発売日: 1996年5月28日
ジャンル: ガレージロック、サイケデリック・ロック、R&B、ロックンロール
ルースでワイルド、そしてロマンティック——60年代亡霊と生きる“反逆の祝祭”
『Take It From the Man!』は、The Brian Jonestown Massacre(以下BJM)が1996年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムである。
前年のデビュー作『Methodrone』がシューゲイズ~ドローンを基調とした陶酔系サウンドであったのに対し、
本作では一気に方向転換。1960年代ガレージロックとR&Bへの露骨なオマージュを前面に打ち出した“ロックンロール回帰”がなされている。
アンセム的な掛け声、ジャングリーなギター、タメの効いたリズム、そしてマラカス。
そこに乗るのは、Anton Newcombeの気だるくも情熱的なボーカルであり、
まるでRolling Stonesの“黒っぽさ”をさらにサイケ化し、反社会的にしたような独特のテンションが全編に溢れている。
しかもこの年、BJMは『Their Satanic Majesties’ Second Request』および『Thank God for Mental Illness』を含む3枚のフルアルバムを同時期にリリース。
そのどれもが異なる方向性を持ちながらも、全てが反復、衝動、信念、皮肉、狂気に貫かれているという異様な創造力を見せつけていた。
全曲レビュー
1. Vacuum Boots
オープニングから爆音ギターとマラカスが暴れまわる。
グルーヴの推進力と混沌の均衡点。最初の一歩から、すでに時代錯誤で最高に自由。
2. Who?
R&B的シャッフルリズムとクラップが効いた一曲。
“Who?”という問いの反復が、アイデンティティへの不信と快楽の両立を象徴する。
3. Oh Lord
ディラン風のハーモニカとブルージーなグルーヴが光る。
混沌の中での祈り。ルーズなプレイがむしろ感情の真実味を高める。
4. Caress
『Take It From the Man!』の中でもとりわけサイケ寄りのトラック。
官能と混沌がねじれながら進行し、快感の縁でぐらつくようなリズムがクセになる。
5. Monkey Puzzle
短く、衝動的なインストに近いトラック。
原始的なビートとノイズが、まさに“猿のパズル”のような混沌を形成。
6. Thanks for the Show
メタ的なタイトルが示すように、観客への“皮肉な感謝”。
スタジオライブ風の臨場感があり、演奏と演出の境界線が溶けていく。
7. David Bowie I Love You (Since I Was Six)
本作中もっともエモーショナルでメロディックなナンバー。
ボウイへの愛と影響を、そのまま幻想と少年時代の情熱として描いた“サイケ・バラッド”。
Antonの誠実なカルト性がにじみ出ている。
8. Straight Up and Down
中毒性の高いリズムと反復が続く本作のハイライト。
のちにHBOドラマ『Boardwalk Empire』のテーマ曲にも使われた。
一種のトランス状態をロックンロールで達成するというBJMの美学が凝縮。
9. Monster
ユーモアとグルーヴが絶妙に絡む、60年代スワンプ風のロックナンバー。
妖しげなタイトルとは裏腹に、快楽的で軽妙な一曲。
10. Love
甘さと刹那が入り混じる短編ポップ。
やりすぎないアレンジが“愛”というテーマに妙なリアルさを与えている。
11. Call Me Animal
MC5のカバー。
ロックの攻撃性と野生の暴走をストレートにぶちまける一撃。
原曲のラフさをよりカルト的に昇華している。
12. The Be Song
反復フレーズとテンションの振幅が生む高揚感。
“Be”という哲学的テーマを、破綻すれすれのテンポで語るロック禅問答。
13. My Man Syd
Syd Barrett(元Pink Floyd)へのオマージュ。
サイケとポップの間で溶けるような旋律が美しく、夢のように儚い。
本作の中で唯一、“不在者への手紙”として響く繊細な楽曲。
総評
『Take It From the Man!』は、ロックンロールという亡霊と真っ向から抱き合い、笑いながら燃え尽きていくようなアルバムである。
その演奏は荒く、音は飽和し、録音も決してハイファイではない。
だが、そこにこそAnton NewcombeとBJMの“やりたい音楽をやる”という信念の純度があり、
それはスタイルや技巧を越えて生の衝動そのものとして聴き手を打つ。
もしこのアルバムが誰かの手で綺麗に整音され、整然としたロックになっていたら、
それはもう『Take It From the Man!』ではない。
これは“未完成であることが完成された作品”なのだ。
おすすめアルバム
- The Rolling Stones – Between the Buttons
ガレージとサイケの間で揺れた60年代の傑作。BJMの音楽的原点。 - The Dandy Warhols – …The Dandy Warhols Come Down
BJMと対立しつつも影響し合った“同時代のもう一つのポップな答え”。 - **Black Rebel Motorcycle Club – B.R.M.C.
60s回帰とロックンロールの衝動を21世紀に継承した硬派バンド。 - Thee Oh Sees – Floating Coffin
ローファイ・ガレージの狂騒と実験性を兼ね備えた現代的後継者。 - The Warlocks – Phoenix Album
BJMのサイケ要素を継承したロサンゼルスのダーク・サイケロック代表。
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