Black Country, New Road:予測不可能な物語を奏でる現代UKロックの異端

はじめに

Black Country, New Road(ブラック・カントリー・ニュー・ロード)は、現代UKロックシーンに突如現れた異形のバンドである。

ジャズ、ポストパンク、ポストロック、クレズマー、クラシック……多彩すぎる要素を、驚くほど生々しい物語性で繋ぎ合わせる彼らの音楽は、ジャンルという言葉の限界を露呈させる。

心をえぐるようなリリックと、楽器の緊張感に満ちたアンサンブル。

それはまるで、崩壊寸前のオーケストラが奏でる青春の断片のようでもある。

バンドの背景と歴史

Black Country, New Roadは、イギリス・ケンブリッジシャー出身の7人組バンド。

2018年頃に結成され、ロンドンのDIYシーンから頭角を現した。

メンバーの多くは、ジャズや現代音楽の教育を受けた経歴を持ち、技術的にも構成的にも極めて高い水準にある。

2021年、デビューアルバム『For the First Time』をリリース。

瞬く間に批評家の絶賛を集め、Mercury Prizeにもノミネートされた。

その後も勢いは止まらず、2022年にはセカンドアルバム『Ants From Up There』を発表。

だがリリース直前、バンドのフロントマンであったアイザック・ウッドが突如脱退を発表。

大きな衝撃を呼ぶと同時に、バンドは彼なしで活動を続ける決断を下した。

以降の彼らは、ヴォーカルを分担しながら、新たな形で音楽を更新し続けている。

音楽スタイルと影響

Black Country, New Roadの音楽は、まさに“ジャンルレス”である。

ギターとサックスが絡み合う不協和なアンサンブル、急激に展開する構成、詩的で痛ましい語り口。

それはSlintのポストロック的遺産に、The Fallのような語り芸、さらにはKlezmer(ユダヤ系伝統音楽)の要素が混ざり合った異形のサウンドだ。

デビュー時は、同じUKアンダーグラウンドから登場したblack midiとともに“Windmillシーン”の最前線と呼ばれ、共に“実験性と破壊性の化身”として注目を集めた。

一方で『Ants From Up There』では、よりメロディアスで叙情的なアプローチへと移行し、Arcade FireやSufjan Stevens的なエモーションと繊細さを湛えた楽曲へと進化。

予測不能でありながら、極めて人間的な「痛み」を鳴らす音楽なのである。

代表曲の解説

Athens, France

初期を代表する一曲で、ギターの不穏なリフとサックスの漂うような旋律が印象的。

アイザックの語りのようなヴォーカルが、恋愛と自己否定が絡む倒錯的な心情を綴る。

彼の歌は常に「他人になりたい」という憧れと憂鬱に満ちており、それがこの楽曲の不安定さと結びついている。

Sunglasses

8分超えの大曲であり、バンドの本質を凝縮した名曲。

静寂と爆発が交錯する構成、美しくも錯乱した語り口、そして「I’m more than adequate」という繰り返し。

自信と自己嫌悪が入り混じったこの一節は、現代の若者の孤独を象徴しているかのようである。

まさに“ポストポストモダンのブルース”と言うべき一曲。

The Place Where He Inserted the Blade

セカンドアルバムの中でも特にメロディックで、歌詞も情緒的な一曲。

痛みを抱えたふたりが互いの存在で何とか生き延びようとする様子が、しっとりとしたピアノとアンサンブルの中に描かれる。

皮肉や冷笑が抜け落ちた真摯な歌詞は、アイザック脱退直前の心の内を覗かせるようでもある。

アルバムごとの進化

For the First Time(2021)

荒削りで、緊張感に満ちたデビュー作。

ジャズ、ポストパンク、クレズマーが激しくぶつかり合うその音は、まるで即興劇のような熱量を放っている。

「Science Fair」や「Track X」など、予測不能な展開が聴き手の神経を掴んで離さない。

Ants From Up There(2022)

前作の緊張感を保ちつつ、よりメロディアスで壮大な作品へと進化。

ヴァイオリンやホーンの使い方が繊細で、アンサンブルはまるで室内楽のよう。

Chaos Space Marine」から「Basketball Shoes」まで、すべての曲が物語を語るように流れていく。

アイザック・ウッド脱退という衝撃を抱えながらも、彼の才能とバンドの結束が結晶化した奇跡の一枚である。

Live at Bush Hall(2023)

アイザック脱退後、新体制で臨んだ“ライヴ・アルバムでありながら完全新曲”という異例のリリース。

複数ヴォーカル体制での楽曲は、よりオーケストラ的で牧歌的な美しさがある。

過去の陰鬱さから一歩引いて、別の「語り」を模索するような感触がある。

影響を受けたアーティストと音楽

Slint、Godspeed You! Black Emperor、Mogwaiなどのポストロックに加え、Talking HeadsArcade Fireのようなアートロック、さらにはFrank ZappaやSteve Reichといった前衛音楽家の影響も感じられる。

また、クラシック音楽やユダヤ音楽(クレズマー)も取り入れた多様性は、ジャンルの壁を軽やかに越えていく。

影響を与えたアーティストと音楽

彼らがデビューして以降、UKアンダーグラウンドでは語りと演奏が融合した“即興性重視”のバンドが急増。

黒板のような音を鳴らすJockstrapや、spoken wordとダンスビートを掛け合わせるDry Cleaningなどにも影響が見られる。

また、インディーロックの表現の幅を押し広げた存在として、若い世代のアーティストにも強いインスピレーションを与えている。

オリジナル要素

Black Country, New Roadの真骨頂は、“語り”と“演奏”が完全に対等であることにある。

物語が感情として生々しく楽器に宿り、演奏が言葉に寄り添う。

それは単なるバンドではなく、ひとつの演劇団、あるいは物語を語る集団のような存在なのだ。

また、ライブでは毎回異なるアレンジや新曲を披露するなど、固定化を拒む姿勢が一貫している。

その変化し続ける在り方こそ、現代のバンド像の理想形かもしれない。

まとめ

Black Country, New Roadは、ただ音楽を鳴らすだけのバンドではない。

彼らの楽曲は、誰かの孤独、混乱、希望、喪失――そうした“現代を生きる感情”そのものを記録している。

彼らの物語はまだ始まったばかりだ。

だがすでに、その一音一音が、2020年代という時代を語る声になっている。

そしてきっと、この先どれだけ姿を変えても、その誠実さと美しさは変わらないだろう。

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