発売日: 2002年5月20日
ジャンル: インディーロック、ローファイ、オルタナティヴ・ロック、ガレージロック
“まだ書かれていないタイトル”の音——空白と沈黙を鳴らすローファイの微熱
1993年の『Last Splash』から9年の沈黙を経て、The Breedersがリリースしたサード・アルバム『Title TK』は、
カムバック作であると同時に、「音を削ぎ落とすことで世界を描く」試みでもある。
タイトルの“TK”とは、「To Come(未定稿)」を意味する編集記号。
つまり『Title TK』は、“タイトル未定”という名前の作品である。
この言葉遊びが象徴するように、本作の世界観は未完成で曖昧、
だがだからこそ極めて生々しく、瞬間的な感情の記録として機能している。
前作『Last Splash』の祝祭的カオスとは対照的に、本作は静けさと余白、呼吸の間(ま)を活かしたローファイ・アルバム。
プロデュースは再びSteve Albiniが担当し、その録音はバンドと空間の“裸の関係性”をそのまま記録するようなドキュメント的手触りを持っている。
全曲レビュー
1. Little Fury
ささくれだったギターと呟くようなヴォーカルが絡み合う、アルバムの導入曲。
怒りというよりは、不満や倦怠を抱えた“ちいさな怒り”が爆ぜる。
2. London Song
引きずるようなグルーヴと、抽象的なリリックが印象的。
“ロンドン”という地名が、具体的な風景ではなく記憶や疲労の象徴として響く。
3. Off You
本作のハイライトにして、最も静かで切ないラブソング。
Kim Dealのヴォーカルが、ため息のように重なるギターの上をさまよい、
消えていく言葉が音楽になる瞬間を捉えている。
4. The She
重く、じっとりとしたベースラインが続く中、断片的な言葉が積み重なる。
「彼女」は誰か?それとも自己の投影か。語られない物語が空間に浮かぶ。
5. Too Alive
過剰に“生きすぎている”感覚をそのまま詰め込んだようなショート・トラック。
数十秒で終わるが、その中に衝動のすべてが凝縮されている。
6. Son of Three
比較的ポップでキャッチーな構成。
だがそのポップさも、どこか「ズレたまま」に保たれていて、安定しないリズムが心地よい不安感を残す。
7. Put on a Side
リズムとコード進行にアートパンク的なスカスカさがある。
何かを隠しているようで、すべてが露出しているような音の配置。
8. Full on Idle
Tanya Donellyが書いた曲を、Kim Dealの解釈で再録。
元の曲の鮮やかさが、よりそっけなく、そして突き放した温度感に変わっているのが印象的。
9. Sinister Foxx
タイトルの“いかがわしさ”そのままに、フェティッシュで気だるい空気が充満する。
ギターと声が会話を交わすような、親密で不穏な時間。
10. Forced to Drive
弛緩したギターと、抑制されたボーカルが続く。
どこにも行かないドライブのような曲。運転というより、逃避に近い音。
11. T and T
ツインヴォーカルとオルタナ・ポップ的なメロディが心地よい、数少ない“明るさ”を感じる楽曲。
それでも、“TとT”が何を指すかは最後まで語られない。
12. Huffer
アルバムを締めくくる、ザラザラとした爆発音のような一曲。
一見ラフに終わっているようで、実はこの「雑さ」がすべての帰結として用意されたような完結感がある。
総評
『Title TK』は、空白と非完成性を武器にした、The Breedersの中でも最も“削ぎ落とされた”作品である。
ここでは感情が溢れ出すのではなく、抑え込まれ、間接的に響くことによって、より深く心に届く構造が意図されている。
Steve Albiniによる無駄のない録音と、Kim Dealのそっけなくも真摯なボーカルが、
「語られなかった物語」や「言葉にならない時間」を逆に浮かび上がらせる。
ロックにおける“間”や“沈黙”がこれほど美しく響くことは稀だ。
『Last Splash』の熱狂が“スプラッシュ”なら、『Title TK』は波紋のあとに残る静かな湖面である。
そしてその水面には、まだ誰にも読まれていない詩の断片が、音として漂っている。
おすすめアルバム
- Low – Things We Lost in the Fire
静けさと沈黙の美学。『Off You』に通じる情緒がある。 - Cat Power – Moon Pix
非言語的感情の揺らぎを音で描いた、ローファイの金字塔。 - Sleater-Kinney – The Woods
よりアグレッシブながら、女性的視点と“崩壊”の美学は共通。 - Scout Niblett – I Am
Albini録音による、削ぎ落とされたオルタナ女性ロック。 - PJ Harvey – Is This Desire?
静謐と官能が共存する、ポスト・グランジの異端作。
コメント