
1. 楽曲の概要
「Speedway」は、イギリス・ロンドン出身の実験的ロック・バンド、Black Midiが2019年に発表した楽曲である。デビュー・アルバム『Schlagenheim』に収録され、アルバムに先立つ2019年1月にRough Tradeからリリースされた。『Schlagenheim』は2019年6月21日にRough Trade Recordsから発表され、プロデュースはSpeedy Wundergroundの主宰者としても知られるDan Careyが担当した。
Black Midiは、Geordie Greep、Matt Kwasniewski-Kelvin、Cameron Picton、Morgan Simpsonを中心に結成されたバンドである。メンバーはロンドンのBRIT Schoolで出会い、ライブ・パフォーマンスを通じて注目を集めた。彼らの音楽は、ポストパンク、ノイズ・ロック、マスロック、プログレッシヴ・ロック、即興音楽、アヴァンギャルド・ジャズなどを横断する。2010年代後半の英国ギター・バンドの中でも、特に予測不能な演奏と構成で評価された。
「Speedway」は、『Schlagenheim』の中では比較的抑制された曲である。アルバムには「953」や「bmbmbm」のように、鋭いリフや暴発するようなダイナミクスを持つ曲がある。その中で「Speedway」は、細かく刻まれるギター、乾いたリズム、低く不穏な反復を中心に進む。激しさを前面に出すというより、緊張を持続させる曲である。
タイトルの「Speedway」は、競走路や高速走行の場を意味する。しかし、この曲は単純な疾走感のあるロックではない。むしろ、スピードの場にいるはずなのに、身体が奇妙に硬直しているような印象を与える。機械的な反復と、不穏なボーカルの語りが重なり、現代的な不安、身体への違和感、診断や観察の視線が混ざった曲になっている。
2. 歌詞の概要
「Speedway」の歌詞は、はっきりした物語を語るよりも、断片的な言葉と奇妙な視点によって構成されている。語り手は、誰かが理論を並べ、引用を重ね、対象を診断しようとする状況を描く。そこには、観察する者と観察される者の関係がある。誰かが誰かを理解しようとしているが、その理解はどこか歪んでいる。
歌詞には、医療的、心理分析的、あるいは批評的な視線への反発が感じられる。相手は語り手を診断したがる。原因を見つけ、名前をつけ、理論で説明しようとする。しかし語り手は、それを受け入れない。言葉や理論が増えるほど、対象の実感から遠ざかる。曲の中では、そのような解釈の過剰さが不快なものとして描かれている。
Black Midiの歌詞は、初期から抽象的で、登場人物や場所を明確に固定しない。「Speedway」でも、語り手が誰なのか、どこにいるのかははっきりしない。ただし、何かに見られ、分析され、分類されることへの違和感は強く伝わる。歌詞の中の言葉は、意味を説明するためというより、不安を増幅するために置かれている。
また、Geordie Greepのボーカルは、歌詞の意味をさらに不安定にする。彼の声は、普通のロック・ボーカルのように感情をまっすぐ伝えるのではなく、語り、叫び、奇妙な抑揚を行き来する。「Speedway」では、その声が比較的抑えられているため、言葉の冷たさや不自然さがより際立つ。騒がしい曲ではないが、非常に落ち着かない曲である。
3. 制作背景・時代背景
「Speedway」は、Black Midiがデビュー・アルバムを出す前に公開した重要なシングルの一つである。Pitchforkのトラックレビューでは、当時ライブ映像で知られていたバンドの荒々しい評判に対して、この曲が「不気味なほど精密で禁欲的」と評された。つまり「Speedway」は、Black Midiが単に騒音と技巧で押すバンドではなく、抑制や空白も使えることを示した曲だった。
『Schlagenheim』は、2019年6月21日にRough Tradeからリリースされた。アルバムは、ポストパンク以降のロックをさらに解体し、変拍子、不規則な構成、極端なダイナミクス、演劇的な声を組み合わせた作品として評価された。Pitchforkのアルバムレビューでは、彼らが通常のヴァース/コーラス構造や豊かな和声に頼らず、計算された混沌を提示するバンドとして紹介されている。
Black Midiが登場した2010年代後半のロンドンには、Windmill Brixton周辺のライブ・シーンがあり、Black Country, New Road、Squid、Jockstrapなど、ジャンルを固定しない若いバンドやアーティストが注目されていた。Black Midiはその中でも、演奏技術の高さと、ライブでの即興性、音楽的な無愛想さによって特異な存在感を放った。
「Speedway」は、そのシーンの文脈にありながら、同時にBlack Midiのデビュー作の中でも少し異質な曲である。激しいギター・ノイズや爆発的な展開よりも、抑制されたグルーヴと声の不気味さが中心にある。Talking HeadsやOughtのような反復するポストパンクを思わせる部分もあり、アルバムの中でリスナーに一度異なる緊張を与える役割を持つ。
4. 歌詞の抜粋と和訳
He laid out his theories
和訳:
彼は自分の理論を並べ立てた
この一節は、曲の中で重要な視線の関係を示している。誰かが理論を用いて、状況や人物を説明しようとしている。しかし、その説明は必ずしも救いにはならない。むしろ、理論が増えるほど対象は歪み、語り手は不快な観察の対象にされていく。
Every quote just eats itself
和訳:
あらゆる引用が、自分自身を食い尽くしていく
この表現は、言葉や引用の空回りを示している。説明や引用は意味を強めるはずだが、ここでは自己崩壊している。知的な言葉が積み重なっても、現実の痛みや身体感覚には届かない。Black Midiの歌詞らしい、知性への皮肉がある。
Diagnose if you wish
和訳:
望むなら診断すればいい
この言葉は、観察される側の反発として響く。語り手は、他人が自分を診断したがることを知っている。しかし、その診断は語り手自身の実感を完全には捉えられない。医療的な言葉、批評的な言葉、心理的な解釈が、人間を単純化してしまう危うさが示されている。
なお、歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限にとどめている。歌詞の権利は作詞者および権利管理者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Speedway」のサウンドは、Black Midiの中ではかなりミニマルである。曲は巨大なリフや爆発的な展開で始まるのではなく、細かく刻まれるギターとドラムの反復によって進む。音数は多くないが、緊張は高い。隙間があるからこそ、ひとつひとつの音の位置が不気味に際立つ。
ギターは、メロディを大きく歌うというより、リズムの一部として機能している。短く乾いたフレーズが反復され、曲全体に機械的な硬さを与える。ノイズ・ロック的な歪みを使うよりも、クリーンで鋭い音を選ぶことで、曲はより冷たく響く。ここには、Talking Headsや初期ポストパンクの影響を感じさせる部分がある。
Morgan Simpsonのドラムは、この曲でも非常に重要である。彼の演奏はただ速く複雑なだけではない。むしろ「Speedway」では、抑えたリズムの中に細かな揺れや切れ味を入れ、曲の不安定さを作る。派手なフィルで聴かせるのではなく、緊張を保ち続けるドラミングである。
ベースもまた、曲の低い重心を作っている。Cameron Pictonのベースは、ギターの細かい動きに対して、曲の地面を支える。これにより、曲は空中分解せず、奇妙なグルーヴを保つ。Black Midiの音楽は、混沌として聴こえても、リズム・セクションが強く制御していることが多い。「Speedway」はその好例である。
Geordie Greepのボーカルは、曲の不気味さを決定づけている。彼は感情をまっすぐに放出するのではなく、少し芝居がかった、乾いた声で言葉を置いていく。これにより、歌詞の診断や理論への反発は、怒りというより、冷笑や神経質な不快感として響く。聴き手は、語り手が本当に冷静なのか、それとも崩れかけているのかを判断しにくい。
歌詞とサウンドの関係では、分析されることへの不快感が、音の精密さによって表現されている点が興味深い。曲自体が非常に精密で、細かく制御されている。その制御された音の中で、語り手は診断や理論に反発する。つまり、曲は秩序への嫌悪を、秩序だった演奏で表現している。この矛盾がBlack Midiらしい。
『Schlagenheim』の中で見ると、「Speedway」はアルバム前半から中盤にかけての重要な緩急になっている。冒頭の「953」は、バンドの技巧と暴力性をいきなり提示する曲であり、「Near DT, MI」や「bmbmbm」ではより荒々しいエネルギーが出る。その中で「Speedway」は、爆発ではなく抑圧を聴かせる。アルバムの緊張を違う角度から深める曲である。
「bmbmbm」と比較すると、両曲の違いは明確である。「bmbmbm」は、反復する低音と狂気じみた語りによって、だんだん暴発していく曲である。一方「Speedway」は、同じ反復を使いながらも、より冷たく、乾いている。狂気を爆発させるのではなく、机の上に並べて観察するような曲である。
後の『Cavalcade』や『Hellfire』と比較すると、「Speedway」はBlack Midiの初期的な禁欲性をよく示している。後年のバンドは、ジャズ・ロック、キャバレー、プログレッシヴ・ロック、物語的な歌詞をさらに大胆に拡張していく。しかし「Speedway」では、まだポストパンク的な反復と、削ぎ落とされた不穏さが中心にある。Black Midiの変化を追ううえで、重要な初期曲である。
この曲が印象的なのは、聴き手の期待を満たさないところにある。激しくなると思わせて、完全には爆発しない。ポップなサビへ行くと思わせて、そこにも行かない。診断や理論が結論を出すように見えて、歌詞も結論を出さない。曲は常に何かの手前で止まり、その未解決感が強い余韻を残す。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- 953 by Black Midi
『Schlagenheim』の冒頭曲で、Black Midiの複雑なリフ、急激な展開、暴力的な演奏力を一気に示す楽曲である。「Speedway」よりもはるかに攻撃的だが、バンドの初期の核を理解するには欠かせない。抑制と爆発の差を比較しやすい。
- bmbmbm by Black Midi
Black Midi初期の代表曲で、反復するベースと不条理な語りが印象的である。「Speedway」と同じく反復を中心にしているが、こちらはより狂騒的で、終盤に向かって崩壊していく。バンドの不穏なユーモアを知るうえで重要である。
- Near DT, MI by Black Midi
『Schlagenheim』収録曲で、より短く、鋭く、政治的な怒りも感じさせる楽曲である。「Speedway」の抑制された緊張に対して、こちらは焦燥感が前面に出る。アルバム内のダイナミクスを理解しやすい曲である。
- Blindness by The Fall
反復するベースラインとMark E. Smithの語りによって、緊張を作るポストパンクの重要曲である。「Speedway」の無愛想な反復や、普通のロック・ソングらしさを拒む感覚が好きな人には相性がよい。Black Midiの遠い背景にある英国ポストパンクの系譜を感じられる。
- Beautiful Blue Sky by Ought
現代ポストパンクの中で、反復と語りを使って社会的な不安を描いた楽曲である。「Speedway」と同じく、日常的な言葉や観察が不気味に変質していく。Black Midiよりも歌としての輪郭は明確だが、神経質なグルーヴに共通点がある。
7. まとめ
「Speedway」は、Black Midiのデビュー・アルバム『Schlagenheim』に収録された、抑制と不穏さを中心にした重要曲である。バンドの初期イメージである激しいノイズや技巧の爆発とは異なり、この曲では細かく制御されたギター、タイトなドラム、冷たい反復によって緊張を持続させている。
歌詞では、理論や引用、診断によって人間を説明しようとする視線への違和感が描かれる。語り手は、自分を理解しようとする他者の言葉に対して、冷たく反発する。説明は増えるが、実感には届かない。その知的な不快感が、曲の乾いたグルーヴとよく結びついている。
Black Midiのキャリアで見ると、「Speedway」は『Schlagenheim』の中でも、バンドが単に激しいだけではないことを示す曲である。爆発よりも抑圧、混乱よりも精密さ、叫びよりも不気味な語りを選ぶことで、Black Midiの幅を広げている。後のより演劇的で複雑な作品へ向かう前の、鋭く禁欲的な初期Black Midiを理解するうえで欠かせない一曲といえる。
参照元
- Pitchfork – Black Midi「Speedway」トラックレビュー
- Pitchfork – Black Midi『Schlagenheim』レビュー
- Pitchfork – Black Midi紹介記事
- Discogs – Black Midi『Schlagenheim』
- Dork – Black Midi「Speedway」
- Paste – Black Midi『Schlagenheim』レビュー

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