
1. 楽曲の概要
「Bath County」は、アメリカ・ノースカロライナ州アッシュヴィルを拠点とするバンド、Wednesdayが2023年に発表した楽曲である。5作目のスタジオ・アルバム『Rat Saw God』に収録され、アルバム発売に先立つシングルの一つとして公開された。『Rat Saw God』は2023年4月7日にDead Oceansからリリースされ、「Bath County」は「Chosen to Deserve」「Bull Believer」などと並んで、同作の世界観を先に示す役割を担った。
Wednesdayは、Karly Hartzmanを中心に、オルタナティヴ・ロック、シューゲイズ、カントリー、インディー・ロック、ノイズ・ロックを混ぜ合わせるバンドである。前作『Twin Plagues』で注目を集めた後、『Rat Saw God』では、より強いソングライティングとラウドなギター・サウンド、そしてアメリカ南部の郊外的な風景を描く歌詞によって評価を高めた。「Bath County」はその特徴が凝縮された楽曲である。
この曲のタイトルは、ヴァージニア州のBath Countyに由来する。Karly Hartzmanは、この曲をリード・ギタリストであるJake Lendermanの母の故郷、Bath Countyを訪れていたときに書いたと説明している。歌詞には、その旅行中に見た風景や、Dollywoodへ向かう途中で駐車場に倒れていた人物を見た経験が反映されているとされる。つまり「Bath County」は、架空の物語ではなく、実際に見た断片から作られた曲である。
アルバム『Rat Saw God』全体は、日常の中にある暴力、退屈、信仰、薬物、郊外のチェーン店、車での移動、若さの消耗を描く作品である。「Bath County」もその延長上にある。宗教的な言葉、観光地、ファストフードやジムのような現代的な場所、死や事故の気配が同じ歌詞の中に並ぶ。Wednesdayの魅力は、この一見ばらばらなものを、南部の生活風景として違和感なくつなげる点にある。
2. 歌詞の概要
「Bath County」の歌詞は、現実の旅行記のようでありながら、断片的な映像の連なりとして進む。語り手は、宗教的な力を持つかのような言葉から歌い始める。水の上を歩ける、死者をよみがえらせられるという表現は、キリスト教的な奇跡のイメージを思わせる。しかし、その直後に出てくるのは、Dollywoodへ向かう道、Bath Countyの子ども、Fanta、Planet Fitnessの駐車場で誰かが死んだという噂である。
この落差が曲の特徴である。神話的な言葉と、アメリカの郊外的な日常が同じ高さで並べられる。Wednesdayの歌詞では、聖なるものと俗なもの、生と死、退屈な商業施設と深刻な事件が分けられない。どれも同じ風景の中に存在する。そこに、Hartzmanの作詞の独特なリアリティがある。
歌詞の中で描かれる死や事故は、劇的な物語として処理されない。駐車場に救急車や消防車が来て、人々が立ち止まって見ている。そこで誰かが亡くなったかもしれない。そうした出来事は、ニュースの大きな見出しではなく、旅の途中で通り過ぎる風景の一部として提示される。この視点は冷淡というより、現代の生活において悲惨な出来事がどれほど日常に混ざっているかを示している。
また、この曲では「娘たち」「神」「不運」といった言葉も重要である。宗教的な世界観がある一方で、そこに明確な救済はない。信仰の言葉は残っているが、現実には人が倒れ、誰かが不運に見舞われる。神聖な言葉と荒れた日常の距離が、曲全体に奇妙な緊張感を与えている。
3. 制作背景・時代背景
「Bath County」は、『Rat Saw God』のリリースに先立って2023年2月に公開された。ミュージック・ビデオはKarly Hartzman自身が監督しており、PJ Harveyの「Man-Size」のビデオへのオマージュであることも明かされている。HartzmanはPJ Harveyの映像における自信に強い印象を受け、自分もその態度を少しの間だけ借りてみたかったと説明している。
Wednesdayが登場した2020年代前半のインディー・ロック・シーンでは、1990年代オルタナティヴ・ロックやシューゲイズの再評価が進んでいた。同時に、アメリカ南部や中西部の生活感を、ローファイでノイズの強いギター・サウンドに乗せるバンドも注目されていた。Wednesdayはその中でも、カントリー的な語り、スライド・ギター的な質感、歪んだギター、叫びに近いボーカルを組み合わせる点で独自だった。
『Rat Saw God』は、そうしたバンドの方向性が明確に結実した作品である。アルバムには、チェーン店、教会、駐車場、ドラッグ、死体、家庭、田舎道、青春の記憶が次々に現れる。それらは美化されたアメリカーナではない。むしろ、雑然としていて、壊れかけていて、時にグロテスクである。しかし、その描写には外部からの見下しではなく、実際にその場所で生きてきた人間の視線がある。
「Bath County」は、まさにその視線を象徴する曲である。歌詞はBath Countyという具体的な場所から始まるが、描かれているのは一つの土地だけではない。南部の道路沿いにある観光地、チェーン店、駐車場、宗教的な言葉、退屈と事件が隣り合う感覚が、短い曲の中に詰め込まれている。
Wednesdayのキャリアにおいても、この曲は重要である。「Bull Believer」のような長く激しい曲や、「Chosen to Deserve」のように比較的メロディの立った曲と比べると、「Bath County」は短く、荒く、観察的である。しかし、その短さの中に、バンドの持つ土地感覚とノイズの美学がはっきり表れている。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I can walk on water
和訳:
私は水の上を歩ける
この一節は、キリスト教的な奇跡を思わせる表現である。曲の冒頭に置かれることで、語り手が非現実的な力を持つかのような印象を与える。しかし、曲が進むと、その神話的な言葉はすぐに現実の風景へ引き戻される。Wednesdayは、聖なるイメージを使いながら、それを崇高なまま保つのではなく、汚れた日常の中へ落とし込む。
Kid in Bath County, Virginia
和訳:
ヴァージニア州Bath Countyの子ども
この部分では、曲が具体的な場所へ着地する。抽象的な奇跡や宗教的な言葉から、突然、地名と人物の断片へ移る。この切り替えが、曲の視点を特徴づけている。語り手は大きな物語を語るのではなく、旅の途中で見た小さなイメージを積み重ねている。
Someone died in the Planet Fitness parking lot
和訳:
Planet Fitnessの駐車場で誰かが死んだ
この一節は、曲の中でも特にWednesdayらしい表現である。死という重大な出来事が、フィットネス・ジムの駐車場というごく日常的で商業的な場所に置かれている。悲劇は特別な舞台で起こるのではなく、郊外のチェーン店のそばでも起こる。この具体性が、曲に強い現実感を与えている。
なお、歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限にとどめている。歌詞の権利は作詞者および権利管理者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Bath County」のサウンドは、Wednesdayらしいノイズを含んだギター・ロックを基調としている。曲は比較的短く、構成も複雑ではないが、ギターの歪み、粗い音像、Karly Hartzmanのボーカルによって、強い圧力を持つ。メロディはあるが、きれいに整えられたポップ・ソングではない。むしろ、歌詞の断片性に合わせるように、音もざらついた質感を保っている。
ギターは、この曲において風景を描く役割を持つ。Wednesdayのサウンドでは、ギターが単にコード進行を支えるだけでなく、湿った空気、道路の熱、郊外の荒れた感じを音として作る。「Bath County」でも、ギターはきらびやかではなく、少し濁った音で鳴る。その濁りが、歌詞に出てくる駐車場やFanta、消防車のようなイメージとよく合っている。
リズムは前へ進むが、ダンス・ミュージックのような軽快さではない。車で移動しているような感覚があり、曲全体が旅の途中の断片として聴こえる。Dollywoodへ向かうという歌詞の要素とも結びつき、楽曲は一つの場所にとどまるのではなく、道路沿いの光景を通過していくように展開する。
ボーカルは、Hartzmanの語り口の個性が強く出ている。彼女の歌は、伝統的な意味で滑らかではない。言葉を少し投げつけるように歌い、時に叫びに近づく。その声は、歌詞の現実感を強めている。もしこの歌詞がきれいなボーカルで歌われていたら、観察の鋭さは薄れたかもしれない。Hartzmanの声には、見たものをそのまま言葉にせずにはいられない切迫感がある。
歌詞とサウンドの関係で重要なのは、曲が悲劇を大げさに演出しない点である。誰かの死が語られるが、曲はそこでバラード的に沈み込まない。むしろ、出来事はノイズの中を通り過ぎていく。この処理は、現実の中で人が悲惨な出来事を目撃するときの感覚に近い。すべてを理解する時間はなく、ただ見て、通り過ぎ、記憶に残る。
アルバム『Rat Saw God』の中で見ると、「Bath County」は、Wednesdayの作詞世界を短い形で提示する曲である。「Bull Believer」は長尺で、叫びやノイズの極限へ向かう曲である。一方、「Bath County」は、よりコンパクトな中に土地、信仰、死、郊外の風景を詰め込んでいる。アルバムの巨大な入口というより、作品全体の断面を見せる曲といえる。
「Chosen to Deserve」と比較すると、違いもはっきりする。「Chosen to Deserve」は、過去の悪事や若さの記憶を、比較的カントリー・ロック的なメロディで語る曲である。それに対して「Bath County」は、より観察的で、感情の説明が少ない。語り手がどう感じたかより、何を見たかが先に来る。その結果、聴き手は歌詞の断片から感情を推測することになる。
また、「Bath County」はWednesdayの南部表象を考えるうえでも重要である。アメリカ南部を描く音楽には、郷愁や伝統を強調するものが多い。しかしWednesdayは、そうした美化を避ける。彼らの南部は、DollywoodやPlanet Fitness、Fanta、駐車場、ドラッグ、信仰、事故が同居する場所である。それは醜いだけでも、美しいだけでもない。生活の中で目に入るものが、そのまま曲になる。
この曲の強さは、説明しすぎないことにある。誰が死んだのか、語り手がその人物とどう関係しているのか、なぜそれが重要なのかは明確に語られない。しかし、その不完全さが現実的である。日常の中で目撃する出来事の多くは、完全な物語として理解できない。Wednesdayは、その分からなさを曲の中に残している。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Chosen to Deserve by Wednesday
『Rat Saw God』収録曲で、Wednesdayの中では比較的メロディが前に出た楽曲である。過去の記憶、悪さ、自己開示をカントリー・ロック的な質感で描いている。「Bath County」の土地感覚を、より語りの強い形で聴きたい人に向いている。
- Bull Believer by Wednesday
同じく『Rat Saw God』収録曲で、長尺の構成とノイズの激しさが特徴である。「Bath County」が短い断片の曲だとすれば、「Bull Believer」は感情を極限まで引き延ばす曲である。Wednesdayのラウドな側面を知るうえで欠かせない。
- Quarry by Wednesday
『Rat Saw God』収録曲で、郊外的な風景と人物の断片を描く歌詞が印象的である。「Bath County」と同じく、具体的な生活の場面を並べながら、その背後にある不穏さを浮かび上がらせる。Hartzmanの観察眼がよく出た曲である。
- Pissing in a River by PJ Harvey
Wednesdayが影響を公言するPJ Harveyの文脈で聴きたい曲である。荒れた感情、身体性、ギターの緊張感が強く、「Bath County」のミュージック・ビデオがPJ Harveyへの敬意を含んでいることを考えても相性がよい。
- Simulation Swarm by Big Thief
フォーク/インディー・ロック的な音像の中で、断片的なイメージと言葉の強さを持つ楽曲である。Wednesdayほどノイズは強くないが、日常と異様さが同時に存在する歌詞の感覚には近いものがある。アメリカ的な風景を個人的な言葉で描く点で関連している。
7. まとめ
「Bath County」は、Wednesdayの『Rat Saw God』に収録された、短いながらもバンドの核心をよく示す楽曲である。ヴァージニア州Bath Countyを訪れた経験をもとに、宗教的な言葉、観光地へ向かう移動、郊外のチェーン店、死の気配が断片的に並べられる。そこには、アメリカ南部の日常が持つ不穏さと奇妙なリアリティがある。
サウンドは、歪んだギターと粗いバンド演奏を中心にしており、歌詞のざらついた風景とよく結びついている。曲は悲劇を大きく演出しない。むしろ、駐車場で誰かが倒れているような出来事を、旅の途中で見た光景として通過させる。この処理が、Wednesdayの作詞とサウンドの鋭さを示している。
『Rat Saw God』というアルバム全体の中で、「Bath County」は大きなアンセムではないかもしれない。しかし、Wednesdayが何を見て、どのように音に変えるバンドなのかを理解するうえで、非常に重要な曲である。日常の中にある暴力、信仰、退屈、ユーモア、死の気配を、飾らずにノイズの中へ置く。その姿勢が、この曲の強さである。
参照元
- Wednesday – 「Bath County」Bandcamp
- Spotify – Wednesday「Bath County」
- Pitchfork – Wednesday Share Video for New Song “Bath County”
- Dead Oceans – Wednesday『Rat Saw God』
- Apple Music – Wednesday『Rat Saw God』
- IMVDb – Wednesday「Bath County」Music Video

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