Bath County by Wednesday(2023)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

「Bath County」は、アメリカ・ノースカロライナ出身のインディーロックバンド、Wednesdayが2023年にリリースしたアルバム『Rat Saw God』の中盤に収録された楽曲であり、個人の記憶とアメリカ南部の風景が交錯するロードムービー的なロック・ナンバーである。

この曲では、主人公が車で南部を走り抜ける情景が、ひとつのカメラのように描写される。その車窓から見えるのは、Bath County(バージニア州のカウンティ)という実在の土地。そこは、時間が止まったような田舎町であり、過去の記憶や失われた愛情が濃く染みついた象徴的な場所として登場する。

同時に、「Bath County」は若さと退屈のあいだに漂う無気力さ、そして無根拠な衝動への憧れを描き出しており、言葉の一つひとつはシンプルながら、その裏にある感情は複雑で深い。ギターの轟音と語り口調のボーカルが交差し、地理的な場所が、内面の風景として映し出されるような感覚をもたらす。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Bath County」の舞台であるバージニア州バス郡は、山に囲まれた人口密度の低い土地であり、自然豊かでありながらも何かが「閉じている」印象を持つ場所だ。カーリー・ハーツマン(Karly Hartzman)はこの曲について、「実際にその地に足を運び、そこで抱いた空気感と、自分の過去の感情が自然に結びついていった」と語っている。

また、この曲はアルバム『Rat Saw God』に通底するテーマ——地方都市における若者の孤立、退屈、そして刹那的な自由の感触——を色濃く象徴する存在でもある。ノイジーなギターとリズムセクションの疾走感は、まるでアスファルトの上を滑っていく車のスピード感をそのまま音に変換したようで、ロードトリップ的な浮遊感と内省が同時に立ち上がる。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“Left a party early / With someone that I thought liked me”
パーティを早めに抜け出した 私を好いてくれてると思った誰かと

“I want to be naked, and I want to be cold”
裸になりたい そして寒さを感じたい

“This must be what they mean / When they say you’re in your prime”
これが“人生の最盛期”ってやつなんだろうね

“The south has a real good hold on me”
南部は、どうしようもなく私の心をつかんで離さない

“Felt like a sickness / But looked like a summer vacation”
それは病気みたいな感覚だった でも見た目は夏休みの風景だった

歌詞引用元:Genius – Wednesday “Bath County”

4. 歌詞の考察

「Bath County」は、一見すると旅と青春を描いた軽快なオルタナティブ・ロックに聞こえるが、実際には自己否定と肯定が交錯する非常に繊細な内面の歌である。語り手は、若さの“最盛期”とされる時期にいながら、その時間を空虚で、不安定で、どこか“間違っている”ものとして感じている。

「I want to be naked, and I want to be cold(裸になりたい、寒くなりたい)」という一節は、快楽への欲望ではなく、“感覚を取り戻したい”という自己回復への切望として響く。麻痺してしまった感情のなかで、何かリアルな痛みや寒さを感じたいという衝動は、現代の若者に共通する“感覚の渇き”そのものだ。

また、「Felt like a sickness, but looked like a summer vacation(それは病気みたいだったけど、見た目は夏休み)」というフレーズには、日常の表面と内面の落差が如実に描かれている。明るく見える風景のなかに、誰にも見せられない不穏なものが潜んでいるという感覚。それが「Bath County」の歌詞全体を貫くテーマとなっている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Cut Your Bangs by Radiator Hospital
     青春の恥ずかしさと愛情の不器用さをポップに描いた、インディーの名曲。

  • Funeral by Phoebe Bridgers
     自己喪失と罪悪感、そしてそれを誰にも伝えられない孤独を歌ったバラード。

  • Car Wheels on a Gravel Road by Lucinda Williams
     アメリカ南部の風景と記憶が交錯する、ロードトリップの名盤タイトル曲。

  • Screen by Waxahatchee
     現代の感情の鈍化と、その中でどうにか“感じる”ことを求める葛藤を描いた楽曲。

6. “風景に埋もれた感情のスナップショット”

「Bath County」は、ただの地名でも、ただの旅行ソングでもない。それは**場所と感情が重なりあった“記憶の保存装置”**のような役割を持っている。この曲の主人公は、自分がどこに向かっているのかも分からないまま車を走らせている。だが、その移動そのものが、過去と向き合うための旅になっている。

この曲が優れているのは、その“虚無感”を大仰なドラマではなく、あくまで淡々と、しかし正確に描いている点だ。誰もが経験したことのあるような些細な瞬間を拾い上げ、風景とともに焼き付けることで、Wednesdayは個人的な痛みを普遍的な詩に変換することに成功している。


「Bath County」は、失われた時間、気づかなかった痛み、そして風景に埋もれた感情をもう一度引きずり出すための音楽だ。南部の太陽の下で、誰かがそっと、悲しみを笑ってみせている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました