はじめに
The Brian Jonestown Massacre(ザ・ブライアン・ジョーンズタウン・マサカー)は、1990年代以降のアメリカン・サイケデリック・ロックの最深部を象徴するバンドである。
反骨と美意識、混乱と天啓、破壊と創造――そのすべてが渦を巻くように音となり、時代に逆行するかのごとく鳴り続けてきた。
オルタナティヴ・ロックの常識から逸脱した彼らの軌跡は、ひとつのカルト的伝説となっている。
バンドの背景と歴史
The Brian Jonestown Massacreは、1990年初頭にサンフランシスコで、アントン・ニューコム(Anton Newcombe)を中心に結成された。
バンド名は、ローリング・ストーンズのギタリストであるブライアン・ジョーンズと、カルト集団「People’s Temple」によるジョーンズタウンの集団自殺事件を掛け合わせたもので、その時点で既に反体制的で挑発的なスタンスが明らかだった。
アントンは、作詞・作曲・演奏・録音を一手に担う天才的リーダーでありながら、破滅的な振る舞いや内部対立を繰り返し、バンドは常に不安定な状態にあった。
しかしそれこそがBJMの魅力でもあり、混乱の中から驚くほど豊かな音楽が次々と生み出されていく。
彼らの活動は、2004年の音楽ドキュメンタリー映画『DIG!』によってより広く知られるようになり、同時代のライバルであったThe Dandy Warholsとの対比も含めて、ロック史の異端として語り継がれるようになった。
音楽スタイルと影響
The Brian Jonestown Massacreの音楽は、1960〜70年代のサイケデリック・ロック、シューゲイザー、ガレージロック、フォーク、ドローン、クラウトロックなど、数多くのジャンルが交錯している。
初期はThe Rolling StonesのブルージーなロックンロールやThe Velvet Undergroundの退廃美学、そしてMy Bloody Valentineのような轟音ギターを融合させたサウンドが特徴。
中期以降は、Neu!やCanといったドイツのクラウトロックや、インド音楽的なドローン要素も取り入れられ、精神的な陶酔感を生むサウンドへと進化していった。
アントン・ニューコムは、ジャンルを模倣するのではなく、“精神の状態”を音で記録しようとするような創作姿勢を貫いている。
代表曲の解説
Anemone
1996年のアルバム『Their Satanic Majesties’ Second Request』収録の代表曲。
女性ボーカルがゆらゆらと浮遊し、ギターがスロウに揺れる夢のような一曲。
リリックは少なく、サウンドと情感の余白に身を委ねる音楽体験であり、彼らの美学が最も純化された名曲である。
Servo
『Take It from the Man!』(1996)に収録された、ストーンズ的ガレージロックの現代的昇華。
シンプルでスピード感のある構成ながら、どこか不穏な緊張感が漂う。
アントンのボーカルもギターも、暴力性と陶酔のはざまを漂っている。
Straight Up and Down
『Take It from the Man!』のオープニングを飾るナンバーで、まるで60年代にタイムスリップしたかのような感覚を与えるサイケ・ガレージの快作。
この曲は、HBOドラマ『Boardwalk Empire』のテーマ曲にも使用され、BJMの存在がより広く認知されるきっかけにもなった。
アルバムごとの進化
Methodrone(1995)
デビュー作にして、シューゲイザーとドリームポップの影響を強く感じさせる一枚。
音の層が厚く、浮遊感と内省に満ちたサウンドスケープが特徴。
RideやSpacemen 3に近い美学が漂う、初期の隠れた名盤。
Take It from the Man!(1996)
ガレージロックに原点回帰したような音像で、ローリング・ストーンズへの愛情が全面に出た作品。
だがただの模倣ではなく、サイケのフィルターを通したことで、逆に時代錯誤的な新しさが際立っている。
Their Satanic Majesties’ Second Request(1996)
同年にリリースされたもう一枚の傑作で、ストーンズの問題作『Their Satanic Majesties Request』を皮肉ったタイトル。
シタール、フルート、パーカッションなど多彩な楽器を使った、彼らの中でも最も“幻覚的”なアルバムである。
まるで音で構築された迷宮のような世界が広がる。
Revelation(2014)/Fire Doesn’t Grow on Trees(2022)
2010年代以降もコンスタントに作品を発表し続けており、いずれもBJMらしいサイケの精神性は失われていない。
ミニマルで内省的な構成が増え、過去の混沌とは異なる静かな狂気と美が感じられる。
影響を受けたアーティストと音楽
The Rolling Stones、The Velvet Underground、13th Floor Elevators、My Bloody Valentine、Spacemen 3、Can、Neu!――
ロック史の中でも、精神性とノイズを同居させた先鋭的なアーティストたちの影響が色濃い。
また、古い東欧映画のサウンドトラックや、中東の旋律構造、民俗音楽への探究も、アントン・ニューコムの創作の中で姿を見せている。
影響を与えたアーティストと音楽
BJMのサイケデリック・ガレージな音楽性とDIY精神は、The Warlocks、The Black Angels、Holy Waveなど、21世紀のネオ・サイケバンドに多大な影響を与えている。
また、彼らの“音楽がカルトであり得る”という在り方は、Tame ImpalaやKing Gizzard & the Lizard Wizardといった現代のサイケデリアにも通じる哲学的背景を持っている。
オリジナル要素
The Brian Jonestown Massacreの最大の特徴は、作品に漂う「破綻寸前の美」である。
常に不安定で、統率も整合もない。
だがその中でこそ、真に自由で、真に美しい音楽が鳴る。
アントン・ニューコムは、ロックスターではなく、音楽という手段で世界を変えようとする“頑固な理想主義者”なのだ。
彼の創作は、作品というより“記録”に近い。
今、その瞬間に鳴らさねばならない音を、ひたすら形にしていく。
まとめ
The Brian Jonestown Massacreは、音楽シーンの“アウトサイダー”であり続けた。
だが、そこにこそロックの原初的な力――反抗と陶酔、退廃と救済――が今なお宿っている。
ジャンルでも市場でもなく、ただ音そのものに導かれるバンド。
彼らの音楽を聴くことは、現実のすこし外側にある“別の世界”を垣間見る体験である。
混沌の中に立ち尽くしながら、それでも鳴らし続ける音――
それがThe Brian Jonestown Massacreの音楽なのだ。
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