アルバムレビュー:You Forgot It in People by Broken Social Scene

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2002年10月15日

ジャンル:インディー・ロック、ポストロック、ドリーム・ポップ、バロック・ポップ、エクスペリメンタル・ロック

概要

Broken Social Sceneの2作目となるスタジオ・アルバム『You Forgot It in People』は、2000年代インディー・ロックを語るうえで避けて通れない重要作である。カナダ・トロントを拠点とするKevin DrewとBrendan Canningを中心に結成されたBroken Social Sceneは、固定されたバンドというより、複数のミュージシャンが緩やかに集まるコレクティヴとして機能してきた。本作には、後にFeist、Metric、Stars、Do Make Say Thinkなどで知られることになるアーティストたちが参加しており、2000年代カナディアン・インディーの豊かな人脈と創造性を象徴する作品となっている。

前作『Feel Good Lost』は、アンビエントやポストロックの色彩が強いインストゥルメンタル中心の作品だった。それに対して『You Forgot It in People』では、歌、メロディ、バンド・アンサンブル、ホーン、ストリングス、ノイズ、電子音、即興的な揺らぎが一体となり、より開かれたロック・アルバムへと発展している。ただし、そのロック性は伝統的なギター・バンドの形式に収まらない。曲ごとにヴォーカルが変わり、楽器編成も流動的で、楽曲構造は時に断片的でありながら、アルバム全体としては強い統一感を持っている。この「散らばっているのに一つの共同体として響く」感覚こそが、本作の最大の特徴である。

2002年という時期は、The StrokesやInterpol、Yeah Yeah Yeahsなどを中心とするニューヨーク発のガレージ/ポストパンク・リヴァイヴァルが注目され、ロックが再び鋭くミニマルな形へ向かっていた時期でもある。その一方でBroken Social Sceneは、都市的なクールさよりも、混沌、親密さ、過剰さ、共同体的な熱量を重視した。彼らの音楽は、ポストロックの構築性、シューゲイザー的な音の霞、インディー・ポップのメロディ、アート・ロックの自由さを同時に含んでいる。ギター・ロックでありながら、音像はしばしばオーケストラのように広がり、個人の告白でありながら、多人数の声が重なり合うことで集団的な感情へ変化する。

アルバム・タイトル『You Forgot It in People』は、直訳すれば「君はそれを人々の中に忘れてきた」という意味を持つ。この言葉は、本作全体のテーマを象徴している。忘れられたものとは、愛情、信頼、身体感覚、記憶、音楽の共有性、あるいは他者との関係の中でしか見つからない何かである。Broken Social Sceneは、個人主義的なロック・スター像とは対照的に、複数の人間が集まり、互いの声や音を重ねることでしか生まれない表現を追求した。その意味で、本作は単なるインディー・ロックの名盤ではなく、2000年代における「バンド」という概念を拡張した作品でもある。

後の音楽シーンへの影響も大きい。Arcade Fire、Wolf Parade、The New Pornographers、Stars、Feist、Metricといったカナダ勢の国際的評価の高まりと並行して、Broken Social Sceneは「大人数編成のインディー・ロック」「共同体的なソングライティング」「ジャンル横断的なアルバム構成」のモデルを示した。2000年代後半以降のインディー・ロックに見られる、ホーンやストリングスの導入、複数ヴォーカルの活用、ポストロック的なクライマックス構築、アンセム的な合唱感覚には、本作の影響を読み取ることができる。『You Forgot It in People』は、個人の孤独を描きながらも、それを集団の音へ変換した、2000年代インディーの決定的な転換点である。

全曲レビュー

1. Capture the Flag

オープニング曲「Capture the Flag」は、アルバムの入口として、Broken Social Sceneの音楽的世界を静かに開いていく短いインストゥルメンタルである。タイトルは「旗取りゲーム」を意味し、子どもの遊び、競争、領域、共同性といったイメージを喚起する。楽曲自体は派手な導入ではなく、柔らかな音の層がゆっくりと広がる。ポストロック的な空間性があり、従来のロック・アルバムのように強いリフや歌で幕を開けるのではなく、聴き手を一つの場へ招き入れるように機能している。

この曲では、アルバム全体に流れる「記憶の断片」のような質感がすでに表れている。明確なメロディを前面に出すより、音の気配や余韻が重視されており、次に続く楽曲群の多彩さを受け止めるための空白を作っている。Broken Social Sceneの特徴は、曲そのものだけでなく、曲と曲の間にある空気、音の重なり、場の感覚をアルバム全体の一部として扱う点にある。「Capture the Flag」は、その姿勢を端的に示す導入部である。

2. KC Accidental

「KC Accidental」は、本作の中でも特にポストロックとインディー・ロックの融合が鮮やかな楽曲である。冒頭からリズムとギターが緊張感を持って立ち上がり、徐々に音が積み重なっていく構成は、同じトロントのDo Make Say Thinkにも通じる。だが、Broken Social Sceneの場合、その構築性は冷たい実験音楽に向かうのではなく、人間的な混沌と高揚へと接続される。

楽曲はインストゥルメンタル的な要素が強く、歌詞によって物語を語るというより、音の推進力そのものが感情を運ぶ。ドラムは力強く、ギターは鋭く刻まれ、ホーンやノイズが加わることで、都市のざわめきのような密度が生まれる。タイトルの“Accidental”が示すように、偶然性や予期せぬ衝突がこの曲の重要な要素である。整然としたロック・ソングではなく、複数の音が互いにぶつかりながら一つの巨大な流れを作る。

この曲は、Broken Social Sceneが単なるメロディ重視のインディー・ポップ集団ではなく、音響構築とバンドの肉体性を両立させる存在であることを示している。アルバム序盤に配置されることで、本作が一般的な歌ものアルバムではなく、インストゥルメンタル、ノイズ、集団演奏を含む拡張されたロック作品であることが明確になる。

3. Stars and Sons

「Stars and Sons」は、『You Forgot It in People』の中でも特に親しみやすいメロディを持つ楽曲であり、Broken Social Sceneのポップな側面が表れている。軽やかなリズム、反復されるフレーズ、手触りのあるギター・サウンドが組み合わさり、曲全体に明るい推進力が生まれている。しかし、その明るさは単純な幸福感ではなく、どこか頼りなさや曖昧さを含んでいる。

歌詞は断片的で、明確な物語よりも、青春の記憶、憧れ、他者との距離感を思わせるイメージが中心にある。“Stars”と“Sons”という言葉は、宇宙的な広がりと家族的なつながりを同時に連想させる。Broken Social Sceneの歌詞では、個人的な感情が抽象的な言葉によって広げられ、聴き手の記憶と結びつきやすい形で提示される。この曲でも、特定の人物や出来事を描くというより、誰もが経験しうる若さの高揚と不安が音楽化されている。

音楽的には、ポストロック的な緻密さよりも、インディー・ポップとしての開放感が前面に出ている。だが、演奏は決して単純ではない。ギターやパーカッション、コーラスが少しずつ重なり、表面上の軽さの裏に複雑なアンサンブルが存在する。大人数バンドであることの利点が、ここでは過剰な装飾ではなく、音の厚みと生命感として表れている。

4. Almost Crimes

「Almost Crimes」は、本作の中でも特にエネルギッシュで、騒々しく、Broken Social Sceneの混沌とした魅力が凝縮された楽曲である。Emily HainesとKevin Drewのヴォーカルが絡み合い、ギター、ドラム、ノイズ、コーラスが勢いよく押し寄せる。曲は整然と進むというより、今にも崩れそうなバランスの上で疾走しており、その危うさが強い魅力になっている。

タイトルの「ほとんど犯罪」という表現は、実際の犯罪行為というより、関係性の中で踏み越えそうになる境界、社会的な規範からの逸脱、感情の暴走を示している。歌詞には、欲望、衝動、若さの無責任さ、親密さと危険の近さが滲む。Broken Social Sceneの音楽では、愛情や友情は常に美しいものとして描かれるわけではない。むしろ、他者との接近には混乱や傷つきが伴う。「Almost Crimes」は、そのスリルを爆発的なロック・ソングとして表現している。

Emily Hainesの鋭い声は、Metricでの冷ややかなニューウェイヴ的表現にも通じるが、ここではより混沌とした集団の中に投げ込まれている。Kevin Drewの声との対比によって、曲は男女の掛け合いというより、複数の感情が同時に叫んでいるように聞こえる。『You Forgot It in People』の中でも、インディー・ロックの衝動性を最も直接的に示した曲である。

5. Looks Just Like the Sun

「Looks Just Like the Sun」は、前曲の騒々しい高揚から一転して、柔らかく霞んだ音像を持つ楽曲である。タイトルは「太陽のように見える」という意味だが、ここでの太陽は明快な希望というより、まぶしすぎて輪郭を失わせる存在として響く。ギターは穏やかに揺れ、ヴォーカルは遠くから聞こえるように配置され、ドリーム・ポップ的な浮遊感が強い。

歌詞のテーマは、記憶と幻影、接近できそうでできない美しさにある。太陽のように見えるものは、実際には太陽ではないかもしれない。そこには、憧れの対象を見誤ること、恋愛や過去の記憶を理想化することへの曖昧な感覚がある。Broken Social Sceneの楽曲では、幸福や美しさが常にノイズや霞に包まれている。この曲でも、メロディは美しいが、音像はぼやけ、歌詞は確信を避ける。

サウンド面では、シューゲイザー以降のギター・テクスチャーと、インディー・フォーク的な親密さが混ざり合っている。派手な展開はないが、音の奥行きによって、アルバムの感情的な幅を広げている。『You Forgot It in People』が単に賑やかな集団ロックではなく、静かな陰影を持つ作品であることを示す重要な曲である。

6. Pacific Theme

「Pacific Theme」は、タイトル通り、海や広い風景を想起させるインストゥルメンタル寄りの楽曲である。ホーン、ギター、リズムがゆったりと重なり、アルバムの中で一種の休息地点を形成している。だが、それは単なる間奏ではない。Broken Social Sceneにおいてインストゥルメンタルは、歌のない空白ではなく、言葉では表しきれない感情や風景を担う重要な要素である。

この曲の魅力は、緩やかなグルーヴと音の開放感にある。ポストロック的な構築性を持ちながら、硬質な緊張よりも、身体を揺らすような温かさがある。ホーンの響きはジャズ的でもあり、アルバム全体に都市的な洗練と自然の広がりを同時に与えている。タイトルの“Pacific”には、太平洋という地理的意味だけでなく、平穏や静けさを意味するニュアンスもある。この二重性が、曲の持つ大らかさと穏やかさに結びついている。

『You Forgot It in People』は、多くの声と楽器が入り乱れる作品だが、「Pacific Theme」ではその多人数性が穏やかな共同演奏として表れる。個々の楽器が主張しすぎず、全体の流れの中で溶け合うことで、アルバムに奥行きを与えている。

7. Anthems for a Seventeen Year-Old Girl

「Anthems for a Seventeen Year-Old Girl」は、『You Forgot It in People』を代表する楽曲であり、2000年代インディー・ロック全体の中でも特に印象的な一曲である。Emily Hainesによるヴォーカルは、ピッチ加工されたような独特の質感を帯び、バンジョーや弦楽器、反復されるフレーズが重なって、夢の中の記憶のような音像を作り出している。

タイトルは「17歳の少女のためのアンセム」を意味する。アンセムという言葉には、本来なら大勢で歌われる高揚感がある。しかしこの曲のアンセムは、スタジアム的な大合唱ではなく、内面に残り続ける小さな記憶の歌である。歌詞は、若さ、変化、自己像の揺らぎ、過去の自分への呼びかけを中心にしている。特に、かつての自分に対する距離感が重要である。17歳という年齢は、無垢と自意識、自由と不安、可能性と孤独が交差する時期として描かれる。

この曲の構造は、反復によって感情を深めていく点に特徴がある。大きなサビで爆発するのではなく、同じフレーズが少しずつ意味を変えながら積み重なる。これにより、聴き手は特定の物語を追うのではなく、自分自身の過去や記憶を重ねることになる。Broken Social Sceneの共同体的な音楽性は、ここでは個人の記憶を集団の祈りのように変換している。

「Anthems for a Seventeen Year-Old Girl」は、女性ヴォーカルを中心にした繊細なインディー・ポップとしても、ポストロック的な反復の楽曲としても、フォーク的な親密さを持つ曲としても聴くことができる。その多層性こそが、本作の核心である。

8. Cause = Time

「Cause = Time」は、アルバムの中でも最もロック・バンドらしい力強さを持つ楽曲の一つである。ギターのリフ、ドラムの推進力、重なり合う音の層が、堂々としたスケールを生み出している。タイトルは「原因=時間」と読めるが、この等式は明確な答えではなく、時間そのものがあらゆる変化や喪失の原因であるという感覚を示しているように響く。

歌詞では、時間、責任、変化、自己認識といったテーマが断片的に現れる。Broken Social Sceneの歌詞は、しばしば論理的な説明よりも、感情の断片を並べることで意味を生む。「Cause = Time」では、時間が人間関係を変え、記憶を歪め、行動の結果を遅れて返してくるものとして感じられる。タイトルの抽象性に対し、サウンドは非常に肉体的で、ギターとドラムが前面に出る。この抽象と肉体性の対比が曲の強度を生んでいる。

楽曲は、ポストロック的な積み上げと、インディー・ロックのアンセム性を併せ持つ。音数は多いが、中心には明確な推進力があり、アルバム後半へ向けてエネルギーを再び高めていく役割を担っている。大人数編成の混沌を、ロック・ソングとしての強度に変換した成功例である。

9. Late Nineties Bedroom Rock for the Missionaries

「Late Nineties Bedroom Rock for the Missionaries」は、タイトルからしてBroken Social Sceneらしいユーモアと曖昧さを持つ楽曲である。「90年代後半の寝室ロック」という表現は、宅録、個人的な創作、ローファイなインディー文化を想起させる。一方で“Missionaries”という言葉は、宗教的な布教者、あるいは何かを信じて広めようとする人々を意味する。つまりこのタイトルには、個室で生まれた小さな音楽が、外の世界へ広がっていく感覚が込められている。

楽曲自体は短く、断片的で、アルバム内の大きな流れをつなぐ役割を果たす。派手なメロディや展開よりも、音の質感と雰囲気が重視されている。ここには、90年代インディー・ロックやポストロックが持っていたDIY的な精神が反映されている。大規模なスタジオ・ポップとは異なり、寝室やリハーサル・ルームで生まれる不完全な音を肯定する姿勢である。

『You Forgot It in People』は多人数で作られた作品だが、その根には非常に個人的な創作感覚がある。この曲は、その個人的な出発点をアルバムの中に残している。大きなアンセムだけでなく、小さな断片も同じ価値を持つというBroken Social Sceneの美学が表れている。

10. Shampoo Suicide

「Shampoo Suicide」は、タイトルの奇妙さが印象的な楽曲である。日常的で軽い言葉である“Shampoo”と、重い言葉である“Suicide”が組み合わされることで、ポップさと不穏さが同時に立ち上がる。Broken Social Sceneのセンスは、こうした不釣り合いな言葉の接続に表れている。美しいものや身近なものの中に、暗い感情や破壊的な衝動が潜んでいるという感覚である。

サウンドは、浮遊感とノイズ感を併せ持っている。ギターやリズムは明確な輪郭を持ちながらも、音像全体は少しぼやけ、曲は夢の中で進んでいるように感じられる。歌詞は断片的で、具体的なストーリーを追うよりも、身体感覚、自己破壊的なイメージ、日常の不安定さを漂わせる。タイトルが示す通り、日用品のような身近さと、精神的な危うさが同居している。

この曲は、本作の中でも実験性が強く、ポップ・ソングとしての分かりやすさより、音響とイメージの組み合わせが重視されている。アルバム全体の流れの中では、明るいアンセム性から再び内面の曖昧な領域へと沈み込む役割を担っている。

11. Lover’s Spit

「Lover’s Spit」は、『You Forgot It in People』の中でも特に重要なバラードであり、Broken Social Sceneの親密さと生々しさが最も明確に表れた楽曲である。タイトルは直訳すれば「恋人の唾液」であり、ロマンティックな愛のイメージを、身体的で少し不快な質感へ引き戻す。ここには、愛を理想化せず、肉体、欲望、傷つき、依存を含むものとして描く姿勢がある。

楽曲はゆったりとしたテンポで進み、ピアノやギター、柔らかなアンサンブルが感情の余白を作る。ヴォーカルは非常に近く、聴き手に対して直接語りかけるように響く。しかしその親密さは、安心感だけを与えるものではない。歌詞には、若さの性、自己喪失、他者との境界の曖昧さが含まれており、恋愛や身体的関係が必ずしも救済にならないことが示される。

この曲の核心は、愛や欲望を美化しすぎない点にある。インディー・ロックにおけるラヴ・ソングは、しばしば不器用さや傷つきやすさを伴うが、「Lover’s Spit」はそれをさらに身体的な次元まで引き下げている。恋人との接触は、精神的なつながりであると同時に、唾液という物質的な交換でもある。この視点が、曲に独特の生々しさを与えている。

また、この曲は後にさまざまな形で再演され、Broken Social Sceneの代表曲の一つとして位置づけられることになる。アルバム内では、共同体的なサウンドの中心にある個人の孤独と欲望を静かに浮かび上がらせる役割を担っている。

12. I’m Still Your Fag

「I’m Still Your Fag」は、タイトルからして挑発的で、親密さ、依存、アイデンティティ、権力関係を複雑に含んだ楽曲である。“Fag”という語は英語圏では侮蔑的な意味を持ちうるため、現在の視点では非常に扱いの難しい言葉である。本曲では、その言葉が自己卑下、親密な関係における服従、あるいは相手への歪んだ忠誠の表現として用いられていると考えられる。重要なのは、このタイトルが単純な挑発ではなく、関係性の中で自分を低く置いてしまう心理を示している点である。

サウンドは、ゆったりとしながらも不穏な質感を持つ。ヴォーカルは感情を大きく爆発させず、むしろ諦めや疲れを含んだ響きで進む。歌詞は、愛情と屈辱、欲望と自己喪失が絡み合う状態を描く。Broken Social Sceneの楽曲では、他者とのつながりはしばしば救いであると同時に、自己を傷つけるものでもある。この曲では、その暗い側面が前面に出ている。

日本のリスナーにとっては、タイトルの語感だけで判断するより、2000年代初頭のインディー・ロックにおける挑発的な言語感覚、クィアなニュアンス、自己否定的な愛情表現の文脈を踏まえて聴く必要がある。現在の言葉の感覚では問題を含む表現であることも含めて、この曲はアルバムの中で最も緊張を孕んだ一曲である。

13. Pitter Patter Goes My Heart

ラストを飾る「Pitter Patter Goes My Heart」は、アルバムの終幕として非常に繊細な余韻を残す楽曲である。“Pitter Patter”は小さな足音や鼓動のような軽い反復音を表す表現であり、タイトル全体としては、心臓が小さく高鳴る様子を示している。大きなクライマックスで終わるのではなく、胸の奥で続く小さな鼓動でアルバムを閉じる点が、Broken Social Sceneらしい。

音楽的には、穏やかで親密な質感が中心である。派手なホーンや激しいギターの層ではなく、柔らかな音とメロディが前面に出る。アルバム全体を通じて、Broken Social Sceneは混沌、轟音、集団的な高揚を何度も作り出してきたが、最後に残るのは極めて個人的な感情である。これは、本作が共同体のアルバムであると同時に、個人の心の震えを描くアルバムでもあることを示している。

歌詞のテーマは、愛情、記憶、心の揺れである。大きな宣言ではなく、小さな感情の反応を大切にしている点が重要である。『You Forgot It in People』というタイトルが示す「人々の中に忘れてきたもの」は、最終的にこうした小さな心の動きとして回収される。共同体の音の中で見失われたものが、最後には一つの鼓動として残るのである。

総評

『You Forgot It in People』は、2000年代インディー・ロックの可能性を大きく拡張したアルバムである。伝統的なロック・バンドのフォーマットに依存せず、ポストロック、ドリーム・ポップ、バロック・ポップ、シューゲイザー、フォーク、ジャズ、実験音楽的な要素を自由に取り込みながら、一つの感情的な作品としてまとめ上げている。楽曲ごとに音楽性は大きく変化するが、アルバム全体には「人と人が集まることで生まれる感情」という明確な軸がある。

本作の最大の特徴は、個人と共同体の関係を音楽そのもので表現している点である。Kevin DrewやBrendan Canningを中心としながらも、Feist、Emily Haines、Amy Millan、Charles Spearin、Justin Peroffをはじめとする多くのメンバーや協力者の存在が、作品に多層的な響きを与えている。ヴォーカルが一人の主人公に固定されないため、アルバム全体は一人の物語ではなく、複数の人間の記憶や感情が重なった集合的な日記のように響く。

歌詞面では、青春、恋愛、身体、記憶、時間、孤独、共同性、自己喪失といったテーマが繰り返し現れる。しかし、それらは明確なストーリーとして整理されず、断片的な言葉やイメージとして提示される。これは、2000年代インディー・ロックにおける重要な表現方法の一つである。物語を説明するのではなく、感情の質感を作ること。Broken Social Sceneは、その手法を大人数の音響と結びつけることで、非常に独自の世界を作り上げた。

サウンド面では、音の過剰さと親密さが同時に存在している。「KC Accidental」や「Cause = Time」ではポストロック的なスケールとロック・バンドの推進力が強く表れ、「Stars and Sons」や「Almost Crimes」ではインディー・ポップ/ロックとしての即効性が示される。一方、「Anthems for a Seventeen Year-Old Girl」や「Lover’s Spit」では、記憶や身体性をめぐる繊細な感情が静かに掘り下げられる。こうした幅広さにもかかわらず、アルバムが散漫にならないのは、全体に共通する温度、つまり傷つきやすさと高揚感の共存があるためである。

2000年代のロック史において、本作はArcade Fireの『Funeral』やThe Nationalの初期作品、Sufjan Stevensの大編成ポップ、Animal Collectiveの実験的な集団性などと並び、インディー・ロックが単なるギター・バンドの枠を超えていく流れの中に位置づけられる。特に、カナダのインディー・シーンが国際的に注目される契機の一つとして、本作の存在は大きい。トロントを中心とした人脈の豊かさ、ジャンルを横断する柔軟性、共同体的な制作スタイルは、後のインディー・シーンに大きな影響を与えた。

日本のリスナーにとって『You Forgot It in People』は、2000年代インディー・ロックの「多人数化」「音響化」「感情の断片化」を理解するうえで非常に重要な作品である。分かりやすいシングル曲だけで構成されたアルバムではなく、インストゥルメンタル、短い断片、長い余韻、騒々しいロック、静かなバラードが一つの流れを作っている。そのため、曲単位で聴くより、アルバム全体を通して聴くことで真価が見えやすい。

『You Forgot It in People』は、青春のアルバムであると同時に、青春を過ぎた後に振り返る記憶のアルバムでもある。そこには、過去の自分へのまなざし、他者との接触がもたらす救いと痛み、集団の中で自分を見失う感覚、そしてそれでも人々の中に何かを探そうとする姿勢がある。タイトルが示す通り、忘れてしまった何かは、孤独な内面ではなく、人々との関係の中に残されている。本作は、その失われたものを音楽によって再び見つけようとするアルバムである。

おすすめアルバム

1. Broken Social Scene – Feel Good Lost(2001)

Broken Social Sceneのデビュー作であり、『You Forgot It in People』以前のアンビエント/ポストロック色が強い作品。歌ものとしての要素は少ないが、音の質感や空間構築の面で、本作の基礎となる感覚が確認できる。『You Forgot It in People』のインストゥルメンタル的な側面に惹かれるリスナーに適している。

2. Broken Social Scene – Broken Social Scene(2005)

『You Forgot It in People』の流れをさらに拡大したセルフタイトル作。より混沌とした大人数アンサンブル、ノイズ、ホーン、複数ヴォーカルが前面に出ており、バンドのコレクティヴ性がいっそう強調されている。前作の成功を受け、よりスケールの大きいインディー・ロックへ向かった作品である。

3. Arcade Fire – Funeral(2004)

カナダの大人数インディー・ロックを国際的に広めた代表的なアルバム。家族、喪失、共同体、記憶といったテーマを、壮大なアンサンブルと合唱的な高揚感で描いている。Broken Social Sceneの共同体的な音楽性と比較すると、より劇的で物語性の強い方向へ発展した作品として聴くことができる。

4. Feist – Let It Die(2004)

Broken Social Sceneにも参加したFeistのソロ作。ジャズ、フォーク、ポップを洗練された形で融合し、繊細なヴォーカル表現を前面に出している。『You Forgot It in People』の集団的な音の中に含まれていた柔らかなメロディ感覚を、より親密でソロ・アーティスト的な形で味わえる作品である。

5. Stars – Set Yourself on Fire(2004)

同じカナディアン・インディーの重要作であり、Broken Social Scene周辺の人脈とも関係が深いアルバム。男女ヴォーカルの掛け合い、ロマンティックでありながら苦味のある歌詞、シンセとギターを組み合わせたドリーム・ポップ的な音像が特徴である。『You Forgot It in People』の感傷的で都市的な側面をよりポップに展開した作品として関連性が高い。

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