発売日: 2017年7月7日
ジャンル: インディーロック、バロックポップ、アートロック、ドリームポップ
嵐の抱擁、記憶の祝祭——帰還した“群れ”が奏でる、感情の稲妻
『Hug of Thunder』は、Broken Social Scene(以下BSS)が2010年の『Forgiveness Rock Record』以来、
実に7年ぶりにリリースしたスタジオ・アルバムである。
その長い沈黙を経て再結集した本作では、かつての“感情の渦”としてのBSSサウンドが再び炸裂すると同時に、
世界の不安定さと、個人のささやかな肯定とを同じスケールで鳴らす“感情の社会化”とも言える美学が展開されている。
アルバムタイトル「Hug of Thunder」は、“嵐のような感情に、優しく包まれるような瞬間”を象徴しており、
怒りや不安のエネルギーを破壊ではなく、共感と連帯のかたちに変換しようとする意思が強く感じられる。
音楽的には過去作のダイナミズムと、洗練されたポップ性、構築美、そして温かさが共存するハイブリッドな仕上がりとなっている。
全曲レビュー
1. Sol Luna
わずか1分足らずのオープニング。
アコースティックな断片と微かなノイズが溶け合う、夜明け前の深呼吸のような導入。
2. Halfway Home
7年ぶりの再会にふさわしい高揚感あふれるロック・アンセム。
爆発的なギターと集団コーラスが、“帰ってきた”という感情の波を一気に解き放つ。
3. Protest Song
エミリー・ヘインズがヴォーカルを務める、皮肉と祈りが同居する現代的プロテスト・ナンバー。
その名とは裏腹に、むしろ反抗より共感を求めるような柔らかな響き。
4. Skyline
都市の空を見上げるような浮遊感。
ギターの重なりが視界の奥へと連れていくような感覚的な展開を見せる。
5. Stay Happy
多層的なリズムとサンシャイン・ポップのようなコーラス。
その裏に「幸せでいようとする努力」への揺らぎと切実さが滲む。
6. Vanity Pail Kids
サイケでファンキーなギターが印象的な異色トラック。
“虚栄心のオムツを履いた子どもたち”というタイトルのユーモアに、ポップカルチャー批評の匂いが漂う。
7. Hug of Thunder
Feistがリードをとるタイトル曲。
静かな語り口から、じわじわと広がっていくバンドサウンドが、感情の震えと再接続の奇跡を象徴する。
本作の核となる名曲。
8. Towers and Masons
パーカッシブなリズムと不穏なコード感が都市の陰影と秩序の暴力を仄めかす。
静かだが、怒りが内在化された構築的トラック。
9. Victim Lover
愛と被害性のあいだに揺れる複雑なテーマを、繊細なヴォーカルとミニマルなアレンジで描く。
10. Please Take Me with You
夢見心地のシンセと淡いギターが、“どこでもいい、あなたとなら”という願いをそっと包み込む。
一種の逃避願望と親密性が美しく重なる。
11. Gonna Get Better
“良くなるさ”という希望の反復が、決して楽観ではない覚悟の歌として響く。
BSS流の“プロテスト・バラード”。
12. Mouth Guards of the Apocalypse
終末的なタイトルに反して、アンサンブルの美しさと自由さに満ちた解放の音が広がる。
ヴォーカルも複数人が交代で担当し、“みんなで歌う=生き延びる”というメッセージを体現するエンディング。
総評
『Hug of Thunder』は、Broken Social Sceneという“集合体の奇跡”がふたたび成立したことの証明であり、
同時に世界が不安定さを増す時代において、感情を共有し、音楽で抱きしめ合うためのマニフェストでもある。
ここには怒りも、痛みも、迷いもある。
だがそれらすべてが、音のなかで“許され”、共鳴し、希望へと変換されるプロセスこそが、BSSの真骨頂なのだ。
このアルバムは、“Thunder(雷鳴)”のような強さを、“Hug(抱擁)”という優しさで受け止めることができる——
そんな時代へのひとつの願いとして、静かに、けれど力強く鳴り続けている。
おすすめアルバム
- Feist – Pleasure
『Hug of Thunder』の余韻を引き継ぐ、内面に深く潜るソロ作。 - Arcade Fire – Everything Now
群像的視点と現代社会批評を融合させた、同時代的共鳴作。 - The New Pornographers – Whiteout Conditions
ポップさとアンサンブルの美が際立つ、カナダ発インディーロックの傑作。 - Beirut – Gallipoli
メランコリーと希望が入り混じる、祝祭と旅の音楽。 - Grizzly Bear – Painted Ruins
緻密で感情的なアレンジが光る、都会的内省サウンドの理想形。
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