
発売日:2007年2月6日
ジャンル:Pop Punk / Emo Pop / Alternative Rock / Pop Rock
概要
Infinity on Highは、アメリカ・シカゴ郊外で結成されたFall Out Boyが2007年に発表した3作目のスタジオ・アルバムである。2005年の前作From Under the Cork Treeによってメインストリームへ急浮上した彼らが、その成功を受けてサウンドを大幅に拡張し、ポップ・パンク/エモの枠組みから、R&B、ソウル、ファンク、ハードロック、オーケストレーションまでを取り込んだ転換点的作品である。
Fall Out Boyの基本構造は、Patrick StumpとPete Wentzの役割分担にある。
Stumpはヴォーカルと主要な作曲面を担い、ソウルやR&Bへの強い嗜好を持つ。
Wentzはベースを担当すると同時に、多くの歌詞の核を作る。
Joe Trohmanのギター。
Andy Hurleyのドラム。
そこへStumpの強いメロディ感覚とWentzの言語的な過剰さが組み合わさる。
このバンドは、単純な青春パンクとは異なる。
歌詞は長い。
タイトルも長い。
比喩が多い。
皮肉。
自己嫌悪。
有名になることへの欲望。
有名になったことへの罪悪感。
恋愛。
嫉妬。
メディア。
ファンダム。
そうした複数のテーマが一つの曲へ詰め込まれる。
Infinity on Highでは、その複雑さがさらに増した。
前作の成功によってFall Out Boyは、もはや小規模なエモ/ポップ・パンク・シーンだけのバンドではなかった。
MTV。
ラジオ。
大型フェスティバル。
雑誌。
ティーン・カルチャー。
彼らは一気に「スター」として扱われる。
そこで生まれたのが、本作の中心テーマである「名声への違和感」だ。
成功したい。
しかし成功すると、自分が商品になる。
注目されたい。
しかし見られ続けると苦しくなる。
ファンに理解されたい。
しかし有名になるほど、本当の自分から遠ざかる。
Infinity on Highの歌詞には、この矛盾が繰り返し現れる。
アルバム・タイトルはVincent van Goghの言葉に由来する表現として知られ、「高みの無限」とでも訳せるような、壮大で不安定な響きを持つ。
上へ行く。
もっと高く。
しかし、どこまで行けば終わるのか。
成功には終点がない。
この感覚は、当時のFall Out Boyの状況とよく一致している。
そして本作を象徴するもう一つの要素が、Jay-Zの参加である。
冒頭の「Thriller」にはJay-Zの声が入り、アルバム全体を巨大なショーのように開始させる。
ポップ・パンク・バンドのアルバムに、当時のヒップホップ界を代表する人物が登場する。
これは単なる豪華ゲストではない。
Fall Out Boyが、自分たちを特定ジャンルに閉じ込める意思がないことを最初から宣言している。
さらにBabyfaceも制作に関わり、Patrick StumpのR&B/ソウル志向がより明確になった。
この結果、Infinity on Highは前作より滑らかで、よりポップで、同時により複雑な作品になった。
2000年代中盤のエモ/ポップ・パンク・ブームを代表しながら、そのジャンルの外側へ逃げ出そうとする。
その矛盾こそ、本作の最大の特徴である。
全曲レビュー
1. Thriller
アルバムは「Thriller」で始まる。
タイトルはMichael Jacksonの同名作品を当然連想させるが、ここでの「Thriller」は、Fall Out Boyが自分たちの成功と、それを取り巻く巨大な期待を意識した言葉として機能する。
冒頭にはJay-Zの声が登場する。
これは極めて象徴的である。
前作で成功したロック・バンドが、次作の最初にヒップホップ界の大物から紹介される。
つまり「もうインディーな少年たちではない」という宣言だ。
しかし歌詞は単純な勝利宣言ではない。
むしろ、批評家やファンから向けられる視線に対する防御反応が強い。
評価される。
叩かれる。
期待される。
そのすべてを認識しながら、自分たちの立場を誇張された言葉で語る。
音楽は壮大。
ギターは太い。
コーラスは巨大。
Fall Out Boyがスタジアム規模のロックへ向かい始めたことを明確に示すオープニングである。
2. “The Take Over, the Breaks Over”
タイトルからして、成功と転換を意識した曲。
「乗っ取り」と「休止」が同時に置かれる。
前作で成功したバンドが、さらにシーンを支配しようとする一方、その成功に疲れている。
この二重性が重要だ。
音楽はファンク的なギター・カッティングを持ち、従来のポップ・パンクよりリズム重視。
Patrick Stumpのヴォーカルにもソウル的なニュアンスが強い。
彼は単に高音を出すのではなく、リズムの隙間へ声を置く。
この曲はInfinity on Highが、ギターの速度だけではなく「グルーヴ」へ向かったことを示す。
歌詞では、成功によって人間関係や自分自身の見え方が変化する感覚がある。
勝った。
しかし、その勝利が幸福とは限らない。
この問題意識はアルバム全体を通じて繰り返される。
3. This Ain’t a Scene, It’s an Arms Race
本作最大の代表曲のひとつ。
タイトルは「これはシーンなんかじゃない、軍拡競争だ」。
2000年代中盤のエモ/ポップ・パンク文化への痛烈な自己批評として機能する。
バンド。
レーベル。
メディア。
ファン。
流行。
すべてが「誰がより目立つか」「誰がより大きく売れるか」を競争する。
もともと仲間だったシーンが、成功のための競争へ変わる。
Fall Out Boy自身もその競争の中心へ入ってしまった。
だからこの曲は、外部を批判するだけではない。
自分たちも同じ構造の一部だと認めている。
音楽は非常に大胆。
ヴァースにはR&B/ファンク的なリズム。
コーラスでは巨大なロック。
終盤では集団的なヴォーカルが加わる。
つまり一曲の中で複数のジャンルを移動する。
Fall Out Boyが「エモ」の象徴になりながら、そのレッテルを内側から壊そうとした代表曲である。
4. I’m Like a Lawyer with the Way I’m Always Trying to Get You Off (Me & You)
非常に長いタイトルを持つ、Fall Out Boyらしいラブソング。
法律家を恋愛の比喩へ使うという、Pete Wentz的な言葉遊びが特徴である。
タイトルには性的なダブル・ミーニングも含まれ、真剣さと冗談が同居している。
しかし曲そのものは非常にソウルフル。
Patrick StumpのR&B志向が特に強く、ギター・バンドというよりソウル・ポップへ接近する。
歌詞では、恋愛関係の中で相手を説得しようとすること、理解してもらおうとすること、しかし完全には届かないことが描かれる。
Fall Out Boyのラブソングには、純粋な幸福が少ない。
常に駆け引きがある。
嫉妬。
自意識。
言葉の裏側。
この曲も例外ではない。
音楽の滑らかさと、歌詞の神経質さが対照的である。
5. Hum Hallelujah
タイトルは「ハレルヤを口ずさむ」。
宗教的な言葉を使いながら、実際には青春期の混乱、自己破壊、死への接近を思わせるテーマを持つ。
曲中にはLeonard Cohenの「Hallelujah」を思わせる文化的な連想が組み込まれ、宗教的救済とポップ・カルチャーが混ざり合う。
この曲の重要な点は、Fall Out Boyの歌詞にある暗さだ。
明るいポップ・パンクとして聞こえる。
しかしその内側には、
自傷。
死。
孤独。
不安定な自己像。
といった重いテーマが潜んでいる。
音楽は非常にキャッチー。
サビも大きい。
だからこそ歌詞の暗さが強く残る。
「苦しいことを、苦しい音楽で表現する」のではなく、明るいメロディへ包む。
これはFall Out Boyの代表的な手法である。
6. Golden
本作の中で最も静かな曲のひとつ。
ピアノを中心にしたバラードで、ギター中心のバンド・サウンドから大きく離れる。
タイトルは「黄金の」「輝く」。
通常なら肯定的な言葉。
しかし曲には強い孤独がある。
成功。
名声。
外から見れば黄金。
しかし、その内側にいる本人は幸福ではない。
この対比がInfinity on High全体のテーマと重なる。
Patrick Stumpのヴォーカルもここでは極端に抑制されている。
大きな声を出さない。
ピアノの隙間に声を置く。
その結果、アルバムの中でも非常に私的な瞬間になる。
派手な「This Ain’t a Scene」と「Thnks fr th Mmrs」の間にこの曲を置くことで、成功の華やかさの裏側にある空虚さがより明確になる。
7. Thnks fr th Mmrs
タイトルは「Thanks for the Memories」から母音を抜いた表記で、デジタル時代の略記や、感情を圧縮したコミュニケーションを連想させる。
本作を代表するヒット曲。
テーマは、終わった恋愛。
しかし完全な悲嘆ではない。
関係は終わった。
それでも記憶は残る。
しかも、その関係が必ずしも良いものだったとは限らない。
「ありがとう」と言いながら、皮肉がある。
Fall Out Boyらしい感情の複雑さだ。
音楽は非常に劇的。
ストリングス。
硬いギター。
大きなコーラス。
ポップ・パンク、バロック・ポップ、ハードロックを混ぜたような構成になっている。
Patrick Stumpのメロディも非常に強い。
短いフレーズを繰り返しながら、一度聴けば残るサビを作る。
商業的な即効性と、アルバムの皮肉な世界観を両立した代表曲である。
8. Don’t You Know Who I Think I Am?
タイトルは通常の「Don’t you know who I am?=俺が誰か知らないのか?」をひねり、「自分が自分を何者だと思っているか知らないのか?」としている。
ここにFall Out Boyの自己批評が凝縮されている。
有名人は「自分が誰か」を他人に認識させる。
しかし本当の問題は、自分自身が自分をどう認識しているか。
成功すると、外部のイメージと内部の自己像がずれる。
この曲では、そのズレがユーモラスかつ攻撃的に表現される。
音楽は比較的ストレートなポップ・パンク。
テンポも速い。
しかし歌詞は単純な青春ロックではない。
スターとしての自己意識そのものを笑う。
Infinity on Highの「名声に対する居心地の悪さ」を最も明確に表現したタイトルのひとつである。
9. The (After) Life of the Party
タイトルは「パーティーの後の人生」と「life of the party=場の中心人物」という表現を掛けている。
華やかな時間が終わった後、何が残るのか。
これも本作の中心テーマだ。
成功。
パーティー。
注目。
歓声。
しかし、それらが止まった後の静かな時間。
そこに本当の自分が戻ってくる。
音楽はやや暗く、浮遊感がある。
Patrick Stumpのヴォーカルも劇的だが、完全に爆発しない。
この曲では「ポップ・スターとしての夜」の後に残る疲労や孤独が感じられる。
タイトルの言葉遊びが非常に巧妙で、Pete Wentzの歌詞世界を代表する一例となっている。
10. The Carpal Tunnel of Love
タイトルは「愛の手根管症候群」。
コンピューター使用などによる反復動作から生じる身体的な痛みを、恋愛へ置き換えたような奇妙なタイトルである。
愛すること。
同じ失敗を繰り返すこと。
その繰り返しによって傷つくこと。
この曲は本作の中でも特にハード。
ギターは鋭く、ドラムも速い。
初期Fall Out Boyのハードコア的な出自が比較的強く残っている。
後半には激しいヴォーカルも入り、アルバムの洗練されたポップ性を一度破壊する。
この曲が重要なのは、Fall Out Boyがポップへ進化しても、完全に攻撃性を失っていないことだ。
ソウル。
R&B。
ストリングス。
それらを取り入れながら、必要な場面ではハードコア由来の激しさへ戻る。
その振幅がInfinity on Highを単調にしない。
11. Bang the Doldrums
「doldrums」は憂鬱、停滞状態を意味する。
タイトルは直訳しにくいが、「停滞を打ち破る」ようなニュアンスを持つ。
しかし歌詞は単純な前向きさではない。
友情。
恋愛。
別れ。
その境界が曖昧になる。
Fall Out Boyの歌詞では、人間関係が明確なカテゴリーへ収まらない。
友人なのか。
恋人なのか。
過去の相手なのか。
その不確実性が感情の混乱を生む。
音楽は意外なほど明るく、コーラスにはシンガロング的な楽しさがある。
少し海賊歌や酒場歌のような集団性も感じられ、アルバムの中で独特の位置を占める。
歌詞の曖昧な痛みと、音楽の楽しさが強く対比される曲である。
12. Fame < Infamy
タイトルは数式のように「Fame is less than Infamy=名声は悪名より小さい」と読むことができる。
つまり「有名であること」より「悪名を持つこと」の方が強い。
メディア文化への皮肉が明確だ。
普通に成功するより、問題を起こした方が注目される。
スキャンダル。
炎上。
悪評。
その方が人々の記憶に残る。
2007年という時代はSNS文化が現在ほど巨大ではなかったが、セレブリティ報道やブログ文化は急速に拡大していた。
Fall Out Boy自身も、音楽だけでなくメンバーの私生活や交際関係まで注目される存在になっていた。
その状況への不快感がこの曲にはある。
音楽は速く、攻撃的。
タイトルの知的な皮肉に対して、演奏は非常に身体的。
このバランスがFall Out Boyらしい。
13. You’re Crashing, but You’re No Wave
本作でも特に物語性が強く、社会的な題材を持つ曲。
法廷や裁判、メディア、群衆の視線を思わせる場面が描かれ、Fall Out Boyの通常の恋愛/自己意識中心の歌詞から一歩外へ出る。
タイトルも直接的な意味をつかみにくい。
「クラッシュしているが、波ではない」という比喩は、破壊や衝突と、その後に何も大きな変化が起きないことを連想させる。
曲は複雑。
ヴァース。
コーラス。
劇的な展開。
単純なパワー・ポップではない。
Patrick Stumpの歌唱も、物語の緊張を強調する。
ここではFall Out Boyが、個人的な不安だけでなく、社会の中で誰かが裁かれ、見世物化される構造へ目を向けている。
メディアと名声を扱うアルバム全体のテーマとも接続する一曲である。
14. I’ve Got All This Ringing in My Ears and None on My Fingers
アルバム最後を飾る曲。
タイトルは「耳ではずっと鳴っているのに、指には何もない」。
「ringing=耳鳴り」と「ring=指輪」を掛けた言葉遊びである。
つまり騒音はある。
歓声もある。
音楽も鳴っている。
しかし、結婚や安定を象徴する指輪はない。
名声はある。
でも私生活の安定はない。
このタイトルだけでInfinity on High全体のテーマがほぼ説明できる。
外側は巨大。
内側は不安定。
音楽は華やかで、ブラス的な要素やソウル的な広がりもある。
単なる静かなエンディングではない。
むしろ大きなショーを最後まで続ける。
しかし歌詞には疲労と孤独が残る。
つまり、アルバムは「成功してよかった」で終わらない。
成功した。
歓声もある。
それでも何かが欠けている。
この不完全な終わり方が非常に本作らしい。
総評
Infinity on Highは、Fall Out Boyが「ポップ・パンク/エモの人気バンド」から、ジャンル横断型のメインストリーム・ロック・バンドへ変化した決定的作品である。
前作From Under the Cork Treeは、Fall Out Boyを大きくした。
しかしInfinity on Highは、その成功をどう扱うかという問題に直面したアルバムだ。
ここが重要である。
普通なら、ヒットしたバンドは次作でも同じサウンドを再現する。
より大きなギター。
より強いサビ。
より分かりやすいシングル。
Fall Out Boyは半分だけそれを行った。
サビはさらに大きい。
プロダクションも豪華。
しかし音楽性はむしろ拡散した。
R&B。
ファンク。
ソウル。
ピアノ・バラード。
ストリングス。
ハードコア。
ヒップホップ的なゲスト起用。
その結果、本作はポップ・パンクのフォーマットから明確にはみ出している。
Patrick Stumpの存在が特に大きい。
彼はロック・シンガーだが、歌唱の基礎にソウル/R&Bがある。
フレーズを細かく動かす。
リズムを前後させる。
高音を単なる叫びとして使わない。
この歌唱が、「This Ain’t a Scene, It’s an Arms Race」や「I’m Like a Lawyer…」で特に強く出る。
つまりFall Out Boyの進化は、単に外部プロデューサーが音を変えたのではない。
Stump自身の音楽的趣味が、バンドの成功によってより大きく表面化した。
一方、Pete Wentzの歌詞はさらに自己意識的になった。
このアルバムには、普通の意味での「自信」がほとんどない。
大成功している。
しかし歌詞は不安。
有名。
しかし自己嫌悪。
ファンがいる。
しかし理解されている感覚が薄い。
この矛盾が本作を非常に2000年代的な作品にしている。
当時のエモ文化は、「内面を過剰に言語化する」ことを特徴のひとつとしていた。
悲しい。
嫉妬する。
自己嫌悪する。
その感情を、日記のように細かく書く。
Fall Out Boyはそこへ「有名人としての自己意識」を追加した。
結果として歌詞は、
自分を見る自分。
他人に見られている自分。
メディアによって作られた自分。
本当の自分。
という複数の視点に分裂する。
「Don’t You Know Who I Think I Am?」はその象徴だ。
「自分が誰か」ではなく、「自分が自分を誰だと思っているか」。
この一段階多い自己意識がFall Out Boyの特徴である。
また、「This Ain’t a Scene, It’s an Arms Race」は2000年代エモ/ポップ・パンク文化を理解するうえで非常に重要だ。
この時代、My Chemical Romance、Panic! at the Disco、Paramore、Taking Back Sundayなど、多くのバンドが巨大化した。
インターネット。
MySpace。
音楽ブログ。
ファン・コミュニティ。
それらが急速に拡大し、「シーン」が大規模な市場になる。
Fall Out Boyはその中心にいた。
しかし中心にいる本人たちが、「これはもう仲間のシーンではなく競争だ」と歌う。
これは非常に自己批評的である。
シーンの商業化を批判しながら、自分たちはその最大の成功者のひとつ。
その矛盾から逃げない。
むしろ曲にする。
ここに本作の知性がある。
音楽面では、Babyfaceとの関係も象徴的である。
Fall Out BoyがR&Bの制作感覚を取り込むことによって、ギター・ロックの内部に別のリズム感が入った。
2000年代のポップ・パンクは基本的に、
速いドラム。
パワー・コード。
直線的なヴォーカル。
を中心とすることが多い。
Infinity on Highでは、そこへシンコペーションやファンク、ソウル的なヴォーカル・フレージングが加わる。
そのため曲が「前へ走る」だけではなく、「横へ揺れる」。
この変化はFall Out Boyの後の作品にとっても重要だった。
Jay-Zの冒頭参加も同じ。
ロックとヒップホップを単純に融合した曲ではない。
しかし文化的な境界を壊す。
「自分たちはポップ・パンクだけではない」。
その宣言になる。
後のFall Out Boyがさらにポップ、エレクトロニック、R&Bへ進んでいくことを考えると、本作はその始まりとして非常に重要である。
アルバム全体の構成も興味深い。
「Thriller」で巨大に始まる。
「This Ain’t a Scene」で名声とシーンを批判する。
「Golden」で突然小さくなる。
「Thnks fr th Mmrs」で巨大なポップへ戻る。
「The Carpal Tunnel of Love」でハードコア的な攻撃性。
「Fame < Infamy」でメディア批評。
最後に「I’ve Got All This Ringing…」で、成功の騒音と私的な空虚さを同時に残す。
つまりアルバム自体が、名声の上昇と下降を繰り返す。
大きい。
小さい。
自信。
不安。
歓声。
孤独。
その振幅が本作の核心である。
歌詞の長いタイトルも重要だ。
Fall Out Boyは曲名そのものを、作品の一部として使う。
普通のポップなら、タイトルはサビの中心語になる。
彼らの場合、タイトルが歌詞にそのまま登場しないこともある。
曲名が「もう一つの注釈」のように機能する。
「I’m Like a Lawyer with the Way I’m Always Trying to Get You Off」。
「I’ve Got All This Ringing in My Ears and None on My Fingers」。
こうしたタイトルは、曲を聴く前から皮肉、比喩、言葉遊びを提示する。
このスタイルは2000年代エモ文化の象徴的な美学の一つにもなった。
また、本作は「エモ」という言葉の限界も示している。
Fall Out Boyは確かにエモ/ポップ・パンク・シーンから出てきた。
しかしInfinity on Highを実際に聴くと、
ソウル。
ファンク。
ハードロック。
バロック・ポップ。
R&B。
といった要素が強い。
つまり「エモ」というラベルだけでは音楽を説明できない。
むしろ彼らは、そのラベルが巨大化した瞬間にそこから逃げようとしている。
この姿勢は後のFolie à Deuxでさらに顕著になる。
影響という点でも、本作は大きい。
2000年代後半以降のポップ・パンク/エモ系バンドは、必ずしも速いギターだけにこだわらなくなる。
R&B。
エレクトロ。
ファンク。
ヒップホップ的なリズム。
巨大なポップ・プロダクション。
これらを積極的に取り込む。
その流れの中で、Infinity on Highは非常に早い段階で「シーン出身のバンドがメインストリーム・ポップへ行ってもよい」というモデルを示した。
それでも、本作の本質は成功の祝福ではない。
むしろ「成功したことで、さらに不安になった」アルバムである。
タイトル通り、高みへ行く。
しかし高みにも終わりがない。
もっと上。
もっと売る。
もっと注目。
その競争は永遠に続く。
だから「Infinity on High」。
上にある無限。
それは夢であると同時に、恐怖でもある。
Fall Out Boyはその矛盾を、キャッチーなポップ・ソングとして成立させた。
その点で本作は、2000年代ポップ・パンクの商業的頂点の一つであると同時に、その成功の構造そのものを内部から疑った、非常に自己批評的なアルバムである。
おすすめアルバム
1. Fall Out Boy – From Under the Cork Tree(2005)
Fall Out Boyをメインストリームへ押し上げた前作。「Sugar, We’re Goin Down」「Dance, Dance」などを収録し、ポップ・パンク、エモ、Patrick Stumpのソウルフルなメロディ、Pete Wentzの皮肉な歌詞という基本形を確立した。Infinity on Highが何を引き継ぎ、何を拡張したかを理解するうえで最重要の一枚。
2. Fall Out Boy – Folie à Deux(2008)
次作。Infinity on Highで始まったジャンル横断をさらに大胆に進め、クラシック・ロック、ソウル、ファンク、ピアノ・ポップなどを複雑に融合した。名声、社会、メディア、自己破壊というテーマもより濃く、Fall Out Boy前期の最も野心的な作品のひとつ。
3. My Chemical Romance – The Black Parade(2006)
同時代のエモ/オルタナティヴ・ロックをスタジアム規模へ拡張した代表作。Queen的な劇性、ハードロック、パンク、コンセプト性を融合し、シーン出身のバンドが巨大なロック表現へ進むという点でInfinity on Highと強く共鳴する。
4. Panic! at the Disco – A Fever You Can’t Sweat Out(2005)
Fall Out Boyと近いシーンから登場し、ポップ・パンクへ電子音、ダンス、キャバレー的な劇性を加えた作品。長い曲名、過剰な言葉遣い、ジャンル横断的なアレンジなど、2000年代中盤のエモ文化が単純なギター・ロック以上のものだったことを示す代表作である。
5. Paramore – Riot!(2007)
Infinity on Highと同じ2007年に登場したポップ・パンク/エモ・ポップの重要作。「Misery Business」などを収録し、鋭いギターと巨大なポップ・メロディを両立している。Fall Out BoyほどR&Bへ接近してはいないが、2000年代のシーン文化がメインストリーム・ポップへ広がった流れを理解するうえで重要な一枚である。

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