
発売日:2018年1月19日
ジャンル:ポップ・ロック、オルタナティヴ・ロック、エレクトロ・ポップ、ポップ・パンク、アリーナ・ポップ
概要
Fall Out Boyの7作目『M A N I A』は、彼らのディスコグラフィーの中でも最も賛否が分かれる一枚であり、同時に最も時代の空気を露骨に吸い込んだ作品でもある。2000年代半ば、エモ/ポップ・パンクの代表格として若いリスナーの自意識と感情の過剰を鮮やかにパッケージしていた彼らは、再結成後の『Save Rock and Roll』と『American Beauty / American Psycho』で、巨大なポップ市場へ本格的に乗り込み、ロック・バンドという形式を保ちながら実質的には現代ポップの主戦場で戦う存在へと変貌した。
その流れの先にある『M A N I A』は、その変貌をさらに先鋭化させた作品である。ここで彼らは、ギター・バンドとしての輪郭をさらに曖昧にし、エレクトロ・ポップ、トラップ以後のビート感覚、加工されたボーカル、巨大で人工的なフックを強く押し出し、“Fall Out BoyはどこまでFall Out Boyでいられるのか”という問いをほとんど挑発的に突きつけている。
タイトルの『M A N I A』が示す通り、本作を支配しているのは落ち着きや統一よりも、むしろ興奮、過剰、衝動、不安定さである。躁状態という言葉が持つ、高揚と崩壊の近さ、気分の振れ幅、過剰なエネルギーとその裏にある消耗感は、そのままアルバムの音像や構成にも反映されている。
この作品には、ロック・バンドの自然なグルーヴや、生演奏中心の説得力を求める耳には人工的すぎる瞬間が多い。だが、その人工性は単なる商業主義の結果というより、2010年代後半のポップそのものが抱えていた過飽和感や神経のざわつきを引き受けた結果として見るべきだろう。
つまり『M A N I A』は、Fall Out Boyが時代に迎合したアルバムというより、時代の過剰さをそのまま自分たちの身体に通してみせたアルバムなのである。
この作品の背景には、2010年代後半のポップ環境の変化がある。ストリーミング時代の本格化、ジャンル境界の希薄化、EDMとヒップホップの語法の一般化、ロック・バンドの市場的地位の低下。そうした状況の中で、Fall Out Boyのような2000年代型バンドが“いま”のポップへ接続しようとすれば、音の重心が大きく変わるのは当然でもあった。
『M A N I A』はその変化を隠さない。むしろこのアルバムでは、ギター・リフよりもビートやシンセのフック、バンドの生っぽさよりも編集された音の立体感、エモの告白性よりもスローガン的な言葉の強さが前面にある。その意味で本作は、Fall Out Boyの作品群の中でも最も“ロック・バンドのアルバムらしくない”一枚と言えるかもしれない。
だがそれでも完全に別物にならないのは、Patrick Stumpの声とメロディ・センス、そしてPete Wentz的な自己演出と自己嫌悪の同居した言葉の感覚が、どんなに加工されてもなお残っているからだ。
歌詞面では、かつての彼らのような入り組んだ比喩や、長くひねくれた曲名に象徴される“言葉の過剰”はかなり整理されている。その代わりに本作では、より短く、より反復的で、よりキャッチフレーズ的なフレーズが目立つ。
しかし、内容まで単純化しているわけではない。ここで繰り返し現れるのは、依存、自己像の揺らぎ、承認への飢え、派手な表面の裏側にある空虚、そして何かに夢中であり続けなければ崩れてしまいそうな感覚である。
つまり『M A N I A』は、若い頃のFall Out Boyが歌っていた“世界に傷ついた自意識”を、SNS時代以後のより人工的で加速した環境に置き換えた作品としても読める。
恋愛や失恋そのものより、自分というキャラクターをどう維持するかがより大きなテーマになっている点も興味深い。
ディスコグラフィー全体の中で見ると、本作は『Save Rock and Roll』以降のポップ化の到達点であり、同時にひとつの行き止まりでもある。その意味で、後続作『So Much (For) Stardust』がよりバンド的で、初期からの感情回路を再接続する方向へ進んだことは非常に象徴的だ。
だから『M A N I A』は、回り道として語られることもある。だが、その“回り道”にはちゃんと意味がある。なぜならこの作品は、Fall Out Boyがロック・バンドとしてのアイデンティティを一度ほとんど解体し、それでもなお何が残るのかを試した記録だからである。
成功作かと問われれば、答えは単純ではない。だが、挑戦作であることだけは間違いない。そしてその挑戦は、思っている以上に彼らの本質を照らしている。
全曲レビュー
1. Stay Frosty Royal Milk Tea
幕開けからかなり異様だ。タイトルの奇妙さ、断片的な構成、声の加工、ビートの跳ね方、そのどれもが「今回は普通には始めない」という宣言になっている。
2000年代のFall Out Boyなら、オープニングはギターとドラムで一気に駆け込むような始まり方をしたかもしれない。しかしこの曲では、むしろ情報量の多い人工的なポップ空間が先に提示される。
歌詞の意味も直線的ではなく、イメージやキャラクターの断片が連なっていく。そのため最初は散漫に聞こえるかもしれないが、実はこの曲が本作の“躁的な落ち着かなさ”を最もよく体現している。
アルバムの導入としてはかなり挑発的であり、旧来のファンにとっても、ここで本作がこれまでと違うことをはっきり理解させられる。
2. Last of the Real Ones
本作を代表する名曲のひとつであり、最も“旧来のFall Out Boyファンにも届きやすい”曲でもある。
サウンドは現代的に磨かれているが、曲の骨格にはちゃんとロック・バンドとしての推進力があり、Patrick Stumpのメロディも非常に強い。タイトルの“最後の本物”というフレーズも、いかにもPete Wentz的なナルシシズムと孤独を感じさせる。
ここで描かれる関係性は、恋愛相手にも、自分をわかってくれる唯一の存在にも読めるが、同時に“本物”を求めること自体がすでに時代錯誤かもしれないという気配もある。
そのためこの曲は、単なるロマンティックなアンセムではなく、偽物だらけに感じる世界で何を信じたいのかという問いとして響く。
アルバムの中でも特に完成度が高く、『M A N I A』の核心に近い曲である。
3. HOLD ME TIGHT OR DON’T
タイトルからして二択を突きつけるような曲であり、感情の揺れよりも、むしろ揺れを嫌って極端さを選ぶ態度が前面にある。
サウンドにはラテン/レゲトン的な跳ね方も少し感じられ、再結成後のFall Out Boyが持っていた“ロック・バンドの境界を曖昧にする”志向が強く出ている。
ここで面白いのは、親密さを求める歌でありながら、その求め方がとても不器用なことだ。抱きしめるなら強く、そうでないならいっそやめてくれ。そこには中途半端な関係に耐えられない焦りがある。
この極端さは本作全体の主題でもあり、過剰な時代の中で感情もまた過剰な言葉でしか言えないという感じがよく出ている。
4. Wilson (Expensive Mistakes)
本作の中では比較的“昔のFall Out Boyの影”を感じさせる曲。タイトルの副題にある“高価な間違い”という言い回しも、彼ららしい自己破壊的ユーモアに満ちている。
曲自体はキャッチーで、バンド感も残っているが、歌われているのは自分の失敗や誤った選択をどこか誇るような、しかし同時に消耗もしている態度だ。
Fall Out Boyは昔から、自分の傷や失敗を悲劇というより“キャラクターの一部”として差し出すのがうまかった。この曲はその感覚を、2010年代後半のポップ・スケールで再提示している。
やや軽やかなのに、後味は少し苦い。そこがいい。
5. Church
アルバムの中でもかなり異色の存在で、タイトルが示す宗教的イメージと、実際の感情表現が強く重なる一曲。
ここでの“Church”は、単なる礼拝の場ではなく、愛や執着や依存を告白するための空間として機能している。Fall Out Boyは以前から、愛をかなり大げさで劇場的な言葉で語ることがあったが、この曲ではそれが文字通りの儀式性を帯びている。
サウンドもどこかゴスペル的な高揚を持ちつつ、完全な救済へは向かわない。むしろ、信仰に似た熱量を恋愛や自己投影に向けてしまう危うさがある。
本作の人工的なサウンドの中でも、この曲は大仰さを感情の切実さへちゃんと変えている点で印象深い。
6. Heaven’s Gate
本作のバラード枠に近い楽曲で、Patrick Stumpの歌唱が特に映える一曲。
タイトルの“天国の門”は明らかに大きな比喩だが、Fall Out Boyにかかるとそれは宗教的な超越ではなく、誰かとの関係の中にある“届きそうで届かない理想”に変わる。
ここではサウンドの派手さよりも、メロディの伸びやかさと、感情を一気に広げるボーカルが中心にある。そのため、アルバムの中ではかなり素直に胸に入ってくる曲でもある。
一方で、ここで描かれる天国は安らぎそのものではなく、手を伸ばしても完全にはつかめない場所だ。その不完全さが、いかにもFall Out Boyらしい。
7. Champion
リリース当時からかなり大きく打ち出された曲で、本作を象徴するアンセムのひとつ。
タイトルだけ見ると自己啓発的で、勝利の歌のようにも思える。実際、サビの強さや構成はかなりストレートに“励まし系アンセム”として機能する。
ただし、Fall Out Boyの文脈で聴くと、この“Champion”は完全に無垢な勝者の歌ではない。むしろ、何度倒れても自分を勝者だと言い聞かせないと立っていられない人間の歌に近い。
そこに少しだけ複雑さがあることで、曲は単なるポジティブ・ソングを超える。とはいえ、本作の中ではかなりわかりやすい方であり、そのわかりやすさが好き嫌いの分岐点にもなっているだろう。
8. Sunshine Riptide (feat. Burna Boy)
本作の中でもっとも賛否が分かれそうな曲のひとつであり、同時に非常に興味深い。
Burna Boyの参加も含め、ここではカリビアン〜アフロ寄りのリズム感や、トロピカル・ポップ以後の空気が強く入っている。2000年代のFall Out Boyしか知らない耳にはかなり違和感があるかもしれない。
しかし、この曲が示しているのは、彼らが当時のポップの動きに対してかなり敏感であったことだ。タイトルの“太陽の離岸流”というイメージも良く、明るさの中に引きずり込まれる危険があるという感覚は、本作全体の主題とも通じる。
つまりこの曲は、単なる流行追随ではなく、明るいポップの表面の下にある不安定さをかなり正確に捉えている。
9. Young and Menace
『M A N I A』を象徴する、最も物議を醸した曲。
エモ/ポップ・パンク出身のバンドが、ドロップ重視のエレクトロ・ポップ、極端に加工されたボーカル、カオティックな構成をここまで前面化したこと自体が衝撃だった。
タイトルの“若くて脅威”という感覚は、かつてのFall Out Boyの本質にも近いはずだが、ここではその若さがもはや青春の熱ではなく、暴走しそうな神経のノイズとして聞こえる。
好き嫌いは大きく分かれるだろう。だが、この曲を失敗とだけ言ってしまうのはもったいない。なぜならここには、バンドが本気で自分たちの文法を壊そうとしている緊張があるからだ。
『M A N I A』という作品の危うさと野心を、最もむき出しで体現した重要曲である。
10. Bishops Knife Trick
ラストを飾るこの曲は、本作の中でも最も感情的な余韻を残す。
アルバム全体がかなり人工的で断片的な音に満ちているぶん、この曲の持つドラマ性と少し古典的なロック・バラード感覚は非常に効いている。
タイトルの物騒さとは裏腹に、ここで歌われるのはかなり切実で、どこか諦めを帯びた感情だ。躁的に走り回ってきたアルバムが、最後にようやく少しだけ“疲れ”を見せるようにも聞こえる。
この終わり方はとても重要で、本作が単なる流行追随の派手なポップ作ではなく、過剰に興奮し続けたあとに残る空虚まで含んだ作品であることを教えてくれる。終曲として非常に良い。
総評
『M A N I A』は、Fall Out Boyの中で最も問題作であり、最も誤解されやすい作品かもしれない。
初期のエモ/ポップ・パンクを愛するリスナーからすれば、ここでの彼らは遠くへ行きすぎているように見えるだろう。ギター・バンドらしさは薄れ、音は加工され、曲の構造もポップ市場向けに最適化されているように聞こえる。
その意味で、本作が違和感を呼ぶのは当然である。
しかし、その違和感そのものが作品の価値でもある。なぜなら『M A N I A』は、Fall Out Boyが一度“自分たちはロック・バンドだ”という安全地帯をほとんど捨てて、時代のポップのただ中で自分たちがどう崩れるかを試した作品だからだ。
このアルバムが面白いのは、表面上はとても人工的なのに、根本のテーマは意外なほど昔から変わっていないことだ。
依存、自己像の不安定さ、愛されたいのに信用できない感覚、キャラクターを演じ続ける疲れ、派手な表面の裏の空洞。こうしたものは、2000年代のFall Out Boyにも確かにあった。
ただ、それが当時はギターと疾走感と長い曲名の中で鳴っていたのに対し、『M A N I A』ではSNS時代以後の、もっと光沢があって、もっと情報量が多くて、もっと神経質なポップの形で鳴っている。
つまり本作は、別のバンドになった作品ではなく、同じ病理を違う時代の音で再演した作品として聴くと、かなりしっくりくる。
もちろん、アルバムとして完璧かといえばそうではない。『From Under the Cork Tree』や『Infinity on High』のような物語性や、『So Much (For) Stardust』のような再統合の見事さはない。曲によっては流行の吸収が前に出すぎて、Fall Out Boy固有の輪郭がぼやける瞬間もある。
それでも、本作を軽く扱うべきではない。なぜならこの作品があったからこそ、後の『So Much (For) Stardust』における“戻り方”が安易な懐古にならずに済んだからだ。
『M A N I A』は、壊しすぎるほど壊したからこそ意味があった。Fall Out Boyはここで一度、自分たちの輪郭を限界近くまで溶かしてみせたのである。
おすすめしたいのは、初期作しか聴いていない人より、むしろFall Out Boyが2010年代をどう生き延びたのかを知りたい人だ。
このアルバムは傑作というより、危険な記録に近い。だが、その危険さの中には、時代と真正面から向き合ったバンドの緊張がある。
『M A N I A』は、Fall Out Boyの本質が消えかけている作品ではない。むしろ、本質がどこまで薄められてもまだ残るのかを試した作品なのである。
その意味で、本作は失敗と成功のあいだにある、非常に面白いアルバムだ。
おすすめアルバム
- Fall Out Boy – American Beauty / American Psycho
本作直前の作品。ポップ化の流れを理解するうえで最重要。
– Fall Out Boy – So Much (For) Stardust
『M A N I A』で解体された要素が、どのように再統合されたかを見るのに最適。
– Fall Out Boy – Infinity on High
バンドの初期〜中期のピーク。ドラマティックなポップ感覚の原点を確認できる。
– Panic! at the Disco – Pray for the Wicked
2010年代後半における元エモ/ポップ・パンク系アクトのポップ巨大化という点で並べて聴くと面白い。
– Paramore – After Laughter
こちらはより繊細だが、同時代にポップ化しながらバンドの核を更新した作品として好対照。



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