発売日: 1995年4月25日
ジャンル: サイケデリック・ロック、シューゲイズ、スペースロック、ドリームポップ
甘美な幻覚と鈍重な律動——“メソドロン”と名付けられた陶酔のゆらぎ
1995年、The Brian Jonestown Massacre(以下BJM)はデビュー・アルバム『Methodrone』を発表した。
バンドの中心人物であるAnton Newcombeが描いたこの作品は、
60年代後半のThe Velvet UndergroundやSpacemen 3の影響を色濃く受けつつも、
90年代のシューゲイズやスペースロックと結びついた現代的な“反復の神秘”を湛えている。
アルバムタイトルの『Methodrone』は、“methadone”(麻薬中毒の代替薬)と“drone”(持続音)をかけた造語とされる。
つまりこの作品は、中毒性のある反復と、陶酔をもたらす無気力な音の海を意図的に構築したものなのだ。
ヴォーカルはエフェクトにまみれ、ギターは永遠に揺れ、リズムは覚醒と睡眠の間を彷徨う。
この時点のBJMは、のちのロックンロール志向が顕在化する前。
本作では、幻覚と瞑想の境界線を浮遊する、極めて“感覚的”なサイケデリアが全面に展開されている。
全曲レビュー
1. Evergreen
美しいリバーブとフィードバックに満ちた幕開け。
タイトル通り、永遠に瑞々しい幻覚の森に入るような錯覚を与える。
2. Wisdom
ディレイの効いたギターが反復され、アンセミックなメロディが漂う。
“知恵”というタイトルとは裏腹に、知性を脱ぎ捨てた感覚のうねりが続く。
3. She’s Gone
喪失をテーマにしながら、感情は表に出ず、感覚の膜の内側で滲むような歌。
ゆっくりと沈んでいく夕暮れのような一曲。
4. That Girl Suicide
バンド初期の代表曲。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド直系のドローン・フォークに、
危うさと破滅願望が共鳴する。
5. Wasted
引きずるようなテンポ、たっぷりのリバーブ、歪んだコード。
陶酔と倦怠のあいだでゆらぐ中毒性が際立つ。
6. Everyone Says
薄く滲んだボーカルが、“誰もがこう言う”というシニカルなタイトルと対照的。
言葉の意味よりも、音の揺らぎが主体となる構成が秀逸。
7. Short Wave
ラジオのようなノイズと反復するコードが、音楽と無音の狭間で呼吸する。
まさに“短波”の揺れを再現したような感覚のドローン。
8. She Made Me
メロディの明瞭さが感じられる数少ない曲。
だがその明るさはどこか曇っており、意志よりも衝動に駆られるような語り口が残る。
9. Hyperventilation
曲名のとおり、息が荒くなるような焦燥感と抑圧が支配する。
ギターは震え、声はざらつき、空気が希薄になる。
10. Records
音楽そのものを主題にしつつ、レコードの針飛びのようなループ性と孤独を重ねる。
BJMのメタ的視線が見え隠れする実験的な楽曲。
11. I Love You
甘くも悲しいラブソング。
リスナーに寄り添うような旋律が展開されるが、音の奥に潜む絶望と諦念が心を締め付ける。
12. End of the Day
“日暮れ”をテーマにしたような穏やかな閉幕。
感情がすべて消え、音だけが水平線の向こうに残されるような感覚。
総評
『Methodrone』は、90年代USサイケデリックの始発点にして、終着駅のような作品である。
音は常に揺れ、言葉はぼやけ、ビートは遅れ、
すべてが意図的に“明確さ”を拒否している。
それは音楽でありながら、知覚の装置のようでもあり、
聴く者を一瞬で時間と空間の輪郭から引き離す力を持っている。
のちのBJMが放つロックンロール的昂揚とは異なり、
本作は内側へ沈む水の音——静かな陶酔のアンビエント・サイケロックなのだ。
おすすめアルバム
- Spacemen 3 – The Perfect Prescription
反復と陶酔、音の“薬理作用”をテーマにした本作の祖先的アルバム。 - The Velvet Underground – White Light/White Heat
ドローンとノイズ、ロックの崩壊を鳴らした60年代の神話。 - Loop – Heaven’s End
重量感のあるサイケロックと空間的な音像。『Methodrone』の“骨格”に近い。 - Slowdive – Just for a Day
夢と現実の境界を漂うシューゲイズ的浮遊感。 - Mazzy Star – She Hangs Brightly
倦怠とロマンス、柔らかい幻覚の音像。BJMの内省的側面と共振。
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