
発売日:2018年1月19日 ジャンル:Alternative Rock / Pop Rock / Electropop
概要
Fall Out Boyの7作目『M A N I A』は、ポップパンク出身のロック・バンドという枠からさらに離れ、電子音、加工されたボーカル、ヒップホップ以降のビート感覚を大胆に取り込んだアルバムである。2013年の活動再開後、彼らは『Save Rock and Roll』『American Beauty/American Psycho』でアリーナ級のポップ・ロックへ移行していたが、本作ではギターを中心に曲を組み立てる発想そのものが後退した。パトリック・スタンプの声とピート・ウェンツの言葉を軸にしながら、シンセサイザーやサンプリング的な音の編集によって曲ごとの景色を変えている。
制作過程は順調ではなく、当初2017年9月に予定されていた発売が延期された。バンドは完成した楽曲に納得できず、追加制作を行ったうえで翌年1月にアルバムを発表している。その事情を反映するように、収録曲は10曲と比較的コンパクトながら、EDM的な音圧からピアノ中心のバラード、レゲエを取り入れたリズム、ゴスペル的なコーラスまで振れ幅が大きい。統一されたバンド・サウンドを提示する作品というより、2010年代後半のポップ・ミュージックで使われていたさまざまな音をFall Out Boyの作曲へ取り込む試みとして捉えると分かりやすい。
全曲レビュー
1. 「Young and Menace」
細かく加工された声と電子音が突然膨張するドロップを中心に据え、アルバムの方向転換を最も極端な形で示すオープニングである。静かな部分ではピアノとスタンプの声にかなりの余白があるが、盛り上がるとボーカルまで細切れに加工され、人間の声とシンセサイザーの境界が分からなくなる。歌詞には自分自身を制御できない感覚や周囲とのずれがにじみ、整然としたポップ・ソングより混乱そのものを音にすることが優先されている。従来のバンド演奏を期待すると異質だが、本作の不安定さを宣言する導入としては明快である。
2. 「Champion」
前曲とは対照的に、一定のビートと大きなサビを軸にしたアリーナ・ポップへ戻る。ヴァースでは音数を抑え、スタンプの声を前に置いてから、サビで低音とコーラスを広げる構成は非常に分かりやすい。歌詞は苦しい状況から立ち上がろうとする意志を扱っているが、単純な勝利宣言ではなく、何度も失敗することを前提にした粘り強さとして表現されている。音楽的な冒険より歌そのものの強さを優先し、「Young and Menace」で崩した輪郭を早い段階で組み直す役割を担う。
3. 「Stay Frosty Royal Milk Tea」
歪んだ低音と硬いドラムが前面に出ており、電子的なプロダクションを使いながらロック・バンドらしい攻撃性も残した曲である。スタンプは低い音域から高音まで大きく動き、サビでは楽器の密度とともに声の圧力も上がっていく。ウェンツらしい言葉遊びや誇張を含んだ歌詞には、自信と不安が同居しており、強気な態度だけでは割り切れない。その落ち着かなさが、重いビートと細かく切り替わるアレンジによって増幅されている。
4. 「HOLD ME TIGHT OR DON’T」
軽く跳ねるリズムと明るい旋律によって、ここまでの重い低音から空気を変える。ギターで勢いを作る代わりに、パーカッションや電子音を細かく配置し、身体が自然に動くようなリズムを前へ出しているのが特徴だ。タイトル通り、相手との距離を縮めたい気持ちと、拒絶されるなら曖昧な関係を続けたくないという感情が同時に現れる。華やかな音に対して歌詞には焦りがあり、その食い違いが単純な陽気さでは終わらない味を作っている。
5. 「The Last of the Real Ones」
ピアノの反復から始まり、ドラムとシンセサイザーが加わるにつれて大きなロック・ソングへ変わっていく。スタンプのメロディは高い音域まで一気に駆け上がり、電子的な制作が目立つ本作の中でも、彼の歌唱力が曲を引っ張るタイプの一曲になっている。歌詞では相手を唯一無二の存在として理想化する一方、その強い執着には危うさも感じられる。恋愛の高揚をそのまま美しくまとめず、過剰な感情まで含めて巨大なサビへ変換するところにFall Out Boyらしさがある。
6. 「Wilson (Expensive Mistakes)」
軽快なビートと親しみやすいコーラスを持つが、歌詞では失敗や自己嫌悪が繰り返し顔を出す。明るい音に乗せて、自分の選択を後から振り返り、もっと簡単に生きられればよかったという感覚を描くため、聴きやすさと内容の苦さに距離がある。サビでは短い言葉を反復して耳に残る形へ整理し、複雑な心理をポップ・ソングの即効性へ変えている。アルバム中盤で実験性を少し抑え、Fall Out Boyが得意とする皮肉と大合唱できるメロディの組み合わせを見せる曲だ。
7. 「Church」
低く響く鐘や聖歌隊を思わせるコーラスを取り込み、タイトル通り宗教的な響きをポップ・ソングの演出として使っている。歌詞では恋愛の相手を崇拝の対象に重ね、親密さを信仰の言葉で誇張していくが、その表現には純粋な献身だけでなく依存的な危うさもある。スタンプの声は静かなヴァースからサビで一気に高く伸び、巨大なコーラスとぶつかることで礼拝堂のようなスケールを作る。生々しい恋愛感情を過剰な舞台装置で包む、本作らしい一曲である。
8. 「Heaven’s Gate」
ピアノとゆっくりしたリズムを中心に据えたソウル色の強いバラードで、電子音を詰め込んだ曲が多い本作では意図的に余白を残している。最大の聴きどころはスタンプのボーカルで、低い声からファルセットまで滑らかに移動しながら、メロディを細かく崩して感情を加えていく。天国へ入るために相手の力を借りたいという比喩は、「Church」に続いて恋愛と宗教的イメージを重ねるものだが、こちらは大掛かりな演出より一対一の切実さに焦点を置いている。
9. 「Sunshine Riptide」
Burna Boyをゲストに迎え、レゲエやダンスホールを思わせるゆったりしたリズムを取り入れた異色曲である。低音は重いもののビートには隙間が多く、スタンプの旋律も力いっぱい押し出すのではなく、その間を漂うように進む。明るい「Sunshine」と引きずり込む「Riptide」を組み合わせたタイトルのように、歌詞にも快楽と不安が同時に存在する。Burna Boyの声が加わることで質感がさらに変わり、アルバムが特定のロック様式に収まるつもりがないことを改めて示す。
10. 「Bishops Knife Trick」
終曲ではピアノとシンセサイザーを中心に、ゆっくりと感情を積み上げる構成が選ばれている。派手なドロップや急激なリズム変更ではなく、スタンプの長く伸びる歌とコードの移り変わりによって緊張を高めるため、アルバムの中でも比較的落ち着いた終わり方だ。歌詞からは、何かを修復しようとしても以前と同じ状態には戻れないという諦めと未練が読み取れる。混乱した音から始まった作品が最後にはその混乱を消すのではなく、整理できない感情を抱えたまま静かに着地する。
総評
『M A N I A』は、Fall Out Boyがロックと電子音楽を単純に組み合わせた作品ではない。重要なのは、ギター、ベース、ドラムというバンドの基本編成を必ずしも曲の中心に置かなくなったことである。声を切り刻んで電子音として使う「Young and Menace」、宗教音楽の響きを大きなポップ・サウンドへ変える「Church」、余白の多いリズムを使う「Sunshine Riptide」など、曲によって中心となる音の考え方そのものが変わる。そのため一枚を通した音色の統一感より、10曲の異なるアイデアを次々に試す感触が強い。
その多様さは長所であると同時に、本作が評価の分かれやすい理由でもある。初期Fall Out Boyにあったギター同士の絡みや、バンド全員が一体となって前へ進む演奏を求めると、プログラミングや低音を中心にした曲には距離を感じやすい。また、「Young and Menace」の極端な音響と「Champion」の分かりやすいアリーナ・ポップが同じ作品に並ぶように、実験の方向も一つには定まっていない。制作をやり直した経緯も含め、迷いを完全に隠して完成品だけを見せるタイプのアルバムではない。
それでもFall Out Boyとしての個性が消えないのは、スタンプのボーカルとウェンツを中心とした歌詞の感覚が強いからだ。スタンプはロック、ソウル、現代的なポップの歌い方を一枚の中で使い分け、楽器編成が変わっても曲の中心を保っている。歌詞では恋愛、自己評価、成功、依存といった題材がしばしば大げさな比喩や言葉遊びに置き換えられ、明るいサビの裏側に不安を残す。この「巨大なポップ・ソングなのに、語り手はどこか落ち着かない」という感覚は、初期から形を変えながら続いてきた彼らの特徴である。
結果として『M A N I A』は、バンドの代表的な様式を最もきれいに示す作品ではなく、その様式をどこまで変形させてもFall Out Boyとして成立するかを試したアルバムになった。曲による完成度や方向性の差はあるものの、「ロック・バンドならギターが中心でなければならない」という前提を外したことで、彼らの作曲がメロディ、声、言葉によって成立していることも明確になった。2010年代後半のメインストリーム・ポップへ接近しながら、そこへ完全に同化するのではなく、自分たちの過剰さや不安定さを残した作品として見ると、その独特な位置が理解しやすい。
おすすめアルバム
American Beauty/American Psycho by Fall Out Boy
前作にあたり、巨大なサビ、サンプリング的な発想、ポップ志向をより直接的なロック・サウンドにまとめている。ここから『M A N I A』へ進むと、バンドがギターの比重を下げ、電子的な制作へ踏み込んだ変化がよく分かる。
So Much (for) Stardust by Fall Out Boy
『M A N I A』の次に発表されたスタジオ・アルバム。生楽器の存在感やロック・バンドとしての演奏を再び強めながら、活動再開後に身につけたポップな構成力も残しており、本作の実験を経た後のバランスを確認できる。
A Fever You Can’t Sweat Out by Panic!
2000年代のエモ/ポップパンクを出発点にしながら、電子音や舞台的なアレンジを積極的に取り込んだ作品である。時代や音色は異なるものの、ジャンルの境界を越えて派手なポップ・ソングを作る姿勢が『M A N I A』と重なる。
Blurryface by Twenty One Pilots
ロック、ヒップホップ、レゲエ、電子音楽を一つのバンド形式へ持ち込み、2010年代のオルタナティブ・ポップで大きな成功を収めた作品。ジャンルの一貫性より歌とプロダクションを優先する点で、『M A N I A』と同時代的な感覚を共有している。
After Laughter by Paramore
ポップパンクを背景に持つバンドが従来のギター中心の音から距離を取り、シンセサイザーや1980年代的なポップの明るさを採用した2017年作である。華やかなサウンドと不安や疲労を扱う歌詞を対置する方法も、『M A N I A』との興味深い共通点になっている。

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