに迎えてセッションを行ったものの、最終的にはバンド自身が制作の主導権を強く握り、Casablancasが他のメンバーと離れた場所からボーカルや意見を送るという特殊な方法も取られた。こうした分散した制作環境はバンド内の緊張を生んだ一方、『Angles』の音楽を過去3作とは異なるものにした。
2011年当時、2000年代前半のガレージ・ロック・リバイバルはすでに一つの時代として定着し、その中心にいたThe Strokes自身も同じ音を繰り返す段階ではなくなっていた。「Machu Picchu」はその回答の一つである。ロック・バンドの基本編成を維持しながら、1980年代のニューウェーブやダンス・ロックを思わせる音色とリズムを取り込み、「ギター・バンドらしさ」そのものを少しずつ変形させている。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では長い歌詞を引用するより、繰り返し現れる「欲しいものと現実とのずれ」に注目すると理解しやすい。語り手は相手や周囲の世界へ不満を示す一方、自分自身もその世界の外側にはいない。距離を置きたいのに欲望があり、嫌悪しているものへ結局は巻き込まれている。
タイトルの「Machu Picchu」も歌詞の中で物語上の場所として詳しく説明されるわけではない。そのため、ペルーの遺跡について歌った曲として読む必要はない。むしろ意味が一つに固定されない固有名詞をタイトルへ置くことで、曲全体の断片的で少し異国的な響きを強めている。
サウンドと歌詞の考察
「Machu Picchu」で最初に耳を引くのは、細かく刻まれるギターである。音を長く伸ばさず、一つ一つを短く切り、規則的なパターンとして並べているため、普通のエレクトリック・ギターというよりシーケンサーやシンセサイザーのように聞こえる。The Strokesは初期から二本のギターを巧みに分担してきたが、この曲では「二人のギタリストがコードとリードを担当する」という伝統的な役割分担をさらに崩している。
特に高音域のギターは、レゲエやスカで使われる裏拍のカッティングを連想させる軽さを持つ。拍の中心を重く押すのではなく、その隙間へ短い音を置くため、演奏には跳ねるような感覚が生まれる。ただし本格的なレゲエのグルーヴを再現しているわけではなく、ニューウェーブ的に硬く整えられている。この少し人工的なリズム感が曲の特徴である。
Nikolai Fraitureのベースは、この軽いギターに対して曲の下側を大きく動かす。単純にギターのルート音を追うだけではなく、フレーズとして上下しながらドラムとの間にグルーヴを作る。そのため高音のギターが細くても、曲全体が薄くならない。むしろギターが空けた場所をベースが自由に動くことで、The Strokesとしては珍しいほどダンス・ミュージックに近い身体性が生まれている。
Fabrizio Morettiのドラムも、初期作品のような直線的なロック・ビートだけではない。キックとスネアの位置は明確だが、ギターやベースとの組み合わせによって、拍を正面から押すより横へ揺らすような感覚がある。音色は比較的乾いており、巨大な残響を使わないため、複数の細かなリズムが互いにぶつからず聞こえる。
この「乾いた音」はThe Strokesの初期作品から続く特徴でもある。ただし『Is This It』では、狭い部屋でバンドが演奏しているようなローファイ感へつながっていた。「Machu Picchu」では同じ乾いた質感が、より精密で人工的なアレンジへ使われている。過去の音色を捨てるのではなく、その機能を変えているのである。
Julian Casablancasのボーカルも興味深い。ヴァースでは彼らしい低く気だるい声を使い、リズムから少し遅れて言葉を置く。そのため楽器が細かく動いているのに、歌だけは急いでいない。バックトラックが前へ進もうとする一方、ボーカルはそこへ完全には参加したくないように聞こえる。
このずれが歌詞の倦怠感とよく合っている。演奏は踊れるほど軽快なのに、語り手は楽しそうではない。欲望や対立、社会への苛立ちを、明るいダンス・ロックへ乗せることで、「楽しい場所にいるのに気分は晴れない」という感覚が生まれる。これはThe Strokesが得意としてきた、キャッチーな音楽と感情的な無気力の組み合わせを更新したものでもある。
サビに入ると、この均衡が変化する。ヴァースの細かく刻まれたギター中心のグルーヴから、より大きなコード感を持つ演奏へ広がり、Casablancasのメロディも高い位置へ向かう。曲のエネルギーは増すが、完全な解放にはならない。サビが終われば再びヴァースの反復へ戻るため、感情が一瞬外へ出ても同じ状態へ引き戻される。
この構造は歌詞の循環性とも対応する。語り手は現在の状況へ不満を持っているが、そこから脱出する具体的な方法を見つけていない。音楽もサビで一時的に視界を広げるだけで、最終的には同じリズムへ戻る。問題を解決する物語ではなく、同じ欲望と嫌悪の間を往復する状態を描いているのである。
二本のギターの関係も、The Strokesらしさを理解するうえで重要だ。Nick ValensiとAlbert Hammond Jr.は、同じコードを二人で重ねて厚くするより、異なる音域やリズムを担当することが多い。「Machu Picchu」ではその方法が特に明確で、一方がリズムの骨格を作り、もう一方が空いた場所へ別の線を入れる。結果として五人編成のロック・バンドなのに、音が密集しすぎない。
この「空間を残す」アレンジのおかげで、各楽器の反復がよく聞こえる。ギター、ベース、ドラムがそれぞれ短いパターンを持ち、それらが歯車のように組み合わさる。どれか一つだけを聞けば単純だが、同時に鳴ることで複雑なグルーヴになる。『Angles』でThe Strokesが取り入れた1980年代的な感覚は、シンセサイザーを大量に重ねることより、このパーツを分割して組み立てる発想に強く表れている。
また、曲には「ロックのギターをロックらしく聞かせない」という遊びがある。歪ませたパワーコードを中心にすれば、『Room on Fire』以前のThe Strokesへ簡単に近づけられる。しかし「Machu Picchu」はギターのアタックを短くし、反復パターンとして扱うことで、鍵盤や電子音のような役割を与える。これは『Angles』以降、バンドがさらにシンセポップへ接近していく流れの入口としても重要である。
それでもThe Strokesだとすぐ分かるのは、Casablancasの声だけが理由ではない。メロディの簡潔さ、二本のギターが互いの領域を避ける配置、ベースが独立して動くアンサンブルなど、初期からの作曲原理が残っているからである。変わったのは、その原理へ当てはめる音色とリズムだ。「Machu Picchu」は過去を否定するのではなく、同じ設計図から別の建物を作ったような曲である。
この点でアルバムの1曲目という配置は効果的だった。5年間待ったリスナーへ、初期のガレージ・ロックをそのまま再現するのではないと最初の数秒で伝える一方、サビまで聞けばThe Strokes特有のメロディ感覚も残っていることが分かる。変化と継続を同時に示す必要があった『Angles』にとって、「Machu Picchu」はその役割を最も簡潔に果たすオープニングだったのである。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Life Is Simple in the Moonlight」 by The Strokes
同じ『Angles』を締めくくる曲。こちらはシンセの比重が高く、より夜間的で内省的だが、細かなギターとCasablancasの倦怠感を組み合わせる点は共通する。アルバムの冒頭と最後を比較すると『Angles』の音楽的な幅が分かりやすい。
「Taken for a Fool」 by The Strokes
『Angles』収録曲の中でも、ギター、ベース、ドラムの細かな噛み合わせを強く押し出した一曲。「Machu Picchu」よりロック寄りだが、ヴァースとサビでリズムの感触を大きく変える構成に共通点がある。
「I Can’t Win」 by The Strokes
2003年の『Room on Fire』収録曲。初期The Strokesらしい乾いた二本のギターと直線的なリズムを聞ける。「Machu Picchu」と比較すると、同じバンドがギターの役割を2011年までにどのように変化させたかが見えやすい。
「Girls & Boys」 by Blur
1994年の『Parklife』収録曲。踊れるベースとニューウェーブ的なギターを使いながら、享楽的な都市生活を少し距離を置いて観察する。「Machu Picchu」の明るいグルーヴと冷めた視線の組み合わせに近い感触がある。
「I Zimbra」 by Talking Heads
1979年の『Fear of Music』収録曲。複数のギターとリズムを反復させ、一つ一つは単純なパターンから複雑なグルーヴを作る。「Machu Picchu」にある、ロック・バンドを巨大なリズム装置のように扱う発想と比較しやすい。
まとめ
「Machu Picchu」は、The Strokesが初期のガレージ・ロックを単純に再現するのではなく、その基本構造をニューウェーブやダンス・ロックの方向へ組み替えた曲である。短く切られた二本のギターはシンセや打楽器のように働き、動きの大きいベースと乾いたドラムが軽快なグルーヴを作る。その上でJulian Casablancasは、欲望、人間関係、社会への苛立ちが混ざった歌詞をいつもの気だるい声で歌い、踊れるサウンドと精神的な消耗を意図的にずらしている。共同作曲を増やし、複数の「角度」からバンドを再構築した『Angles』の方向性を、アルバム冒頭で最も鮮明に示した一曲である。
参照元
- The Strokes『Angles』
- RCA Records『Angles』
- Pitchfork『Angles』レビュー
- NME『Angles』関連インタビュー
- Rolling Stone『Angles』レビュー

コメント