
1. 楽曲の概要
「Texico Bitches」は、カナダ・トロントの音楽集団Broken Social Sceneが2010年に発表した4作目のスタジオアルバム『Forgiveness Rock Record』収録曲である。アルバムでは「World Sick」「Chase Scene」に続く3曲目に配置され、演奏時間は3分49秒。アルバムは2010年5月4日にArts & Craftsから発売された。Apple Music – Web Broken Social SceneはKevin DrewとBrendan Canningを中心に、固定された少人数編成ではなく、トロント周辺の多数のミュージシャンが参加するコレクティブとして発展したバンドである。ギターを何層にも重ねたインディーロックを基本としながら、ポストロック、エレクトロニカ、ドリームポップ、フォークなどを一つの楽曲に混在させる方法で知られる。
その中で「Texico Bitches」は比較的コンパクトで、即効性の高いポップソングである。軽快なリズム、反復するギター、親しみやすいボーカルフックを持つ一方、歌詞では石油産業や企業の貪欲さ、環境破壊を連想させる言葉が使われている。当時のPitchforkも、明るい伴奏とは裏腹に大手石油企業を批判する曲として紹介した。Pitchfork
タイトルの「Texico」は、実在する石油企業Texacoを連想させる意図的な言葉遊びとして読むのが自然である。ただしBroken Social SceneのBrendan Canningは、曲が最初から特定の石油企業を直接告発する目的で書かれたわけではなかったと後に説明している。完成した歌詞は結果として、大企業の利益優先や環境破壊を批判する内容として読めるものになった。スタンフォードデイリー
また『Forgiveness Rock Record』の公式バイオでは「Texico Bitches」は“disco-pop”寄りの楽曲として紹介され、PavementのSpiral StairsことScott Kannbergがゲストボーカルで参加したことも記されている。アート&クラフト
そのためこの曲には、Broken Social Scene特有の大編成インディーロックと、軽快なディスコ/ポップ、さらに社会的な批評性という異なる要素が同時に存在している。
2. 歌詞の概要
「Texico Bitches」の中心にあるのは、巨大企業や資源産業によって支配される社会への不信である。
タイトルにも使われる「Texico Bitches」という呼びかけが何度も反復され、その相手に対して恋愛や友情を思わせる言葉と、敵対的な表現が入り混じっていく。
この曖昧さが曲の特徴だ。
表面的には、人間関係について歌っているようにも聞こえる。しかし「air」「gas」「cars」など資源や消費社会を連想させる言葉が配置されることで、恋愛の語彙がそのまま企業や石油産業との関係へずれていく。
当時から複数のレビューが、この曲を「big oil=巨大石油産業」への批判として理解していた。Austin Chronicleは端的に大手石油産業への批判と評し、Pitchforkも同様に、明るい伴奏に対して歌詞には石油企業への告発的な性格があると指摘している。The Austin ただしBrendan Canning自身の説明を踏まえると、「最初からBPやTexacoについて書いた抗議歌」と断定するのは正確ではない。
2010年のインタビューで「大手石油会社についての曲なのか」と尋ねられたCanningは、もともとはそうではなかったと答えている。その一方で、歌詞を追えば石油企業や企業幹部への批判として非常によく当てはまるとも述べ、環境破壊の根本には貪欲さがあるという考えを示した。スタンフォードデイリー
つまり「Texico Bitches」は、特定の事件について説明する報道的なプロテストソングではない。
むしろ欲望、利益、消費、資源、環境といった問題を、Broken Social Sceneらしい断片的な歌詞へ落とし込んだ曲である。
そこには怒りだけでなく、奇妙な希望も残っている。
相手を批判しながら完全な絶望には向かわず、自分たちはまだ負けていないという姿勢が歌詞の後半に現れる。環境問題について警告するだけではなく、抵抗する側にもまだ選択肢が残っているという方向へ曲が進むことが重要である。
3. 制作背景・時代背景
『Forgiveness Rock Record』は、2005年のセルフタイトル作『Broken Social Scene』以来、約5年ぶりとなるBroken Social Scene名義のスタジオアルバムだった。
その間、バンドは活動を完全に停止していたわけではない。Kevin Drewが2007年に『Spirit If…』、Brendan Canningが2008年に『Something for All of Us…』を「Broken Social Scene Presents」シリーズとして発表していた。
しかし『Forgiveness Rock Record』は、大人数のメンバーが再びBroken Social Sceneという名前の下へ集まって制作した作品という意味で、重要な再集合だった。
録音は2009年を中心にトロントとシカゴで行われ、プロデュースにはJohn McEntireが参加した。McEntireはTortoiseやThe Sea and Cakeの中心人物であり、ポストロック、電子音響、精密なスタジオ制作で知られるミュージシャン/エンジニアである。Interview この組み合わせによって、『Forgiveness Rock Record』では過去のBroken Social Sceneにあった巨大な音の塊を残しながら、一曲ごとの構造が以前より整理された。
Pitchforkも、同作をBroken Social Sceneの中でも特に「曲」としての形がはっきりしたアルバムと評価している。即興的に音を積み重ねるというより、各曲が明確な目的を持って進むことが特徴である。Pitchfork
「Texico Bitches」はその変化を理解しやすい。
曲は4分以内で完結し、イントロからすぐグルーヴを提示する。複雑な展開を長時間続けるのではなく、ヴァースと反復的なフックを中心に、かなり直接的なポップソングとして進む。
その一方、2010年という発表時期が曲に予想外の政治的な意味を加えた。
『Forgiveness Rock Record』発売直前の2010年4月20日には、メキシコ湾でDeepwater Horizonの爆発事故が発生し、大規模な原油流出へ発展した。そのため「Texico Bitches」が石油産業について歌う曲として急速に時事性を帯びた。
Pitchforkが同年6月のテレビ出演を紹介した際にも、曲が突然きわめて時事的な作品になったことを指摘している。ただしタイトルが直接示唆する企業と、原油流出事故に関係した企業は同じではない。Pitchfork
Brendan Canningも後のインタビューでBPと当時のCEO Tony Haywardに触れ、企業の利益追求と環境破壊を結びつけて批判している。つまり偶然のタイミングではあったものの、曲に含まれていた問題意識が現実の大事故によって鮮明になったのである。スタンフォードデイリー
2010年12月にはThibaut Duverneix監督によるミュージックビデオも公開された。映像では油を浴びた男性たちが争うという直接的な表現が用いられ、楽曲の反石油企業的な読み方が映像化されている。Pitchfork
4. 歌詞の抜粋と和訳
Texico Bitches
和訳:
テキシコの連中
このフレーズは曲中で何度も反復され、タイトルそのものがリズム上のフックになっている。
「Texico」という名称は、その響きから石油会社Texacoを連想させる。一方で、現実の企業名をそのまま使わず、わずかに変形した架空の固有名詞として提示されているところがポイントである。
さらに「bitches」という挑発的な言葉を組み合わせることで、大企業やその論理に対する反感が直接的な語感として表れる。
ただし歌詞の面白さは、相手を単純に罵倒するだけではないことにある。
曲の中には親密さを思わせる言葉もあり、敵対と依存が同時に存在している。石油を批判しながら、現代社会そのものが石油や自動車、エネルギー消費に依存しているという矛盾を考えれば、この曖昧な距離感は重要である。
批判する側もそのシステムの外側には簡単に立てない。
そう考えると「Texico Bitches」は、悪い企業と正しい市民を単純に分ける歌ではなく、自分たちも依存している巨大な消費システムとの関係を皮肉に扱う曲として読むことができる。
歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に限定しており、原詞の権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Texico Bitches」の最大の特徴は、歌詞が持つ攻撃性とサウンドの軽快さがほとんど一致していないことである。
巨大石油企業や環境破壊への批判を連想させる内容でありながら、音楽そのものは非常に明るい。
Arts & Craftsによる公式バイオでも、この曲は「disco-pop」的な作品として紹介された。アート&クラフト
イントロから聞こえるギターは重いハードロック的なリフではない。
短く刻まれるコードと単音フレーズが複数の層を作り、その下でベースとドラムが軽く跳ねる。Broken Social Sceneにしばしばある、楽器の境界が分からなくなるほど巨大なウォール・オブ・サウンドとは異なり、それぞれの音に比較的余裕がある。
ドラムも重要である。
「World Sick」のように徐々に巨大なクライマックスへ向かうタイプではなく、曲の早い段階から一定のテンションを維持する。スネアとハイハットが細かな推進力を作り、ベースがその下を反復する。
そのため身体的にはかなり踊りやすい。
ここにこの曲の最大の皮肉がある。
石油産業や環境破壊という重い問題を扱いながら、その批判を沈鬱なロックへ変換しない。むしろ楽しげなポップソングにすることで、歌詞を注意深く聴いたとき初めて違和感が生まれる。
Pitchforkもこの点を「misleading breezy accompaniment」、つまり内容とは裏腹に軽快な伴奏として指摘している。Pitchfork
これはBroken Social Sceneが以前から得意としてきた方法でもある。
「Anthems for a Seventeen Year-Old Girl」のように同じフレーズを反復しながら感情の意味を変化させる曲や、「7/4 (Shoreline)」のように複雑な拍子を非常にポップに聴かせる曲など、彼らは音楽的な表面と内部の構造を意図的にずらしてきた。
「Texico Bitches」では、そのずれが政治的な歌詞とディスコポップの間に作られている。
ボーカルにも同様の性質がある。
Kevin Drewを中心とする歌声は、怒りを直接叫ぶプロテストソングのスタイルではない。やや気だるく、集団で言葉を投げ合うBroken Social Scene特有の歌唱が使われる。
そこへScott “Spiral Stairs” Kannbergのゲストボーカルが加わる。彼はPavementのメンバーとして知られ、Broken Social Sceneと同様に、整いすぎないギターポップの感覚を持つ人物である。公式資料でも「Texico Bitches」への参加が明記されている。アート&クラフト
このゲスト参加は、『Forgiveness Rock Record』の制作思想とも合っている。
Broken Social Sceneはもともと「誰が正式メンバーなのか」を明確に固定しにくい集団だった。曲ごとに必要な人物が参加し、声や楽器が増減する。そのためゲストが加わることも装飾ではなく、バンドの基本的な構造の一部になっている。
「Texico Bitches」では、その集団性がコーラスの印象を強くする。
一人のシンガーが政治的な主張を聴衆へ訴えるのではなく、複数の声が同じ言葉を繰り返す。結果として個人的な不満が、集団的な掛け声に変わっていく。
タイトルが何度も繰り返される理由もここにある。
歌詞として読むだけなら「bitches」という単語の連続はかなり粗暴である。しかし曲の中では子音とリズムが強いため、一種の打楽器的なフックとして機能する。
言葉の意味と音が分離し、政治的な罵倒がポップソングのキャッチフレーズになる。
これは曲の扱う消費社会とも奇妙に対応している。
企業批判のメッセージ自体が、誰でも口ずさめる商品的なポップフックへ変わっているからである。その矛盾を意図的な風刺と断定することはできないが、少なくとも楽曲を面白くしている緊張関係の一つである。
アルバム内での位置づけも重要だ。
『Forgiveness Rock Record』は約7分の「World Sick」から始まる。同曲は巨大なギターとクライマックスを繰り返しながら、世界全体への疲労感を描く。
続く「Chase Scene」はより短く、電子的で切迫したリズムへ移行する。
その後に「Texico Bitches」が来る。
ここでアルバムは一気にポップになる。しかし歌詞の社会的な視線は「World Sick」から途切れていない。サウンドだけを明るくすることで、同じ不安や怒りを別の角度から扱っている。
実際、Kevin DrewとCharles Spearinは『Forgiveness Rock Record』期のインタビューで、環境問題を含む世界の状況に強い危機感を示していた。Spearinは世界が人間の利己性によって悪化していると語り、Drewも状況を楽観できないという認識を示している。Pitchfork
この背景を踏まえると、「Texico Bitches」だけが突然政治的になったわけではない。
アルバム全体にある「世界はうまくいっていない」という感覚を、最も軽快な形に変換したのがこの曲である。
同時に、アルバムタイトルの「Forgiveness」とも関係してくる。
Broken Social Sceneが語っていた「forgiveness」は、宗教的な赦しというより、過去の緊張や怒りを抱え続けず解放することを意味していた。Pitchfork
「Texico Bitches」には強い批判があるが、音楽は怒りに閉じこもらない。
踊れるリズムへ変換することで、怒りを身体の運動として外へ放出する。その意味では、社会的な苛立ちとアルバム全体の「解放」というテーマが接続する曲としても聴くことができる。
そして、この曲が2010年のDeepwater Horizon事故と偶然重なったことによって、さらに別の意味が生まれた。
曲が書かれた段階では、その事故について歌うことは当然できない。しかし発売時には、大規模な原油流出が世界的なニュースになっていた。
結果として「Texico Bitches」は、作品が発表された瞬間に現実社会によって意味を更新された楽曲になった。
後に制作されたミュージックビデオが油まみれの人物同士の争いを描いたことも、その読み方を固定する方向に働いた。Pitchfork
制作時の意味、発表時の社会状況、後から作られた映像。
この三つが重なったことで、「Texico Bitches」は『Forgiveness Rock Record』の中でも特に時代背景と結びついた一曲になっている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Forced to Love by Broken Social Scene
同じ『Forgiveness Rock Record』収録曲で、「Texico Bitches」の直後に配置されている。こちらも過去作より整理された曲構成と強いギターリフを持ち、2010年期のBroken Social Sceneがポップソングとしての即効性を高めていたことが分かる。
- 7/4 (Shoreline) by Broken Social Scene
2005年のセルフタイトル作を代表する曲。変則拍子を使いながら、それを難解に聞かせず、非常に高揚感のあるインディーポップへ変換している。「Texico Bitches」のリズムと集団ボーカルを気に入った場合に特に相性が良い。
2002年の『You Forgot It in People』収録曲。反復するベースとギターが徐々に巨大な音へ発展する。「Texico Bitches」よりシリアスでポストロック寄りだが、同じバンドがリズムの反復をどう異なる方向に使うか比較できる。
「Texico Bitches」にゲスト参加したSpiral Stairsが所属するPavementの代表曲。歪んだギターを使いながらも重くなりすぎず、メロディの軽さを維持する点でBroken Social Sceneとの接点がある。
- House of Jealous Lovers by The Rapture
ポストパンクのギターとダンスミュージックの反復を結びつけた2000年代インディーロックの代表曲。「Texico Bitches」のディスコ的なビートとギターの組み合わせをさらに強く味わいたい場合に適している。
7. まとめ
「Texico Bitches」は、Broken Social Sceneが2010年に発表した『Forgiveness Rock Record』の3曲目であり、約3分49秒のコンパクトなインディーポップ/ディスコロックである。John McEntireとの制作によって一曲ごとの構造が整理された同作の中でも、とりわけ直接的でキャッチーな楽曲となっている。Apple Music – Web しかし、その軽快なサウンドとは対照的に、歌詞は大手石油企業、貪欲さ、エネルギー消費、環境破壊を連想させる。Brendan Canningによれば最初から特定の石油企業について書いた曲ではなかったものの、完成した歌詞はそうした問題へ自然に結びつくものになった。スタンフォードデイリー
さらにアルバム発売直前にDeepwater Horizonの原油流出事故が発生したことで、曲には予想していなかったほど直接的な時事性が生まれた。後のミュージックビデオも、油そのものを使った映像によって反石油企業的な解釈を明確にしている。Pitchfork
音楽的には、そこまで重いテーマを暗いプロテストソングにしなかった点が重要である。跳ねるリズム、細かなギター、反復するタイトル、複数のボーカルによって、政治的な苛立ちを踊れるポップソングへ変換した。
Broken Social Sceneの魅力は、大人数による混沌をそのまま音へすることだけではない。複雑な感情や社会的な問題を、意外なほど親しみやすいメロディへまとめる能力にもある。
「Texico Bitches」はその一例であり、『Forgiveness Rock Record』が持つ環境への危機感、集団的な演奏、ポップへの接近という三つの側面を短時間で確認できる楽曲である。
参照元
- Broken Social Scene / Arts & Crafts「Forgiveness Rock Record」
- Arts & Crafts「Broken Social Scene – Forgiveness Rock Record」公式バイオ
- Apple Music「Forgiveness Rock Record」
- Spotify「Forgiveness Rock Record」
- Pitchfork「Broken Social Scene: Forgiveness Rock Record」
- Pitchfork「Broken Social Scene」Interview
- The Stanford Daily「Q & A: Broken Social Scene’s Brendan Canning」
- Interview Magazine「Thinking About Forgiveness: Broken Social Scene」
- Pitchfork「New Broken Social Scene Dates, Video, Remix」
- The Austin Chronicle「Phases & Stages」

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