
発売日:2008年4月7日
ジャンル:Alternative Rock / Indie Rock / Noise Pop
概要
Mountain Battlesは、The Breedersが2008年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。The Breedersは、PixiesのKim Dealを中心に結成されたバンドで、1993年のLast Splashでは「Cannonball」を含む独特のざらついたポップ感覚で大きな注目を集めた。その後、活動の間隔は長くなったが、2002年のTitle TKでミニマルで乾いたロックへ戻り、本作ではさらに音数を削りながら、奇妙な余白と素朴なメロディを前に出している。
本作のメンバーは、Kim Deal、Kelley Deal、Josephine Wiggs、Jim Macphersonという、いわゆるLast Splash期のラインナップである。ただし、音の印象はLast Splashのような弾けるオルタナティヴ・ロックとはかなり違う。ギターは厚く鳴る場面もあるが、曲の多くは短く、低い温度で進む。ドラムやベースも派手に押し出すより、隙間を残して置かれており、その空白が曲の不思議な緊張感を作っている。
アルバム全体には、完成度の高いポップ・アルバムを作ろうとする意識より、断片的なアイデアをそのまま残すような感触がある。英語以外の歌詞を使った曲や、古い歌のカバー、短いノイズ・ロック風の曲、静かなフォーク寄りの曲が並び、統一感は分かりやすいものではない。しかし、そのばらつきこそが本作の個性である。The Breedersの魅力である、簡単に説明できないメロディ、姉妹の声の重なり、少し壊れたようなバンド演奏が、派手さを抑えた形で残されている。
全曲レビュー
1. 「Overglazed」
「Overglazed」は、短い導入でありながら、アルバムの奇妙な手触りをすぐに伝える曲である。ギターは低くざらつき、歌ははっきりした物語を語るというより、呪文のようなフレーズを反復する。音数は少ないが、そこに空白があるため、演奏の一つひとつが妙に大きく聞こえる。オープナーとして勢いよく扉を開けるのではなく、少し傾いた部屋に入っていくような感覚がある。Mountain Battlesが明快なロック・アルバムではなく、ずれや余白を楽しむ作品であることを最初に示している。
2. 「Bang On」
「Bang On」は、本作の中でもかなりコンパクトで、リフの力が分かりやすい曲だ。ギターとベースは太く短いフレーズを繰り返し、ドラムも無駄な装飾を避けて前へ進む。Kim Dealの声は力強く叫ぶのではなく、少し脱力したままリズムに乗るため、曲には攻撃性と気だるさが同時にある。歌詞は多くを説明しないが、短い言葉の反復が、ぶっきらぼうな自己主張のように響く。2分に満たない長さの中で、The Breedersらしいラフな格好よさがよく出ている。
3. 「Night of Joy」
「Night of Joy」は、前曲の硬いロック感から一転して、静かで暗いムードを広げる。ギターは強く歪むのではなく、薄い膜のように鳴り、ボーカルも近い距離でささやくように置かれている。タイトルには喜びの夜という言葉があるが、曲の空気は明るい祝祭ではなく、夜の奥で感情が沈んでいくようだ。メロディはゆっくり動き、リズムも大きく跳ねないため、聴き手は曲の中の余白に耳を向けることになる。The Breedersの静かな不穏さがよく表れた一曲である。
4. 「We’re Gonna Rise」
「We’re Gonna Rise」は、タイトルだけ見ると前向きなアンセムのようだが、実際の音は控えめで、どこか手探りの感覚がある。ギターとリズムはゆっくり足場を作り、声も大きく高揚するより、淡々とした調子で言葉を運ぶ。そのため「上がっていく」という感覚は、派手な勝利ではなく、低い場所から少しずつ体を起こすように聞こえる。曲の構成は単純だが、姉妹の声が重なる場面には温かさがあり、アルバムの暗い色の中に小さな希望を差し込んでいる。
5. 「German Studies」
「German Studies」は、アルバムの中でも特に実験的な印象を残す曲である。タイトル通りドイツ語の響きが使われ、英語中心のロック・アルバムの流れから少し外れた場所へ連れていく。演奏は大きく盛り上がるというより、ひんやりした音の配置と反復で進み、言葉の意味よりも発音の質感が耳に残る。Kim Dealの声はここでも過剰な感情を避け、淡く不思議な距離を保っている。短い曲ながら、The Breedersがポップな分かりやすさより、偶然のような違和感を大切にしていることが分かる。
6. 「Spark」
「Spark」は、静かな中に小さな火花が散るような曲だ。ギターは抑えられているが、音の端にざらつきがあり、きれいに整ったバラードにはならない。歌詞は、何かが始まる瞬間や、消えかけている感情が一瞬だけ光る状態を思わせるが、はっきりした物語としては語られない。ボーカルの近さと演奏の控えめな動きが、曲を非常に私的なものにしている。大きなサビで感情を解放しないため、聴き終えた後に小さな余韻が残る。
7. 「Istanbul」
「Istanbul」は、The Breedersらしい奇妙な旅情を持った曲である。タイトルが示す地名は、具体的な観光風景というより、遠くの場所への憧れや、どこにも落ち着けない感覚を呼び込んでいる。リズムは軽く、ギターやベースも必要以上に厚くならないため、曲は短いスケッチのように進む。歌は感情を強く説明せず、言葉の響きとメロディの揺れで空気を作る。アルバムの中では、断片的なアイデアをそのまま曲にしたような魅力があり、完成しすぎていないところが印象に残る。
8. 「Walk It Off」
「Walk It Off」は、本作の中でも比較的ロック・バンドとしての骨格がはっきりしている曲である。ギターは乾いた音で鳴り、ドラムもきびきびと曲を押し出す。タイトルは、痛みや失敗を歩いて振り払うような言い回しを思わせ、歌詞にも感情を大げさに嘆くより、身体を動かしてやり過ごすような態度が感じられる。Kim Dealのボーカルはいつものように少し力が抜けているが、そのぶん演奏のラフさとよく合っている。アルバム後半に向けて、短く引き締まった推進力を与える曲だ。
9. 「Regálame Esta Noche」
「Regálame Esta Noche」は、スペイン語で歌われる古いラテン・バラードのカバーで、本作の中でもはっきり異質な存在である。演奏は大きく装飾せず、メロディの素朴な美しさを残している。言葉の意味を細かく知らなくても、夜を差し出してほしいというタイトルの響きから、恋愛の切実さや甘さが伝わってくる。The Breedersの演奏はラテン音楽を本格的に再現するというより、自分たちの静かな音の中へ曲を招き入れている。そのぎこちなさが逆に親密で、アルバムの不思議な幅を広げている。
10. 「Here No More」
「Here No More」は、失われたものの気配を小さな音で描く曲である。ギターとボーカルは近く、リズムも控えめなため、部屋の中でつぶやかれているような印象がある。タイトルは「もうここにはいない」という直接的な喪失を示すが、歌は悲しみを大きく演じず、淡々とその事実の周りを歩くように進む。空白の多いアレンジによって、いなくなったものの場所が音の中に残されているように感じられる。短いながら、アルバム後半の静かな核心に触れる曲だ。
11. 「No Way」
「No Way」は、重めのギターとゆっくりしたテンポで、拒絶の感覚を強く出している。曲は速く走らず、むしろ踏みとどまるように進むため、タイトルの「ありえない」「無理だ」という言葉が、感情の壁として響く。ボーカルは叫びではなく、低い温度で言葉を置いていくが、その抑え方がかえって頑固さを感じさせる。演奏にはブルース的な粘りもあり、The Breedersのラフなギター・ロックが、ここではより暗く乾いた形で表れている。
12. 「It’s the Love」
「It’s the Love」は、アルバム終盤で少し明るいポップ感を戻す曲である。ギターとリズムは軽く、メロディにも親しみやすさがあるが、全体の音はきれいに磨かれすぎていない。タイトルは愛をまっすぐ示しているが、歌い方は甘く盛り上げるというより、少し照れたような距離を保っている。そのため、曲はラブソングでありながら、The Breedersらしいぶっきらぼうな温かさを持つ。重い曲が続いた後に置かれることで、アルバムの表情をやわらげている。
13. 「Mountain Battles」
最後の表題曲「Mountain Battles」は、アルバムを大きな結論で閉じるのではなく、静かな余韻の中に置いて終わらせる。音は抑えられ、歌も感情を解き放つより、遠くから聞こえてくるように響く。タイトルの「山の戦い」は壮大な争いを連想させるが、曲自体は派手なドラマを作らず、むしろ内側で続いている小さな抵抗のように聞こえる。アルバム全体にあった断片性、余白、素朴な奇妙さがここにもあり、終曲らしい解決感は薄い。その未完の感触が、本作の性格を最後まで保っている。
総評
Mountain Battlesは、The Breedersの代表作としてまず名前が挙がるタイプのアルバムではないかもしれない。Last Splashのような一気に耳をつかむポップな爆発は少なく、曲も短く、アレンジも地味に聞こえる部分が多い。しかし、そこにはバンドが長い時間を経てたどり着いた、無理に大きく見せない強さがある。音数を削り、声とギターとリズムの隙間をそのまま残すことで、曲の骨格だけでなく、録音された空気まで聞こえてくるような作品になっている。
本作の魅力は、完成されたアルバムらしさから少し外れたところにある。英語以外の歌詞、古いラテン・バラードのカバー、短いロック曲、ほとんどスケッチのような静かな曲が並び、全体の流れは滑らかというより、石を一つずつ置いて道を作るようだ。普通なら散漫になりそうな構成だが、Kim Dealの声、Kelley Dealとの重なり、Josephine WiggsとJim Macphersonによる硬く抑えた演奏が、ばらばらな曲を同じ温度にまとめている。
歌詞は分かりやすい物語を語るより、短い言葉や場所の名前、感情の断片を置くことが多い。そのため、聴き手は「この曲は何についての曲か」と結論を急ぐより、声の響きや演奏の間から意味を探ることになる。The Breedersの音楽には、昔からポップなのに少し変、ラフなのに忘れがたいという特徴があったが、本作ではその性格がかなり静かな形で出ている。大きなフックより、小さな引っかかりを積み重ねていくアルバムだ。
弱点としては、曲ごとのインパクトが控えめで、最初に聴いたときには印象が薄く感じられるかもしれない。特にLast Splashの明るいオルタナティヴ・ロックを期待すると、本作の低い温度や断片的な構成は物足りなく聞こえる可能性がある。ただし、何度か聴くと、その抑えた音の中にあるユーモア、不安、温かさが少しずつ見えてくる。Mountain Battlesは、The Breedersが自分たちの奇妙なポップ感覚を、派手な看板なしで鳴らした作品である。
おすすめアルバム
Last Splash by The Breeders
The Breedersの代表作で、ざらついたギターとポップなメロディが最も分かりやすく結びついている。Mountain Battlesの静けさと比べると、バンドの爆発力がよく分かる。
Title TK by The Breeders
Mountain Battlesの前作で、乾いた音作りとミニマルな演奏が強く出ている。派手さを削ったThe Breedersの方向性が、本作へどう続いたかを聴き取りやすい。
Pod by The Breeders
デビュー作で、より暗く不穏なギター・ロックの感触が強い。Mountain Battlesの余白や歪んだメロディの根にある、初期のざらついた感覚を確認できる。
Surfer Rosa by Pixies
Kim Dealが参加したPixiesの重要作で、ラフな録音、鋭いギター、奇妙なポップ感覚が共通している。The Breedersとは違う緊張感の中で、彼女の存在感も感じられる。
American Thighs by Veruca Salt
90年代オルタナティヴ・ロックの中で、甘いメロディと荒いギターを組み合わせた作品。Mountain Battlesより勢いは強いが、女性ボーカルと歪んだポップ感覚の接点がある。

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