
発売日:1975年10月10日
概要
『Come Taste the Band』は、Deep Purpleが1975年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、いわゆる“Mark IV”と呼ばれるラインナップによる唯一の作品である。リッチー・ブラックモア脱退後、アメリカ出身のギタリスト、トミー・ボーリンを迎えて制作された本作は、それまでのDeep Purpleのイメージを大きく変化させた転換作として知られている。
それまでのバンドは、『Machine Head』や『Burn』に代表されるように、ヘヴィでリフ主体のハードロックを基軸としつつ、クラシック音楽の影響やブルースの語法を融合したスタイルを確立していた。しかし本作では、ボーリンの加入によってファンク、ソウル、ジャズ、さらにはアメリカン・ロック的な感覚が色濃く流入し、従来の“英国的ハードロック”から一歩踏み出したサウンドが展開されている。
トミー・ボーリンは、ジェームズ・ギャングや自身のソロ作品で知られるギタリストであり、単なるハードロック・プレイヤーではなく、ジャズ・フュージョンやファンクにも精通した柔軟な音楽性を持っていた。そのため本作では、リッチー・ブラックモア的なクラシカルで鋭利なリフワークに代わり、より流動的でグルーヴ志向のギターが中心となる。これはバンドの音楽性を刷新する一方で、従来のファンにとっては賛否を分ける要因ともなった。
ヴォーカルのデヴィッド・カヴァデールとベースのグレン・ヒューズも、本作ではよりソウルフルでファンキーな方向性を強めており、二人の掛け合いはR&B的な色合いを帯びている。特にヒューズのファルセットやコーラスワークは、ハードロックという枠組みを越えたブラック・ミュージックへの接近を明確に示している。キーボードのジョン・ロードは依然としてバンドの核を担う存在だが、その役割もオルガン主体の重厚な響きから、よりアンサンブル志向へと変化している。
結果として『Come Taste the Band』は、Deep Purpleのディスコグラフィーの中でも異色の作品となった。従来の様式美やヘヴィネスを求めるリスナーにとっては異端に映る一方、バンドが持っていた潜在的な多様性を解放した作品として再評価も進んでいる。1970年代半ばという、ロックがジャンル的に拡張し、ファンクやジャズとの融合が進んだ時代背景を考えれば、本作はその潮流を反映した意欲作であり、単なる過渡期の産物にとどまらない意味を持っている。
また、本作を最後にDeep Purpleは一度解散へと向かうことになるため、歴史的には“第一期Deep Purpleの終章”としての意味合いも強い。その意味でも、本作は単なるスタイル変更ではなく、バンドのアイデンティティそのものが揺らいだ瞬間を記録した重要なアルバムである。
全曲レビュー
1. Comin’ Home
アルバムの幕開けを飾る「Comin’ Home」は、本作の方向性を端的に示す楽曲である。冒頭からエネルギッシュなリフが展開されるが、その質感は従来のブラックモア的な鋭さとは異なり、よりラフでグルーヴィーである。テンポは速く、ハードロック的な勢いを維持しつつも、リズムのノリにはファンク的な弾力が感じられる。
カヴァデールのヴォーカルはブルージーで力強く、ヒューズのコーラスが加わることで、音像に厚みと黒っぽさが加わる。歌詞は比較的シンプルで、帰還や再出発をテーマにしたロック的モチーフが中心だが、アルバム全体の「新体制の宣言」とも読める位置づけにある。オープニングとしての機能を十分に果たしつつ、新しいDeep Purpleのサウンドを提示する重要な一曲である。
2. Lady Luck
「Lady Luck」は、よりストレートなロックンロール的アプローチを持つ楽曲であり、シンプルでキャッチーな構造が特徴的である。リフは軽快で、リズムは跳ねるように進行し、全体として非常に親しみやすい印象を与える。
ここではボーリンのギターが、技巧を誇示するのではなく、楽曲全体の流れを支える役割に徹している点が重要である。カヴァデールの歌唱も比較的リラックスしており、アルバムの中ではややポップ寄りの位置にある。従来のDeep Purpleの重厚さを期待するとやや軽く感じられるかもしれないが、その軽やかさこそが本作の新機軸を象徴している。
3. Gettin’ Tighter
グレン・ヒューズがリードヴォーカルを担当する「Gettin’ Tighter」は、本作のファンク志向を最も明確に示すトラックである。ベースラインは前面に押し出され、リズムはタイトで跳ねるようなグルーヴを持つ。ここではハードロックというより、完全にファンク・ロック的なアプローチが採用されている。
ヒューズのヴォーカルはソウルフルで、リズムに密着した歌唱が楽曲の推進力となる。ボーリンのギターも、リフよりカッティングやフィルを重視しており、アンサンブル全体がリズム主体で構築されている。Deep Purpleの中でも異色の楽曲だが、1970年代中盤の音楽的潮流を反映した重要な試みといえる。
4. Dealer
「Dealer」は、ややダークな雰囲気を持つミディアムテンポの楽曲であり、アルバム中でもバランスの取れた一曲である。ブルースロック的な要素とファンク的なリズム感が融合しており、本作の特徴がコンパクトにまとめられている。
カヴァデールとヒューズの掛け合いはここでも効果的で、ヴォーカル面でのダイナミクスが楽曲に深みを与えている。ギターソロも比較的抑制されており、テクニカルな見せ場よりも楽曲全体の雰囲気づくりが重視されている。従来のDeep Purpleと新しい方向性の中間に位置する楽曲として機能している。
5. I Need Love
本作の中でも特にソウル色の強いトラックで、R&B的なコード進行とリズムが特徴的である。タイトル通り、テーマは愛情への欲求という普遍的なものであり、歌詞も比較的ストレートである。
ヒューズのコーラスやファルセットが重要な役割を果たし、サウンド全体に柔らかさと温かみを与えている。ボーリンのギターは控えめで、むしろキーボードやリズムセクションが中心となる構成である。Deep Purpleの楽曲としては異例のソウル・バラード的性格を持つが、それがアルバムの多様性を強調している。
6. Drifter
「Drifter」は、比較的従来のハードロックに近い質感を持つ楽曲であり、ヘヴィなリフとドラマチックな展開が印象的である。アルバム前半のファンク志向からやや回帰し、バンドのルーツに近いサウンドが提示される。
ジョン・ロードのオルガンが前面に出ており、クラシカルな響きとブルース的感覚が融合している。カヴァデールのヴォーカルも力強く、感情表現がより直接的である。アルバムの中では「旧来のDeep Purpleらしさ」を感じさせる数少ないトラックのひとつである。
7. Love Child
「Love Child」は、再びファンク寄りのグルーヴへと戻る楽曲であり、リズムセクションの存在感が非常に強い。ベースとドラムが楽曲の核を形成し、その上にギターやキーボードがレイヤーとして重ねられる。
ヴォーカルはやや軽妙で、全体としてリラックスした雰囲気を持つが、その裏には複雑なリズム構造が潜んでいる。楽曲としてのインパクトはやや控えめだが、本作の方向性を補強する役割を果たしている。
8. This Time Around / Owed to ‘G’
アルバム中でも最もドラマ性の高い楽曲であり、バラードとインストゥルメンタルが組み合わされた構成を持つ。「This Time Around」ではグレン・ヒューズのヴォーカルが中心となり、内省的で感情豊かな表現が展開される。
続く「Owed to ‘G’」では、トミー・ボーリンのギターが主役となり、流麗で叙情的なフレーズが展開される。ここでは彼のプレイヤーとしての個性が最も強く表れており、ジャズやフュージョンの影響も感じられる。アルバムの中でも特に評価の高いセクションであり、本作の芸術的側面を象徴する重要なトラックである。
9. You Keep on Moving
アルバムのラストを飾るこの曲は、カヴァデールとヒューズの共作による壮大なナンバーであり、Deep Purpleの歴史の中でも屈指の名曲として評価されることが多い。スローテンポで始まり、徐々に盛り上がっていく構成はドラマティックで、感情の起伏が明確に描かれている。
ヴォーカルの掛け合いは非常に効果的で、二人の個性が補完し合うことで豊かな表現が生まれている。ギター、オルガン、リズムセクションもそれぞれが抑制と解放を繰り返しながら、楽曲全体のクライマックスを構築する。アルバムの終幕としてだけでなく、バンドの一時的終焉を象徴するかのような余韻を持つ楽曲である。
総評
『Come Taste the Band』は、Deep Purpleというバンドが持っていた多面性を一気に解放した作品であり、その結果として評価が分かれるアルバムでもある。従来のヘヴィでクラシカルなハードロックを期待するリスナーにとっては、ファンクやソウルへの接近は異質に映るが、その変化こそが本作の本質である。
トミー・ボーリンの加入によって、バンドはリフ中心の構造からグルーヴ中心の構造へと移行し、結果としてより柔軟で開かれた音楽性を獲得した。カヴァデールとヒューズのヴォーカルもその変化に呼応し、Deep Purpleはこの時期、ハードロック・バンドという枠を越えた存在へと変貌しつつあった。
歴史的には本作の後にバンドが解散することもあり、「終焉前の混乱」として語られることも多いが、音楽的には決して過渡的な失敗作ではない。むしろ、1970年代中盤の音楽シーンにおけるジャンル融合の流れを体現した意欲的な作品として評価すべきである。
結果として『Come Taste the Band』は、Deep Purpleの中でも最も異色でありながら、同時に最も自由な作品のひとつである。従来のイメージに縛られずに聴くことで、その豊かな音楽性と時代性をより深く理解できるアルバムである。
おすすめアルバム
- Deep Purple – Burn
カヴァデール/ヒューズ加入期の出発点であり、本作との連続性と違いを比較する上で重要。
– Tommy Bolin – Teaser
ボーリンのソロ作品で、彼の音楽性が本作にどのように影響したかを理解できる。
– James Gang – Bang
ボーリン在籍時の作品で、彼のファンク/ロック融合スタイルの原点が確認できる。
– David Coverdale – White Snake(1977)
カヴァデールのブルース/ソウル志向がより明確に展開されたソロ初期作。
– Funkadelic – Standing on the Verge of Getting It On
ファンクとロックの融合という観点で、本作のグルーヴ志向と比較可能な重要作。



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