発売日: 2024年5月3日
ジャンル: ローファイ、ライブ音源、インディー・ロック、オルタナティブ
概要
『Live at Kilby Court』は、Current Joys(カレント・ジョイズ)ことニック・ラスプーリが2024年にリリースしたライブ・アルバムであり、
これまでのスタジオ作品とは異なる、“その場にしか存在し得ない感情の温度”を封じ込めたドキュメントである。
録音されたのは、ユタ州ソルトレイクシティの名門DIYライブスペース「Kilby Court」。
ニックにとっても初期のキャリアを象徴する重要な会場のひとつであり、
この場所でのパフォーマンスには、原点回帰と未来への再出発という二重の意味が込められている。
セットリストは初期の代表曲から『Voyager』『Love + Pop』期の楽曲、さらには未発表曲までを網羅しており、
彼の**音楽的軌跡を振り返る“旅路の中間点”**としての性格を持つ。
全曲レビュー(抜粋)
1. “Become the Warm Jets (Live)”
ライブの冒頭を飾るにふさわしい代表曲。
観客の拍手と歓声の中、アコースティックギターが鳴り始める瞬間の静けさと高揚感の交錯が鳥肌もの。
スタジオ版以上に、“祈り”のような響きが宿る。
3. “Fear”
静かな緊張感を孕んだまま、会場の空気を支配するミニマルな一曲。
生演奏によって、曲中の“間”がより強調され、聴く者の内側をざわつかせる。
5. “My Motorcycle”
中盤のハイライト。
ラフで荒削りなギター、観客のコーラス、そしてニックの声が交わり、
まさに**“青春の即興性”がそのまま音になったような熱量**を帯びている。
会場の熱気が伝わってくる名演。
8. “Something Real”
『Voyager』期の楽曲の中でも特にエモーショナルな一曲。
生演奏ではよりゆったりとしたテンポで演奏され、“リアル”の定義を問いかけるような余韻が強まる。
MCで「この曲は、自分の心の中で最も正直だった瞬間を思い出すためにある」と語る場面が印象的。
10. “Love’s Not Real”
『Love + Pop』の中でも特にシニカルなラブソングが、
ライブでは意外にも観客と一体化するように歌われる。
「愛なんて嘘だ」と叫びながら、そこに集った人々の“つながり”が生まれてしまうという、逆説的な美がある。
12. “East My Love (Unplugged)”
アンコール直前に演奏されたアコースティックバージョン。
スタジオ版よりさらにテンポを落とし、静かな夜の私語のような親密さで包み込む。
まさに**“その場限りの奇跡”を記録した瞬間**である。
総評
『Live at Kilby Court』は、Current Joysという存在が“レコーディングされた声”ではなく、“今この瞬間に鳴っている音”であることを思い出させてくれる作品である。
それは、録音された完璧な感情ではなく、ぶれ、ざらつき、震え、共有されたノイズにこそ宿る真実を肯定する。
ライブ特有の音の粗さ、観客との距離感、偶然の瞬間が、
ニックの持つローファイ・エモーションと完璧に共鳴し、
むしろスタジオ作品以上に**“生きている音楽”のあり方**を感じさせてくれる。
この作品は、彼のファンにとっては記憶の再生装置であり、
新たなリスナーにとっては、Current Joysがどれだけ“その場”を愛してきたかを知る導入編でもある。
おすすめアルバム(5枚)
- Elliott Smith – Live at Largo (Bootleg)
観客との呼吸とともに生まれる音楽。Current Joysのライブ感と共振する親密さ。 - Mount Eerie – Live in Bloomington (2007)
静謐な語りと観客の沈黙が交錯する、音と言葉の記録。 - Bright Eyes – Motion Sickness: Live Recordings (2005)
揺れる感情とバンドサウンドの両立。ニックのライブと似たバランス感覚。 - Sun Kil Moon – Live at Biko (2013)
即興性の高い語りと演奏。ライブという形式を“記録”以上のものへと引き上げた名作。 -
Phoebe Bridgers – Copycat Killer (Live Strings EP)
スタジオ録音とは異なる“感情の強度”を体感できる。ニックの親密なライブにも通じる。
歌詞とライブの交錯:語られるよりも“共有される”言葉たち
このライブ盤で改めて浮かび上がるのは、Current Joysの歌詞が“語られる言葉”ではなく、“共有される言葉”であるという点である。
“Fear”で息を呑むように聴き入る観客、
“My Motorcycle”で一緒に叫ぶリスナー、
“Love’s Not Real”にさえ共感してしまう群れ——それらすべてが、
ニックの音楽が孤独を共有可能にする装置であることを証明している。
『Live at Kilby Court』は、“今この瞬間にしか存在し得なかった愛と音楽”を証拠として残した、祈りに似た一枚なのだ。
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